The Call of Maina
『マイナの呼び声(The Call of Maina)』

 女が犯されていた。
 今は人気が無い……という程度の、ありふれた路地裏でだ。
 うつ伏せの状態で道路に押し倒されている女の目からは、涙がこれでもかと流れ落ちる。そのすぐ目の前には、引き裂かれたスカートの残骸が落ちていた。
 パンストとショーツは身につけたままだ。身につけたまま、背中に乗った男に貫かれている。どちらも、男が無理矢理生殖器を押し込んだ時にあっさりと破れてしまっていた。
 強引で豪快なそこまでの攻撃と裏腹に、女の背中に乗って腰だけぴょこぴょこと振るその動きは、どう見ても滑稽である。しかし、犯される女にそんな事が関係しているわけは無く、ただひたすらに早くこの陵辱が終わる事を願っていた。
「ぎょひょっ!」
 男が大量の涎を女の背中に垂らしながら、変な声をあげてラストスパートに入った。腰の動きが速く、そして一段と情けなくなり、まるで小さく跳ねているかのように見える。
「そこまでよ、怪奇バッタ男!」
 夜の闇を、威勢の割には妙に可愛い声が切り裂いたのは、男が限界を越えようとしたその瞬間だった。
 まるで突然かけられた声に反応するかのように、男の体がびくびくと痙攣し、女の膣(なか)へと陰液を流し込む。女が地面に爪を立てて声にならない悲鳴をあげた。
「……私の所為じゃ、ないよね?」
 この時代にもしっかりと生き残っている電信柱の横に現れたのは二人の女。電信柱に取り付けられた街灯が、スポットライトのようにその姿を照らす。その片方が、もう一人を見上げてそう尋ねた。
 声の主の方は身長が160弱。それに対して声をかけられた方は現在180を越えている(注:ヒール込み)。見上げる女は、顔が完全に上を向いてしまっていた。
「多分違うと思いますけど…… それが何か?」
 こっちの声は、しっとりとして艶っぽい。どこか物憂げなところがまたイイ。
 忘れ去られたような形になった男は、とりあえず大放出が終わるまで腰をぴょこぴょことさせ、それからその二人をじっと見た。
 大きい方は二十代後半といった感じの美人で、切れ長の目が少しタレているからなのか、どことなくトボけた雰囲気を表情に滲ませている。
 身につけている黒いドレスは胸元がざっくりと露出していて、あまり豊かではなさそうなバストがぽろりと見えそうだ。で、下の方はと言うと地面につく程裾が長いのだが、左側に入ったスリットはきわどいを通り越して、腰のあたりまで割れている。すでにスリットとは呼べないその亀裂の内側に、女の細い脚がはっきりと見えていた。
 闇に溶け込んだドレスから、真っ白な顔と手足が生えている。ちょっと遠目だと、宙に浮くバラバラ死体に見えるかも知れない。
 ただふざけているとしか思えないのは、頭に乗るとんがり帽子だ。ドレスと同色のそれを頭に乗せたその姿は、それだけで全体が馬鹿みたいに見える。それが妙に似合っているのは、本人にとっても不本意な事であろう。
 しかし、小さい方の女はもっと馬鹿みたいな格好をしていた。
 大きな瞳と、形のいいきりりとした眉。すっきりとした鼻梁と、やや薄めの唇。顔だけ見てればハイティーンの、力一杯活発そうな美少女なのだが……
 まず真っ赤なエナメルのミニスカートの短さと言ったら、どう考えても、歩くだけでその中身が見えそうだ。……というか、すでに白いものが見えている気がする。そして上に着ているブラウスはデザインこそごく普通なのだが、どういうつもりか前身ごろの部分が半透明だし、そこに透けて見えているのはスカートと同色同素材のビスチェだったりする。
 まあ、この程度なら行くところに行けばそれなりには存在するが、怪しさが爆発しているのは、両肩に乗せたショルダーガードと、そこから背中に垂らした外側が漆黒で内側が真紅のマントだ。
 怪し過ぎだった。どう考えても変だった。時代錯誤とかって話じゃなかった。
 思わず『怪奇バッタ男』呼ばわりされた男も、自分の存在を忘れて『こいつら怪しい』と思ったぐらいだ。
 ついでに補足しておくが、大きい方は金髪で背中に垂らしたその先端は膝近くまで伸びている。もう片方は艶のある綺麗な黒髪を三つ編みにしていた。
 ……とにかく、怪しかろうが美人は美人。性欲が爆発中の男は、萎えるどころかそれまでを越えて膨らんだ股間のモノをぐったりとした被害者の身体から引き抜くと、奇声をあげながら怪しい女二人の方へと跳躍した。
「うきゃあっ!」
 それを見て、小さい方の女が悲鳴をあげて目を逸らす。
 両目が複眼と化しどこからともなく一対の触覚を生やした怪物が、背中に生えた羽を広げて10メートル以上の距離を飛んで襲いかかってくるのだ。悲鳴ぐらい当然の事だった。
「そんなの見せるな〜」
 ……違った。どうやら、股間のそそり立ったモノを見て悲鳴をあげたらしい。
 しかし、目を完全に逸らしながらもちゃっかりと背中からなにやら取り出し、一回の飛翔で抱きつき攻撃を狙う男の顔面を強打してそれを地面へと叩き落とした。
 形容し難い不気味な音をたてて地面に落ちた男は、もう一度バサバサと飛んで距離を空ける。どうやら、まだ元気そうだ。
「マイナ様、そのような使い方をすると壊れるのでは?」
 大きい方の女の指摘に、マイナと呼ばれた小さい方の女はにたーっと笑う。
 マイナが背中から取り出したのは、一見回転式弾倉の拳銃(リボルバー)に見える物だった。その形状は、S&Wのスコーフィールドという銃に酷似している。ただ普通の拳銃と決定的に違うのは、銃身の代わりに小さな液晶とキーボードの付いた…… 何世代も前のハンドヘルドコンピューターのような物がくっついている事だ。
「大丈夫。かあさんの作ったこの『ガンプ』が、これくらいで壊れる訳……」
 そう言いながら、マイナはガンプですぐ脇の電信柱をゲシゲシと数回叩く。
 ばきっ!
「………………」
「ああぁ〜〜〜〜っ」
 嫌な音がして、シリンダー前部のあたりがぽっきりと折れた。
 横で見ていた女が素っ頓狂な声をあげながら、落下する先端部を慌てて宙で掴む。マイナの方は、あまりにも『お約束』な展開に完全に硬直していた。
「シー……」
「はい……」
 ぎーっという効果音でも聞こえそうな動きで顔を向けたマイナに名前を呼ばれて、ガンプの先端部を大事そうに抱えた女は、ひきつった笑みを浮かべながら返事をする。
 数秒の沈黙。何故か男の方も、次の展開を固唾を飲んで見守っていた。
「逃げるよっ!」
 マイナは、言うが早いか近くの壁に飛び乗り、次の呼吸でその家の屋根まで飛び移った。
 面食らって一瞬反応が遅れた女も、すぐにその後を追う。
 更に一呼吸が開いて、バッタ男がそれに続いた。

 立ち並ぶ家屋の屋根の上を、マイナが走って、飛ぶ。その様子は、まるで平坦なトラックでハードル競技でもしているかのような気楽さだ。その横の女の方も、まるで飛んでいるかのように軽い動きで並走している。
 そして、それを追う男は…… こっちは本当に飛んでいた。一度の跳躍距離がすさまじく長く、しかも空中で方向を変えたり、急降下したりする事も出来る。
 いくらマイナ達が常人離れした動きをしていようと、さすがと本物の怪物はどこかが違う。このままでは、すぐに追いつきそうだった。
「ええいっ…… バッタ男ならバッタ男らしく、バイクに乗って追いかけてこいってゆーの!」
「あの…… あれ、バッタなのですか?」
「知らない! でも私がバッタだと言った以上、あれはバッタなの」
「はあ…… 石ノ森様、ごめんなさい」
「あんた…… いつの生まれ?」
「……マイナ様こそ、お幾つなのですか?」
 二人とも余裕の無さそうな声を出しているわりには、ずいぶんと余裕たっぷりの会話。しかしその間も距離はどんどん縮まっていく。
「げひょひょ〜」
 不気味な声を背中に感じ、マイナは慌てて身をひねって後ろを見た。で、見えたのは視界に収まりきらないほど接近していたバッタ男の姿。次の瞬間には左肩を痛打され、シーともつれるようにして瓦ぶきの屋根の上を転がっていた。
 この時代では珍しくなった貴重品とも言える瓦を何枚も下に叩き落としながら、マイナはなんとか屋根の縁で止まった。その代わりに、シーはあっけなく落下。うんでもすんでも無い。
 状況はマイナ達にとって、あまりいいとは言えなかった。
「痛いわねぇ…… 乱暴なのも、まあ嫌いじゃないけど」
 絶対に不利なはずの状況をまったく気にしていないそぶりで、マイナはゆっくりと立ち上がり自分の状態を見た。
 直撃だった左のショルダーガードは砕け、ブラウスも袖口までがビリビリに裂けている。片方の固定部分を失って垂れ下がりただ邪魔な存在になったマントを、マイナはブラウスごと脱ぎ捨てた。
 実はずいぶんと着痩せしていたらしく、真っ赤なビスチェだけになったその上半身は結構ボリュームがある。ついでにビスチェも外してくれたら…… 男なら、そんな期待までしたいところだ。
 肩も割としっかりとしていて、そしてその片方からは鮮血を滴らしている。その流れる血を見て、マイナがため息を一つつく。それを一緒になって見ていたバッタ男が、(なんとなく)申し訳なさそうな顔をした。
「はいはい、これくらい許してあげるから、しっかりついて来なさいよね」
 そう言うと、マイナは再び屋根の上を駆ける。先刻と比べ物にならないそのスピードが、如何にマントが邪魔な存在だったかを物語っていた。
 妙に嬉しそうな動きでその後を追うバッタ男も、今度は追いつかない。十数軒分をあっさりと走りぬけ、そのまま逃げるかと思ったマイナが急に立ち止まって後ろを振り返った。
「びよほへぇ〜〜〜〜」
 やっぱり意味不明な声をあげてそこへ飛びかかるバッタ男を、マイナはしっかりと見つめる。
 そして……
「頭のネジが緩むから、イヤなんだけどねっ」
 左腕を伝って流れ落ちる自分の血をぺろりと一舐めしてから、マイナはそう言って陰惨な笑みを浮かべた。
 ガンプが使えない今、頼れるのは自分自身の能力だけ。使用後の隙がやたらと大きいその能力を使う為に、逃げるフリをして自分達を監視している『目』を振り切ったのだ。

 そしてバッタ男は、悲鳴をあげる事すら出来ないまま四散した。



 西暦203X年。
 世界は…… 少なくとも日本は、大して変わっていなかった。
 街並みもあまり変わっていない。やっぱり、一度建ててしまったものは中々壊せなかったと見える。大規模な戦争か何かでビルが薙ぎ倒されない限りは、この風景が大きく変貌する事は無いのだろう。いや、流石と古い建物なんかはいきなり崩れたりしているのだが。
 機械化の方向に偏った文明も、そろそろ停滞し始めている。今更『進む方向を間違ったかなぁ』と思う人間が増えたところで、急に自然が回復する訳も無い。そう考えれば、結構人類の行く末も見えてきていた。
 しかし、科学の進歩の一端であり、その目安とも言える電脳世界…… コンピュータ・ネットワークによるサイバースペースが、その対極ともとれるオカルティズムへの足掛かりになると気づく人間も徐々に増えつつあった。
 それに気づいた人間は、前世紀の末期には既に存在していた。プログラマーやハッカーといった類いの、早い時点で脳味噌が電脳に毒されていた人種の中でも、ごく一部の異端者達である。
 ある種の条件を満たした時にネットワーク上に発生する、『魔界』への門(ゲート)。それを通じてその向こう側の生物…… 『悪魔』の生体情報を電子的に複写する技術は、彼等によって生みだされたものだ。
 そして今の時代、当初ほどの苦労も無くその複写された情報を元にこちら側へ『悪魔』を出現させる手段が、いくつか編み出されている。こうして誕生したのが『再現悪魔(Reappearance Devil)』、俗にRDと呼ばれる新生物だった。
 もちろん…… これらの事は今でも、一般人の知らない世界の話である。



「ひっどい目にあった……」
 マイナがソファの上で脚をさすりながらぼやく。
「まったく、自分の脚じゃないみたいよ」
 そして、姿を見せた女性…… シーに、肩を竦めてみせた。
「おや、いったいどうされたのですか? マイナ様」
「ガンプ、直して貰ったよ」
 分かってて聞いてきたシーの台詞を無視して、マイナはテーブルの上を指差す。
 そこにある元通りになったガンプの姿に、シーは安堵の表情をみせた。
 ガンタイプ・コンピュータ……ガンプ。
 マイナの持つこのハードウェアに登録された生体情報を元に再現された悪魔。このシーという女性はそうして『召喚』されたRDであり、マイナがそれを行った召喚師(サマナー)だった。
 もしもガンプ本体のメモリーに何かが起きたら、それはシーの死を意味している。ガンプが折れたあの時、必死になって破壊を防いだのはその為だ。いや……正確には『死』とは違うはずなのだが、本人にしてみれば消失する事はやはり死である。ガンプの無事な姿に、やっと本当に一息つけた……といった所だろう。
「誰かさんの無茶な行動の結果、術師本人には逃げられてしまいましたね」
 厭味たっぷりの台詞に、マイナは「はいはい」と手を振って答えてから既に完治している左肩を撫でた。
「やっぱり、降霊術師(ネクロマンサー)の仕業ですね…… あれは」
「……根暗の漫才師?」
 忌々しそうに呟いたシーが、マイナの返事に盛大にずっこける。そしてつかつかとマイナに近づき、顔をぐいっと接近させて怒鳴った。
「ネ・ク・ロ・マ・ン・サーです! 悪魔の生体情報を無理やりこちら側の生命体に流し込んで双方の固有情報を湾曲させながら強制融合してしまう最低最悪の輩です!」
「おお、それだけ一気に喋っても息が切れない! やっぱりシーは凄いよね」
 がくん、とシーの肩が落ちた。一時的につり上がっていた目尻も、それと一緒に急降下する。こうして毎回、敗北感に苛まれるのがシーの日常だった。
 こんな様子でも、二人の相性はとことん良い。
 通常、召喚したRDの存在維持には、術者の生命力が継続的に消費される。その維持コストが完全に無視出来るほど小さくなり、シーの事を常に呼んだままでいられるのはその相性の良さが故であった。
「ま、向こうの気配は完全に掴んだから、また動けばすぐ分かるよ。次に期待!」
「それはともかく…… もう壊さないでくださいね」
 泣きつくようなシーの台詞を聞くまでもなく、『二度と壊すものか』とマイナは思っていた。
「毎度の事とはいえ、やっぱりあの趣味にはついてけないからね」
 小声でつぶやく。
 ガンプの制作者に修理の代償として、感覚が無くなるまでべたべたと触られたのだ……脚を。



 出かける準備を整えたマイナを見て、シーは「おや?」っと思った。
 前回壊したショルダーガードが直っていないので、邪魔としか思えないマントを付けていないのは分かる。だけど、いつもならその腰まで伸びる髪をいいかげんな三つ編みにしてくるマイナが、今日に限ってポニーテイルにしているのは予想外だった。気まぐれな性格とはいえ、髪型を変えたのは、シーが知る限り今回が初めてである。
「マイナ様、悪いものでも食べましたか?」
 だから思わず口に出たのは、こんな台詞。食事と髪型に何の因果関係があるのかは、当人にも不明だったが……
「へ? あぁ、ポニテの事?」
 長い付き合いが可能にさせる意志疎通能力でシーの言いたい事を察したマイナに、シーは黙って肯く。そのシーに指先をびしっと突きつけて、マイナは真剣な表情でつぶやいた。
「ちょびっと水難の相があるけど、ポニテで運勢急上昇。充実した一日を送れるでしょう!」 
「占い……ですか……」
 どういう訳だか、マイナはそういった非科学的なものが好きだった。そして、どこかが抜けていた。
「マイナ様…… 充実した一日って……もう終わりますよ」
「あ……」
 言うか言わないか迷ったあげくのシーの言葉に、マイナが固まる。
 深夜11時過ぎ。
 夜の闇が、周囲を覆っていた。



 マイナの左手が背中からガンプを抜き、右手の指がキーボードの幾つかを叩く。
『Summon=program ・・・ Loaded』
『<RD>Memory number, 0180h-0249h Check completion』
『Slot4 ・・・ Ready』
 液晶に表示されたメッセージを確認して、マイナは近くの地面にガンプを向けると引金を引いた。
 ハンマーが落ちて「がきんっ」という金属音をたてると同時に、ガンプが向けられていた地面が発光して複雑な図形を描く。その地面に描かれた図形…… 六芒星と呼ばれる魔法陣はどんどん光を増し、最後には直視に耐えないほど強烈な閃光を放った。
 そして唐突に、光が消失する。


 次の遭遇の機会というのは、実にあっさりと訪れた。
 気配は掴んだ。その言葉通りにマイナは、今まさに哀れな犠牲者(注:ただのチンピラである)を媒体に、新たなRDを生み出そうとするネクロマンサー(推定)の野望を打ち砕いたのである。
 そして対峙する両者。それが今の状況だった。


 光の魔方陣が消えた後にそこへ存在していたのは、背中に生やした羽根で宙に浮かぶ小さな少女……ピクシーと呼ばれる妖精だった。ただし普通のピクシーでは無い。どんな方法でなのかは不明だが、かなり強力な呪文攻撃を使える特殊なピクシーなのだ。
「さあ、攻撃呪文よっ!」
「やだ!」
 男を指差しながらのマイナの命令に、ピクシーは間髪入れずに答える。というか……その返事はマイナの声にハモって聞こえた。
 マイナはいったん宙を仰ぎ、再び何事もなかったかのような表情で男をびしっと指差した。
「やだ!」
 ……マイナはまだ何も言ってないぞ。その場の四人……いや三人と一匹か……それとも二人と二匹…… まあ、どれでもいい。とにかくその場の全員の額を、つつぅっと汗が伝った。
 そして……
「えっとぉ〜 行ってきま〜す!」
 ピクシーの突撃。当然男にべしっと叩き落とされて終わる。ピクシーの姿はあっさりと消え去り、その存在はマイナのガンプへと戻ってしまった。
「やっぱり、相性が悪いみたいですね」
「次から呼ぶのやめとこ」
 呆れ顔のシーに、マイナは疲れた顔でそう答える。それを聞いていた男の眉間に、くっきりと青筋が浮かんだ。
「……もしかして、私を馬鹿にしているのか?」
 もちろんマイナには、そんなつもりなど無い。これでも真剣なのだ。……尚更タチが悪いか。
「まあ……いい。今度はこちらの番だな」
 シリアスを一身に背負った大真面目な表情で、男がそうつぶやく。男は、重い雰囲気の演出を『俺がやらなきゃ誰がやる』と本気で考えていた。それくらい暗いムードを愛していた。
 そんな男の根性の入った演技に、ついマイナ達も息を飲んで次の行動を見守る。
 やっと路線変更の兆しが見え始めた……
「見ろ! 自身に最強の悪魔を降ろした私の、本当の姿を〜〜〜〜っ!」
 絶叫と共に男の頭ががくんと後ろに倒れ、口が耳の辺りまでぱっくりと割れた。服を引き裂きながら膨れ上がった四肢はびっしりと鱗で覆われ、それぞれに巨大なかぎ爪が生える。背中からは、ファンタジーに出てくるドラゴンを彷彿とさせる一対の翼が突き出た。
 そして最後に、喉が「ごぼっ」という音をたて、大きく開いた口から無数の触手を出現させる。
「どうだぁ〜〜〜〜 美しいだろぉ〜〜〜〜」
 醜悪な姿に変貌した男が、どこからともなく明瞭な声を響かせた。喉は触手で埋まっているはずと考えれば、ずいぶんと器用な話だったが、言うに事欠いて『美しいだろぉ』ではひたすらに呆れてしまう。その台詞を聞いて、あまりの姿にすっかり目が点になっていた二人も正気を取り戻した。
「「・・・くるる」」
 同じように男を指差した二人の声が、綺麗にハモる。そして数秒の沈黙。
「くるるって言うなぁ〜〜〜〜 く・りとる・りとるって呼べぇ〜〜〜〜」
 誰も呼ばないって……
 内心そう思ったマイナ達は、顔を見合わせて大袈裟に肩を竦める。それが更に男の自尊心を傷つける。
「許せん……許せんぞぉ〜〜〜〜 これでもくらえぇ〜〜〜〜」
 見た目がグロくて存在が滑稽でも、実はその力は尋常では無かった。咆哮と同時に不可視の何かが周囲の空間を駆け抜ける。マイナ達は何が起きたのかも分からないまま、体力をごっそりと失ってしまった。
「マイナ様、大丈夫ですか?」
 流石と悪魔であるシーは、平気とは言わないまでも一応無事である。しかし生身の人間のマイナはそうはいかない。
「きつい」
 どうやら命に別状は無さそうだが、全身から力が抜け気力だけで立っているような状態だ。返事もかなり辛そうだった。
「もう一撃食らうと、まずいですねぇ」
 シーが、他人事みたいに(実際、他人事なんだが)つぶやきながらマイナに触れる。その瞬間マイナの体力が回復したが、失った分からすれば『無いよりマシ』程度の回復だ。同じのがもう一度来たら、やっぱり耐えるのは無理そうだった。
 が…… 身構える二人に襲いかかったのは、今度は触手の束だった。くるる男の口から姿を見せていた触手が一斉に、にょろにょろと地面を這って二人に襲いかかる。
 シーは空へ浮かんであっさりと躱したが、マイナの方は『回避しよう』と思っただけで終わった。サイドステップからバックジャンプ。避けるルートは見えていたが、肝心の身体がまったく動かない。身体中に巻きついた触手の気持ち悪さに、マイナは思いっきり顔をしかめた。
 絡んだ触手で軽々とマイナを持ち上げて自分の前に引き寄せた男は、触手の一本を両手首に、もう一本を両膝に巻きつけてその身体を仰向けにぶら下げると、にやりと笑った(ような気がした)。
「……この格好、凄くイヤ」
 マイナがそう思うのも無理はない。まるっきり『捕まった獲物』状態だった。シーに至っては、このまま丸焼きにされるシーンを想像していたくらいだ。
 丸焼きはともかく、男には美味しく頂いてしまう意思があるようで、マイナの身体からあっさりとスカートをむしり取る。そして、それをシーの足元に放り投げながらマイナの首を一本の触手で軽く絞めてみせた。
「動くなよぉ〜〜〜〜 動いたら折るぞぉ〜〜〜〜」
 こう言われてはシーもどうしようも無い。地面に降り、腕組みをして男を睨む。普段のボケっぷりはどこへやら……な、鬼気迫るその視線を平然と受け止めながら、男はブラウスのボタンをかぎ爪のついた指で一つ一つ、器用に外していった。
「あうぅぅ…… 蛸に犯されるのね……私」
「蛸じゃねぇ〜〜〜〜」
 体力はともかく、気力だけはしっかりと回復したらしいマイナの独り言に、くるる男は思いっきり叫んだ。
 叫んだついでとばかりに、ビスチェがかぎ爪に引き裂かれる。圧迫していた存在を失い、露出した乳房がぷるんと揺れた。そこへと絡みついた触手にぎゅっと絞め上げられ、マイナが喉の奥で呻く。右、左、右、左…… 交互に胸を絞る度に浮かぶ苦悶の表情が、男の劣情を煽った。
「んぐぅ……んんぅ……ふぁあっ……ああっ……」
 情欲に火を注がれていたのは、マイナもだった。胸を絞られる痛みに徐々に甘い痺れが混ざり始め、唇から漏れる声が喘ぎへと変わっていく。どうやら、この手の責めに弱いタイプらしい。それに気がついた男が更に調子に乗ってこね回すと、滅茶苦茶に変形させられるその先端で、乳首が硬く突き出てきた。触手の先っぽがそれを無理矢理体内に押し戻し、ぐりぐりと刺激する。
「痛いぃ…… んくぅぅ……痛いってばぁ……」
 言葉では痛みを訴えているが、その声は完全に蕩けきっている。その様子を敏感に察知したくるる男は、残りの触手をマイナの腰や太股等に絡みつかせた。
 そしてお気に入りの一本を、まだ履かせたままにしていた白いショーツの中に潜り込ませる。そこは、男の予想通りに軽く湿っていた。触手の先端がその部分でぐねぐねと蠢くと、あっさりと媚肉は緩み、その隙間へと異物を誘い込む。びちゃびちゃといやらしい音がそこから響き、ショーツに出来たシミは、その範囲を布地のほぼ全域へと拡大していった。
「うぁぁぁぁっ、駄目ぇ……足りないぃ…… もっと、もっとぉ……」
 常人ならこれだけでも狂いかねないような全身愛撫を受けながら、マイナは物足りなさですすり泣きを漏らす。もっと強烈な刺激欲しさで、脳がじりじりと灼けついていた。凶悪なマゾヒスト体質を有するマイナにとって、今の状態は焦らされているのと同じだったのだ。
 マイナの哀願を聞き入れたのか、かぎ爪がマイナのショーツを引き千切る。それから二本の触手が絡み合い、ひくひくと動く膣口に押し当てられた。つぷんとその先端が飲み込まれ、そのままずるずると侵入を開始する。固いわけではないその内部を、触手はゆっくりと進んでいき、そしてその途中で酷く違和感のあるものに行く手を阻まれた。
「うぉ〜〜〜〜?」
 ふかふかな入り口の感触からは想像もしなかった『それ』の存在に、男は疑問の声(だと思う)をあげる。
「気に……しない……で、あぁ……早くぅ……ていそ……うくぅ……ぞうしょ……んぅう……」
 物足りない快楽へのもどかしさで頭が痺れてて、舌がもつれるらしい。説明しようとしているらしいが、話がまったく進まなかった。それを見ていたシーが、額を押さえて呻きながら代りに解説を始めた。
「低速増殖型再生処女膜。簡単に説明すると、マイナ様のそれは一週間くらい性行為を休むと勝手に元に戻ってしまう訳です。本人が気にするなって言ってるし、ぶちっと削ってしまったら?」
 最後は投げやりだ。何を怒っているのか、やたらと台詞にトゲがあった。この状況をきっちりと楽しんでるマイナに対して、どうも嫉妬でもしてるかのようだ。
 本人とギャラリーの了承を得たくるる男は、マイナの中で小さな前後運動を数回行って勢いをつけると、一気にその部分を貫いた。そのままの勢いで子宮の手前まで突き進み、そこで再び動きを止める。胎内で脈打つ触手の存在にやっと渇きを満たされ、何とかマイナは一息ついた。
 暫くお互いにその状態を堪能してから、ずるずると触手が引き抜かれていく。それに合わせてぬるっとした破瓜の血が結構大量に掻き出され、地面にぽたぽたと流れ落ちた。
「あら……今回は妙に多いですねぇ…… 少し裂けたのでしょうか?」
 シーの感想はとっても淡々としている。少しも心配していないあたりに、どうもこんな状況に慣れてるような様子が窺えた。
 抜ける寸前まで引いて、また奥まで。ごく普通に出し入れ。そんな単純な動きで充分に中をほぐしてから、触手はその本領を発揮し始める。
 ねじり合った二本が別のリズムで動きだす。その不規則な動きによって、膣壁のあちらこちらが思いもよらない方向へと擦られ、伸ばされ、ねじられる。胎内を滅茶苦茶に掻き回すその動きに、マイナが大きく喘いだ。
「駄目、そんな膣前壁を……ごりってしたら……あぁ……今度は後側なの……」
「…………」
「それは……膣(なか)を広げすぎぃ……ふぅぅ……緩むぅ……でもイイ……」
「…………」
「太い……んんぅ……括約筋、ぷちって切れちゃう……はあぁぁ……ぶつっかも……」
「…………」
「そこまで入ったら……きゃふぅっ……それ……今当たってるの、子宮口……だってばぁ……」
「……五月蝿い」
 男の言葉と同時に、首に巻きついていた触手の先端がマイナの口にねじ込まれる。男の眉間……だったと思われる部分に、またも青筋が浮かんでいた。
「むごが……むぐむぐ……んんん……もぐぅ……」
 それでも喋ろうとするマイナ。それを見て男は、容赦なく口内の触手を喉の奥まで押し込み、ぐねぐねと動かした。
 これにはマイナも涙が出た。半自動的に両目に涙が溢れる。それでちょっと満足した男は、窒息しないようにだけ気をつけながら、その口辱を継続する。その様子を見ていたシーが、ぽつりとつぶやいた。
「えっと、マイナ様は黙らされると3分で死にますよ」
「大丈夫だぁ〜〜〜〜 その頃には終わるぅ〜〜〜〜」
「んぐぅぅっ!」
 失礼なシーの台詞と男の恐ろしい宣言に、マイナは必死で抗議の声をあげるが、何を言いたいのかはまったく分からない。そこで、シーがその呻き声を通訳した。
「早漏! ……だそうです」
「ううっ〜〜〜〜 余計なお世話だぁ〜〜〜〜」
「んんんぅぅぅ〜!」
 多分マイナは『違う』って叫んでるぞ。
 そんなマイナの様子を無視して、男は一度触手をその胎内から引き抜いた。そして一本を真っ直ぐに伸ばすと、もう一本をそれにぐるぐると巻きつける。先程までより一回り太くなったそれで、再びマイナを貫いた。
 太さを増した触手に膣内を圧迫され、一瞬浮かべたマイナの苦悶の表情が、すぐに歓喜のそれへと変わる。マイナにとって、苦しいのは最初に押し広げられる時だけ。その後には愉悦しか残らなかった。
 しかも奥まで達した所で、芯になっている触手が子宮口をこじあけて中に侵入する。前後運動に合わせて巻きついている方の触手に外から子宮を揺すられ、常に子宮の中に残される触手の先端にその内部を撫でまわされ、いくらマイナでも何がなんだか分からない状態にあっさりと追い込まれてしまう。口内から触手が抜かれても、もう意味のある言葉を並べる余裕は存在しなかった。
「あぁぁ……んぅぅぅ……はぁ、はぁぁ……」
 舌を突き出して息も絶え絶えに喘ぎ、口が塞がれている間に溜まっていた涎をだらだらとその唇から零す。見開いた目に涙を浮かべて悶え続けるその様子は、完全に普段のマイナらしさを失っていた。
「んくぅ……んぅ……んんんんっ!」
 そして男が宣言した3分後の終了を待たずに、マイナの方が先に限界を迎えてしまう。胎内を埋める触手をねじ切るほど締めつけながら、一度硬直させた全身をすぐに弛緩させ、手足をぴくぴくと震わせた。
 絶頂を迎えて収縮する胎内で、それに刺激された二本の触手が射精を開始する。大量の陰液に子宮内と膣壁を同時に灼かれて、マイナはそのまま気を失ってしまった。


 マイナが意識を取り戻して最初に目にしたのは、触手を身体に巻きつけ荒い息をつきながら地面に這いつくばるシーの姿だった。完全に晒されている真っ白な肌や長い髪のあちらこちらに、男の吐き出したものらしい黄色っぽい物体がこびりついている。
「起きたなぁ〜〜〜〜 次は二人同時だぁ〜〜〜〜」
 くるる男の絶叫を耳にしながら、マイナは拳を握り締めて体力の回復を確認した。そしてシーを見る。同じようにマイナを見ていたシーと視線が合い、互いに小さく肯いた。
 次の瞬間、力尽きているように見えたシーが絡みつく触手ごと吊るされたままのマイナの所まで跳ね、右手の一閃でマイナを捕縛していた触手を断ち切る。そのままの勢いで今度は自分に巻きついた触手を切り刻み、落下したマイナの身体を抱えると一気に後方へと跳躍した。
 ほんの一瞬の出来事。男があっけに取られている間に、それは終わってしまった。
「今度はこっちの番、だったね」
 シーに支えられながら立ち上がったマイナが、そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「もしかしてぇ〜〜〜〜 大人しくしてたのは、体力回復の時間稼ぎぃ〜〜〜〜?」
 微妙に首を傾げるくるる男に、マイナ達は揃ってこくこくと肯いた。
「えっちしながら体力回復出来る体質って、こんな時に便利よねっ!」
「私の場合、こんな身体だから吸血鬼呼ばわりされるのですよね…… 本当は妖精なのにぃ」
 マイナが元気に腕を振り回し、シーが嘘泣きをしながら嘆いてみせる。ここに至ってやっと、男は自分が完全に『コケ』にされたと悟った。
「うっきぃ〜〜〜〜 許さない、ぞぉ〜〜〜〜」
 絶叫と共に、先程の謎の攻撃を仕掛けようとして…… 不発に終わる。それを見たマイナが、『にたぁ〜っ』と笑った。
「大技使う体力、残って無いでしょ?」
 マイナの言う通り、くるる男の体力は何時の間にか大量に減っていた。えっちで疲れた……というレベルの話ではない。男にとってそれは、謎の体力消失だった。
「シーが自分で言ったでしょ? 吸血鬼呼ばわり……って」
「はいぃ…… 確かに言いました」
 シー? くるる男は暫く考え込み…… そしてやっとある悪魔を思い出した。
「おまえぇ〜〜〜〜 リャナン・シーかぁ〜〜〜〜」
 最初に気づけよ。おまえだって悪魔術師だろうが。
 魅了した――もしくは魅了された――詩人に霊感を与えその代わりに命を啜る…… 『リャナン・シー』と呼ばれるアイルランドの妖精、それがこのシーの正体だ。性交渉の最中にざくざくと体力を奪取するくらい、簡単な話だった。
「くぅ〜〜〜〜 HPLの本ばかり読んでいたのが裏目にでたぁ〜〜〜〜」
「そぉなんだ。だったらこれからイイ物、見せてあげる」
 分かる人にしか分からない謎の絶叫をあげるくるる男に、マイナはそうつぶやきながらゆっくりと近づいていく。
 左手の人差し指を咥えると、それを力一杯噛む。血の味がマイナの口内に広がった。喉を鳴らしてそれを嚥下するマイナのうっとりとした表情に、流石のくるる男も少し怯む。
 じりっと半歩下がる男へ、マイナが一歩近づく。マイナはガンプに頼らない自分の能力…… バッタ男をあっさりと四散させた時の力を、再び解放しようとしていた。
 それは……自らの体内に何故かあるごくごく小さな魔界へのゲートを、無理矢理開く事。今でもその原理は解明できていないが、身体から流す血がそれを可能にする事だけは理解していた。そうして開いたゲートから自分に一番近い存在を召喚し、その力を揮う事がマイナの奥の手だった。
 マイナの体中でゲートが開き、その身体に重なるようにその存在が召喚される。複写して再現されたRDとは違う、圧倒的な力を秘めた本体の一片。マイナと悪魔の明確な差異となる黒い翼が、その背中から生える。ゆっくりと前に突き出された左腕に、もう一つ別の腕がダブって見えた。
 そして、それと同質の存在と融合しているくるる男には、召喚された悪魔の姿がはっきりと見えていた。真紅の三眼を持った、人型の黒い影。それは、自分の最も愛する神話の、とある邪神に酷似している。
「にゃる?」
 半信半疑。それでも疑問が問い掛けとなって漏れた。
 それを聞いたマイナの口が、大きく歪み邪悪な笑みを形作る。
「にゃるって…… 言うなぁ〜〜〜〜」
 そして叫び。男の口調を真似たその絶叫と同時に、くるる男の体がずたずたに切り裂かれる。強力な悪魔と融合し、圧倒的な強度を持っているはずのその肉体を、周囲に満ち溢れた『闇』がその存在を刃へと変える事で切り裂き、そしてまた元のただの闇に戻る。瞬間的にそれが数千回繰り返された結果が、この解体行為だった。
 更に、切り口にわだかまった闇が、粉々になった肉片を食らい尽くす。すべてが終わり、閉じていくゲートの向こうへとマイナに召喚された悪魔が姿を消した時には、血の一滴、肉の一片も残さず、くるる男は消失していた。
「うふふぅ〜」
 突き出していた腕を下ろしたマイナの声を聞いて、圧倒的な存在の毒気にあてられて放心状態だったシーが我に返る。そして、すとんと腰を落とし地面に座り込んだマイナに、慌てて駆け寄った。
「にょへへへへぇ〜 くくくきゅくぅ〜」
 奇声をあげるマイナの肩を掴み、顔を覗き込む。普段のりりしさはどこへやら、口元は完全に緩み、焦点の合わない瞳が宙を彷徨っている。
 短時間とはいえ、超常的な存在と直に接触したのだ。正気を失うのも当然の事だった。
「普通ならこれで人生終わりなんですけどねぇ。どうして回復出来るのかしらね……ほんと」
 シーが呆れたようにつぶやく。
「へらへらへらぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 マイナの笑い声が、いつまでも辺りに響き渡った。



「へらへらへららぁ〜〜〜〜」
 お昼時、ランチを目の前にマイナはまだ笑っていた。
 がしかし、これは狂気によるものでは無い。もともとこ〜ゆう笑い方をする女なのだ。
「で、あれはコピーだった……と?」
 マイナの大っ嫌いなセロリを大量に乗せた皿を片手に、シーが笑うマイナに問いかける。
 テーブルの上も、マイナが普段なら口にしない料理で一杯だった。
 実はあの召喚は、体力もかなり消費する。だから正気の回復と同時に、マイナはいつもとてつもない空腹感に襲われるのだ。だから嫌だと思いながらも食べる。まずい。でも食べてしまう。やっぱりまずい。
 これは普段虐げられているシーの、ささやかな復讐だった。
「そ〜だよ。でなきゃ自分に降霊なんてするわけ、ないでしょ」
 泣きながら、それでも食べるのを止められないマイナが答える。そして食べる合間に、また不気味な笑い声をあげる。どうもこの笑いは、シーに対する抗議を意味しているらしい。まったく無意味なのだが。
「本体はまだ健在……なんですね」
「ま、あんなのがいた方が……世の中楽しいってば」
 沈痛な表情を浮かべるシーと、死ぬほどの目にあったというのに妙に嬉しそうなマイナ。この二人、どこまでいっても対照的だった。
「二度と逢いたくないけどね」
 それでも一応、マイナがそう付け加える。
 しかし、これで済む訳がないのが世の常。

 因縁の対決は、これからも続く……のかも知れない。
The Call of Maina