闇の裏側にありし者
我が兄よ。何故あの人を奪った。
我が兄よ。あの人は今どこだ。
我が兄よ。あなたがそこへ閉じこもるなら
我が兄よ。私は意地でも貴方をそこから引きずり出す




西野怪物駆除株式会社の社長室の電話が鳴っている。

一人の女性が気だるげにその電話を眺め、そして受話器を取った。

電話の主との会話は短いものだった。二言三言言葉を交して再び受話器を置いた。

既に置いた受話器を暫く眺めながら物思いに更けている彼女を、後から入室した秘書の一人が目にしている。

彼女は一言、ごく小さい声でつぶやいた。

「予想外の展開ね・・・・・・・・」












最近新たに整備された広島・宇品港は今や広島の海の玄関口としての役割を果たしている。広島湾に浮かぶ島諸部に住む人々はもちろん、その島々へ向かう人々もまた多い。
県外や海外に向けて出航する船も多く、ターミナルには常に多くの人が行き来している。

目を港に移せば、様々な形をしたフェリーや高速船、大型旅客船など、大小様々の船が行き交っている。
それぞれの船はそれぞれの客を満載し、西へ向かう船、南へ向かう船、豊後水道から外海に出る船などさまざまである。

乗客もまた様々で、旅行者や都会へ出る者。
田舎へ帰る者。
里帰りをする母子。
土産を抱えて仕事先から帰る者。
長い闘病生活を経て家へ帰る者。
皆それぞれである。

その港から道路を隔てて僅かに北よりの場所に広い公園があった。
新ターミナルの建造と共に整備が進められていた大型の公園だが、こちらの工事の進行状況は新しい建物ほど思わしくなかったようで、まだ半分は掘り返しただけのただの荒れ地のようになっている。

敷地の西側は正確に並べられた美しいタイルで舗装され、公園の南側から北側に向かう通路の両側には柊や木蓮、ななかまどなどの木が植えられている。
中央部には芝生が生い茂り天気のいい休日には近くのベンチでゆっくり過ごしている家族連れが多く見られる。

それに反し、東側には進入禁止のロープが張られ、タイルもそこで途切れている。
平坦とはお世辞にも言えない茶褐色の地面にはいじけた雑草がそこかしこに茂り、暗い茶色の土の上をまるで脱毛症にでもなったかのようにうっすらと深緑色に変えている。
歩道との一番東よりの境には池とも見まがう程大きな水たまりができていて、その水たまりから歩道に向けて、陰気な土色をした水が流れ出してアスファルトできれいに舗装された歩道を汚していた。

港湾開発の余波か、この辺りにはそれ以外にも整地されただけの空き地がそこかしこに見受けられ、それぞれの空き地の間を縫うように真新しい大きな道路が新設されているが、どうやらその道路がその役割を果たすにはもっと時間がかかるようだ。

その空き地の中でも、フェンスに囲まれた広い開けた場所があった。
小汚い薄青色のフェンス付近には木材や土管などが乱雑に置かれ、その反対側のフェンス沿いには何台ものシャベルカーやブルドーザーなどが置かれている事から、おそらくそこは工事車両や資材等を置いておく場所になっているのだろう。
夕暮れ時のうす雲に遮られて途切れがちの太陽の光の下で眺めるその光景は、この世の最後とはこのようなものなのではないのだろうかという想像をかき立てずにはいられない。そんなぞっとしない風景だった。

この殺風景な場所のほぼ中央に二人の人間が立っているのが見える。
一人はどうやら女性のようで、身長は160Cmくらいで、緋色のワンピースが目にしるく写る。また、その美しい色がよく似合う美しい顔立ちをしている。
暮れ初めの夕日の下で見てもその抜群のプロポーションは目を見張るものがある。

もう一人は男性のようだ。身長は180Cmくらいだろうか。ボサボサの頭があまりにもだらしなく見える。ファッションにもそれ程気を使っている風でもない彼は、何処から見てもそのへんのつまらない男にしか見えない。この妙な取りあわせの二人が並んで歩いているのを見かけた時の感想は二つしかない。
「不釣り合いだな。」か「何で?!」だ。

その二人から約5m程離れた辺りに4人の人影が見える。大小様々だが、一応みな男性のようだ。
一人は目につくような大男で、その屈強そうな体つきはプロレスラーを連想させる。
一人は背は4人の中では一番小さく、正面にいる女性よりも小さい。身軽そうなその様子からはサーカスの軽業師のような印象を受ける。
一人は背こそ一番高く、2mにも達する程であったが、他の3人と比べると線が細く見える。まるでちょっとしたモデルのようだ。
最後の一人は目に付くような特徴は無く、いわゆる中肉中背のどこにでも居そうなタイプだ。
このアンバランスな四人の男達はみな一様に黒いスーツと黒のサングラスをしていた。
まるで近未来アクション映画から飛び出したような姿だ。

時間は少しさかのぼる。
帰宅途中の聡との接触にまんまと成功(?)した葉子だったが、その聡の後方から静かに近づいて来る4つの人影があるのを見た。
その4つの人影から発せられる殺気が自分に向いている事に気がついた葉子はその場で臨戦態勢に入ったのだが、その葉子の肩を聡がたたいてこう言った。

「やれやれ。あんたら能力者ってのは自分に能力があるのにかまけて、そのせいで周りがどれだけ迷惑を受けるかなんて考えん奴が多いね。」

聡はこう言うと突然葉子と4つの人影の傍をすり抜けて一度も立ち止まる事なくこの空き地まで走ってきたのである。
急に走り出した聡を追って、当然葉子も走り出した。その葉子を追ってこの四人の男、超高度な術によって使役されている4体の式神もこの場所へやってきたのである。

「ここなら。」

聡が口を開いた。

「ここでなら少々ハデ目に暴れてもそれ程被害は出んじゃろぉ。結界を張るつもりだったなら余計なお節介だったかも知れんが。大体届出も出しとらん戦闘行為をやって、あとで面倒な目に会うのはあんたじゃけんね。」

退魔師は通常、退魔行や戦闘行為を行う場合は事前に最寄りの警察署等に届け出を出すのが普通である。
だが、今回のように、そのような予定が無いにもかかわらず戦闘に入るようなやむを得ない場合は事後承諾の形を取る事になる。
この事後承諾と言うのが実に厄介で、大抵の場合、戦闘終了後に最寄りの警察署に所属する外勤警官が派遣されて現場検証を行う。
この外勤警官の人となりによってこの後の展開が大きく変わって来るのである。
殆どの場合、警官は警察学校である程度の退魔行に関する教育を受けているのだが、中にはそういった事を一切信じない者もいる。
こういった者が派遣されて来た場合、説得は困難を極める。
最悪の場合、「公務執行妨害」という名目で一日拘束されてしまうケースがままあるのである。
葉子達はこういった連中を密かに「ヌケ作」と呼んでいた。

一応、煩わしい警察への対応を聡のおかげで避ける事ができたのだったが、葉子はあまり機嫌が良くなかった。
まるで、自分たち退魔師の事を無神経で力を振り回すだけの人間のように言う彼の言葉が気に入らなかったのだ。

「それじゃあ、邪魔にならないようにせいぜい隅っこで縮こまっていてくださいね。」

酷く冷たい口調で葉子は聡にそう促した。

「ヘイヘイ。そうさせてもらいますよ・・・・えらい機嫌が悪いのぉ。アノ日か?」

このセリフを吐いた次の瞬間に聡は、頭頂部と右わき腹と左足に鈍い痛みをほぼ同時に感じて、その場に突っ伏してしまった。

「とっとと隅の方へ行ってくれます・・・・・・?」

イライラした口調で葉子が聡へ再び促した。

「ふ・・・ふぁい・・・・・・・(ホンマじゃったんかも知れんの・・・・)」

よろよろとした足取りで、聡はどうにか一番フェンスに近い所に積まれている土管の方へ歩いて行った。

「いや、の○太の気分じゃね。実際。」

先程の葉子から受けた打撃(膝蹴り・ローキック・肘鉄)からのダメージがいささか抜けて来たのか、聡は楽しそうに三段に積まれた土管の上に登ると、その場で寝転がった。
空の随分高い所からツバメが啼く声が聞こえて来る。それよりももっと高い位置に楽しげに浮かんでいる雲を眺め、この空き地の傍にある背の高い灰色の完成前のマンションが空に向かって、まるで槍でも突き刺すかのように伸びているのを横目に見ながら、聡はポツリとつぶやいた。

「平和だねぇ・・・・・・」

しかし、そうつぶやく聡のすぐ傍で、そののどかな平和は破られようとしているのだった。













もはや夕暮れにさしかかっている外の様子を窓から眺めながら不安そうな表情を浮かべている女性が「西野怪物駆除株式会社 中国支社」の応接室にいた。
その燃えるような美しい赤い瞳には焦燥の光が宿っている。
窓から入ってくる涼しい風が彼女の後ろで縛られている赤い美しい長い髪をゆっくりと揺らした。

「まだ時間には早いんだろ?そんなに焦る事はないよ。」

部屋の奥から野太い男の声が響いて来た。

「ええ。分かってるんですけど・・・・」

不安そうな声音で窓際に立っている女性、西野かすみが男に答えた。

「葉子お姉ちゃんならものすごぉ〜〜〜く強いから大丈夫ですぅ。」

葉子の強さとやらに匹敵しそうな物凄く能天気な口調でかすみの妹、あすみが口を挟んだ。
姉と比べるとやや薄紅色に近い髪を肩口の所で切りそろえている。

「あんたのその自信はどこから来るのよ・・・・・」

かすみが、冷や汗を額に浮かべながらジト目で妹を見た。

「話に聞いた事が事実ならあすみちゃんの言う通りじゃないかな。あのヒュドラの「7使徒」なんかを3度も退けたって聞いたよ。」

先程の野太い声の男、「西野怪物駆除株式会社 中国支社」の支社長、松井が言った。

「それでも、3回目は無事って訳にはいかなかったんですよ。」

そういってかすみは、その3回目の戦いに居合わせた時の話を聞かせた。
その話を聞く内に、あすみも松井も次第に不安そうな表情に変わった。

「それなら、探しに行った方がいいかもしれないね。うちにもエニシング・ディテクターがあるから持って行くといい。もっとも、本社にあるもの程精度はよくないがね。」

松井がそう言うか言わないかのタイミングで応接室の扉に重い音が響いた。事務所側からノックしているようだ。

「はいよ。どうした?」

松井がそう言うと、女性が一人ドアを開けて入って来た。

「失礼します。本社より西野社長から支社長にお電話が入っています。」

「社長から?わかった。すぐ行くよ。」

そう言って松井は事務室に行ってしまったので、応接室にはあすみ・かすみ姉妹が二人だけ残された。

「母さん、何の電話なんだろ?」

かすみが誰に聞くともなくつぶやいた。
ふと、ドアの方に目をやると、あすみがドアに耳をピッタリとくっつけているのが見える。

「あんた何やってんの?」

「聞き耳ですぅ。教官って声が大きいから、電話の声丸聞こえなんですぅ。」

なる程とかすみは思い、自分も耳をドアにつけてみた。隣室では松井の大きな声が響いている。

「ええっ!御存知だったんですか?!」

「いや、申し訳ないと思っています。今度出頭するつもりでいまして。」

「ええっ!本当ですか!?ありがとうございます!!寛大な処置に感謝します!」

「えっ?いえ、こちらでは彼本人に直接会ったりはしていませんが。」

「・・・・・本当ですか?でも、なんでそちらの、しかも社長室のダイレクト番号を彼が知ってるんですかね?」

「ええ。来てますよ。え?葉子さんですか?彼女はまだ来てません。なんでも18時にここのロビーで待ちあわせてるらしいんですが。」

「そうなんですか?わかりました。それなら下手に動き回らない方が無難ですね。」

「ええ。ここから宿泊先に行くように言っておきます。はい。それでは。」

電話の受話器を置く音が聞こえたので、二人は急いで来客用のソファに戻った。
暫くして松井が再び応接室に入って来たが、その表情には安堵と不安が入り交じった複雑なものが浮かんでいた。

「どうしたんですか?」

かすみが、極力わざとらしくならないように注意して聞いた。

「ん?ああ。色々あってね。まず、さっき話した例の二人を行かせてしまった件は懲罰委員会は免れたよ。査問委員会で答弁するだけでいいそうだ。いや〜助かったよ。」

「それから・・・・・・何でも社長の所に直接、例の蓮城聡から直接電話があったそうだ。今日の昼過ぎの事だったらしいよ。君たちがこちらに向かって出発した少し後だったらしい。」

この松井の知らせに二人は息が止まる程驚いた。
一般に西野(株)の電話番号は電話帳にも載っているが、通常はまず、代表連絡先に連絡を取り、内線で各部署に繋ぐ。
しかし、余程の事が無いかぎり社長室に連絡を取り次ぐ事はないのである。
だが今回は、蓮城聡は内線を介さず直接社長である那由に連絡を取ったという。
彼がどうやって連絡先を知ったかは知るよしも無いが、そういった手段を持っている人間はこの世界には10人も居ないはずだ。

「それで、社長は何て?」

「うん。まず彼は君たち3人が自分に関する事で広島へ来るという事を知っていると言ったらしい。ただ、何をするつもりなのかは知らないと言っていたらしいんだ。」

「彼は社長にこう言ったらしい。『もし、自分もしくは、自分につらなるものに危害を加えるつもりなら彼女達だけではなく、御社にとっても有益ならざる結果を招くだろう。また、その度合いは貴女が考えている以上に深刻なものとなるだろう。そうでないなら、自分は彼女らには一切危害は加えない。また、もし自分に出来ることがあるなら進んで協力しよう。』とこう言ったらしいんだ。」

暫く沈黙が訪れた。その沈黙を破ったのはあすみだった。

「葉子お姉ちゃんを探さなきゃ。本当にアブない人っぽいですぅっ!!」

彼女の悲痛な叫びが応接室に響き渡った。
かすみにしてもそうだが、あすみは葉子の事を実の姉のように慕っていた。
年が近いせいか色々な話しもしたし、時には姉のかすみには話せないような事も相談したことがある。
彼女にとって葉子はかけがえのない人物なのだ。

「それにヒュドラの動きも気になるわ。それ程の能力の持ち主なら、あの連中がほっとくわけないもの。」

しかし、その彼女達をいさめるように松井が言った。

「それは得策じゃないよ。蓮城聡がどれ程の能力者なのかは分からないけど、葉子さんにどうにもできないようなら仮に君たちが行っても焼け石に水だ。それに、社長は彼の『彼女らに危害は加えない』と言う言葉を信じると言っていた。もし本当に危害を加えるつもりがあるなら君たちが広島に着く前にやっていただろうしね。」

「とにかく、社長は仮に時間通りに葉子さんが現れなくても、君たちは予定通り宿泊先へ行くように私に指示したんだ。」

「でも・・・・・・・」
今にも泣き出しそうなあすみを安心させるように松井が付け加えた。

「とにかく私としては、今日に関して言えば君たちの任務は18時で終了するものと思う。その後葉子さんを探すのは二人の自由だよ。それに、私や備品管理の人間も今日は定時で上がるから、私たちがいない間に誰かが備品を持ちだすのは止めようがないがね。」

そういって松井はぎこちなくウインクした。













緊張感皆無で土管の上に横たわる聡をよそに、その土管の傍では今まさに戦いの火ぶたが切って落とされようとしてた。
先程の4体の黒ずくめの式神達は今や葉子との間合いをジリジリと詰めていた。
対して葉子は別段身構える様子を見せない。その姿はまるで、静かに姿鏡の前に佇む淑女そのもので、戦いの場においては最も似付かわしくない姿であると言える。

葉子との間合いを2mにまで縮めた所で、最も背の高い男が動いた。
まさに目に見えぬ風のように葉子に迫り、その長い足をまるで槍のように葉子に蹴りつけてきた。
葉子はその蹴りを、まるでその男の傍で舞い踊るかのような動きでかわすと、静かにその男の体に手のひらを押し当てた。
漫才師のツッコミ役がネタの最後の締めくくりに「もぉエエわ。」のセリフと共に見せる柔ツッコミのような所作だった。
にも拘わらず、その男の体は宙を舞い、四肢がバラバラになりなが土管の上で横になっている聡の鼻先を恐ろしい速度で横切り、フェンスに激突した。
途中で引きちぎれた左腕が土管の傍に無造作に転がっている。

暫くそのままの姿勢でいた聡は、ゆっくりとフェンスの方に顔を向けた。
コンクリートで堅牢に塗り固められたフェンスが見るも無残に壊れ、比較的体が大きい方の聡自身が両手を広げても届かない程の大きな穴が開いている。
フェンスの向こう側の空き地に先程葉子に吹っ飛ばされた男が横たわっていたが、その姿があまりに無残なため、聡は眉をひそめた。

足はあらぬ方向に曲がっていた。太股から外側に曲がっている左足はすねの部分で再度内側に曲がっている。右足に至っては腰の付け根から外側はまるで剥がれたかのように無くなっており、骨やアキレス腱がむき出しになっていた。
体に辛うじて残っている右腕は幼稚園児が軽く引っ張れば体から簡単に引きちぎれそうになっていた。
5本の指の内3本はすでになく、2本は手の甲にぴったりとくっついていた。

葉子が手のひらを当てたとおぼしき場所は深く陥没したあと、葉子のかわいらしい手のひらとほぼ同じ程度の大きさの穴が開いていた。
顔は向こうを向いているため表情を伺いしる事はできないが、式神とはいえ、これ程のダメージを受けているのだろうから、その死顔は想像に難くない。

聡がその姿をしげしげと見ていると、突然男の体にぱっと青白い炎が立ち昇り、瞬く間に体は燃え尽きてしまい、その後には小さな和紙に「左の式」と書かれた箋が残っていた。
その箋も折りから吹いて来た西風に触れると音もなく崩れ去り、後には何も残らなかった。

「恐ろしい姉ちゃんじゃの・・・・式神とはいえこの連中の強さなら。」

葉子がもし、そうする意志があったなら、エニシング・ディテクターでこの4人組の強さを計る事ができただろう。
そして、E・Dの液晶画面には粗雑な文字でこう映し出されていただろう。

a:3
b:0.8
c:1.2
d:1.6

数値は通常RMC値で表示されるのだが、100を越える場合は自動でSRMC値に切り換わる。
今回は対象が4体で、そのうち3体が100を越える数値を有しているためSRMC値で表示される事になる。
そして、この数字を見れば、殆どの退魔師はしり込みをする事だろう。
bを除けば全員、一般に「一人前」と呼ばれる退魔師の実力を数段上回っている。
そして、aに至ってはその「一人前」の退魔師の実に3倍の数字が出ているのだ。
このレベルの敵を一度に複数相手にできる能力者はそうは居ない。

「しかも、その内の1体が柔ツッコミであのザマかいや・・・・・・あんま逆らわんとこ。」

聡は今更ながら葉子の3発もの打撃を受けた事を思い出して身震いした。あの様子なら相当手加減しての事だったとはいえ。

ゆっくりと土管の上で身を起こし、「戦場」に目を向けた聡に葉子は一瞥もくれる事なく残った3体の式神の様子を最初と変わらない様子で見ていた。
式神の方は再び間合いを広げ、遠くから葉子の様子を伺っている。その所作から、かなり浮き足立っている事ははた目から見ても良く分かった。

「本来、感情なんかを持ちあわせとらん式神を、ここまでビビらすとはね・・・・・」

聡がそうつぶやくか否かのタイミングで、今度は一番体が大きい男と小さい男が同時に動いた。
二人は先程の男と変わらず、風のような速さで葉子との間合いを詰めると、突然小さい方の男がジャンプして、葉子の背後へ回り込んだ。
そして、正面の一番体が大きい男が葉子にその巨大な右拳を恐ろしい程の速度でつきだすのとほぼ同時に両足で踏み込んで体当たりしてきた。

葉子は再び舞い踊るかのように大男の拳をかわすと、その腕を右手で掴んだ。
そして、後方から体当たりしてくる小さい男の背中を左手で押さえると、まるでその場で円を描くかのように自ら一回転し、その回転に合わせて右手を上に、左手を下に、まさに両の手で円を描くかのように動かした。
最初の男の時と比べてみれば遥に「舞い」の様に見えた。
その迷いのない足さばきと、優美な手の動きは聡に感嘆の念を持たせるには十分であった。
正に『緋色の衣を纏った天女が眼前で舞い踊っている』かのようである。
しかし、その美しい舞いがもたらした結末は先程と変わらぬ惨いものだった。

葉子の左手によって下方向に叩きつけられた小さい男は、まるで大型トラックがノーブレーキでぶつかって来たかのように、2、3度地面にその体を打ち付け、最初の背の高い男同様、見るも無残な姿になった。
右手で宙に放り出された大男は、投げられた時の衝撃で、右腕がねじ切れていた。
そのまま地面に叩きつけられるのではと思われた次の瞬間、大男は空中で体制を建て直すと、鎖のようなものを葉子に投げつけた。
その鎖の先には分銅が付いており、首尾よく葉子が上にあげていた右腕にからみついた。
地面に着地すると大男は、片腕ながら物凄い力で鎖を引き、葉子は少しずつ男の方に引き寄せられて行く。かに思われた。しかし、そうはならなかったのである。

大男がどれ程の力で引っ張ろうが、葉子の方は微動だにせず、静かに自分の右腕に絡みついた鎖を見つめている。
そして、おもむろに右腕を動かすと、逆に大男の方が鎖に引っ張られて葉子の方に飛んで来た。
宙を舞う大男を手刀による一撃で真っ二つに引き裂くと、葉子は右腕に絡まっている鎖をゆっくり外しながら向き直った。
最後の一人、E・Dで計測すれば3と表示したであろう男がまだ残っているからだ。
しかし、その男の姿は今、目の前には見えない。どこかに行ってしまったのだろうか。

通常、術者が式神に対し、状況が悪くなったら逃げるように術を施す事は少ない。
情報を得るためならばそういう事になるかもしれないが、一番最初に聡と接触した時に感じた殺気からして、恐らくそうではないだろう。
気配を殺して付近に姿を隠し、不意打ちでもするつもりなのかもしれない。
葉子は再び周囲を見渡した。そして、近くのある物陰に隠れている男を見て驚愕した。

この空き地の中にはいくつか「電柱」が立っている。電柱といっても、まで送電線が張られていないものではるが。
その中の、一番南よりの葉子が今立っている場所からそう遠くない所に立っている「細い」電柱の影に男は隠れている。
その様子を唖然として眺めている葉子に聡が声をかけた。

「あんたが最初、わしに会った時の姿を客観的に見る機会があるとは、あんたもついとるね。」

その姿のあまりのアホさ加減に葉子は今更ながら恥ずかしくてたまらなくなった。

「それはそうと、どうするん?」

葉子の立っている場所から電柱までは約9mと言った所だろう。
遮へい物である電柱がある以上、葉子が男に攻撃を加えるには電柱を避ける必要がある。
葉子が最後に男の姿を見てから、電柱の後ろに居るのを見つけるまでの時間はそれ程あったわけではない。

「恐らく、さっきまでのあんたの動きから推測して、あの距離に遮へい物つきならあんたの打撃をかわして反撃できるって事なんじゃろうね。」

この状況で葉子がどう出るか、聡は興味津々と言った様子で葉子の次の行動を待っている。
そんな聡の方をチラリと見やった後、葉子は静かに右手をあげた。
その瞬間、聡は驚愕した。なんと、突然男が燃え上がり、後には灰すらも残らなかったのである。

「・・・・・・焔壱之型“狐火”(ほむらいちのかた・きつねび)か。『神秘の炎』の使い手であるあんたには、あの程度の術は媒介も圧縮魔法も必要ないってか。」

その言葉を聞いた葉子は恐ろしい形相で聡を睨みつけた。

「うわっ!そげな怖い顔で見んさんなや。あんたが言いたい事は大体見当がつくけん。」

聡はそういいながら土管から降りて来た。途中つまずきそうになりながら。

「改めて自己紹介が必要かな?蓮城聡。野黒島の人間だ。」

サングラスを外し、それまでとは違う丁寧な言葉で聡は言った。

「そんな事は知っています。私が知りたいのは貴方の能力と貴方の人となりです。事によっては・・・・」

そう言う葉子を、聡は興味深そうにじっと見つめた。あまりにまっすぐ見つめるので、葉子の方が目をそらしてしまった。

「わしを消すかね?確かにあんたならできるかもしれん。が、今は無理じゃね。賭けてもええよ。それより、その事についての話は場所を変えてせんかね?
もうすぐ日が暮れるし、ここは蚊も多い。もっとゆっくり話ができる場所をわしが知っとると言ったら、あんたは喜んで付いてきてくれるかな?」

まるで、葉子の気持ちを和ますかのように優しい口調で聡が提案した。

その提案を聞いて、しばらく思案している葉子の様子をじっと見ながら聡はポツリとつぶやいた。

「大きくなったもんじゃな・・・・・」

「えっ?」

「いいや、何でもない・・・・・それよりどうするね?」

「分かりました。御案内頂けるかしら?」

その言葉を聞いて聡は安堵の表情を浮かべた。

「喜んで。願わくば、あんたの任務と好奇心の両方が満たされん事を。」

そういって歩き出した聡の後を、少しおくれて葉子はついていった。












空き地の隣に建っている建設中のマンションの屋上に2つの人影があった。

「あのクラスの式をああも簡単に苦もなく倒すなんて・・・・・私が思っていた以上ですね。」

無慈悲な声で「彼女」がそう言った。

「俺が苦戦するのもわかるだろ?」

やる気のなさそうな声で「彼」がそう返した。

「でも、今回は違うんでしょう?どちらにしても、“あの男”の実力を推し量るという作戦は失敗でしたわね。」

「ま、いいさ。俺的にはあくまでもメインターゲットは“葉子ちゃん”だからな。」

「御執心ですねぇ。それなら“あの男”は私がいただきますわ。」

「へっ!せいぜい喰われねぇように注意するんだな。」



再び姿を消したこの二つの「影」こそ、世界中の退魔師達を震え上がらせた「剣」と「影」である事に気がつく者など誰一人としていなかったという。
1-5 小手調べ 了
闇の裏側にありし者

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