魔弾の射手 海神
魔弾の射手 −海神− 作:鉄猫さん

 かすみは大きく息を吸うと、美しく整った顔にやや緊張気味の表情を浮かべ、眼下の小さな穴に視線を向けた。暗闇の中に開いた穴からは、潮の香りに混じって、生臭いすえた匂いが立ち上ってきている。
 暗闇の中で、素早く装備を確認する。十分とは言えないが、装備は整っていた。スカバードに収められた刀の座りを確かめ、束になったザイルを穴の中に投げ落とした。近くの岩にピトンで固定されているザイルが張る。かすみはザイルをつかむと、穴の中に背中から降りていった。
 この下には、かすみが狩るべき“敵”がいるのだ。
 西野怪物駆除株式会社にもたらされた情報。伊豆半島のある村の外れに、“魔物”がいるという、珍しい確定情報であった。
 かすみは、その地に向かうことを関係者に簡単に伝えると、たった一人で出発した。人間にその存在を知られた魔物は、よほどのことがない限りすぐに姿をくらませる。魔物狩りは、時間との勝負であった。
 漆黒の暗闇に身を投じる。魔物に存在を知られないためにも、ライトは使えなかった。十分に暗闇に眼を慣らしているからといっても、洞窟の中は自分が滑り込んだ穴から差し込む月明かりしかなく、周囲は絡みつくような闇に包まれていた。
 暗闇の中をかすみは降りていく。時々空中で止まり、海に続いていると言われる洞窟の中の気配を探った。
「……まだ、いるようね」
 昇降機のストッパーを緩め、一気に降下する。頭の中では、魔物をどう始末するかのシミュレーションが、何度も繰り返されていた。
 しかし、かすみの脳裏には一抹の不安があった。魔物がいるというのに、村の住民があわてていなかったという事だ。まるで、魔物の存在を昔から知っていたかのように。
「ま、仕留められるなら、どうでもいいわ」
 その時、不意に影が差し込んできた。見上げると、穴の所に誰かがいるようだった。
「誰?」
 かすみは、聞こえるはずもないのに思わず誰何していた。もちろん人影は応えなかった。
 不意に髪の毛が逆立った。魔物が近くにいる時はいつもそうだった。かすみは暗闇を見渡した。
 次の瞬間。かすみの身体は、自由落下状態にあった。反射的にザイルをたぐりよせるが、ザイルは塊になって身体の上に落ちてきた。
「あうっ……!」
 洞窟の中に広がる砂の上に、かすみは背中から叩きつけられた。背負っていたバックパックが緩衝材になって衝撃を和らげてはいたが、しばらくは動けそうもなかった。かすみは痛みに耐えながら眼を開けると、穴の方を見た。人影はまだある。その人物が、ザイルを切ったことは間違いなかった。
「……どういうこと?」
 ゆっくりと上半身を起こしながら、かすみは頭上の人物に聞いた。魔物と戦う自分をどうしてこのような目にあわせるのか、理解できなった。
 人影は何も言わずに姿を消した。その顔には、人にはない“器官”があったように見えた。口の周りから突き出した、数本の口吻が。
「……!!」
 かすみは、声にならない悲鳴をあげた。自分が、罠にはまったことに気づいたからだ。
 音が聞こえた。何やら重いものをひきずるような音。すえた生臭い匂いが強くなる。
「……来たようね……」
 かすみは、頭の中に湧き上がってきた絶望感を払いのけると、バックパックに装着しておいた照明弾を手に取り、洞窟の奥の方に投げ込んだ。ヒューズが焼ける音がした後、青白い光が周囲を満たした。
 それは、洞窟の奥から近づいて来ていた。全高3mはある、深紅の巨大な一枚貝。
「何、こいつ?」
 かすみは立ちあがると、バックパックを捨て、刀を鞘走らせた。痛みは、身体に走らせた“気”によって一時的に麻痺させてある。
 怪物は擬足を伸ばしながら、かすみに向かって進んできた。かすみは刀を構えながら、2発目の照明弾を放り投げた。それは怪物の横に落ち、洞窟を青く染めた。
 かすみは横目で周囲を見回した。砂の中に白いものが見えた。それが骨であることは、すぐにわかった。
 怪物はかすみの5mほど手前で止まると、身を揺るがし始めた。貝殻の部分がゆっくりとせりあがり、卵の殻を潰すような音が響いた。
 深紅の殻の中から滑り出てきたのは、ヤドカリのような甲殻類の姿をした身体だった。巨大なハサミが一対、そして無数の触腕。装甲を施されたカタツムリ。そんな感じだった。
 照明弾の青い光に照らされた怪物は、ハサミを振り上げるとかすみに向けて振り下ろした。かすみは刀でうまくそれを滑らせ、砂の中に大きくめり込ませた。
「図体ばっかりのようね」
 かすみは切っ先を正面に向け、一気に間合いを詰め鋭い突きを放った。金属が打ち合わされる音が響き、火花が散った。
「あうっ……」
 手がしびれた。怪物の頭の部分に突き立った刀は、鍔から10cmほどを残して折れてしまっていた。刀を突きたててままの怪物は、もう一方のハサミを振り下ろした。かすみは前転でそれを避け、近くの壁まで走った。
「……意外と、やるじゃないの」
 かすみは負け惜しみを言いながら、肩口につけていたナイフを引き抜いた。それは「魔女の法」により魔力を帯びている。
 砂からハサミを引き抜いた怪物は、ゆっくりと近づいてきた。かすみはナイフを構え、相手の出方をうかがった。
 ハサミが振り下ろされる。かすみはその軌道を読み、ナイフを突き出した。ハサミの表面に刃が触れるとナイフは青白い光を発し、刃は簡単に殻の中に潜り込んで行った。裂け目から青色の体液が吹き出し、かすみの全身を濡らした。
 かすみがナイフを引きぬこうとした時、怪物は自らのハサミを切り落とした。そのため、かすみの両腕には突然の過重がかかった。かすみはバランスを崩し、砂の上に両膝をついてしまった。
「くっ!」
 顔を上げたかすみの目の前に、閉じたままのハサミが向けられていた。そのハサミがゆっくりと開くと、中から青色をした無数の触手が飛び出してきた。かすみはナイフでそれを受ける間もなく、全身を絡め取られてしまった。
 触手に絡み取られたままじたばたともがくかすみであったが、触手はその手足をたくみに拘束し、数分後には、かすみは砂の上に大の字の状態で固定されてしまっていた。
「い、いやっ! 放して!」
 かすみはもがいた。これから先に待っているのは、死への道でしかなかった。
 怪物は砂の上に押さえつけたかすみの目の前に、その身体を運んで行った。硬い赤い殻に覆われた頭部が、ゆっくりとかすみに近づいた。
「あ……やぁああああああっ!」
 エビやカニの類のような構造をした口と思われる器官が開いた。その下に現れたのは、ピンク色をした女性器のような肉の裂け目だった。口が開くと同時に、周りについていた触腕が伸び、かすみの身体に襲いかかった。
 触腕は先端についた小さなハサミで、かすみが身にまとっていた特殊素材の戦闘服をいとも簡単に引き裂き、すべての装備をひきはいでしまった。
「やめて……お願い……」
 食われる。かすみはそう思った。その脚に触腕が絡みついてきた時には、眼から涙がこぼれた。かすみの身体はゆっくりとピンク色の肉の間に取りこまれて行った。


 海辺の道から、1輌のM998HMMWV(高機動多目的装輪車輌)が寒村の中に滑りこんできた。米陸軍や海兵隊でも使われているHMMWVは、道端に置いてあった軽トラックを簡単に跳ね飛ばし、村唯一の通りの真ん中で停まった。
「二人とも良い? 私が帰ってくるまで、この車を確保しておくのよ」
 助手席に座っていた、黒いミラーシェイドをかけた女が言った。彼女は、身体のラインがはっきりとわかる黒いワンピースを身に着け、同じ色のコートをはおっていた。腰には大きな鉈のようなナイフと、大きな拳銃弾のようなものが納められたマガジンパウチをつけている。
「わかりました……いつ頃、戻られますか?」
 運転席に座った少女が言った。その声に感情は無く、コンピュータが作った声のようだった。
「そうね……2日たっても戻ってこなかったら、家に帰りなさい。戻れないようだったら、私は死んでるか、相手の虜になっているってことよ」
「わかりました。お気をつけて」
「穂波も……瑞穂もね」
 女──鷲尾那津美は、運転席と後部座席に座る少女たちに声をかけると、車から降りた。漆黒の闇のような長い髪が海風になびいた。
 運転席に座る、旧ドイツ軍の降下猟兵風の迷彩スモックを着た少女──穂波は、無表情のままStG45を取り、初弾を薬室に装填した。後部座席では、同じような迷彩スモックを着た眼鏡をかけた少女──瑞穂が、MG42を天井の上にある銃座に据えつけた。
「それじゃ、行ってくるわ」
 那津美は自らの得物を手にした。40mmM79グレネードランチャー。「魔弾の射手」と呼ばれる彼女のトレードマークだった。那津美はそれを無造作に右手にぶらさげると、道を歩き出した。
「まったく。誰に騙されたかは知らないけど、この村のことも知らないなんてね」
 建物の影から、一人の村人が姿を現した。やや猫背にし、顔にはタオルを巻いていた。その眼が、悠然と歩いていく那津美を見つめていた。
 那津美はその視線に気づくと立ち止まり、唇に艶然な笑みを浮かべた。
「あの娘がいなかったら、こんな忌まわしき村になんかこなかったのに、ね」
 那津美を取り囲むように、村人が姿を現した。手に手に漁具や包丁を持ち、ゆっくりと近づいてきた。
 那津美の手が動いた。そこには、扇のように開かれた呪符が握られていた。
「……無事でいればいいけど」


「う、う……ん」
 かすみは何か柔らかいものに包まれている違和感に目を覚ました。
 眼を開くと、自分が仰向けにピンク色の肉塊の上に横たわっているのがわかった。周囲も同じような肉の壁に囲まれ、2m四方ほどの空間になっていた。
 身体を起こし、四つんばいになって脱出口を探す。が、肉の壁に隙間は無かった。壁は襞に覆われており、その間には発光バクテリアが寄生しているのか、微かな光を放っていた。その光で、空間はわずかに明るい。
 かすみは身体を見回した。身体は、ウェットスーツのような耐刃アンダースーツに覆われたいた。が、その背中の部分が完全に溶けおちていた。
「……まさか」
 天井から水滴が落ちてきた。水滴は、腕に当るとその部分のアンダースーツが音をたてて溶けた。
「……このままじゃ」
 かすみは四つんばいのまま、出口を探そうと這いはじめた。が、肉壁は完全に閉じており、出口は無かった。這いずっている間にもアンダースーツは溶け、腕と脚の部分を残して溶けてしまった。
「…………」
 ため息をついた瞬間、両腕に何かがからみつく感覚があった。
「何ッ!」
 振り返ると、両腕に壁から伸びた細い触手が何本も絡みついているのが見えた。触手はゆっくりとかすみの両腕をニワトリの羽根のようにねじ上げた。かすみはひざまずくように膝立ちになり、上半身を強引に引き起こされた。
 目の前の襞の間から、様々な太さの触手がゆっくりと姿を現した。どの触手も粘液に包まれ、ピンク色の肌がヌラヌラと光っていた。
「あ……やあっ!」
 触手はかすみの全身に絡みついた。運良く下着に包まれたままになっていた乳房に細い触手が巻きつき、緩やかに締めあげる。腿には太い触手が幾重にも絡み、粘液を肌に塗りつけていた。
 触手に腕をねじり上げているため、かすみは身動きがとれなかった。胸を締め上げていた触手がブラのカップの部分に潜り込み、ぶどうの皮をむくように白い乳房をあらわにした。その乳房に、赤黒い太い触手が粘液をすり込むように這いずって行く。
「あ……いやぁ……やめて……」
 喉に触手が絡みつき、顎を上向きにした。両胸が触手に押されて深い谷間を作った。その間を赤黒い触手が這い進んでいく。
「う、いやぁっ!」
 触手の先端はやじり状になっており、先端からは透明な液体が流れ出していた。他の触手は粘液に包まれてはいるが、先端に穴はない。かすみはそれが特別なものであることに気づいた。
──生殖器!?
 そう思った瞬間、かすみの口の中に触手の先端が刺しこまれた。とっさに口を閉ざそうとしたが、それより速く触手はかすみの口を犯した。歯を立てようとするが、粘液に包まれた表面を歯は空しく滑って行くだけだった。
「むぅ、む、う、むぅっ!」
 かすみの口を犯した触手は、リズミカルに前後運動を繰り返した。触手の表面はささくれ立っており、それが口の中と触手を挟んでいる胸を刺激した。生殖器の動きに合わせるように細い触手が蠢き、かすみの柔らかい乳房はゴムのように変形し、ほんのりと赤く染まった。
 かすみは背筋を登ってくる快感に耐えていた。いままでの戦いでも、魔物たちに身体を蹂躙されたことはあった。が、このような絶望的な状態ではなく、わずかなチャンスを掴めば、反撃し、その束縛からは逃げることができた。
 しかし、かすみが置かれている状況は最悪であった。どこを見まわしても逃げ場は無く、しかもかすみには逃げるための力もなかった。
 閉じられた目蓋の隙間から、涙がこぼれた。快感と屈辱に耐えようと、かすみの精神は精一杯の抵抗をしていた。が、そんなかすみの事を見越しているかのように、触手はうごめき、かすみの心の砦を破壊しようとしていた。
 かすみにとって不安なのは、触手たちが下半身を全く責めようとしていないことだった。生殖が目的ならば、そのための穴を責めるのが道理であった。しかし、触手は太股に巻きつき、微かに表面を脈動させているだけだった。
──もしかして……
 かすみの心の中を、絶望が走った。この触手たちの目的がわかったからだ。
──こいつら、あたしを嬲るつもりだ
 かすみの思いを察知したかのように、口の中の触手の動きが変化した。それまでかすみの歯と舌の感覚を味わうかのように動いていた触手が、激しく動きはじめたのだ。触手の先端は勢いよく喉の奥のほうにまで入り込み、外に出ている部分は、胸の谷間で蛇のようにのたくる。
「んんっ! んぐんん! むむぅ!」
 細い触手が、乳首に巻きついた。太い触手は、口の入り口まで先端を戻すと、勢いよく喉にまで押し込むという運動を続けている。
「むぐぅ! んんんーっ!」
 触手が脈動した。膨らみが、かすみの腹から胸の谷間を通りぬけて行く感覚があった。そして目の前の触手が膨らみ、かすみは射精が近いことを知った。かすみは頭を振ってそれを受け入れまいとするが、口の中いっぱいに押し込められた触手は、もはや抜くことはできなかった。
「んぐ……む、あああああっ!」
 爆発するかのように触手の先端が弾け、口の中に液状の精液が流し込まれた。その量は余りにも多かったため、触手はその勢いで口から飛び出し、かすみの顔や胸に残った大量の精液をぶちまけた。
 かすみは、わずかに眼をあけて離れていく触手を見ていた。触手はのたくりながら胸の間を抜け、白い精液の跡を残していった。
「あ、ふうっ……あっ」
 かすみは口から精液を吐き出した。残滓が、ゆっくりと肉の床に向かって落ちて行った。
 肉の壁には、無数の触手が蠢いていた。かすみはまだ何も始まっていないことを理解した。


 手の中の呪符が宙を舞う。呪符は一瞬淡い光を発したかと思うと、周りを取り囲もうとしていた村人の上半身を、いとも簡単に引き裂いた。地面に崩れ落ちる村人の顔からタオルが外れた。その下には、白眼の無い魚かエビのような目と、触手のような口吻を生やした縦に割れる口が姿を見せた。
「……やっぱりね」
 背後で銃声が響いた。瑞穂と穂波が乗るHMMWVは、村人の襲撃を受けていた。二人は手にした銃で村人たちを薙ぎ払っていた。
「あとは、任せたわ」
 那津美は前に向き直ると、その脚を早めた。


「……むんっ……っう……むぐぅ……」
 口を満たす触手の先端が爆ぜ、大量の液体が流し込まれた。かすみは、口いっぱいの甘苦い液体を吐き出すことができず、音をたてて飲みこむしかなかった。
 液体は胃を満たした。触手はかすみの食道と胃が落ち着くのを待ってから、口から離れていった。唇から白い残滓が伸び、離れていく触手の先端と細い橋を作った。
「あ、ふうぅ……」
 かすみは大きく息を吐いた。
 かすみの身体は肉の壁に半ば埋もれるような膝立ち姿勢で、触手によって固定されていた。両腕は肘を折った状態で差し上げられ、身体の動きを封じていた。
 壁や床から生えた触手は、身体を拘束した状態で動きを止めていた。それがかすみの恐怖を増殖させていた。いつ、女としての機能を利用するために襲われるのか、わからなかったからだ。
 かすみに液体を飲ませたパイプ型の触手は、ゆっくりと肉壁の中に消えていった。おそらく、この怪物は自分をこの中で長い間生かしておこうとしているのだろうと思った。
 どうしてそんなことをするのかという事を考え、かすみはパニックに陥った。
 怪物は、かすみが確実に妊娠する時期を待っている。こいつは、女の胎を借りるだけではなく、人間の卵子をも利用しようとしているのだ。
 かすみは身をよじって触手からのがれようとした。が、腕と脚はがっちりと固定されており、どうすることもできなかった。


 那津美は陽が落ちて薄暗くなった崖の上を歩いていた。その行く先には、かすみが怪物を仕留めるために潜り込んだ洞窟への入り口があった。
 歩をとめた。その視線の先に、数人の人影があった。
「……親衛隊っていうわけね」
 その言葉に数体の人影が動いた。人影は体格が良く、手には銛や猟銃が握られている。那津美はゆっくりと分厚い刃を持つナイフを抜いた。
「あいにくと、遊んでいる暇はないの」
 人影が動くと同時に、那津美は前方にダッシュした。銃声が響き、足元の岩の一部がバラバラに砕け散る。が、那津美は平然と距離をつめ、ナイフを一閃した。鈍い音とともに、血が飛び散った。猟銃を持った人影がゆっくりと倒れる。
「ふんっ」
 那津美は倒れた人影の胸に足を載せ、つま先で顔を覆っている布をはいだ。その下からは、口の周りに8本の口吻を持った魚のような人の顔が現れる。
「海神の仔……忌まわしき呪われた血か」
 世界には昔より異種婚の話が残っている。多くが、哺乳類が相手であるが、中にはカニやエイ、タコとの交合の物語も伝わっていた。大半が創作であったが、中には怪物との交合を描いた本当の話もある。
 この村にもそんな話が伝わっていた。というより、この村は異形の者が住む村と言われ、昔より忌み嫌われ、他の地域との交流も無かったのだ。
 体格の良い一人が、銛を振りかざして那津美に突きかかった。那津美はそれを難なくかわし、首筋にナイフを突きたてた。
 最後の一人は逃げ出そうとしたところを、那津美が放った呪符に胴体を切り裂かれた。その身体は、地面につく前に何かに食われるようにかき消えた。


 絶望と諦めの気持ちに心を揺さぶられながら、かすみは何度目かの眠りから目覚めた。それは眠りというより、失神に近かった。
 かすみの目覚めを知ったのか、またパイプのような触手が伸びてきた。食事を摂らせるつもりなのだろう。かすみは口を閉じ、何度も頬や唇に押し付けられるそれを拒否し続けた。触手はしばらく動いていたが、肉の壁の中に戻って行った。
 かすみは、母体としての能力を失えば助かると思った。体力を失えば、妊娠しても仔を育てることができなくなる。
 しかし、そんな考えが甘かったことを、かすみは身をもって知ることになった。
「あ、や……やめて! そんな、嫌、やぁああああああ!」
 胴体にまきついた触手が、かすみの身体を持ち上げた。そして、肛門の近くで触手が蠢いたのが分かった瞬間、何をされるのかを理解した。触手は粘液を吐き出しながらかすみの排泄するための穴の中に潜り込んだ。腸から直接栄養分を摂取させようというのだ。
 かすみは声にならない悲鳴をあげた。腸内に潜り込んだ触手は、ゆっくりと奥へと進んでいく。痛みを通り越した快感が、お腹の中から背筋を走った。
「ひぃ……あっ!」
 奥まで潜り込んだ触手が、先端から液体を吐き出した。胃袋の中に液体が溜まって行くのがわかった。吐き出そうとしても、触手が入り込んだ胃は動かず、嘔吐することはできなかった。
 かすみは泣いた。口からは嗚咽と共に、げっぷに似た胃液臭い息が吐き出された。
 肛門に入り込んでいた触手がゆっくりと抜けていく。かすみはその背徳的な快感に、泣きながら意識を失った。


 那津美は月明かりに照らされた砂浜の上に、音も無く舞い降りた。余韻を残したコートの裾が、翼がたたまれるかのようにゆっくりと砂の上に下りた。
「……やはり、ここに」
 ミラーシェイド越しに、那津美の紅い瞳が輝いた。その眼は暗闇の中で、砂浜の上に残されたかすみの装備を見つけ出した。バックパックと折れた刀。那津美はそれを足先でひっくり返すと、洞窟の奥を見つめた。
「そこか……」
 那津美はゆっくりと歩を進めた。洞窟は奥深く、しばらく歩くと周囲は完全な闇に包まれた。
「ん?」
 那津美の耳に人の声が聞こえてきた。それは、女の喘ぎ声と助けを求める声だった。那津美の手が動き、暗闇に青白い灯りが灯った。
 灯りに照らされた壁に、白い裸体があった。若い20歳前後ほどの女性が、壁に張りつけになっていた。その左右には、大きく股を開いたまま絶命し、ミイラ化している女性の死体があった。
 張りつけになっている女性の身体の上やその周囲には、ピンク色の犬ほどの大きさのものが蠢いていた。その正体を見切った那津美の表情が鋭くなった。
 それは赤子のような幼獣だった。幼獣の一人は女性の張り詰めた乳房にしゃぶりつき、口吻を白い肌に這わせながら乳を貪っていた。激しいまでの吸飲に、女性は悲鳴とも聞こえる喘ぎ声をあげていた。
 那津美は手にしたM79を構えると、無造作にトリガーを引いた。発射された式弾が爆ぜ、巨大な三つ首の猟犬が姿を現した。咆哮が闇を切り裂き、その声を聞きつけた幼獣たちが一斉にそちらを向く。大きな黒い瞳が恐怖の色に染まった。
 攻撃は一瞬だった。十数体の幼獣は三つ首の猟犬に貪り食われ、その姿を消した。那津美は、女性の胸に張りついていたため猟犬に食われずにすんだ幼獣の首をつかむと、一息でその首をへし折った。那津美の赤い瞳が、一瞬燃えあがるような光を宿した。
「……静かにして。助けに来たわ」
 那津美は女性の頬に手を添えると、耳元でそう言った。長く伸びた髪を振り乱した女性は、那津美の方に垢まみれの顔を向けた。その目蓋は閉じられたままだった。
──視神経をやられているようね
 女性の手足を拘束していた粘着物をはがし、抱くようにしてその場から離れた。三つ首の猟犬は、二人を護るようにして周囲を警戒している。
 那津美は女性の身体を確認した。両手足の筋が切られていた。どうやら逃げられないようにして、この洞窟に放りこまれたのだろう。怯えて震え続けている女性の額に沈心符を張りつけ落ち着かせると、猟犬に洞窟の入り口の方までつれて行くように言った。猟犬は那津美のコートをはおった女性を背に乗せると、闇の中に消えていった。
「こうやって殖えていたのね……」
 壁際に転がっている死体は、幼獣を産んだり、餌として放りこまれた女性のものであろうと、那津美は確信した。ここ数年の間に、この村の近くでは何人もの女性ダイバーが行方不明になっていたのである。
「急ぐ必要があるわね……」
 那津美は気の流れを読み取ると、闇の中に歩を進めた。その先には、うずくまるようにしている巨大な赤い貝がいた。


 かすみは恐怖に囚われていた。
 危機にさらされている身体は、いつにも増して敏感になっていた。肉壁の中の触手の動きすらのわかるようだった。
──もうじき、ね……
 下腹部が熱かった。心なしか、意識がはっきりしない。
 捕らえられてから何日たったのかはわからなかった。目覚めれば、触手によって強引に液体を飲まされ、排泄物は肉壁の中に消えていく。その中には、月に一度訪れる女性であることの証明も含まれていた。
 かすみは力をふりしぼって拘束から逃れようとした。が、長い間同じ姿勢を取らされていたため、筋肉が言うことを聞かなかった。さらに、視力も衰えてきているようだった。
 肉壁が動いた。かすみは恐怖に突き動かされるままに左右を見た。
 攻撃は突然やってきた。ブジュルッという音と共にすべての壁面から、無数の触手が伸び、あっという間にかすみの身体にからみついた。
「あ、やぁ!」
 かすみの身体は触手の絨毯の上にひっくり返らされ、両脚にからみついた太めの触手が、ゆっくりと脚を大きく開こうとした。かすみは何とかそれに逆らおうとしたが、そんな努力は無駄に終わり、両脚はM字型に開かれた。
 大きめの乳房には、すでに数本の触手がからみついていた。口や耳の中には細い触手が代わる代わる刺しこまれ、微妙な快感にかすみは身体をわななかせた。
 背骨や骨盤、肋骨を撫でるように触手が蠢く。くびり出された乳房の先端にある乳首に糸のような触手がからみついた瞬間、かすみは思わず大きな喘ぎ声をあげた。
──熱い、身体が熱いよぉ……
 自分の秘口から快感を表す粘液が流れ出していることに気づいた。いくら気を確かに持っても、身体が言うことを聞かなかった。秘口は愛液をたらし続け、ヒクヒクと蠢いている。
「どうして……どうして……?」
 なぜ、こんなにも欲しいのだろうか? かすみは疑問に思った。それは、今の今まで、秘口は触手の攻撃を受けていなかったからだ。長い間、快感に晒され続けていたかすみの性感は、秘裂を刺し貫かれる期待に焦れていたのだ。
 細い触手が、獲物に群がるイソギンチャクのように、かすみの秘裂付近に集まってきた。それは秘口や愛液に濡れたアンダーヘアの周りを蠢めき、表面から水のような粘液をなすりつけた。
──お願い……はやく、して
 かすみは思った。自分を助けにくる人間など、この世にはいない。それより、強烈な官能の嵐を受け入れて、早めに狂ってしまいたいと思った。
 それに応えるかのように、肉壁の中から、あの矢じり状の先端を持った触手が姿を現した。触手は別に眼があるわけでもないのに、蛇のように鎌首をもたげると、触手の海に沈むかすみの姿をしばらく眺めていた。そして、すぐに自分の仕事を始めた。
 衝撃は予告も無くかすみを貫いた。
「い、いやぁあああ!」
 秘裂を突かれる悦びに、かすみは悲鳴にも似た声をあげた。膣に潜り込んだ触手は、最初は緩慢な動きであったが徐々に速度をあげ、入り口から子宮口のまでの間を往復する。
 音をたてて粘液が秘口から飛び散る。それに合わせて他の触手たちはかすみの身体を弄る。触手が巻きついた乳房は左右に引かれ、乳首に巻きついた細い触手は微妙な振動を与え続けていた。
「あ、あ、あ……やっ、ああぁ、あ、あ、あっぅ……はぁあ!」
 胎内の触手が蠢く。それはかすみを悦ばせるためではなく、子孫を残すための動きだった。かすみの中の「女」を刺激して、確実に「妊娠」させるためだった。
「ああっ……あ、いやぁあああああっ! ひ、ひぃ、ぐあぁっ!」
 触手の先端が子宮口にめり込むと、花が開くかのように開き、子宮への道を開いた。ハンマーで殴られるかのような痛みと気持ち悪いまでの快感が、頭の先まで身体を貫いた。かすみの身体が弓なりになり、秘口からは大量の愛液を噴出した。
 子宮口を開いた触手の中から飛び出した細い触手が、さらに奥に向かって進んでいく。かすみは、余りの快感に声も出せなくなっていた。
 触手の動きが高まる。かすみは、靄がかかったかのように白濁していく意識の中で、すべての終わりが近いことを悟った。
 触手が痙攣した。振動は腹の奥から、かすみの神経を貫いた。
「や、あああっ! いやぁああああああっ!」
 最後の言葉は、かすみの理性が出させたものだった。間を置かずに胎内に大量の精液が流し込まれた。
「あ、ぁ熱いっ! 熱いよぉ! あ、やぁああっ!」
 焼けるような熱い精液は子宮を、膣を満たした。触手が引き抜かれると同時に、白濁した液体が秘口からこぼれ出た。絶頂に達したかすみの身体は、痙攣しながら肉の中に倒れこんだ。
 力なくぐったりとしたかすみの身体を、触手たちは解放した。肉壁の中に横たわるかすみは、ため息をつくと同時に意識を失った。

 那津美はジャケットを脱ぐと、ノースリーブのワンピース姿になった。手にはM79がぶら下げられている。短い気合とともに投げられた呪符が、空中で青白い灯りとなり、周囲を照らした。
「海神……あなたには死んでもらうわ」
 那津美の接近に気づいた海神が、赤い貝殻の中から硬い甲羅を持つ本体を引き出した。ハサミを振り上げ、那津美を威嚇する。
 那津美はニヤリと笑うと、M79を無造作に撃った。しかし、発射された式弾は海神の方には向かわず、洞窟の天井にめり込んだ。那津美は一挙動で式弾を装填すると、次々に発射した。しかし、式弾は周囲の壁や地面にめり込むだけだった。
 那津美の顔に変化は無い。自信ありげな笑みを顔に張りつけたまま、那津美はM79を投げ捨て、海神に向かって歩を進めた。
「さ、私を犯してみせなさい」
 那津美の声と同時に、ハサミや口腔の周りから放たれた触手が那津美の身体を捉えた。那津美の身体は、すぐに海神の身体の中に呑み込まれた。

「……すみ……起きな……かす……」
 声がした。かすみはゆっくりと眼を開けた。
 薄暗い肉部屋の中に、もう一人の姿があった。黒い長い髪が、かすみの顔のところまで垂れていた。開いた眼が赤い瞳を捉える。白い人形のような顔が、微かな笑みを湛えていた。
「気がついたようね」
「…………あなたは?」
 かすみは白濁する記憶の中から、目の前の人物の名を思い出そうとした。が、その思考は鋭い声で中断された。
「急いで、気を立て直しなさい。時間がないわ」
 触手によって肉壁に張りつけられている那津美は、かすみを叱咤した。自分は動けない。ここから脱出するためには、かすみが動くしかない。が、かすみの眼は焦点があっておらず、動きも緩慢だった。
──このままじゃ……
 那津美は辺りを見回した。肉壁が動いている。このままでは、何のために危険を冒したのかわからなくなる。
「はやく! 私の」
 続きを叫ぼうとした那津美の口に、素早く伸びてきた一本の触手が潜り込んだ。
「むぅ!」
 次々と肉壁から伸びた触手が那津美の身体に巻きつく。タイトなスカートがめくり上げられ、太股に何本もの触手が巻きつき、脚を開こうとした。脇から服の中に潜り込んだ触手が、布地を盛り上げながら、那津美の身体を蹂躙していた。
 口を犯す触手が入れ替わった。それまでのものより太く、先端が矢じりのようになっているものだった。先端から滲み出る粘液が、舌や喉に絡みついた。
 服が内側から破かれた。触手が巻きついた大きな胸があらわになり、乳房は触手によって次々と形を変えた。
「む、むむっぅ!」
 那津美は渾身の力を振り絞って、縛めを解こうとした。もがく那津美の姿に欲情したのか、もう1本の太い触手が那津美の下半身に巻きつき、内股を滑っていく。
 秘口に触手の先端が触れた。那津美は首を振り、脚を閉じようとしたが無理だった。
「ん……むぐっ!」
 触手が膣内に入り込んできた。粘液を吐き出しながら、触手は胎内で蠢く。
「……む……ふんっ! むあっ」
 跳ねるように触手が動いた。大きく開かれた秘裂の中から、粘液とともに丸めた白いものが吐き出された。呪符であった。
「うんっ! むぅ!」
 那津美はかすみの方を向いて、顎でそれを示した。光を失った瞳をそれに向けたかすみは、這うようにして那津美の下にたどりついた。
「む、ん……んむっ!」
 上下の口を刺し貫かれながらも、那津美は自分の役目を忘れてはいなかった。が、さすがの那津美でも快感に耐えられる時間には限りがある。
 かすみは震える手で呪符を拾い上げた。その瞬間、青白い光がかすみを包みこんだ。
「……那津美さん!」
 正気を取り戻したかすみは、触手たちによって蹂躙されている那津美の姿を見た。口や膣から粘液を吐き出し、身体のあちこちにまきついた触手がのたくっている。
 那津美の紅い瞳が、かすみの方を見て笑ったように見えた。
 触手が痙攣した。かすみはどうすれば良いのか分からず、ただ見つめているしかなかった。
「……い、はぁあああっ!」
 口の中から、白い粘液を吐き出しながら触手が勢い良く飛び出した。粘液は那津美の顔と胸を汚していった。白濁した液をかけられた那津美の顔の中で、紅い瞳が輝きを増した。
 秘口を犯していた触手からも白い粘液が音をたてて吐き出された。那津美は微かな声をあげ、力無く崩折れた。
 次の瞬間。かすみは信じられない光景を目撃した。
 那津美の背中に、白い光を帯びた透明な4対の翼が姿を現したのだ。昆虫の羽根を思わせる光の翼は触手を切断し、肉壁を切り裂いた。
「……あっ、あああああああああっ!」
 那津美は身体を仰け反らせながら、絶頂の声をあげた。それと同時に翼は広がり、肉壁を弾き飛ばした。白い光が周囲を満たし、かすみは一瞬意識を失った。
 かすみは頬を濡らす水の冷たさに気がついた。かすみが倒れているのは、洞窟内の砂浜の上だった。
 顔を上げると、すぐそこに紅い貝殻を持つ海神の姿が見えた。が、その貝殻には巨大な穴が開き、辺りには肉片が飛び散っていた。
「な、那津美さん!?」
 かすみは辺りを見回した。
「……私なら、ここにいるわ」
 振り返ると、半裸の那津美が後ろに立っていた。その背中に羽根は無い。が、紅い瞳が暗闇でもわかるほどの光を帯びていた。
「あれは、もう終りよ」
 那津美が指先で空を斬ると同時に、天井や壁面に撃ちこまれていた式弾が起動した。式弾から産み出された12匹の黒犬たちが、断末魔の海神に群がり、その肉を食らい始めた。
「……那津美さん」
 その声に那津美は口の端を少し曲げて見せながら、かすみを抱き上げた。そして、左手に持っていた呪符をかすみの下腹部に張りつけた。
「少し痛いけど、我慢してね」
 下腹部に痛みを感じた。かすみは唇を噛んだ。お腹の中に手を突っ込まれ、何かを抜かれるかのような感覚。
「あいつはいったい?」
「海神……そう呼ばれていた妖(あやかし)よ。と言っても、普通の魔物じゃないわ……人間の女に仔を産ませ、自分のために奉仕させる。ここに来る時に村を通ったでしょ?」
 かすみはうなずいた。
「そこの住民の大半が、この妖の血をひいていたのよ……昔からね」
 那津美は残忍な笑みを浮かべて、喉を掻き斬る仕草をして見せた。
 下腹部の痛みは無くなった。那津美はかすみの目の前で、呪符を青い炎の中に消してみせた。
「終わったわ……」
 かすみは那津美の声を聞きながら、食い殺されていく海神を見つめていた。

 二人が女性を連れて村に戻った時には、瑞穂と穂波の二人がHMMWVを言いつけ通り確保していた。HMMWVの周りには、黒ずんだ染みだけがあり、村人の姿はまったくなかった。
「どうしたの?」
「知らない方がいいわ」
 那津美はニヤリと笑うと、HMMWVを発進させた。
 窓から流れこむ夜風を受けながら、かすみは自分の経験したことを思い返していた。那津美にもらった沈心符のおかげで、自分にとっては辛い記憶は消されつつあった。が、目の前で見た那津美の姿だけは、記憶から消せそうにはなかった。
「……那津美さん?」
 かすみは、商売敵ではあるが、最も頼りにできる女性の名を呼んだ。運転席に座る那津美は、赤い瞳を正面に向けたまま、返事をした。
「何?」
「……いえ、何でもないです」
「変な娘」
了      
魔弾の射手 海神