下水道大決戦

 21世紀。
 二度目の大戦以降、人類は食物連鎖の頂点から追いやられていた。
 当然の様に人類の生活圏に侵入をした彼らは、超常の力を有し、我々は只、彼らの獲物でしかなかった。

 だが人類とて、彼らに対抗する術が無かった訳ではない。
 失われし技と術を行使する者。
 古来より、闇から闇へと彼らを狩る事を生業としていた者達――退魔師の台頭である。




「あすみっ、まだなの!?」
 赤茶けた長い髪を、麻紐で結わえた女――大きめの胸を覆い隠すブルーのベストに、太股の付け根までスリットの入ったタイトミニ。
 底の厚いブーツと臑当てで脚部を覆い、額にはそれを保護する鉢金、両腕にはそれぞれごつい籠手という物々しい装備に加え、右手に持った日本刀を構えながら、西野かすみはインカムに向かって叫んだ。

『あうぅぅぅ…もうちょっと待ってで(ザザ…)…まだ準備が出来て(ザザザ…)』

 インカムから彼女の妹、西野あすみの声が雑音混じりに聞こえてきた。

『もうちょっ(ザザッ)ですぅぅぅ』

 かすみは、飛び掛かってきた物体を刀で斬り伏せると苛ついた声をあげた。

「ちょっとって…もうっ、いつまでよっ! そろそろこっちは限界よ!!」

 かすみの目の前には体長が1メートルは有る鼠が緑色の目を光らせ、犬歯を剥き出しにして威嚇を続けている。只の巨大鼠程度ならまったく問題ないのだが、厄介なことに鼠の体からは緑色の粘液状の物が滴り落ちていた。

「くぅ…ただのでかい鼠くらいなら、あたし一人でも駆除(や)れるけど…まさか憑きモノ憑きだったなんて……」




 ――事の起こりは一ヶ月前。
 市の下水道局の職員三名が点検の為下水道に降りて戻って来なかった。最初は下水道に迷ってしまい出て来られなくなってしまったものだと思い、警察や消防による捜索が行われた。
 実際、下水道は無計画に何十年に渡って継ぎ足しての施工が繰り返されて来たのが仇となって、(かすみは行政の怠慢だと愚痴ってるのだが)いっぱしの迷宮と成っている。地図が有っても偶に迷うものが出ているし、そう珍しい事でも無かった。

 しかし、今回は違った。

 捜索隊が三人を探し当てた時、五名分の『白骨死体』と気が狂った女性職員を一名保護したのだ。『白骨死体』は骨や歯の治療痕と病院に保管されてたカルテとを照らし合わされ、行方不明だった下水道局の職員二名の物と、過去半年以内に捜索願が出ていた市内の会社員と男女高校生の物と判別された。会社員と高校生のものならいざ知らず、行方不明から二日足らずで発見された職員が『白骨死体』で発見された事は異常である。
 事の異常さを感じた下水道局は、IMSO(国際魔物対策委員会)を通して調査を依頼をしてきたのである。その結果、かすみとあすみのチームは下水道に異常繁殖している巨大鼠の寝床を発見、駆除のために殲滅にあたったのだ。

 幸いなことに下水道は、市内の全ての下水を賄っている大きな物で坑道内は広く刀を充分に振り回す事が出来た反面、点検用の通路は大人二人が並んで歩くには狭い。お陰で、鼠達は数でかすみに攻め寄ることが出来ないでいたが、意外な伏兵に手こずる羽目になった訳である。
 『憑きモノ』
 彼らに憑かれた者達は、彼らの種別によって様々な能力を併せ持ってしまう。憑きモノに憑かれた巨大鼠達は、凄まじいまでの治癒能力を有していた。




『ったく(ザザッ)…気付かなかったの? あす(ザッ)』

 先の調査で憑きモノの存在を確認できてなかったかすみは、攻め倦ねていた。刀で斬りつけてもたいしたダメージが与えられない。鼠本体を斬っても直ぐに切断面を『憑きモノ』が、まるで糊で接着したように繋ぎ合わせて再生してしまうからだ。
 インカムから、自分のことは棚上げした姉のグチがあすみの耳に響く。

「だってぇ、憑きモノさんの痕跡なんか全っっっ然、無かったんだもん!」

 あすみは、それを聞きながらひっきりなしに動いていた。
 姉と同じ服を着込んでいるが、あすみの方は全体がピンク色で統一されている。それに姉のように重装備では無く、装備は籠手程度の軽装。健康的な素足が姉の物より少しばかり丈の短いスカートから覗いている。
 そして、左腰側に下げたポーチから、呪符を取り出しては何やら短い呪文を唱えた後、下水道の壁に呪符を忙しなく貼り付けて行く。

『魔物を“さん”付けで呼びなさ(ザザッ)何度言ったらわかるのよ!?(ザッ)』

 さっきより大きな声があすみの頭に響く。

「だってぇぇぇ(もうぉ、お姉ちゃんはカルシウム不足ですぅ)」

 あすみはしかめっ面をして、一言呟いた。

『だってぇ? なにが、(ザザッ)それにあんた今、(ザザッ)ヤな顔したで(ザッ)』

 今度は声にちょっぴり怒気が籠もっている。

「ええっと…(もー、変なところ勘がするどいんだからぁ)」

 あすみは冷や汗を垂らしながら、最後の一枚を貼り付けると、

「お姉ちゃん、出来たよぉ」

とインカムに向かって声を張り上げた。




『だってぇ(ザザッ)』

 インカムからあすみの不満そうな声が聞こえる。

「だってぇ? なにが、だってよ? それにあんた今、凄くヤな顔したでしょ?」

 やれやれとした表情で妹の不満げな表情を思い浮かべたその時、大鼠が二体、一匹が跳躍するともう一匹は地面を蹴って駆け、一斉に飛び掛かってくる。

「しつこいっての!」

 右手に握る刀を横薙ぎに振って、跳躍してきた鼠を薙ぎ払うと、左手は腰に携えたダマスカス鋼で出来たジャングルナイフに伸ばし、駆け寄る鼠の頭部に繰り出す。刃は鼠の頭蓋骨を貫通すると、そのままコンクリート製の地面に突き刺さった。

「キキッ!!」

 鼠は脳漿をぶち撒きながらジタバタとのたうち回ると、やがて動きが止まった。

「流石に頭の中までは再生は無理か…だからといって一匹、一匹、頭潰すのも無理だしっ」

 かすみは、ひとりごちりながらナイフを素早く引き抜くとそのままに2,3歩程後方に飛び退く。
『お姉ちゃ(ザザッ)出来たよぉ(ザッ)』
「了解」

 かすみは後方に飛び退いたと同時に、振り返り駆け出した。

「キッ!?」
「チュチュッ!」

 鼠達もそれに釣られて、一斉にかすみを追いかけ始める。我、先にと大鼠の大群がかすみを追いかけるが、その巨体が互いを邪魔し合うのが仇になってか、かすみに追い付けずにいた。

「ついて来たわねぇ…。あすみっ! 直ぐにそっち着くわよ」
『(ザッ)はぁ〜い(ザザッ)』

 インカムからは、相変わらず緊張感の無いあすみの声が聞こえてくる。
 かすみは、走りながら器用にこめかみに手をあて、溜息を吐いた。


 暫く走っていくと下水道がT字に交わる。そこを右に折れると数百メートル先にあすみの姿を捉える事ができた。

「あ、お姉ちゃん、こっちこっちぃ!」

 あすみは姉の姿を捉えると、笑顔で両腕を上げ左右に振る。

「見えてるって…」

 かすみは、呟きを漏らしマンガ汗を垂らしながら苦笑する。

「あれぇ? お〜い、お姉ちゃぁぁぁん」

 あすみはまだ手を振っていた。

「…お馬鹿…」

 かすみが手を振り返さないので自分の事に気付いて無いと思っているのだろうか。頻りに手を振るあすみ。

「(やれやれ…)」

 かすみは、笑顔だが口元をヒクつかせながら手を振り返してやった。そうでもしないといつまでも手を降り続けるだろう。そういう娘であるのは、19年間付き合ってきた姉のかすみが一番解っていた。
 それを見たあすみは安心して次の動作に移る。敷き終えた呪符陣の発動のための準備だ。


 あすみの使う呪符には大きく分けて単符と連符の二種類がある。前者は比較的簡単に術を発動させる事が出来るのだが、後者は複数枚の呪符を組み合わせて使う。その分強力ではあるが、呪符の発動には色々と手間が掛かるのだ。
 胸元で印を結び指を次々と組み換えていく。
 あすみの立っている足下を中心に風が巻き起こり、あすみの髪がふわりと風になびく。そして、下水道内の壁面に貼られた呪符が順番に青白い光を放っていく。


「始めたわね…さて、あたしはっと!」

 術使にとってこの瞬間がもっとも無防備な状態だ。その間のフォローはかすみの仕事である。事前に打ち合わせた地点で足を止め、鼠達が迫ってくる方向に振り返り構えた刀に剣気を込めた。

「はああぁぁぁぁぁぁ!」

 刀身全体が湿っていく。空気中の水分が結露してそれが刀身を濡らしているのだ。
「はっ!」

 下方からすくい上げる様に刀を振るった。
 何かが大鼠の体を撫でる。

「キッキキッ!?」

 大鼠は何が起こったのか解らなかった。
 いや何も起こらなかったのか。
 足を止めて首を何度か考えるように動かすと、何事もなかった様に再び目前の獲物に向かって走り出した次の瞬間、先頭の数匹の体がズタズタに裂けて緑色の物体を撒き散らす。

「西風霧創流刀舞術−霧刃−」

 大気中の水分を刀にまとわり付かせ、それを水の刃と化し高速で対象物に撃ち出すかすみの得意技の一つである。威力自体は大したことなく、致命傷に成り得ない。それでも足止め程度にはなっている。傷ついた鼠を乗り越え我先に迫る鼠に水の刃を打ち込んでいく。

「お姉ちゃん、下がってぇっ!」

 あすみが術の発動の為の準備を終え、それを姉に告げた。

 かすみは、あすみの直ぐ横を上手くすり抜けると、あすみは右手の人差し指と中指で呪符を一枚挟み、左手で右手首を押さえると真っ直ぐに前に突き出す。ゆらゆらと揺れる呪符が弾けた。

「縛っ!」

 呪文が発せられる。青白く発光していた呪符がそれぞれ光の線で結ばれ、大きな立方体――呪符結界を形成して、すっぽりと大鼠の大群を覆っていた。目前にまで迫っていた鼠達がその見えない壁に遮られ、それにぶつかる。あるモノはのたうち、あるモノはそこから出ようと見えない壁に何度も体当たりを繰り返し鼠達が騒ぎ始めた。
 丁度、中心点に鬼火の様な巨大な炎の玉が燃え上がっている。
 時間の経過と共に、中心の炎の玉が次第に小さくなっていく。
 密閉された空間内で炎が燃え、それが消えていくと言うことは、つまり酸素が急激に失われているのである。

「馬鹿っ! 窒息くらいで殺れる相手じゃ……」

 駄目だ、失敗に終わった…とかすみが思ったそのとき、あすみは次の動作に移った。突き出した腕を動かすと、一筆で空中に呪紋を描く。

「−焔−」

 静かに…しかし良く通る声であすみは術を完成させた。

―――ポンッ
かすみは右手で左手の掌を打つと

「あっ、それなら全滅だわ」

 と、納得したのも束の間。

「……って、のぉわんですっとぇぇぇぇぇぇ!?」

 返す刀で、かすみは素っ頓狂な声をあげた。
 それもその筈。この術は普通は室内など密閉された空間では使うことは“絶対”にない術なのである。
 バックドラフト現象…、火事などの際、密閉された部屋のドアを開けたとき爆発的に炎が湧き起こる現象。これは酸素が足らなくなった所に多量の酸素が急激に送り込まれた為に起こる。
 この術の“基礎原理”はこれと同じなのだ。威力は桁違いなのだが。
 屋外のような開かれた場所なら術を使っても巻き込まれる恐れはない。だが、密閉された空間ではそうはいかない。特に今居る、下水道内のような筒状の坑道では、急激な爆発は当然坑道内に広がる。つまりは下水道自体が巨大な火筒その物になるわけである。

「何だってそんな大技にしちゃうのよぉぉぉ。PTA考えなさいよぉP・T・A!」

 かすみは、半泣き錯乱状態であすみに詰め寄った。
 だが、完成された術は確実に発動されつつある。もし結界自体が可視の物ならば、結界の壁面がゆっくりとひび割れてゆくのが見えたであろう。

「お姉ちゃん…TPOですぅ。だって、一気にやっつけるのならこの術が一番ですぅ。それに…」

 指を立てながらにっこりと微笑むあすみ。

「また、だって? それに? ちょっとは考えなさいってよぉぉぉ! って、言ってる場合じゃないわ!!」

 半ばパニック状態で、かすみはあすみの襟首を掴むと素早く下水道に流れる汚水の中に飛び込んだ。

「あぷっ、いやぁん、お姉ちゃん……がぼっがぼぼ……」
「お馬鹿! 死にたいの?」

 かすみは水面に顔を出して抗議するあすみの頭を押さえつけて水中に深く潜った。間髪入れずに下水道内に轟音と炎の渦が湧き起こる。地上では近くのマンホールの蓋が数十メートル飛び上がった。下水道内で伸びた炎は数百メートルに及ぶ。
 爆発の衝撃で起こる水の対流の中、あすみを押さえつけたままでかすみは何とか耐えていた。

「(ちっ! 思ったより威力がでかいわね……水温がどんどん上がってきてる…)」

 回りの水がお湯に変わってきているのを感じる。

「(とほほ…あたしったら、こんな所で茹で死にかしら……)」

 蛸のように茹であがった自分の情けない姿を想像しながらジッと耐えるかすみ。あすみは心構えも無しに水中にひき吊り込まれた為か息がかなり苦しそう。

「(早く早く早く…………)」

 かすみは只、じっと術が納まるの待っていた。




――ジジジ…ジジッ……
 焼け焦げた送電線が時折火花を上げるぐらいで、下水道内は概ねいつもの静寂に包まれていた。ゆっくりと流れていく、静かな水面が揺れポコポコと泡立つと、ザバァという水音と共に人の頭が生えてきた。

「ぷはぁ、助かったぁ」

 かすみは久しぶりに新鮮(とは言い難いが…)な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「げほっん…けほっけほっけほっ……うぇぇぇぇぇん、お姉ちゃんのばかぁぁぁ。死んじゃうかと思ったんだからぁぁぁ」

 その横に顔を出したあすみが、思いっ切り恨めしそうな声をあげた。

「あんたねぇ〜……そう言えば、さっき何か言いかけてたわね」
「ぐすん…それに…術の影響ならあすみは結界張ってるから大丈夫なのにぃぃぃぃ」
「あ…そうだったわね」

 かすみはすっかり忘れていた。一流の術使はちゃんと術に対する防御の手段を持って術を行使していることを。自分の術に巻き込まれるなぞ、伍流もいいところだ。

「あはははは。ごめんごめん……って、ちょいお待ち!」

 かすみは頭を掻きながらあすみに謝ったが、直ぐにある重要な事に気付く。

「あすみは確かに大丈夫だけど…あたしはどうなんのよ?」

 ジト目であすみを見るかすみ。

「え?えぇとぉ……」

 あすみは、ばつの悪そうな顔で指をクルクル回しマンガ汗を浮かべる。

「黒焦げですぅ、えへへ♪」

 聞こえるか聞こえないか程度の声で言うと、明後日の方向を見て姉と目を合わせようとしない。

「あら♪ ウェルダンなお姉ちゃんの出来上がり♪ ってわけね…うふふ…あすみちゃんってお茶目ね♪ おはは…」
「大丈夫ですぅ、あすみがちゃんと癒身符で治してあげますからぁ、えへへへへ♪」
「あ〜ら、それじゃ安心ね♪ あはははは♪」

 にぱっと満面の笑みを浮かべるあすみと口元しか笑ってないかすみ。

「って言うと思うてかぁぁぁぁぁ! このすっとんきょ娘ぇぇぇぇぇ」
「びぇぇぇぇん、ちょっとだけ忘れてただけなのにぃ〜がぼがぼぼぼ…」

 かすみは取り敢えずあすみを死なない程度に何度か水中に沈めると満足したのか、通路に這い上がり、泣き止まないあすみを水中から引き上げると濡れた髪を掻き上げる。

「まっ、過程はともかく、結果オーライね。さてっと、ほら、いい加減泣き止みなさいよ、あすみぃ。帰るわよ…って、げげぇっ!?」

 焼き焦げ炭化した大鼠の死骸を見ながら、振り返ったかすみが目にしたもの。 
 それは崩壊した下水道だった。

「あうあうあう…また赤字かしら…」

 へなへなと腰砕けにその場にへたり座った半泣きのかすみの側で、あすみは「うんうん」と頷いていた。


BAD END?

あとがき
 どもども、SYOUSYOUでございます。
 明らかに駄文でしかない、当作品を最後まで読んでいただきありがとうでござんす。(・▽・ゞ
 この作品、僕の処女作になります。
 お話の骨組みは、かなり以前(ファイルのタイムスタンプ見ると、作製日時が「1999年11月3日」になってた;)に書いてあった物でして、一部の方々に読んで貰った物なのですが、この度、細部を修正&カットして後悔を…もとい、公開をしてみました。
 文章も稚拙。エロシーンもカットしてしまったので無いときてますが、何卒、生暖かい目で見守ってやってください。
 って、“生”暖かいんかよ、われ!煤R(・▽・)
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