――すなわち、『創造主』があくまで伝説やフィクションの部類に位置する空想の産物であるという意見は、その物的証拠が皆無であるという事実を根底としたものだが、逆説的に言えばそれだけしか否定する根拠が無いという事実も露呈している。物的証拠が無いというのは、存在しない事と同義ではない。物的証拠はあくまで実在を裏付けるための実証に過ぎないのだ。この根拠のみで将来の発見される可能性を無視するのは、想像力の放棄といえるだろう。 前述したように、この四大種族の突然発生性、歴史の共通性、思考、魂の共鳴パターンの同一性は、偶然の一言で解決できるものではない。しかし、『創造主』の存在を認識すれば、全ての謎が解決されるのだ。 『創造主』――天界、魔界、精霊界、冥界の全てを創造し、四大種族とその眷属全てを生み出したと呼ばれる万物の母――この存在を単なる御伽噺で終わらせる事無く、実存を確かめる為に活動する事こそ、ある意味我等がアカデミー考古学科の使命ではないだろうか? 無論、筆者も根拠の無い俗説だけでこのレポートを発表する気は毛頭無い。『創造主』そのものの実存を確認するのは不可能に近い事は認めるが、その副産物の確認は比較的容易ではないかと、筆者は仮定している。 先日、筆者は興味深い資料を発掘した。 すなわち、『創造主伝説』の代表的な1つである住民――『最初の罪人』の実在を示す証拠が…… 〜〜100億年前、鬼族院アカデミーにて発表されたレポート『四代種族共通神話と遺跡の同一性における創造主実在の可能性について』より抜粋〜〜 ――200X年1月15日―― 「ば、ばかな……」 美しくも冷酷な氷の魔女――フロラレス総参謀長官の声には、今までに無い因子が含まれていた。 驚愕と当惑、プライドを打ち崩された屈辱と――未知に対する恐怖。 多少のトラブルはあったものの、今までは全て計画通りに事は進んでいた。しかし、このメインモニターに浮かぶ未知なる宇宙艦隊が、フロラレスの完璧な絵図に消えない染みを付着させようとしているのだ。 「第1級戦闘態勢だ。フォーメーションは188GA防御タイプ」 「もう終わってるぜ」 「正体不明艦隊も突撃陣にフォーメーションを展開しています」 しかし、むしろブリッジの老雄達は生き生きと行動を開始していた。次元艦隊を使用する艦隊戦は、彼等を文字通り水を得た魚にさせるものなのだ。 「敵艦隊の規模は?艦種と艦艇数でいい」 「旗艦級重戦艦2、戦艦8、空母4、ZEXL空母2、巡洋艦16、高速巡洋艦6、打撃駆逐艦20、揚陸艦6、魔導戦艦2、次元潜宙艦4、補給工作艦4……次元戦闘機とZEXL、その他小型機動兵器の姿は確認されていません」 シュタイナ上級大将の、相変わらず冷静沈着かつ沈毅な指示に、レミエラ少将は即答した。この辺は阿吽の呼吸である。 「典型的な対艦隊戦用の次元艦隊だな……だが、四大種族のどの正規軍の艦影とも一致しねぇぞ?なんだあの艦は?」 ゴリアテ少将の疑問は、ブリッジ全ての乗員の代弁だ。長く豊富な戦闘経験を持つ彼等にとっても、あの艦隊を構成する艦艇には、まるで見覚えがなかった。 あらゆる超高性能神族製コンピューターをも凌駕する、レミエラ少将の記憶中枢を除いて。 「あれは今から100億年以上前に天界正規軍で使用されていたタイプの次元艦ですわね。『陽龍大聖』の支配が始まる直前の期間に建造された艦です。あの邪龍に世界が支配された際、このタイプの艦は全て遺棄されたはずなのですが……興味深いですわね」 「そんなアンティークな艦がまともに動くのかよ?」 「性能面ではむしろ現在の艦より優秀なくらいですわよ。あの当時、天界には謎の天才科学者がいたそうですから」 「艦船数はほぼ五分……それじゃ俺達が不利ってわけか」 今回、シュタイナ上級大将率いる天界軍第14独立艦隊――『鉄神兵団』は、魔界大帝及び木龍大聖を戦闘対象とするため、ZEXL部隊とその輸送揚陸艦と空母を中心とした、対機動要塞戦向けの艦隊編成をとっている。つまり、艦隊戦を想定してはいないのだ。艦船数がほぼ互角でも、不利は免れないだろう。 「188GA防御タイプフォーメーションを維持したまま、第三戦闘速度で前進だ。格闘戦に持ち込むしかないだろう」 獅子のたてがみを思わせる顎鬚を撫でながら、シュタイナ上級大将が的確な指示を飛ばした。 世の中に完璧な兵器が存在しない例に漏れず、無敵の戦闘能力を持つZEXLにも『巡航距離が短い』という弱点がある。戦場で運用するには、揚陸艦や空母による戦闘区域までの輸送が必要となるのだが、戦場に辿り着く前に射程が長い艦隊砲撃に撃墜されてしまう事も多い。 その為、多少のダメージは覚悟して艦隊ごと敵艦隊に肉薄して、そこからZEXLや次元戦闘機による超接近格闘戦に持ち込むのがベスト――というより、艦隊による打撃戦では圧倒的に不利な状況では、これしか手が無いだろう。 「……まさか、こんな所で斯様な障害にぶつかるとは……貴方達、敗北は許しませんわよ!!」 絶対零度の氷塊を連想させるフロラレスは、親指を噛み締めながら見た事もないような怒りと当惑、そして狼狽にも見た焦りを見せていた。この女がここまで感情を露にするのは極めて珍しい事だった。他者を計略にはめ、思い通りに弄ぶのは彼女の得意技であり、自分が計算外の事態に驚かされるのは慣れていないのだ。 「……敗北?敗北だって?」 今まで自分達を見下し、利用していた氷の女の狼狽振りを見て、ゴリアテ少将はこれ以上無いほど小憎らしく嘲笑って見せた。 「それこそ、俺達『鉄神兵団』には1番縁遠い言葉だぜ……黙って見てな」 部下の啖呵に、シュタイナ上級大将は無言で苦笑した――と、同時に、この宇宙全体を人外の魔力が隅々まで侵食するのを、乗員の誰もが感知した。 「“ワールドフリーズ”の使用を確認しました」 オペレーターの声も、僅かに上擦っている。そう、これはまさしく―― 「戦闘開始の合図――か」 呟きと同時に、超遠距離からの艦砲射撃が宇宙空間を揺るがし、断続的な振動を第14独立艦隊旗艦『アウターリミッツ』のブリッジにまで伝えてきた―― 「さあ、ライブパーティーの始まりだぜ」 月軌道上――物質密度的には限りなく『無』に近い宇宙空間を、極彩色の輝きが乱舞していた。 七色の光のシャワーのような次元断絶ビーム。 彗星の如き青白い尾をなびかせる素粒子消滅級ミサイル。 ゆらめくオーロラに似た存在概念変換結界キャノン。 黄金の輝きを放つ審判砲。 その一撃一撃でこの宇宙を軽く数億回は消滅させる事ができる超兵器が敵艦に叩き込まれる度に、防御用のバリアーユニットが虹色の輝きを撒き散らし、攻撃そのものを中和させる。 遠目には、それは戦争というより花火とネオンライトが華麗に乱舞するパーティー会場を思わせた。 ――触れるもの全てを滅ぼす、死神のパーティー―― そんなパーティーの主催者の1人――シュタイナ上級大将は、デスクの上で戦況を立体的に表示している多次元モニターを見据えて、トレードマークの顎鬚をゆっくりと撫でた。思考する時の、彼の癖なのだ。 「……妙だな」 戦場を立体的に表示しているモニター上では、『鉄神兵団』の艦は青い光点、敵艦は赤い光点で表示されている。現在の状況は、球状の青い光点の塊を赤い光点がアメーバのように飲み込み、包み隠そうとしているように見えた。包囲殲滅としては、この陣形は間違っているわけではないのだが―― 「なぜ、自ら格闘戦に持ち込む?」 今回の『鉄神兵団』は、前述したように対艦隊戦を想定して編成されていない。敵の立場に立ってみれば、本来なら距離を保って超遠距離からの砲撃戦に持ち込むのがセオリーだろう。 しかし、相手はわざわざZEXL部隊の間合いでもある接近戦を挑み、あまつさえ一点集中が基本中の基本である艦砲射撃の常道を無視して、ただひたすら四方八方に撃ちまくっているように見えた。結果として、戦場は敵味方が入り乱れた無茶苦茶な超近接乱打戦に陥っていた。 こうなれば、指示するまでもなく百戦錬磨の兵(つわもの)揃いである『鉄神兵団』が圧倒的に有利となる。彼等にとっては、まさに願ったりの状態なのだが―― 「司令官が素人なのでしょうか?それとも――」 「――“罠”か」 レミエラ少将の疑念に満ちた台詞を、シュタイナ上級大将が受ける。 “状況が思い通りに動く時こそが、最も警戒すべき時”――シュタイナ上級大将は、その警告を熟知していた。 「どう思う?」 「単純に考えりゃ、“海賊戦法”の為のおとりだろうよ」 “海賊戦法”とは、敵の指揮中枢に揚陸艦ごと特攻、または白兵戦部隊が内部に侵入して肉弾戦を挑む戦法である。本来ならば、戦力的に不利な側が一発逆転を狙って行う戦法なのだが、むしろ艦隊戦では有利な立場にある敵側がその戦法を取る理由は無い筈だ。 「ですが、当旗艦に接近している敵艦は1艦も存在していませんわよ」 「…………」 顎鬚を撫でる動きが止まった。まるで獅子が眠りにつくように、ゆっくりと瞳が閉じられる。 ゴリアテ少将とレミエラ少将が目を合わせた。 改心の笑みを浮かべて。 “天将元帥”が、あの沈黙思考から覚めた時――すべての状況を打開する『策』を見出す事を、彼と共に幾多の戦いを繰り広げてきた者達は知っていた。 獅子の瞳が、ゆっくりと開かれる。 「レミエラ少将、ゴリアテ少将、2人に命令を与える――」 「――第25ZEXL中隊の損傷機体が到着しました」 『了解。ただちに格納庫のハッチを開く。認識番号順に帰艦せよ』 第14独立艦隊旗艦『アウターリミッツ』は、艦艇のカテゴリーとしては『“グレートシング級”重戦闘空母』という艦種に位置している。こうした総力戦では、艦隊の指揮中枢だけではなく、こうして本来の目的である多目的大型空母としての役割も果たしているのだが―― 『そこのZEXL、認識番号順を守って帰艦せよ』 「うるさいわい!このボロZEXLはもう生命維持装置まで限界なんじゃ!!先に行かせてもらうぞ」 ナビゲーションコンピューターの無機的な合成音声による指示を無視して、何機かの損傷の激しいZEXLが、順番を割り込んで先に格納庫に入ろうとする。しかし、周りもナビゲーションコンピューターも、特にそれを咎めようとしなかった。 何が起こるのかわからない戦場では、こうして一々規律を守っていられない状況も多々あるのだ。いつ自沈するかわからない、損傷の激しいZEXLを優先して収納するのは、この場合むしろ的確な判断と言えるだろう。 だが――結果として、今回はそれが仇となった。 『損傷機体は認識番号をアンカーシステムに入力――』 愚直なまでに淡々と与えられた機能を処理しようとするナビゲーションコンピューターは、各坐した機体群の中から、格納庫を見下ろす位置にあるメインコンピュータールームに銃口が向けられても、それが何の意味を持つのか理解しない。 修理を待つ中破したZEXLの中から一条のエネルギーキャノンが火を吹き、メインコンピュータールームはオレンジ色の爆風と共に原子のチリと化した。 BEEEEE!! BEEEEE!! BEEEEE!!…… たちまち格納庫は警報音と消化システムの煙に包まれる。すぐさまかけつけた警備兵達は―― 「こ、これは!?」 各坐したZEXLの中から立ちあがり、損壊したように見せかけるための偽装パーツを破棄する漆黒の鎧武者機神――『ZEXL−22 トライゴン』の勇姿を見て呆然とした。 両手で抱えるように装備するメインウェポン、大型バスターライフルがエネルギーの炎を吐いた。周囲の動けないZEXLを2・3機巻き添えにして、修理用格納庫から隣の次元戦闘機用格納庫の隔壁までもぶち抜く。大音響と大爆発が『アウターリミッツ』全体をも揺るがした。 「――どうやら、ここまでは上手くいったみたいだな」 トライゴンのコックピットの内部で、パイロットスーツに身を包んだアヴァロン・クルィエ“元”少佐は、小憎らしいくらいシニカルに唇を歪ませた。 そう、これが囚われの身となったクリシュファルスにアコンカグヤ、樹羅夢姫にかすみの魂を救出する為の、一発逆転の策略だ。 座導童子が用意した次元艦隊をまるまる全て囮に使い、損傷したように偽装したトライゴンが、修理するために帰艦したように見せかけて、難攻不落の『鉄神兵団』旗艦にまんまと侵入を果たしたのである。 「死にたくなけりゃ引っ込んでな、ロートルさんよぉ!!」 バスターライフルが立て続けに発射された。エネルギーの奔流が周囲の格納庫の大半を巻き込んで爆発し、辺りを瓦礫と炎の海に変える。無論、警備兵達も対応しようとするのだが、通常の警備用装備ではZEXLに勝てる訳がないし、ならばと格納庫のZEXLを出撃させようとしても、他の各坐したZEXLや破壊された格納庫の機材が邪魔をして、思うようにはいかない。 それも座導童子達の計算通りだった。クルィエ達の奇襲は大成功を果たしたのである。 ……これまでの所は。 厚さ58mを誇る多重複合神聖処理合金の隔壁に、真紅の染みが生じる。染みは徐々に大きくなり、次の瞬間、爆発するように溶解した隔壁の欠片を吹き飛ばし、漆黒のZEXLが飛び出した。 しかし―― 「――!?」 トライゴンの進撃は急停止した。 本来、ZEXLの修理用予備部品が置かれていた筈の格納庫内部は、全ての機材と運搬用エレベーターが取り払われて、巨大な吹き抜けと化していた。 そして、巨大な空間と化した格納庫の内部には、重装備のZEXL部隊がゆうに二個連隊はずらりとその勇姿を見せ付けて、凶悪なメインウェポンを不埒な侵入者に向けていたのである。 愕然としたように動きを止めるトライゴンの背後を、新たなZEXL部隊が取り囲む。蟻の子一匹も逃れられない、完璧な包囲陣だ。 策にはめられていたのは、こっちだったのである。 「よくもここまで好き勝手に暴れてくれたなァ、クソガキ」 正面奥の指揮官用ZEXLから、怒りと侮蔑、そして殺意に満ちた通信が格納庫中に轟いた。こんなダミ声を出せる神族は、天界広しと言えどもゴリアテ少将しかいない。 「せいぜい無駄な抵抗してくれよ。そうでなきゃ殺りがいがねぇからな」 ゴリアテ少将の脅しに屈したように、トライゴンは動かない―― 「……なめんじゃねぇぞ、クソジジイども」 ――いや、黒い機神の勇姿が多重露光のようにぶれていく。そして次の瞬間には、両隣に新たな2体のトライゴンが出現した。 『トリニティ・システム』の発動――クルィエ少将は、まだやる気なのだ。 しかし、ここまで完璧な包囲陣を組まれてしまっては、クルィエだけではなく、アコンカグヤや“戦将元帥”デュークス・レナモンド大佐でも突破は不可能だろう。 周囲のZEXLが、無機的な稼動音を響かせながら一斉に身構える。 3機のトライゴンが、ゆっくりとウィングを展開した。 新たな神々の戦いが、今、幕を開ける――!! 「……後は頼んだぜ、おっさんとお嬢ちゃん」 「クルィエさん、大丈夫でしょうか?です?」 「彼の腕前ならば、そう心配する事もないと判断す――」 天地がひっくり返ると非現実的な形容表現をしたくなるような爆音と振動が、後方の格納庫側から轟いてきた。 「――るのは早計かもしれないと推測する。早目に勝負を決めてしまおう」 「はいです」 私とセリナ君は、機能性のみを追及させた芸術的洗練度に欠けること甚だしい次元軍艦の通路を疾走する速度を、よりいっそう速める事にした。セリナ君が鬼族である私の全力疾走に付いていける事に関しては、もう突っ込まない事にしよう。うむ。 一個艦隊をまるまる囮に使用した単機のZEXLによる敵旗艦内部への侵入――実はそれ事態が、こうして私達から敵の目を反らさせるための2重の囮なのである。 この次元空母内部に侵入成功した我々は、すぐにクルィエ君のZEXLから降りて、ああして彼が囮となって暴れている間に、我々がこの艦の指揮中枢を制圧して、同時にクリシュファルス君達の身柄とかすみ君の魂を救出する……それが今回のマーべラスな作戦の全貌である。うーむ、我ながら完璧だ。 このグレートシング級次元空母『アウターリミッツ』の内部構造は、すでに私のハッキングと、クルィエ君にアンコ君が残してくれた情報によって完璧に把握してある。我々の目的地は、指揮中枢のあるメインブリッジだ。 そこに伝説の提督“天将元帥”シュタイナ上級大将と、あの危険度最大級判定な美女ことフロラレス総参謀長官がいると推測する。 今回の敵勢力における最重要人物たる2人の身柄さえ確保すれば、この絶望的な戦いを一発大逆転できるのだ。 ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! うーむ、実に痛い。 T字通路を曲がったとたん、幾何学的なデザインの警備ロボットが何の警告もなく発砲してきた。無粋だが威力だけはやたらあるレーザーキャノンが私の身体に叩きつけられるが、私自身は服が多少蒸発気化しただけで、何の負傷もない。痛いが。 「ふんっ」 無造作に右手を振る。その風圧だけで警備ロボットは吹き飛ばされて、壁面に高速激突してバラバラに損壊した。 「佐藤さんは御強いですね」 「うむ」 軽くガッツポージングしながら、私達は再び高速移動を再開した。 外見上は特筆すべき変化はないが、今の私は鬼族としての力を完全解放している。知性派の私はあまり荒事は得意としていないが、四大種族最強、つまり世界最強の身体戦闘能力を誇る鬼族の肉体の前では、神族の抵抗など快刀乱麻だ。 数十分後――何十度目かの無駄な抵抗を吹き飛ばし、ついに我々はメインブリッジの前に辿り着いた。 「失礼しますです」 丁寧に深々とお辞儀してから、礼儀正しくセリナ君が扉をノックする。その直後、私の回し蹴りが扉を鉄屑状に粉砕した。 小規模な爆風と、電子の火花が収まった向こうには―― 「ようこそ、招かざる客人よ」 提督席で重鎮な姿を見せる武争神族――バルバロッサ・シュタイナ上級大将と、その隣で華麗にお辞儀をしているあの冷血的な美女――フロラレス総参謀長官がいた。 ついに、我々は敵の指揮中枢――メインブリッジに辿り着いたのである。うーむ、感慨深い。 なぜか提督席のデスクの上にピクニックシートが敷かれている点が非常に気になるが、美しさを覚えるほど機能的なブリッジの内部では、何十人ものスタッフが壁際の席に座り、我々の事は完全に無視して己の仕事を淡々と処理している。 「正直、ここまで来れるとは思いませんでしたわ」 相も変わらず挑発的で高慢、優美ながら冷笑的に、フロラレス君は豊かな胸を支えるように腕組をして我々を見据えている。シュタイナ上級大将は……何か沈黙思考しているように目を閉じて動かない。まさか寝ているわけではあるまいが。 「クルィエ君の言葉を借りれば、チェックメイトと言うやつだ。観念したまえ」 「何だかよくわかりませんですが、喧嘩はやめて仲良くしましょうです」 何も考えていないらしいセリナ君は無視するとして、ここまで来れば私の勝利は揺るがないだろうと判断する。今、この現場に存在する全ての神族が我々に襲いかかってくると仮定しても、鬼族の力を開放状態にある私なら片手で制圧できるだろう。よしよし、どうやらこのひたすらしんどかった戦いも、ようやく終了の時期が来たらしいな。うむ。 「そうですわね、そろそろ終わりにしましょう」 「へ?」 その瞬間――遺憾ながら、私には何が起こったのかさっぱりわからなかった事を告白しよう。 フロラレス君の姿がふっと消失したと同時に、視界が螺旋状に高速回転したのだ。それが私自身が回転しているのだと認識した時には、私はうつ伏せに押さえられていた。両腕は後ろ手に組まれ、如何なる手段を講じても指1本の筋肉細胞も動かせない状態にある。 一体、何が起こったというのだ!? 「チェックメイトですわ」 その声と背中の感触に、私は形容表現とは言い切れなく凍りついた。 私の背中に圧し掛かり、完璧な固め技で私を押さえ付けているのは――フロラレス君ではないか。 彼女のスピードは鬼族である私より10倍は速く、100倍は力強かった……神族である彼女が!! これは一体、如何なる現象なのだろうか? そんな私の疑念を他所に、何時の間にか出現した警備兵達が、私とセリナ君に次々と銃口を向けていく。 万事休すだ。 我々のメインブリッジ奇襲作戦は、まんまと失敗してしまったのである。うーむ、世の中そんなに甘くないと言った所か。 「正直、ここまで簡単に終わるとは思いませんでしたわ」 絶対零度の嘲笑を背中から浴びながら、私は最後の希望に願いをかけていた。 (最善を尽くす事を希望する……あすみ君、真沙羅君) 「はくちゅん!!」 『寒いですか?我が主よ』 「きっとステキな人が、あすみの噂をしているのですぅ」 『この通気口は寒いですからな。早目に進みましょうぞ』 「もう!ましゃらちゃんノリが悪いですぅ」 『真沙羅ですぞ、主』 同時刻―― 狭く暗く寒い……閉所恐怖症の者なら1秒で気絶しそうな空間を、あすみと真沙羅が匍匐前進していた。狭苦しい通気口を、真沙羅は実体を影に変えて悠々と進めるが、あすみは途中でその大きなお尻がひっかかる事もあり、なかなか思うようには進めないでいる。 ここは『アウターリミッツ』の内部を蜘蛛の巣状に駆け巡っている通気口だった。通気口といっても、内部を通るのは神聖エネルギーの残滓といった、人間にはさっぱり意味がわからない類のものだが、誰にも見つからないように、こっそり進むにはもってこいのルートである。 クルィエが囮となっている間に、2人はセリナ&座導童子とは別行動を取ったのだ。座導童子達が派手に暴れながら突き進むのも、この2人の目を誤魔化すためなのだろう。 その目的は―― 「早くクリちゃんとジャムちゃんとアンコさんと、ついでにお姉ちゃんの魂を助けるのですぅ!!」 『……馬鹿すみは、ついでですか』 小さくガッツポーズを取る主の脳天気な姿を見て、真沙羅はやたら人間臭く溜息を吐いた。 捕らえられたクリシュファルスにアコンカグヤ、樹羅夢姫とかすみの魂の救出――それがあすみと真沙羅の役目だ。 クリシュファルス達が閉じ込められている場所と、そこに辿り着くまでのルート、途中の障害を回避する方法等は、全て座導童子とクルィエに教わっている。 たとえ人間でも――いや、人間だからこそ、囚われの超高位存在達を助けられるのだ。 突然、前方に小さく鋭い輝きが生じた。 「あ、またホタルさんですぅ」 『主よ、静かに』 青白い光りを放つ極小さな発光体は、ホタルのようにゆらゆらとあすみの目の前に漂ってきたが、特に何事もなく後方に流れていく。 あのホタル状の発光体が、この艦の防犯警備用マイクロマシンだと知ったなら、あすみも少しは緊張したかもしれない。 しかし、あすみや真沙羅のような地球生まれの生命体は、神族のような超高位存在と比べては生命体としての『格』があまりに小さすぎるため、太陽の光の下ではホタルの光が見えないように、センサーに感知されないのである。 これこそが、厳重に監視されているだろう魔界大帝達を救出するメンバーに、普通の人間&魔物であるあすみと真沙羅が選出された理由なのだった。 そして―― 『この真下が目的地ですぞ。主よ』 「ううん……ちょっと見えにくいですぅ」 ガラスのように半透明な鉄格子状の通気口の出口から、あすみと真沙羅は顔だけを覗かせた。すぐ真下――といっても30mは高さがあるが――には、透明な棺桶のような物体の中に横たわり、死人のように動かないでいるクリシュファルスにアコンカグヤ、樹羅夢姫の人間体がいる。この謎の金属で作られた鉄格子を分解する方法も、あの封印結界の一種を解除させる方法もあすみは教わっている。 しかし―― 「警備員の倒し方なんて、教わってないですぅ〜」 『むぅ……これは厄介な』 当然といえば当然ながら、封印された者達の周囲には、重装備の警備兵十数人が配置され、一部の隙もない挙動で完璧に見張っていたのである。 「えいっ!!って不意打ちすれば、倒せませんかぁ?」 『神族がそんな事でどうにかなる相手なら、我等も苦労は――む?』 「あれぇ?」 あすみと真沙羅はぽかんと気の抜けた表情を浮かべた。出入り口らしいテレポート・ドアから、とてもこの場にそぐわない、温厚で優しそうなお婆さんが出現したのだ。 一見、夕日の差しこむ縁側で、ネコを膝の上で抱きながらお茶をすする姿がよく似合うだろう上品な老人に見えるのだが、ちゃんと軍服を――それも高級士官用ドレスユニフォームを着ているのだから、あのお婆さんもれっきとした軍人――それも指揮官クラスだと、あすみは小首を傾げながらも判断した。 その優しそうなお婆さんが、警備兵のリーダーらしき者に一言二言話しかけると――まるで潮が引くように、警備兵達はテレポート・ドアから部屋の外に消えていってしまったのだ。 後に残されたのは、あの温厚そうなお婆さんだけである。 「よくわからないけど、これはチャンスですぅ」 『主よ、老人だからといって油断は――』 「もういいですよ、降りてらっしゃいな」 「『――!?』」 驚愕と戦慄を顔に張りつけたあすみと真沙羅がいる換気口の入り口を、見上げるように覗き込みながら、お婆さん――レミエラ少将はニコニコと優しそうに笑って見せた。 「格納庫で暴れてるZEXLはどうなったのかしら?」 「現在も戦闘中です。しかし、捕縛もしくは破壊も時間の問題かと」 「どうやら、戦争ごっこもお終いのようですわね」 これでもか!!と言わんばかりに冷たい嘲笑を向けるフロラレス君に、私は何も言い返せなかった。 現在の私は対高位存在用捕縛結界拘束具で、雁字搦めに拘束された状態にある。鬼族である私の力をフルに振るっても、形容表現ではなく指1本動かせなかった。力無く床に転がされた私の自由になる個所と言えば、こうして相手を睨みつける眼球ぐらいしかない。うーむ、実に情けない&極めて大ピーンチな状況だと反論の余地無く断言できるだろう。 ちなみに、さっきから影の薄いセリナ君も、私とあまり変わらない状態で隣に転がされている。 シュタイナ上級大将や他のオペレーター達は――先程から沈黙したままだ。 「道中の暇潰し用のオモチャも手に入りましたわね。人間にしては面白い娘だこと。脳細胞の原子配列まで徹底的に分解調査してあげますわ」 「ん……謹んで……遠慮します……です……あぁ……あ」 セリナ君の超人的な爆乳をヒールのつま先で突つきながら、フロラレス君が学術的で物騒な台詞を吐いてくれた。 しかし……ここまで来ると、先日からの私の疑念も、半ば確信に近付きつつある。 私は早速それを確かめる事にした。彼女をこのまま放っておけば、今この場でセリナ君を解体しかねなかったという事情もある。 「――『鉄神兵団』を操り、謎のZEXLを駆り、魔界大帝ばかりか大聖まで手中に収める――フロラレス君、君の目的は何なのかな?とても天界軍の任務とは思えないのだがね」 セリナ君(の爆乳)を嬲るつま先の動きが止まった。ゆっくりと、私に顔を向けるフロラレス君は、心臓が凍結する錯覚に惑わされそうなくらい冷たく、そして美しい。 「私の目的……?」 「魔界大帝と大聖を拉致できる可能性があるとはいえ、天界上層部がここまで乱暴な手段に出るとは思えないがね。下手すれば悪魔族や龍族ばかりか、条約違反の件で鬼族まで敵に回す恐れがあるし、仮に本気で魔界大帝達を拉致するつもりなら、一個艦隊ではなく天界軍全軍で行動するはずだ。本当の天界軍の命令とは、あくまで魔界大帝や大聖を監視して、状況が許せば懐柔策に出る事なのではないかな?」 「……なるほど、やはりただの鬼族ではなかったようですわね」 「“鬼神教授”と呼びたまえ」 フロラレス君は面白そうに瞳を細めるだけで、私の予想を否定しなかった。否定しないという行為が限りなく肯定に等しいという事実は、今回も当てはまりそうだ。 「御推測の通りですわ。今回の作戦はほとんど私の独断に近いのですよ。天界上層部の指示は、あくまで超高位存在の監視……ですが、指揮権を私に託したのが、運の尽きですわね」 知的階級に位置する者の常として、フロラレス君も自分の発言に酔っているようだった。まるで舞うかの如く私の周りを回りながら、歌うように語り始める。 「私の目的は、天界、魔界、精霊界、冥界――全ての世界の叡智を手に入れる事ですわ」 私はよろめいた。 その発言内容は、私の『欲望』と全く同じだったからだ。 しかし、その方法は、環境への影響を最小限に留めようとする私のそれと大きく異なるようだ。 「その為には、世界の全てを私が手に入れなければなりませんよね?その意味で俗っぽく表現すれば、私の目的は世界征服ですわ」 違う意味で、私は再びよろめいた。 せ、世界征服とは……子供向けのフィクション作品でも、最近はなかなか聞かない言葉だろう。 しかし――彼女の場合は、それも決して荒唐無稽な内容ではない。魔界大帝に大聖に鉄神兵団、そしてあの謎のZEXLがあれば、たとえそれ以外のあらゆる力を相手にしても、容易く撃退する事ができるのだから。それは私が絶対の自信を持って保証できる。 それに、問題なのは彼女が世界征服する『方法』だ。 今までの強引かつ破壊的な手段を考慮するに、とても穏便な手段で征服を成すとは思える可能性は極めて低いと計算せざるを得ない。 『自分以外のあらゆる存在を滅ぼす』――ある意味、それも立派な“世界征服”なのだから。 「……なぜ、世界征服などしたいのかね?天界軍総参謀長官という立場なら、己が思いのままに振舞える権力的位置として充分だと私は判断するが」 フロラレス君は冷たい唄を歌った。 「理由?それは私がそうしたいからですわ。それ以外に理由が必要かしら?」 「うむ、もっともな理由だ」 そして、その一言で私の彼女に対する疑念の、最後の1ピースが一致したのだ。 「フロラレス君」 「なにかしら」 「君は鬼族だな」 ――アブソリュート・ゼロ―― 今まで流れた刻の中で最も冷たい、究極の絶対零度が、沈黙の司令室を満たした。 フロラレス君は動かない。 セリナ君は動かない。 オペレーター達は動かない。 シュタイナ上級大将は動かない。 私も動かない。 そして、フロラレス君が動いた。 「……なぜ、それがわかったの?」 あらゆる精神も物質も、その言葉には込められていなかった。それは『声』と言うにはあまりに無機的だったのだ。 まるで声帯が凍結したかのように、声を出すのに非常な努力が必要だった。 「君の行動パターンから総合的に判断した結果だ。君は理性で動いているように見えて、実はそうではない。君を動かす唯一にして絶対の条件は、己の『欲望』に他ならない」 「あはははははははは!!!」 突然の哄笑――フロラレス君は笑っていた。可笑しくてたまらないとばかりに、魂の底から笑っていた。もし、私の両手が動くと仮定するなら、私は全力を込めて自分の耳をふさぐ――いや、耳を潰していただろう。それはそんな笑い声だった。 「あははははははは――御名答ですわ、座導童子……私は第1級情報神族フロラレス。真の名は“フロラレス・ヤクシニー(夜叉御前)”」 夜叉御前(ヤクシニー)――それは、出自不明の鬼族の女性に付けられる姓だ。地球の英語文化圏でいう所のジョン・ドゥやジェーン・ドゥに該当する。 やはり彼女は、正真正銘の鬼族だったのだ。相手が鬼族ならば、正直に告白して鬼族としては三流の戦闘力しか持っていない私が素手で敗北しても不思議ではない。おそらく、あの手応えから判断して、第1級戦鬼クラスの戦闘能力を誇るのだろう。生身でZEXLとも戦える戦闘能力の持ち主だ。 「私の両親は普通の神族でした。ですが、母方の祖先が数十代前に鬼族に犯されて生まれた子でしたの。今頃になってその血が出て来たのですわ」 生物学的に近似種に当たる鬼族と神族は、互いの間に子供をもうける事が可能だ。その場合、生まれてくる子供は神族か鬼族のどちらかがランダムに生まれて、生物形質的の中間種……いわゆるハーフが誕生する事はない。 しかし、極めて低い可能性ながら、片割れの血が発露して、こうした神族から鬼族の子が、逆に鬼族から神族の子が誕生するケースがあるという。 そして、それらの赤子はほとんど例外無く―― 「両親は、私をあっさりと軍の生物実験施設に売り飛ばしましたわ。その後、私がどんな目に会いながら成長していったか想像できまして?」 私にはとても想像できない。 どんなに悲劇的で残酷で惨たらしい想像をしても、彼女の実体験の一欠けらにも及ばないからだ。 宇宙に存在する――いや、存在しないレベルのものも含めて、あらゆる暴虐が彼女に降り注いだのは想像に固くない。 「この私が世界の全てを憎悪するのも、理解してもらえると思いますが……」 確かに、そのような境遇ならば、彼女がここまで『歪んだ』性格になったのも十二分に理解できる。いや、『歪む』程度で済んだのが奇跡に近いだろう。 そして、そんな立場からこうして天界軍総参謀長官の座に辿り着くには、更なる最大級の艱難辛苦があった筈だ。 「でも……でも……私は世界の全てを支配し、破壊する力を手に入れました……もう、誰も私を傷つけない、誰も私を苛めない、私を犯さない、私を苦しめない、身体を弄らない、殺さない……それが私の望んだ世界!!これが私の望む『欲望』だ!!あは、あははは、あはははははははは――!!!」 ……もう、駄目だろう。 もはや、誰も彼女の凶行を止める事はできない。 誰も彼女を救う事はできない。 我々を含めて、彼女に笑顔の1つでも向けた者がいただろうか? あらゆる者達が――いや、この世界そのものが、彼女を理不尽極まるやり方で虐げてきたのだ。 彼女はただ、自分に与えられた暴虐を、相手に返そうとしているだけなのだ。 生まれの差別意識から虐待を受け、誰からも愛情を与えられず、この世界そのものを憎悪する――そんな考えを持つ者は、決して珍しい存在ではない。だが、普通はその思いを心の中に納めるか、別の形で発露するものだろう。 しかし、彼女は鬼族――己の欲望に支配された種族だ。彼女は世界の否定を極めてシンプルな形で実行しようとしているのだ。 鬼族としての欲望と地獄で養われた復讐心が、混沌の渦と化して入り混じっている。如何なる言葉や物質が、彼女に光を与えられるというのか? 「あはははははははは……は…!?」 答えは、私のすぐ側にあった。 美しく、柔らかく、そして優しく微笑むセリナ君の手が、踊り狂うフロラレス君の足を掴み、動きを止めたのだ。 そう、彼女を止めたのだ。 一体、如何なる方法で捕縛結界拘束具で拘束された状態で手を動かせたのかも謎だが、そんな事はこの奇跡を前にしては些事に過ぎない。 セリナ君は、無言でフロラレス君を見上げていた。 言葉も無く、動作も無く、ただ純粋に、無垢に、無限の微笑みを向けて…… 「……めろ…」 フロラレス君は――震えていた。 「……やめろ……やめろ、やめろ!!やめろぉ!!」 まるで子供のようにぶるぶる震えて、ヒステリックに取り乱した。 「私にそんな顔を向けるな!!私の心を暖めるな!!やめろ!!やめてぇ!!!」 その時――ああ、私は運命の暴虐を心から呪おう――凄まじい振動が、この艦そのものを激しく揺り動かしたのだ。 セリナ君の手が、フロラレス君の足から離れる。 ばっとフロラレス君は身を翻して、喘息のように荒い息を吐き、冷たい美貌を汗びっしょりにしていた。 「……状況をメインモニターに映せ」 ここで初めて、シュタイナ上級大将が短い台詞を発した。 ブリッジの正面に位置する、上でサッカーでもできそうなくらい大きなメインモニターに、ある映像が表示される。 それは―― 「こ、これは――!?」 フロラレス君の声は動揺に満ちていた。 全長200Kmを誇る超巨大空母『アウターリミッツ』の左舷を突き破って、如何なる闇より暗いだろう漆黒の魔獣と、蒼い輝きを宇宙中に撒き散らす聖龍と、魔獣と同じ闇色の装甲を纏った四肢の無いZEXLが踊り出て、縦横無尽に暴れまわっているのだ。 「なぜ、奴等の封印が解けたのですか!?」 彼女が動揺するのはもっともだろうと判断する。彼女の計画全てをぶちこわしにする光景が、あのメインモニターに映し出されているのだからな。 うむうむ、どうやらあすみ君と真沙羅君が上手くやってくれたらしい。正直、あまり期待してはいなかったのだが……なかなかどうして、侮れない人間だ。将来、さぞかし大物になるだろう。 「……ここまでのようですな、総参謀長官」 あらゆる感情を隠した渋く重厚な声が、驚愕のブリッジを揺るがした。 「何を言うの!?シュタイナ上級大将!!」 「ああして『アウターリミッツ』に張り付かれてしまっては、他の艦も相手に手を出せん。ZEXL部隊だけで、あの超高位存在2体に“神将元帥”を相手にできるほど、我々は自分達を過大評価していない。もう、抵抗手段はないのだよ」 「…………」 シュタイナ上級大将の戦況分析は極めて正しいと私も判断する。こうして指揮中枢の喉元を絞められた状況から逆転できると考えられる者は、戦争映画の見過ぎか途方もない愚か者だけだろう。 “あれ”を計算に入れなければ。 「……もういいわ。思えば初めから貴方達は役立たずだったからね。最後も私自らが決着を付けてあげる!!」 むしろ開き直ったようにきっぱりと言い捨てて、フロラレス君は右目を光らせた。次の瞬間、彼女の姿が目の前から消滅する。テレポートしたのは明白な事実だ。 ゴゴゴゴゴゴゴゴ――!! 魔界大帝達の暴れっぷりをも凌駕する振動が、私の最悪の想像を現実のものにしようとしていた。 メインモニター全体を、真紅の輝きが満たす――!! 機械仕掛けの三つ首龍が、紅(くれない)の咆哮をあげた。大気のない宇宙空間にも関わらず、その声は宇宙中の全ての存在に聞こえただろう。 全長数十Kmにも及ぶ巨体を前にしては、『アウターリミッツ』も人間にとってのトラック程度にしか見えない。魔界大帝など赤子同然だ。 あの魔界大帝に大聖、恐らくアンコ君が搭乗していたのだろう漆黒のZEXLを一瞬で倒した謎のZEXLが、再び降臨したのだ。最悪な事に…… 「アスピリン級『ZEXL−23 アーリア“セクスアリス”』。龍族の超級戦士の遺体を母体として完成させた、フロラレス総参謀長官専用の最新型ZEXL……らしい」 なぜかシュタイナ上級大将が、独り言のように我々に謎のZEXLの正体を教えてくれた。しかし、その行為に疑念を抱くのも礼を言うのも、今の私には余裕がなかった。 私は断言する。 この世界で、あのZEXL“セクスアリス”に、一対一で勝てるものは存在しない……と。 漆黒の宇宙空間に真紅と銀の翼を広げる“セクスアリス”の正面に、戦闘形態となった魔界大帝と大聖、そして黒いホワイトスネイクが対峙する。 無謀にも、正面から立ち向かおうとしているのだ。 【見せてあげるわ……この私の願いを!!】 “セクスアリス”からの外部通信と同時に、4体の超高位存在の戦いは始まった。 漆黒の魔獣から黒い触手が伸び、蒼い聖龍が青白い燐光を放つ。黒いZEXLは目眩ましの支援砲撃に徹しているようだ。 その全ての攻撃を、紅の三つ首機械龍は羽ばたき1つで打ち消した。 龍の三つ首が顎を開いた。途方もない出力のエネルギーが放出されて、つい一瞬前まで魔界大帝達が存在していた空間を焼き尽くす。 間髪入れずに3体の超高位存在が死角から攻撃を仕掛けるが、そのほとんどを“セクスアリス”は首の一振りで弾き飛ばした。 「……うーむ」 思わず溜息が漏れる。 まずい……前回の戦いと比べれば遥かに善戦しているが、それでもクリ君達が圧倒的に押されている。このままでは、前回の再現映像を見るのは自明の理だろう。 「皆さん、頑張ってくださいです」 何処から取り出したのか、メガホンを振って応援しているセリナ君は、きっと何も考えていないのだろう。断言してもいい。 しかし……この局面を打開するには、どうすればいいのだろうか? どくん!! どう、そろそろ私の出番じゃない? ……また君か。 御挨拶ねぇ、私もあなたも同じ存在じゃない。同じ『出来損ない』同士、仲良くしましょ。 君と仲良くするほど、私は自分自身に絶望していないつもりだ。 あらあら、言ってくれるわねぇ。 だが……確かに、ここは君の力を借りるしかないようだ。 それが賢明よね。 だが、君が力を使えるのは、あのZEXLに対してだけだ。それ以外に干渉しようとしたら、その瞬間にコントロールは返してもらう。 そんな事したら、あなたが死んじゃうわよ? 返答は無用だ。 ……わかったわ。私としては久々に暴れがいのある相手みたいだしね。 健闘を祈る。 まかせなさいな……じゃあ、行くわよ!! 何の前触れもなく、灼熱の炎がブリッジの只中に出現した。 そう、ちょうど拘束されて無様に床に倒れていた、鬼族の自称天才科学者“座導童子”のいた場所に。 「佐藤さん!!です!?」 セリナが本物の悲鳴を上げる。今まで無感情に仕事を処理していたオペレーター達も、皆驚きの表情で謎の炎を見据えた。 不動を維持しているのは――シュタイナ上級大将だけだ。 ブリッジの天井に届くほど激しく燃えているのにもかかわらず、なぜか誰も炎の熱は感じなかった。 誰も炎に触れなかったのは幸いだったかもしれない。この炎に触れたなら、たとえ大聖級の超高位存在であっても、一瞬で存在概念レベルまで焼き尽くされただろうから。 そう、この炎は万物を焼き尽くす―― 「――!?」 出現と同じく、唐突に不可思議な炎は消滅した。 その痕に残されたのは―― 「……ほう」 これも一種の奇跡かもしれない。 “天将元帥”シュタイナ上級大将が、感嘆の声を漏らしたのだ。 真紅の炎は、灼熱の美女を産んだ―― インド系の褐色の肌は野性的な生命力に脈動し、オイルを塗布したような瑞々しい艶やかさを醸し出している。乳首がツンと立ったボリュームたっぷりの爆乳も、赤毛の茂みに隠された秘所もまるで隠そうとせず、男なら一目で射精しそうな魔性の色香を放っていた。ウェーブのかかった赤毛は褐色の肌を伝い、艶やかな肢体に妖しい色取りを添えている。そして、炎の如く美しく、情熱的で――そして危険な美貌!!その厚めの唇を艶かしく舐める舌に絡め取られれば、どんな男の肌も大火傷を負うに違いない。 「まぁ、佐藤さんモロッコで性転換大変身ですね」 例によってボケた感想を抱くセリナの拘束具を、その美女は片手でするすると解いた。ありがとう、と礼を言おうとするセリナの頭をそっと挟んで―― 「んっ……」 いきなり、その唇を奪ったのだ。 ほんの一瞬、目を丸くしたセリナに満足した謎の美女は、ゆっくりと唇を離した。 「それじゃ、行ってくるよ」 この場においても孤高を保つシュタイナ上級大将に、謎の美女は濃厚なウインクを放った。 「期待していいのか?」 「まーね、大人しく見物してな」 全てを悟ったような老提督に投げキスを送ると、謎の美女の姿は跡形もなくブリッジから消失したのだった…… 『うわぁああああああ!!!』 紅の三つ首龍が発射した怪光線の一撃で、漆黒の魔獣はその巨体の半分を失った。すぐに助けに向かおうとする樹羅夢姫とチェーンヴァージンを、巨大な翼の一撃が打ち落とす。 善戦したとはいえ、やはり“セクスアリス”の前には、敗北は避けられそうになかった。 アスピリン級『ZEXL−23 アーリア“セクスアリス”』この機体は、鬼族の血を引くフロラレス総参謀長官専用にカスタマイズされている。 本来、ZEXLの最終兵器と呼ぶに相応しい戦闘能力の秘訣は、パイロットである神族の力を数十倍に増幅する特殊増幅機構にある。この特殊機構によって数十倍に強化された神族の力こそが、ZEXLの戦闘力の源なのだ。 だが、別の見方をすれば、神族の力を増幅する事しかできないとも言えるだろう。四大種族の中では最弱の身体能力しか持たない神族では、数十倍にパワーアップしてもたかが知れているのだ。 では、もし神族以上の身体能力を持つ龍族や悪魔族用のZEXLが存在したら? そして、もし最強の戦闘種族である鬼族がZEXLに乗ったらどれほどの戦闘力を発揮できるのか? その解答が、この“セクスアリス”なのだ。 しかも、こうして魔界大帝や大帝すらも圧倒する戦闘力から判断するに、只でさえ鬼族でも最強クラスの戦闘力を持つフロラレスの全能力を数万倍に増幅させる、超高性能の特殊増幅装置を使用しているに違いない。 この機体を開発したフロラレスの天才こそが、真に恐るべきものかもしれなかった。 【最後に聞いておくわね……私に従いなさいな。そうすれば、命だけは助けてもよろしくてよ】 半壊状態の魔界大帝達それぞれに首を向けながら、フロラレスは外部通信で冷笑を伝えた。 『ふざ……けるな…ぁ……』 ≪……くぅ……まだ…まだ……なの…じゃぁ≫ 《……まだ、負けてはいない》 3人の闘気は、まだ衰えていない。 だが、衰えていないのは闘気だけだ。誰もが満身創痍に近い。 【とても残念ですわ……ならば、世界と共に滅びなさい!!】 機械仕掛けの三つ首が、それぞれの獲物に死の鎌首をもたげた――その時!! どがぁ!!! 【――なっ!?】 真紅の巨龍がよろめいた。 三つ首の翼竜に似たデザインの“セクスアリス”だが、その胸部に該当する個所に、凄まじい衝撃が走ったのだ。紅銀に輝く胸部装甲は蜘蛛の巣状に粉砕されて、青白い火花をスパークさせている。 大聖や魔界大帝の攻撃にも耐える“セクスアリス”の装甲が破壊された!? 何が起こったのか。 「ハーイ、ずいぶん楽しそうにやってるわねぇ。どうせなら私も混ぜてよ」 【な、何者!?】 驚愕しつつも正確に索敵機能を作動させるフロラレスだったが、しかし、一瞬その相手を見逃す所だった。 対象があまりにも小さすぎたからだ。 全長2mにも満たない人間型の生命体――それが“セクスアリス”に一撃を与えた相手の正体だった。 あの、炎の如き美女である。 「座導童子(ザドゥリーニ)さ。ザドゥと呼んでおくれよ」 ぶるん、と爆乳を強調させるように胸を張りながら、炎の美女――“座導童子”は華麗に名乗った。 『はぁああ?』 ≪そちがあの筋肉赤ダルマの訳がないであろう!!≫ 《……同名?》 クリシュファルス達も、一斉に訝しげな声を漏らす。それも当然だろう。あのむさ苦しいオヤジと、この情熱的な美女には、共通点といったら髪と肌の色ぐらいしかない。 座導童子は少し困ったように頭を掻いた。 「今までのザドゥは『知』を担当していた男のザドゥさ。今のザドゥは『力』を担当している女のザドゥ何だよ……ま、細かい話は男の私に任せるけど、とりあえずあんた達の味方さ。安心しておくれよ」 【意味不明な事を!!】 右の龍頭と左の龍頭が左右から座導童子に襲いかかった。その攻撃速度は光速を遥かに超えて次元すら超越し、『攻撃が命中する』という事実に直接運命を書き替える。『静水』をマスターしたアコンカグヤですら、この攻撃は避けられなかった。 「おっと」 【!?】 まさか、身体を捻るだけで避けられるとは―― 「おらぁ!!」 気合一閃!色っぽい脚が跳ね上がり、華麗な――華麗なだけで何の工夫も無い踵落としが、左の龍頭に命中する。魔界大帝の全力攻撃ですら、傷1つ付けられなかった最も装甲の厚い個所に命中した踵落としは―― ばきぃ!! 外部装甲を粉微塵に粉砕して、内部中枢にまで食い込んだ!! 【馬鹿なっ!?】 爆風と金属片に電子の輝きを、出血の代わりに撒き散らしながら、たまらず間合いを離す“セクスアリス”を悠然と見上げて、座導童子は右手を真っ直ぐに突き出し、指だけを上にクイクイと動かした。左手は股間に当てて、指でラビアを広げて見せる。 『私を犯して』 これはそういうジェスチャーだ。しかし、戦いの場では最上級の挑発となる。 【戦闘型の鬼族でも、そこまで凄まじい戦闘力は有り得ない……鬼族の王、“冥王”でも無理でしょう……まさか、貴方は――】 怒りと当惑に震えるフロラレスの顔が、急速に凍りついた。 ある『伝説』を思い出したからだ。 四大種族なら、誰もが子供の頃に聞いた事のある御伽噺…… むかしむかし 世界がまだひとつしかなかったとおいむかし 世界には創造主さましかいませんでした ひとりぼっちでさびしかった創造主さまは じぶんの体から おともだちをよっつつくりました よっつのおともだちは しんぞく あくまぞく りゅうぞく きぞく と呼ばれるようになりました それが 私たちのいちばんさいしょの ごせんぞさまなのです さいしょのごせんぞさまは いまのわたしたちよりもずっとすばらしい力をもっていました それは いまのわたしたちのなかでいちばんすばらしい力をもっているものより 100ばいの100ばいの100ばいよりも もっとすばらしい力でした しかし よっつのごせんぞさまに 創造主さまは―― これは、荒唐無稽な『御伽噺』だ。歴史上の現実であった証拠など何処にもない。 だが――全ての可能性を追求し、偽りのベールを一枚一枚、少しずつ削り取っていけば、最後に『真実』が顔を見せる。 フロラレスの天才が、あらゆる要素から導き出した絶対なる結論。残された最後の真実――それは、 【座導童子……まさか、貴方は創造主に直接作られたという、鬼族の『原種』なのですか!?】 「違う……ね」 座導童子は猫のように瞳を細めた。 「その、プロトタイプさ……」 無音の爆発が宇宙を侵略する。 座導童子が、『鬼族』のプロトタイプ――それは如何なる意味を持つのか? それ以前に、『創造主』とは、何なのか? フロラレスは凍りついたように動かない。 アコンカグヤですら、普段とは違う意味の沈黙状態にある。 『原種?プロトタイプ?どういう意味なのかな?』 ≪知らんのじゃ。わらわはまだ学校で習っていなかったぞ≫ 魔界大帝と大聖だけが、無知ゆえに(彼等の種族にとっては)きょとんとした表情を浮かべていた。 「そんじゃ、種明かしも終わった事だし……」 肩を馴らすように、右手をぐるぐる回す座導童子。 「……パーティーを再開するよ!!」 そして、再び彼女は“セクスアリス”に特攻した。真紅の弾丸と化した座導童子が、同じ紅色のZEXLに迫る!! だが―― 【図に乗るなぁ!!】 横殴りの翼の一撃が、座導童子の突撃軌道を真横に強制修正した。ぐるぐる回転しながら吹っ飛んだ座導童子は、『アウターリミッツ』の甲板に激突する直前で急停止したが、 「……やべ、ちょっと勝てないかな?こりゃ……」 その美しく野性的な顔は、額から流れ落ちる鮮血で真っ赤に染まっていた。右手も奇妙な角度に曲がっている。まともに食らったカウンターは、炎の如き美鬼に多大なダメージを与えたのだ。 【鬼族の『原種』?それが何か?私と“セクスアリス”の敵ではないわ!!!】 真紅の三つ首龍は鋼の翼を広げ、天上天下に機械の咆哮を上げた―― 戦いは再開した。 唸りを上げて襲いかかる“セクスアリス”の猛攻を、座導童子が正面から迎え撃つ。魔界大帝に木龍大聖、そしてチェーンヴァージンはアコンカグヤの指示で座導童子のサポートに回りつつも、果敢に痛打を与えようと試みる。 悪魔族、龍族、神族、鬼族――それぞれの最強の座に位置する究極存在の波状攻撃は、あの無敵の巨龍に確かな成果をあげていた。 しかし――それでもなお、“セクスアリス”の絶対なる無敵と、フロラレスの復讐への欲望が、更に上回っていたのである。 その戦力差は、10対9――いや、100対99より小さかっただろう。だが、究極的な超高位存在同士の戦いは、そんな瑣末な差で勝敗が決定されるのだ。 「あはぅ……!!」 妙に色っぽい悲鳴を漏らして、座導童子がアウターリミッツの甲板上に落下した。その美しい身体は満身創痍に彩られている。 『むうぅ!!』 ≪ひゃあああぁん!!≫ 《……くっ》 その上に、立て続けに魔界大帝と木龍大聖とチェーンヴァージンの巨体が落ちてきて、座導童子はあわててその場を転がり離れた。 誰もがもう指1本動かせないと、一目で断言できるだろう。4体の超高位存在はよろよろと身を起こそうとするが、立ち上がるのがやっとだった。 【……ふふ…ふ……ようやく……決着ですわ…ね……】 フロラレスの通信音声が不明瞭なのは、“セクスアリス”も負けず劣らず機体損傷しているからだ。真紅の外部装甲は半分近くが損傷し、左足の鉤爪と右の翼、そして三つ首のうち右と真中の龍頭は根元から消滅している。 だが、まだまだその世界最強の戦闘能力は失われていなかった。残された龍頭と右足の鉤爪に、巨大なエネルギーの脈動が宿る。 【これで…終わりよ………御伽噺の…時代…の……】 狂気に踊るフロラレスの指先が、舞うように武器管制コンソールに叩きつけられた――!! 【終焉だ!!!】 真紅のエネルギーの柱が、太陽系を離脱し、銀河を貫き、宇宙を焼き、1つの『世界』を破壊した―― 【……な……に…ぃ……!…?】 真紅のエネルギーの柱が、1つの『世界』を破壊した―― ――三つ首の魔龍の右半身を。 まさに破壊のエネルギーを発射しようとした直前、“セクスアリス”の真下にあった『アウターリミッツ』の主砲の一撃が、真紅のZEXLを貫いたのだ。 「二番艦三番艦、続けて掃射せよ。目標は――」 この鋼の如き重厚な指示――王座の如く提督席に腰を降ろし、獅子を思わせる顎鬚を撫でる、この男は―― 「“セクスアリス”――!!」 ――“天将元帥”バルバロッサ・シュタイナ上級大将!! いつのまにか、『アウターリミッツ』の周囲を取り囲んでいた『鉄神兵団』の次元戦艦が、一斉に主砲を発射した。 (アウターリミッツに張り付かれてしまっては、他の艦も相手に手を出せない)というシュタイナ上級大将の台詞は何だったのか、全く遠慮せずに周囲の戦艦は自分達の旗艦に張り付いている“セクスアリス”を攻撃した。 その驚異的を通り越して奇跡的な砲撃精度は、アウターリミッツに破片1つ当てる事無く、正確に目標のみにダメージを与え続ける。 紅の三つ首龍“セクスアリス”は、破壊の本流に飲み込まれ、嘘偽りなくのた打ち回った。フロラレスは立て続けに小爆発を起こすコックピットの中で、美しい身体を血に染めて怒りの咆哮を上げた。 【シュタイナっ!!……裏切ったのかぁ!?】 しかし、返答は彼とは別の者から帰ってきた。 「そいつは違うぜ。これは初めから予定通りの行動さ」 コックピット内のメインモニターの隣のモニターに外部からの回線が繋がり、小憎らしいくらい不敵に嘲笑うゴリアテ少将と、その後ろでふてくされながら自分に包帯を巻いているクルィエの姿が―― 「魔界大帝様に大聖様達を解放したのも、私達ですよ」 「あすみもですぅ♪」 『主よ、まだ通信中ですから……』 隣のモニターに映ったのは、ニコニコと優しく微笑みながら紅茶を傾けるレミエラ少将と、すぐ隣で御相伴に預かるあすみと真沙羅のブイサインが―― 【…なぜ……なぜ……なぜシュタイナ上級大将が裏切ったの!?あの“天将元帥”が……なぜっ!?】 魂の底まで蒼白になりながら、フロラレスは怒りと屈辱と絶望に打ち震えた。 「……我々が、上に命じられるまま命を捨てる、ただの戦闘機械に過ぎないとでも思っていたのか?」 静かに、重く、恐ろしいほどの思いを込めて、シュタイナ上級大将は50万年分の言葉を搾り出した。 「貴様等にはわかるまい。50万年もの間、恨みも無い相手と殺し合う悲しさを。自分は安全な場所で踏ん反りかえる無能者の命令で、身体と魂を削り落としていく苦しみを。血と硝煙とシリコンにまみれた戦場の地獄を。」 その瞳は真紅に染まり、沸騰した溶岩の如き胸の内を露としている。 「貴様等にはわかるまい。心も身体もズタズタに傷つき、倒れ、ようやく戦いから開放された者達への、守ってきた世界からの仕打ちを。苦労など欠片も知らぬ若輩者に、無用者とののしられ、侮蔑の視線を唾と共に吐きかけられる屈辱を」 天界軍最強、常勝不敗、天下無敵と称された“天将元帥”と『鉄神兵団』……彼等の胸の内に、そんな怨嗟の炎が存在していたとは、誰が想像しただろう。 「貴様等が我々を否定するならば、我々も貴様等を否定してやろう……!!」 フロラレスははっとした。その言葉は、フロラレス自身のものでもあったからだ。 「……さて、フロラレス総参謀長官殿」 シュタイナ上級大将は――にやり、と笑った。 「裏切り御免!!」 最強艦隊『鉄神兵団』の全戦力が、絶望の“セクスアリス”に叩きつけられる。 「……ねぇ、どういうことかしら?仲間割れかよ」 『余が知るか!!』 ≪まぁ、それはともかく……≫ 《やるなら今よ》 突然の同士討ちに、しばし呆然としていた4体の超高位存在達も、とにかく今が好機とばかりに、“セクスアリス”への攻撃を再開した。 絶対なる戦力比は――逆転したのだ。 そして―― 【……なぜ……どうして……みんな……私を……いじめるの……わたしが……鬼族だから?……わたしが……いらない子だから……?】 「勘違いしない事だ、フロラレス君。君が不幸な人生を送っていた事など関係無いのだよ」 【……な…ぜ……?】 「君は“悪いこと”をした。君は社会のルールを破った。君は世界の法則を破った。君の過去は関係無い。君は自分の意思で“悪”を行ったから、社会と世界に罰せられるのだよ。『悪は滅びる』……その言葉の意味は、伊達ではないのだ」 【ああぁ……ああ……あ……あああああああああぁ――!!!】 真紅の巨龍は、四散した―― 天界軍第14独立艦隊――『鉄神兵団』が、実は天界軍そのものに叛旗を翻そうとしていたのは、最前線で戦い続けてきた頃から考えられていた計画だという。 その理由は、おそらく当人達しかわからないのだろう。しかし、同じ天界軍からその戦果を嫉妬され、上層部から玉砕にも等しい無謀な命令を下されたり、民間施設への攻撃など悲劇的な作戦を強制され、地獄に等しい戦いを繰り広げられていたという環境が、理由の大きな要素を占めているのは間違いないと推測される。 だが、その意図を上層部に見抜かれていたのか、そうした反乱の機会は現役中には全く与えられず、世間からは表向きだけの賞賛を受けながら除隊の時期を迎え、退役する羽目になったのである。 そのまま、反乱の火種は消えようとしていた。 しかし――それを再び燻らせたのが、今回の作戦への強制任命だったのだ。最も憎むべき天界軍上層部の最高幹部の私怨によって、その機会が与えられたというのも運命の皮肉と言うべきか。 年齢的にも、これは最後のチャンスだった。本来は、作戦開始と同時に『鉄神兵団』は作戦を放棄し、捕獲対象である魔界大帝達に寝返ろうとしていたのだ。 だが、誤算は総司令官であるフロラレス総参謀長官が、『4つの封印存在』を所持していた事である。それらの封印存在を使用されては、鉄神兵団も一瞬で全滅されてしまう。その為、表向きは命令通りに魔界大帝達に戦争を仕掛けているように見せかけて、ズルズルと戦いを引き延ばし、反乱の機会をうかがっていたのだ。 やがて、狙い通りに4つの封印存のうち3つが滅ぼされた。だが、最後の1つが1番の問題だったのだ。 最強の戦闘存在である“セクスアリス”――この怪物も、魔界大帝に大聖にチェーンヴァージン、そして私の激戦によって戦力比が逆転。ついに、反乱に漕ぎ着けたのである。 そして――反乱は完璧に成功したのだ。 うーむ、叡智に満ち満ちた私にとっても、この展開は想像できなかった。 早い話が、あの爺ちゃん達に、最初から最後まで利用されっぱなしだったのね。 むぅ、それを言われると弱いが……しかし、君はまだいたのかね?そろそろ眠りたまえ。 ずいぶんな言葉ね。誰のおかげで助かったと思ってるのよ? むむぅ、それも言われると弱いが…… まだ私はあの子の味見をしていないのよ? 私の学術的探訪を己の性欲と置き換えるのは止めてもらおう。さっさと眠りたまえ。 わかったわよ、フンだ。 「では、もと・天界軍第14独立艦隊のぜんじんいんとぜんそうびのまかいせいふへのぼうめいを、魔界大帝クリシュファルス・クリシュバルスのなにおいてみとめよう」 「御温情、感謝いたす」 『無駄なまでに』という形容表現が付随しそうなくらい広く、同じ形容詞が付属しそうなくらい豪奢な会議室――腹黒氏の館の地下にあった会議室の中で、歴史的に非常に重要な会談が行われていた。 天界軍の一個艦隊が、丸ごと魔界に亡命する――これは四大種族の長い歴史上においても、前代未聞にして空前絶後だと言っても決して過言ではないと断言しかねないという仮定を否定する意味でも重要な絶対意思を持って断言したい。 やたら豪華だがぶかぶかの魔界大帝儀礼用正装の中で、苦しそうに書類に調印するクリシュファルス君の向かいのテーブルには、同じく儀礼用のドレス・ユニフォームをこちらは完璧にまとったシュタイナ“元”上級大将が慄然と席に付いている。左右に控えるのは、レミエラ“元”少将とゴリアテ“元”少将だ。 互いの事情を説明した後、数時間に及ぶ話し合いの末、クリシュファルス君は『鉄神兵団』の亡命を許可した。天界軍最強の部隊が普通に魔界で生活できるのかはさておき、彼等の身の安全の保障と引き換えに、世界最高のテクノロジーの塊である軍事兵器とZEXLが手に入るというのは、悪魔族にとっては実に美味しい取引だろう。 「ぢゃが、なぜチンチクリンの所に亡命するのぢゃ!!わらわの龍族も、ZEXL技術は欲しいのぢゃぞ!!」 「木龍族だけに亡命要請したら、他の龍族が黙ってはいない」 「僕にはよくわからないけど、そういう事だから諦めようよ」 「うがー!!納得できぬのぢゃ!!」 包帯まみれのミツ君の肩の上で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら吼え猛るジャム姫君を、アンコ君とミツ君が沈静化させようとしている。 「これで、めでたしめでたしですぅ」 『主よ、我々にとってはいい迷惑なだけだったと思いますぞ』 詳しい事はよくわかっていないようだが、とにかく無事に歴史的な調印儀式が終わった事に、あすみ君は自分の事のように喜んでくれた。膝の上で寝転んでいる真沙羅君の意見は、また違うようだが。 「お姉ちゃんも数日中に退院できそうですしぃ、やっぱりめでたしめでたしですぅ」 『それは不幸な……』 そう、あのかすみ君の魂も、無事に回収する事ができた。後に判明した事だが、彼女は今回の事件の事は何も覚えておらず、我々に接触した人間全ての記憶も操作しておいた。おそらく何事も無かったように、彼女達は今までどおりの生活を送れるだろうと推測する。 地球人類の歴史上では、今回の事件は『神様の軍勢がやってきたけど、いつのまにか消えちゃった』という、意味不明なものとして伝えられるだろう。 ――あの、ポンポコ通り商店街の連中を除いて―― 「――では、我々は魔界に旅立ちますが、真に魔界大帝陛下は我々と同行されぬと?」 「う、うむ……よがいなくても、そのしょじょうがあればもんだいはなかろう。よはまだこのちにようがあるでな」 調印の儀式も終わり、月の裏側に待機してあるという次元艦隊の元に戻ろうとするシュタイナ君達のもっともな疑問に、クリ君はどこか答え難そうにお茶を濁した。確かに、このままシュタイナ君と一緒に魔界に帰るのが、彼にとっては一番効率的だろうが……どうやら、あの少年魔界大帝にも色々な事情があるらしい。 「じゃあ、俺が同行させてもらうぜ」 片手を上げて席を立った包帯だらけの男は――我等がクルィエ君だ。 「俺とZEXLの一機ぐらいは入る余裕はあるだろ。最新型ZEXLとその操縦者なら、亡命先にも美味しい話のはずだぜ」 クリ君とシュタイナ君――対照的な外見の2人は、同時に頷いた。 「調子のいい奴だぜ。客人扱いはしねぇぞ、コキ使ってやる」 「まぁ、よろしくお願いしますね。若い力は大歓迎ですわ」 ゴリアテ君とレミエラ君も、対照的な笑顔を見せる。 「……本当に、行っちゃうんですかぁ」 だが、あすみ君の声には、普段の明るく元気な響きが欠落していた。その瞳には、男女関係上において、実に興味深い種の光が宿っている。 「まあな、やっぱり神族の俺が自然保護区域にいちゃまずいだろ。今まで世話になったな。那由――社長さんにもよろしく言ってくれ」 「きっと……また会えますよねぇ」 「……まぁな」 そっぽを向いたクルィエ君の顔は、どこか赤方偏移していた。そんな2人の様子を見て、一体の猫又以外はニヤニヤと口元を綻ばせている。 「あらあら、まだお別れは早いですよ?」 丁度その時、舞台の幕を開けるように入り口に大扉が開いて、大きなお盆にたっぷりのお茶菓子と、全員分のティーセットを用意したセリナ君が登場した。 「おお、まっておったぞ」 「セリナ、手伝うわ」 「いや、アンコさんは手伝わない方が……」 「そのお菓子はわらわが頂くのぢゃ!!」 「あすみはアップルティーが飲みたいですぅ」 『……我は猫舌なので、冷茶を所望したい』 「やれやれ、最後までこの調子かよ」 「提督にはコーヒーをお願いしますわ。私にはハーブティーを」 「俺にゃ玉露だ。濃い目に頼むぜ」 「……ここのテーブルの上では飲まないでくれよ。外交問題になりそうだ」 たちまち、場は陽気なティーパーティー会場へと変貌を遂げた。この辺りの気配りは、セリナ君の人徳だろう。 何はともあれ、この戦いも終局を迎えたのだ。 「む?セリナよ、ティーカップが1つ多いぞ」 「あらあらです、数を間違えてしまったみたいですね」 「……セリナ君、そのお茶は私にもらえないかね?」 「はい、どうぞです」 「1人で2個もティーカップを独占するなど、欲張りなのぢゃ!!」 「お代わりすればいいと僕は思うけど……」 セリナ君から受け取ったティーカップを、私はテーブルの誰も座っていない席上に置いた。ゆっくりと、自分のティーカップを、その席に掲げる。 もう1人の“主役”の為に…… フロラレス“元”総参謀長官は、よろめくように天界国防省の大門から出てきた。その瞳には一欠けらの精気も無く、力尽きたように大門の側に倒れ込む。すぐ隣に立つ衛兵ロボットは、しかし彼女を見向きもしない。 もう、彼女は軍の重要人物でも何でもない、単なる『その他大勢』だからだ。 “セクスアリス”の瓦礫の中から救出されて、特に責められる事もなく、脱出用ポッドで天界に送り返されても、奴等に対して何も恩は感じない。 むしろ、あの場で殺された方が遥かにましだったから。 軍命無視、軍規違反、封印兵器の無断使用、『鉄神兵団』の離反、etc、etc……これほどの罪状で、階級剥奪と特級市民権解除、財産没収と首都永久追放刑で済んだのは、むしろ温情だったのかもしれない。 でも……それが何になるだろう? 全てを失ったのだ。 もう、自分には何も残されていない。 後はただ、国家級犯罪者の肩書きと、鬼族の血を引くという差別のレッテルがあるだけだ。 よろよろと起き上がり、今にも倒れそうな調子で歩くフロラレスに、通行人が汚物でも見るような視線を向ける。 私は、これからどこに行けばいいのだろう。 もう、帰る場所なんて、どこにもないのだから…… ……いや。 帰る場所なんて、初めからなかったっけ…… 「ねぇ、あの人がそうじゃない?」 「あ、ほんとだー!!」 「ママせんせー、お帰りなさい!!」 「お仕事、ご苦労様ー!!」 ……それなのに、なぜなんだろう。 目の前の天使達は、こんな私に光のような笑顔を向けてくれる…… 「ママせんせーを驚かそうと思って、むかえに来たんだよー」 「あたし、早くママせんせいのご飯食べたいなぁ」 「ボクは絵本を読んでもらうんだ!!」 「とにかく、はやくお家に帰ろうよ。みんなママせんせーの事を待ってるんだよ」 「ママせんせい大好き!!」 「ほら、行こうよママせんせー!!……あれ?ママせんせー、どうして泣いてるの?」 「うむ、クリ君の魔界言語学テストは見事に100点満点だ。おめでとう」 「ふっふっふ、このきょうかはとくいなのだ」 「うーむ、ジャム姫君の精霊界歴史学テストは32点だった。もう少し頑張ろう」 「ぢゃ〜!!」 クリ君は余裕たっぷりに、ジャム姫君は全身全霊を込めて、それぞれ一生懸命に教科書に取り組む2人の生徒を見て、私は教職の満足感を十二分に味わっていた。 あの壮絶な戦いから1ヶ月――功績を認められた私は、セリナ君の約束通りに住み込み食事付きの家庭教師の職を手に入れる事ができた。この仕事を得るためにあれだけ苦労したのだから、実に感無量だ。 「座導童子どの、このもんだいはどうかんがえればよいのかな?」 クリ君はいわゆる天才肌だ。記憶力も応用力も推理力も判断力もあり、教えるのに全く手間がかからない。将来は鬼族院アカデミーに推薦状を書く事になりそうなくらいの優等生は、すでに中等部の問題もすらすら解いている。無論、これも教師である私の教え方が良いからであるのは言うまでもない。うむ。 「……あうー、ザドゥよ、全然わからないのぢゃ〜!?」 対するジャム姫君は……正直、劣等生に近い。彼女は中等部のはずだが、初等部の問題にも四苦八苦している。彼女は本当に大聖なのだろうか?だが、彼女の場合は基礎学力が欠落しているだけで、決して頭が良くないわけでもない。むしろこうした生徒の方が、教師としては教えがいがあるというものだ。うむうむ。 私は現状に極めて満足している。 居候とはいえ、風雨を凌げる環境で、飲食の心配も無用。教えがいのある生徒もいる。 そして何より、知的好奇心を刺激する研究対象がある。 しばらくは、ここを拠点にしてもいいだろう。 私が鬼族である証――私が“真の鬼族”である証明『欲望』のために―― 「皆さん御精が出ますねですね。お茶にしましょうです」 「うむ、きゅうけいにしよう」 「おお!!待っておったのぢゃ!!」 お盆を片手にニコニコと登場したセリナ君に、クリ君とジャム姫君は歓声を上げた。 「セリナ君……を…のむ……」 全員分の湯呑みに緑茶を注ぐセリナ君の耳元に、そっと耳打ちすると、 「はいです、わかりましたです」 セリナ君は片手を頬に当てる独特のポーズで、そっと頷いてくれた。うむ。 「む、なにかもうしたか?」 「何でもないよ」 草木も眠る丑三つ時―― 私は不法侵入者兼金品強奪者――俗に称される泥棒のような足取りで、セリナ君の部屋に向かった。 今夜は、クリ君もアンコ君もセリナ君と一夜を共にしない日となっている。そこで私は己の知的好奇心を満足させる名目で、セリナ君と性行為を試みようとしていた。 ちなみに、私の行為はあくまで歴史学術研究に基づくものであって、決して私の性欲を満たすためのものではない。うむ、ホントだぞ。 まぁ、やってる事は夜這い以外の何物でもないが……それにセリナ君の非常識なナイスバディを味わえるのなら、まさに趣味と実益を兼ねた行為だと――いかんいかん、非知性的な思考状態に陥る所だった。沈まれ、私よ。 そんな事を夢想している内に、セリナ君の私室の前に辿り着いた。 『セリナの部屋です』とプレートの貼られた木製の扉に手を当てて、音を立てないように慎重に開ける。部屋の中に光源は存在せず、後ろ手に扉を閉めると、部屋の内部は闇の中に閉ざされてしまった。 「……セリナ君?」 「お待ちしてました……です」 美しくも艶っぽい声――同時に、雲の切れ目から顔を覗かせた月光が、開け放たれた窓から室内に差し込み、幻想的な蒼い空間を生み出した。 そして―― 「…………」 「どうかしましたか?です?」 私は息を飲んだ。正直に告白すれば、私は心神喪失状態にあったと言えるだろう。 蒼い月の光の中、ベッドの上に裸身を晒すセリナ君は、私の無限に等しい生涯の中でも、間違いなく究極の『美』そのものであった。 月光の粒子をまとったような金色の髪は、トレードマークの三つ編みを解かれて、ベッドに黄金の海を描いている。蒼い月の光に青白く染まった柔肌は、清楚な美しさと淫らな艶かしさを最上の形で両立させていた。私の両手にも収まりきれない豊満な乳房。見事にくびれながらも、薄っすらと油が貼りついた母性的な腰。むちむちとはちきれそうな、男の欲望を受け入れるために存在しているような尻脚。そして、普段のおっとりとした空気を維持しながらも、それ以上に妖艶かつ淫らな、魔性の美貌―― 私は断言する。この世界で過去に彼女より美しいものは存在せず、そして未来において彼女より美しいものが生まれる事も無いと。 「佐藤さんの学術研究に協力できるなんて、私もとてもとても嬉しいです。たっぷり、念入りに、思う存分、私の身体を調査して下さい……です」 その視線だけで、セリナ君は見事に私を誘惑した。 そうだ、彼女は神も悪魔も誘惑し、虜にする万理無限なる娼婦だ。 歴史学術研究という自分の使命をほとんど忘れて、私は飢えた肥狼の如くセリナ君に抱き付いた。 「んはぁああ……お上手です…ねぇ」 容赦無い乱暴な愛撫にも、セリナ君は明確な反応を示してくれた。やはり彼女は天性の淫女だ。 私の巨大な手でも掴みきれない恐るべき魔乳は、指の動きに合わせて自在に形を変える。それが面白くて私は思う存分彼女の乳房を堪能した。手の平に彼女の乳首が勃起する感触が伝わってくる。 「このような愛撫はどうかな?」 「きゃぅん!!あはぁ……イイっ…です」 むちむちした太ももに舌を這わせながら、セリナ君の秘所を指先で少し乱雑にねぶる。大き目のクリトリスはよく磨かれていて、普段の豊かな性生活が容易に想像できた。うーむ、お相手が羨ましい。そのくせ、ラビアを初めとした性器全体は、色素の沈着も肉襞の拡張も極端に少なく、成熟した女性の性器とは思えない。まさに女の理想と男の欲望が最上の形で具現した性器だ。しかし、これまた綺麗なアヌスを突ついても見事に反応してくれるのも興味深い。 「ふふふぅ……次は私の番ですね」 普段のセリナ君では想像もつかないくらい妖艶な笑みを浮かべて、彼女は私の勃起したペニスに舌を這わせた。股間に電撃が走ったような快感に、私は声も無く仰け反った。 「あはぁ……ぁあん、大きくてぇ……んんぅ…お口に収まり…ちゅぷっ……きれないです……」 亀頭全体を口に含み、シャフトを絶妙な力加減でしごいてくれるセリナ君のテクニックは、極上を通り越して極楽そのものと形容できるレベルのものだ。たちまち昇り詰めた私は1秒も早く射精したいが、同時にこの快楽を無限に味わいたいとも思う。ああ、誰かこのアンビバレンツを解き明かしてくれないだろうか…… 「きゃぁん……です」 「失礼する」 そんな事を思考しながら、私はセリナ君を押し倒して、両足を掴んでかき開いた。既に彼女の秘所も十分に受け入れ体勢を完成している。私は遺憾ながらほとんど理性を喪失しかけながら、彼女のヴァギナにペニスを挿入した。 「あふぁあああ……あはぁ!! 大きいぃ……です!!」 「むぐぅ」 脳味噌が爆発したかと非論理的な想像をするくらい、凄まじい快感が私の快楽中枢を直撃した。私の30cmを軽く超える怒張を、如何なる原理か彼女の性器はすんなり受け入れてくれた。そのくせ決して性器拡張しているわけではなく、至上の絞めつけと膣肉のうねりで私に無限の快楽を与えてくれる。 「うぐぐぐぐ……」 挿入を開始して数分も満たない内に、私は早くも限界を悟った。これは彼女の中があまりに気持ち良すぎるのが原因であり、決して私が早漏なわけではないと断っておく。いや、ホントに。 「射精することを宣言する」 「あうぅうぅ……ううん!!どうぞ……出してぇ…下さい……です!!」 その言葉を聞くと同時に、私は彼女の中に大量の精液を射精して―― その時―― どくん!! あははっ、やっぱり美味しそうな娘じゃない。 む!! あんたも何だかんだ言ってさ、この娘の身体に夢中なんじゃないの? 失礼な事を言う。これはあくまで歴史学術研究の調査であり―― 言い訳はどうでもいいから、私にも味見させてよ。 あ、こら、勝手にコントロールを奪うな―― 無駄だよ。肉欲に関しては私の側に肉体支配権があるんだからね。 「あらあら?です?」 突然、座導童子の身体が炎の塊と化して、さすがにセリナもタレ目を丸くした。 巨大な炎の柱は、座導童子の身体を完全に閉じ込め、焼き尽くし――次の瞬間、四散した。 そして、跡に残されたのは―― 「直接会うのは初めてね……あら、あまり驚いていないみたい」 「はぁ……です」 紅の髪に褐色の肌、妖艶かつ危険な絶世の鬼女――座導童子の女性体だ。 「ま、あんたの意思はどうでもいいわ。ね、私も楽しませてよね。 「あらあらあらあら?ですです?」 私はこの爆乳子猫ちゃんのオッパイに舌を這わせた。あはぁ、柔らかくてあったかくて、やっぱり美味しい乳じゃないか。あの男が夢中になるのも当然だね。 「あんんっ……くぅん…いい……です」 しっかりおっ立った乳首を唇に含んで、少しキツ目に歯を立てても、この子はきちんと悶えてくれるよ。ホント、可愛い子だねぇ…… 「それじゃ、一緒に楽しもうか」 「やぁん…こちらの佐藤さんも……お上手です……んんっ!」 私は子猫ちゃんの上にうつ伏せになって、互いの性器を顔面に押し付けあった。いわゆる69ってヤツだね。セリナのアソコは女の私が見てもムカツクくらい綺麗で、食べちゃいたいくらい美味しそうだった。いや、実際に噛みついちゃったんだけどね。美味そうなクリちゃんに。 「きゃふぅ!!」 「あはは、ちょいと刺激が強すぎたかい?」 そう言いつつも、私は子猫ちゃんのアソコにグリグリと指を突っ込み、アナルにも親指を入れてやった。こんな乱暴な愛撫なのに、この子はしっかり感じて可愛い鳴き声を聞かせてくれる。 「はぁ…はぁ……はぁうっ!!お返し…です……」 「んんっ!?」 そして、子猫ちゃんの反撃が始まったんだ。まるで軟体動物みたいに舌先が私のアソコを舐めて、指先で繊細にクリやヴァギナをノックしてくれる。 「あはぁ……こ、こらぁ…ぁあん!!やっ、いい、イイよぉ……!!」 う、上手い……ああっ…上手すぎるじゃないか、子猫ちゃん……こいつ、レズプレイにも相当慣れてやがる。今度は私の方が子猫ちゃんみたいに泣き叫んだ。 「きゃぅん……あはぁ、気持ち…いいです…かぁ?」 「あはぁ!!だ、ダメぇ……感じ…過ぎちゃうぅ!!」 いつのまにか私とセリナは互いのアソコを擦り合わせるように足を絡めて、快感を与え合っていた。いわゆる貝合わせってヤツだね。ただ、どちらかとい言えば泣かされているのは私の方だけど…… やがて、私とセリナはほとんど同時にイっちゃったんだ。 「んはぁああああ――!!」 「イっちゃいますですぅ!!」 ぷしゃああああああ…… まるでオシッコするみたいに互いの性器から潮を吹いて、私の意識は再び闇に消え、あの男と入れ替わった…… そして―― ああ…… 私はこの瞬間を生涯忘れないだろう。 セリナ君の身体全体に、淡く光る文様が現れ、まるで彼女の全身を愛撫するかのように覆い隠したのだ。 時間の概念すら存在しない超古代、森羅万象の黎明――『創造主』と、その創造物のみが使用した言語が、はっきりとセリナ君の身体に浮かんでいる。 今までの快楽など夢現に過ぎない、真の絶頂が私を襲った。 そうだ。 私は、この『形式番号』を持つ者を探すために、悠久の時間と永遠の世界を旅してきたのだから――!!! EPISODE END ――2億年後―― 「おや、私が最後だったようだね」 彼と、彼女と、龍は、ゆっくりと声の主に振り向いた。 半壊した豪奢な大扉の影――そこに、1人の『鬼』がいる。 “彼”と言うべきか、“彼女”と称するべきか。 原初の力を宿した、永遠なる鬼が―― 『なんじゃ、お主も来たのかぇ』 龍はつまらなそうに言った。しかし、その偉大な姿には喜びの情が見て取れる。 《正直、そなたが来るとは思わなかったがな》 漆黒の巨体を揺らしながら、悪魔の大帝は笑った。 「これも、貴方の知的好奇心を満足させるためなの?」 最強の女神も、無感情な表情を崩している。 「君達も酷い事を言う。これでも私は本気のつもりだがね」 「そうよ、私もあれから結構苦労したんだから」 奇妙な事に――その鬼からは、男女2人の声が聞こえた。 「“創造主の玉座”への侵入ルート、予想されるガーディアン、その他全てのデータは用意してある。この私が2億年かけて調べ尽くした情報だ。ミスは無い」 誇らしげに、鬼は傾いた。 1秒1秒が何千兆年にも匹敵する艱難辛苦の末、鬼はこの情報を手に入れたのだ。 そう、全てはセリナを救うため。 そして、己が復讐のために…… ……これから、世界を滅ぼすのだ。 それだけが、2人の2億年に及ぶ理由。 それだけが、2人の2億年に及ぶ望み。 それだけが、2人の2億年に及ぶ誓い。 「始めるぞ諸君……『創造主』を滅ぼすために!!」 |
TO BE CONTINUED EPISODE FINAL |
Back 小説インデックスへ |