Piaキャロ2S 前編「涼子のため息」

「ふぅ・・・」
 手掛けていた仕事を終えた双葉涼子は、書類を揃えながら大きな溜め息を吐いた。仕事中は束ねてある色の薄い長髪が、肩の上下に合わせて揺れる。
 眼鏡をかけた瞳を壁掛け時計に向けると、店の営業時間が終わって少し後。
「(今日は久しぶりに早く帰れそうね)」
 ここの所残業続きだった彼女は、久々に定時に上がれる開放感を味わう。
「涼子さん、お先に失礼します」
「失礼します」
 気を抜いた瞬間に、開け放っている事務所の扉から、女性二人分の元気な挨拶が飛んできた。
「あ、はい、お疲れ様」
 条件反射で挨拶を返し、相手が扉の前から姿を消してから、涼子は彼女らがアルバイトの神楽坂潤と縁早苗だったということに気付く。
 視界から消えてからも、少女達の談笑はしばらく聞こえていた。仕事上がりだというのに疲れを感じさせない、活気に満ちた元気な声。その若々しさを、彼女は何となく羨ましく感じる。
「ふぅ・・・」
 机に頬杖をついて目を瞑り、もう一度大きな溜め息。
「なにたそがれてるのよ」
 扉の方からまた、女性の声が飛んできた。もう長年聞き慣れた、いつもと同じ調子の、いつもと同じく元気な声。目を開けて相手を確認するまでもない。
「別に・・・」
 適当に返してから二呼吸して、ようやく目を開け相手を見る。長身でショートカットの良く似合う活発的な美人、皆瀬葵。学生時代からの友人でもある同僚は、すでにウェイトレスの制服から私服へ着替え、帰る準備を済ませていた。
 二人一緒にキャロットに就職して以来、葵は特別な用でも無い限り残業などしたことがない。それは彼女が別に仕事に不真面目な訳ではなく、全ての仕事を定時までに終わらせられる有能さがあるのだ。まあ事務の雑用が多い涼子とでは、仕事の内容も違うが。
「お店、他に誰か残ってる?」
「耕治君とあずさちゃんが倉庫の掃除してて、美奈ちゃんも付き合ってたけど、もう終わりそうだったわよ。涼子ももう上がり?」
「うん。今終わったから、ちょっと片付けてから帰る」
「じゃああたし先に帰ってるけど、今夜も飲むなら用意しとくわよ」
「ん〜・・・」
 葵の申し出に、涼子は少し迷う。酒好きの友人の飲み会には、ここ数日毎晩付き合わされている。
「今夜は止めとく」
「そう、わかった」
 連日付き合わせている気兼ねからか、涼子の断りを葵はあっさり了解した。
「それじゃお疲れさま」
「ええ、お疲れさま」
「んじゃね〜」
「ばいば〜い」
 形式的な挨拶の後に気楽な言葉を交わすと、葵はぱたぱた手を振って去っていく。
「ふぅ・・・」
 その姿を見送ってから、涼子はまた溜め息を吐き、テーブルの上を片付け始めた。


 書類が大量に出ていた机は、見た目では片付けるのに時間がかかると思ったが、実際は二分程度で綺麗になった。
「(これなら、葵ちゃんに待っててもらっても良かったわね)」
 そうも考えるが、話しておくべき用事は特にないし、すぐ近くの社員寮までの道程が寂しい訳でもない。
「さて、帰りますか」
 意識せずに独り言を口にしてから立ち上がると、店内の見回りをするために事務所から出た。


 店を一回りした最後に倉庫の扉を開くと、笑いを含んだ若い女の子の声が聞こえた瞬間に途切れ、室内にいた三つの視線が涼子に集中する。
「ここ、もう終わる?」
「あ、はい。今終わります」
 入ると同時に質問した涼子に真っ先に返事をしたのは、モップを持って一番手近に立っていた女の子、日野森あずさ。
 長く艶やかな髪にリボンを付けた、整った顔立ちの少女。背格好は涼子に近いので、中肉中背くらいか。世間で可愛いと評判の、着る者を凄まじく選ぶキャロットの制服を、見事なまでに着こなしている。
 問答無用なまでの美少女。涼子は心の中で彼女をそう評していた。そろそろ美女の領域に入りつつある年齢だが、化粧っけの薄い、というよりまだ必要の無い顔と若々しい雰囲気が、彼女を美少女の領域に留めている。

「後はこれを取って、ごみを捨ててくるだけです」
 次に塵取りと箒で床に集めたごみを指しながら、この場の唯一の男性、前田耕治。
 長身で人当たりの良さそうな顔をした、まあまあのハンサムと言って良い青年だ。年齢はあずさと同じだが、広い肩幅と穏やかな物腰が、彼の見た目を少年でなく青年に分類させている。
 以前は額のバンダナがトレードマークだったが、キャロットの正社員となった今は、社会人らしい短くすっきりした髪型にしている。こっちの方が断然似合うと、涼子は密かに思う。

「涼子さんも、お仕事終わりですか?」
 最後ににこやかに声をかけてきたのは、一番若い少女、日野森美奈。
 あずさとは姉妹だけあって顔付きはどこか似ており、穏やかな笑顔の浮かんだ童顔、低い背に細身の身体、ボブカットの髪にヘアバンドという容姿が、彼女を実年齢より二.三歳は幼く見せている。
 あずさが問答無用の美少女なら、美奈は絵に描いたような美少女だろう。見た目はどう見ても中学生くらいだが、無論アルバイトで雇える年齢には達しているし、耕治とは世間公認の恋人同士でもある。
 耕治と美奈。兄妹にも見える若いカップルは、釣り合っていないようにも、これ以上無いほど似合いにも感じられた。

「ええ。もう着替えたら帰るけど、戸締まりの確認はしておいたから、裏口の鍵だけお願いね」
 美奈に返事をしてから、涼子は耕治とあずさに向かって言う。春にアルバイトから正社員となった二人も、安心して鍵を任せられる程に仕事に慣れた。
「はい、分かりました」
「お疲れさまです」
「お疲れさま〜」
「はい、お先に〜」
 挨拶を済ませると、涼子は倉庫を後にする。
 この時、三人がすぐに出るだろうと思った涼子が、倉庫の扉を完全に閉めなかったのを、耕治達は気付かなかった。


「(ほんと、三人とも仲良いわね)」
 廊下の途中で振り返り、涼子は半ば感心する。
 たとえ姉妹であっても、彼女らの年齢になれば肉親と一緒に行動する事は少なくなっておかしくないが、美奈とあずさはいつもべったり一緒にいた。
 見た目だけでなく精神的にも幼い美奈がまだ姉離れ出来ていなく、心配症な部分のあるあずさも妹を放って置けないのだろうが、二人の距離は美奈に耕治という恋人が出来てからも離れない、どころか逆に親密にすらなっており、三人は姉妹の仲に男が参加している、あるいはカップルの仲に姉が参加しているという奇妙な関係を作っていた。
「(まあ普通に考えたら変だけど、あの子達を見る限り、あんな関係も悪くないわね)」
 笑顔の絶えない若い三人を思い出すと、涼子の顔にも自然と笑みが浮かんだ。



「さて、私達ももう帰りますか」
 涼子が立ち去ると、あずさは背伸びをしながら言う。
「そうだね。今日は美奈のお泊りの日だし・・・」
 恥ずかしそうに顔を伏せながらも、美奈は歓喜の表情を隠せない。
 週末は社員寮のあずさの部屋に泊まるのが、ここ半年の美奈の慣習となっていた。学生の美奈は土曜の夜と日曜の昼にキャロットで働いているので、家に帰るよりも近くの社員寮に泊まる方が楽だ・・・というのが表向きの理由だが、本当の理由はこの場の三人しか知らない。
 まあ同僚達や義理の両親も、寮には恋人の耕治が住んでいるのも理由だとは思っているが、三人の本当の関係、彼女が土曜の夜を毎週指折り数えて楽しみにしている本当の理由までは、誰も想像できないだろう。表向きどおり姉の部屋に泊まりながら、そこに耕治までいる事、あずさの部屋に集まった三人が、深夜までしている行為は。
「その前に・・・ふたりとも、その制服クリーニングに出すんだろう?」
「え?」
「そのつもりだけど」
 集めたゴミをごみ箱に捨ててから、耕治が唐突に問うと、姉妹は自分の着ているウェイトレスの制服を見下ろして答える。
 白と青のワンピースにフリル付きのピンクのエプロン、腰に大きなリボンと頭にカチューシャ状の飾り(ホワイトプリムというらしい)の付いた、一部で流行のメイド服をイメージした制服は、見た目ではまだ汚れていないが、飲食業である以上常に清潔にしておくのが当然だ。
「そうか。ならちょっと汚しても平気だな」
「汚す? って、まさか」
「この前みたいに・・・するの?」
 意味不明の耕治の言葉に思い当たりがあるのか、姉妹は頬を朱に染めて問い返す。
「嫌か?」
「ううん・・・」
「嫌じゃない・・・嫌なわけ、ないわよ」
 顔を更に真っ赤にしながら、美奈とあずさは耕治の元へ集まる。
 三人の距離が親しい友人の間でも有り得ない、恋人同士が寄り添うような距離に縮まると、耕治は姉妹の細い腰をそっと抱き寄せ、姉妹も青年と肉親の腰へ手を回す。
 血を分けた姉妹と一人の男と同時に抱き合った美奈とあずさは、示し合わせたように歓喜と羞恥に紅潮した頬を合わせて同時に目を瞑り、揃って唇を差し出す。
 姉妹の美貌が触れ合いながら近付くと、耕治は少女の可愛い唇が半ば重なりながら並ぶ中に、自分も参加する。
「「「んっ・・・」」」
 不自然な体勢で全員同時のキスをしながら、三人は互いの腰を抱く腕に力を込めた。



「ふぅ・・・」
 着替えを終えた涼子は、更衣室のソファに座り込み、またため息を吐いた。
「(何だか最近、妙に疲れてるわね)」
 背もたれに寄り掛かって天井を仰ぐ。
 仕事は忙しいがそれは以前から変わらず、最近急に忙しくなった訳でもない。いやむしろ耕治とあずさが社員になった分、涼子にかかる負担は減っている筈だ。
「(それでもこんなに疲れてるなんて・・・もう歳かな)」
 心の中で呟く。が、それは彼女の気のせいであろう。
 若い娘が多い二号店では年長者に入る涼子だが、彼女はまだ大学生でもおかしくない、世間一般で『女の子』に分類される年頃である。肉体的に衰える年齢には程遠い。
 彼女自身は気付いていないが、この若さで責任あるポストを任されている重圧、細かな問題、問題を起こす客、変わらない生活。それら全てが蓄積して精神を蝕んでいるのだろう。
 ちょっと一休みのつもりで座った涼子だが、なかなか立ち上がる気力が沸かず、ぐったりした体勢のままぼーっとし続け・・・いつの間にか居眠りをしていた。


「・・・あっ?」
 妙な痙攣と同時に、涼子は意識を取り戻した。
 慌てて時計を見ると、どうやら十五分かそこらは経っているようだ。
 耕治達が帰るときに外から鍵をかけても、内側からなら扉は開くが、施錠しないまま帰る訳にも行かない。
「(やば・・・閉じ込められた? って、あずささん達もここで着替えるだろうから、起こしてくれるわよね)」
 一瞬焦る涼子だが、あずさと美奈が寝ている自分を放置して帰る訳が無いと思い直す。
「(三人とも、まだ帰ってないのかな?)」
 更衣室から出た涼子は、もう一度倉庫へ足を向けた。


「・・・?」
 廊下を歩いていると、妙な音が聞こえてきた。
「(いや・・・人の声?)」
 意味を成していない女性の声が、微かに響く。
「(なにこれ? やだ・・・)」
 涼子が思い立つ正体は、重病人の呻き声か、それとも・・・
 嫌な想像に足が竦みそうになりながらも、すぐそこに耕治達がいると信じて歩みを進める。が、前に行くにしたがって謎の声は大きくはっきりと聞こえてくる。
 妙に長く感じる十数歩の距離を歩き、倉庫の前まで来ると、その扉が僅かに開いているのに気付いた。どうやら声はその中から聞こえてくるようだ。
 どうやら幽霊の類ではなさそうだと分かると、いい年をしてびくびくしていた自分が恥ずかしくなる。
「(もう・・・何やってるのよ、三人とも)」
 照れ隠しに薄笑いをしながら、何故か涼子は扉を開ける前に中の様子を覗いてみようと思い・・・そして彼女は硬直した。



 重ねた段ボール箱の上に耕治が腰掛け、その上にあずさも座っていた。
 椅子になっている箱の中身は缶詰なので、二人分の体重でも潰れる事はないだろう。今のように、二人息を合わせて激しく動いていても。
 耕治の上に乗って蠢くあずさは、キャロットの制服の胸を肌蹴させて白い乳房を剥き出しにして、上気した顔に恍惚の表情を浮かべいた。全身を使った彼女の動きと下から突き上げる耕治の腰が、お椀型の乳房を上下に揺らし、遠目でも尖っていると分かる桜色の乳首が大きく弾む。
 扉の位置からは棚が邪魔になって、二人の下半身は見えないが、そこがどうなっているか、二人がどうやって繋がっているかは、そこから聞こえる粘着質の音ではっきりと分かる。
「あっ、はっ・・・あんっ!」
 休みなく蠢き続けるあずさの口から、吐息交じりの声が漏れる。甘い響きに満ちた声は、言葉になっていなくてもはっきりと意味を成し、彼女の快楽の深さを語っていた。
 その声に誘われたのか、耕治の両手が背後から伸び、あずさの両乳房を掴む。男性らしい大きな手が、女性の象徴である美しい肉球を激しく、だが決して乱暴ではない甘い動きでこね回す。
「あぁっ、あぁっ・・・ふぁぁっ!」
 乳房の変形に合わせて低い嬌声を漏らしていたあずさは、尖った乳首を指で摘ままれると、悲鳴のような甲高い声を上げた。
「はぁ、あずさ・・・」
「はんっ」
 吐息交じりの声で耕治が耳元で呼ぶと、それすらも愛撫となるのか、あずさの背筋がピンと仰け反る。それに合わせて耕治の指が乳首を転がし、あずさの肢体を更に仰け反らせていく。
「あはぁぁっ! 耕治ぃぃっ!!」
 感極まったのか、あずさは後ろに手を伸ばして無理矢理背後の青年を抱き、叫ぶようにその名を呼ぶ。相手への媚びをたっぷり含んだ、ぞっとするほど甘ったるい声で。
 その声で、二人の狂態に硬直していた涼子は正気を取り戻した。


「(どういう事よ、これ!)」
 思考を取り戻した涼子に、最初に浮かんだ感情は怒りだった。
 男女の性交。他者の、それもよく知っている者の行為を目の当たりにするのは強烈だが、それ自体は別に異常な事ではない。職場でするというのは問題だが、勤務時間中ではないので今すぐ止めなくても、後日それとなく注意すれば良い。
 しかし今涼子の目の前で交わっている二人、耕治には美奈という恋人がおり、あずさは美奈の実の姉なのだ。
 昨年の春からアルバイトとして雇った美奈は、その明るさと暖かい雰囲気で今や店にはなくてはならない存在であり、それ以上に涼子にはよく懐いてくれる、本当の妹のように可愛い存在である。
 美奈だけでなくあずさもよく気が合い、職場の部下というだけでなく大事な友人のように思っていたし、耕治も年下だが頼りになる弟のように思っていた。
 だからこそ、いつも仲の良い美奈とあずさを微笑ましく思ったし、美奈と耕治の交際を知った時は、自分の事のように喜んだものだ。儚げな美奈と頼り頼り甲斐のある耕治は、これ以上ないほど理想的なカップルだと思っていた。少し嫉妬を覚えるほどに。
 だが、今目の前で繰り広げられている光景は、『弟』と『友人』による『妹』への裏切り行為。美奈だけでなく、二人に寄せていた涼子の想いと信頼を裏切るに十分なものだった。
 この場に居た筈の美奈は、恐らく先に帰したのだろう。彼女の目を盗んで肉欲に溺れている二人に、涼子の中に自分でも押さえられない程の、近年感じたことの無い強い怒りが沸いてきて、蓄積していた気だるい感覚を押し流す。
「(許せない!!)」
 この最低の行為を一刻も早く止める事しか、涼子は考えられなくなった。
 倉庫の扉を一気に開き、突然の乱入に驚く二人に罵詈雑言を浴びせ、出来ればビンタの一つも張る。気弱な自分は普段暴力など振るえそうにないが、今なら可能だろう。
 それを実行すべく、扉を掴む手に力を入れた時、嬌声を上げ続けていたあずさが、再び意味のある単語を叫んだ。
「ああぁぁっ! ミーナぁぁぁっ!!」
 男に向けて発したのと同じ、媚びに染まった声で、妹の名を呼ぶ。
 予想もしていなかった声に、涼子は動きを止める。
「えへへ・・・」
 その耳に微かに、女の子の笑い声が聞こえた。よく聞き慣れた、しかしいつもと明らかに違う調子の、艶を含んだ笑い声。この場に居ない、居る筈の無い少女の声。
 その時になって涼子は、耕治とあずさの下半身を隠している棚の下隅から、キャロットの制服のスカートが見えている事に気付いた。その膨らみ方と動きから、それに中身が、女の子のお尻が入っているのが分かる。当然その位置から見て、あずさのものでは有り得ない。
 涼子が硬直している間にスカートが消え、入れ違いに死角から見知った少女が顔を現す。
「(美奈ちゃん!?)」
 声にならない驚愕の叫びが、涼子の口の中で響く。
 いつ見ても愛らしい少女は、姉と同じように制服を着崩して小さ目の胸をさらけ出し、口元を何かの液でべっとり汚し、表情は普段通りの暖かい笑顔でありながら、汗に濡れて上気した童顔は異様な妖艶さを漂わせていた。
「んっ・・・ちゅぷっ」
 美奈が顔を姉に寄せると、あずさは細い腕で妹を抱き寄せ唇を重ね、舌を伸ばして口元に付いた液を舐め取っていく。
 状況からしてその液の正体は一つしかないが、涼子には信じられなかった。もしそうなら美奈は、耕治と繋がっているのであろうあずさの、実の姉の秘部に口を付け、言葉にするのも抵抗がある行為をしていたのだろう。あずさが妹と貪欲に唇を重ね、自分の体液を歓喜の表情で舐め取っているのも信じられない。
「んふぅ・・・はんっ」
 しかしその間にも、美奈とあずさは嬉しそうに鼻を鳴らせながら、深く淫靡なキスを交わし続けていた。少女達の唇の隙間からぴちゃぴちゃと粘液の音が漏れ、絡み合うピンク色の舌が覗く。
「ふぅっ・・・」
 キスを始めてからどのくらい経ったか分からなくなった頃、美奈は吐息を吐きながら姉の唇から離れた。二人の唇を輝く液の糸が引き、あずさの口元に垂れる。
「あんっ、みーなぁ・・・もっとぉ」
 顎を伝う唾液をそのままに、あずさは惚けた表情で甘えた懇願を妹にする。
「もっと、何? お姉ちゃん」
 姉の痴態に苦笑する美奈は、顎の唾液を指先で拭ってやりながら問う。
「キス・・・キスしてぇ」
 あずさは羞恥の表情を見せながらも、子供のように妹におねだりをする。
「キスだけ? こっちは良いの?」
 優しいようにも意地悪なようにも聞こえる口調で問いながら、美奈は姉の下半身へ手を伸ばす。
「あはんっ! そっちも、欲しい・・・あふっ!」
 棚の陰で見えないが、その手がどこへ触れたのかはあずさの表情と声で明らかだった。蕩けていたあずさが、途端に甲高い声で鳴く。
「もう。美奈のお口は一つしか無いのに」
「だ、だってぇ・・・あんっ」
「やれやれ。俺のをこんなに咥え込んでいるのに、美奈の口まで欲しいのか。あずさは欲張りだな」
 呆れたように言いながら、耕治があずさの乳房から両手を離し、腰の律動を止める。
「あっ、やん。やだ、止めないで・・・」
 途端にあずさは物欲しげな声を出し、左手で美奈を抱いたまま身体を捻って右手を耕治の首に回し、ねだるように唇を奪う。
「欲しいなら、自分で動けよ」
 しかし耕治は、自分を求める少女につれない返事を返し、全く動こうとしない。その口調は冷たいようでありながら、何故か温かさを感じさせた。
「やん、いじわる・・・んん」
 悲しそうに、だがどこか嬉しそうに鳴きながら、あずさは一人で必死に腰を上下させ、両腕に抱いた耕治と美奈と交互にキスを交わす。
「あふ、あんっ・・・耕治、ミーナぁぁ・・・」
「・・・ちゅっ」
「えへへ、お姉ちゃん・・・ちゅぷっ」
 子供じみた貪欲さであずさは妹とその恋人を求め、耕治は冷たい態度を装いながら、美奈は無邪気な笑顔でそれを受け入れる。
「美奈。あずさばかり楽しんでると不公平だから、あずさに気持ち良くしてもらえよ」
「え? う、うん・・・」
 耕治に言われると、美奈はそっと姉から離れて背後の壁に寄りかかり、制服のミニスカートの裾を持つ。
「お姉ちゃん、美奈にもお口で・・・して」
 消え入りそうな声で言いながら、美奈は躊躇いがちにスカートを持ち上げる。その下は何も付けていなく、内腿を光る液体が伝っていた。
「あっ・・・あぁぁ・・・」
 羞恥で真っ赤になった美奈の顔は、今にも泣き出しそうなのに何故か歓喜の表情に見えた。
「ほら、あずさ」
 あずさを抱いたまま耕治は段ボールから腰を上げ、美奈の方へ歩いていく。
 この時になって初めて、涼子の視界に耕治とあずさの下半身が入った。下着を脱いでスカートを腰まで捲り上げたあずさの白い尻が、下半身のみ裸になった耕治の腰と密着し、ある一点でしっかり固定されていた。その部分は涼子の位置からは見えないが、相当深く繋がっているのは容易に想像できる。
「あぁ、ミーナ・・・ちゅぷっ」
 手を壁に付け腰を高く掲げたあずさは、妹の股間に顔を近づけ感嘆の声を上げると、そこに口を伸ばす。
「あっ・・・きゃん!」
 熱く潤んでいるのだろう秘部に姉の口付けを受けて、美奈はすぐに切羽詰まった声を出す。
「んっ、ちゅぷっ・・・ちゅ、ぬぷっ、んはっ・・・」
 口で妹を責めながら、あずさは相変わらず動かない耕治から快楽を引き出そうと、さらに激しく尻を蠢かせ始めた。
 上下し、律動し、回転し、震える・・・細い腰が軟体動物のようにくねると、突き出された尻が縦横に動き、滑らかな丸い肉が耕治の腹と擦れて歪み、結合部からじゅぷじゅぷと水音が立つ。
 男根を使った美少女の自慰。それは、涼子が今まで見た物の中で最も卑猥に感じた。
「んっ、はんっ! ちゅっ、ちゅろ・・・あはぁんっ!」
 快楽に身体が止まりそうになりながらも、あずさは必死に腰を振り、妹の秘部へ舌を這わす。
「あっ、あぁっ・・・おねえちゃぁ・・・ん!」
 美奈のスカートを握る手に力が入り、白魚のような指が更に白く変色する。
「美奈・・・」
「あんっ、んぷっ」
 耕治が前屈みになって顔を近づけると、美奈はすがり付くように唇を交わす。
 それぞれに快楽を感じ続ける姉妹の脚がピンと伸び、爪先立ちになってがくがくと震える。
「あっ! あふっ! うんっ」
「ちゅぷっ・・・あぁぁっ! ぷむっ」
 嬌声を上げたい衝動に耐えながら、姉妹は恋人の唇と妹の股間を貪り、塞がれた口から抑えられない声が漏れる。
「くふっ、美奈・・・あずさっ!」
 蜜壷で嬲られ続けて限界に達したのか、耕治はあずさの尻を掴むと激しく腰を打ちつけ始めた。
「あっ・・・きゃんっ! ふあっ! あっく・・・あはぁぁっ!!」
 その動きであずさは堪らず口を止め、甲高い声で鳴く。
「ふはぁぁ、おねえちゃん・・・ちゅっ」
 姉の口からの快楽から開放された美奈は、座り込んで姉の下に潜り込むと唇を重ねて、大きく揺れる乳房を両手で揉む。
「んっ! んんっ! はぁぅっ!!」
 秘部と乳房に与えられる快楽に、何とか体重を支えていたあずさの脚が音を上げ、膝から崩れ落ちそうになるが、耕治が細い腰をがっしり掴んで下から激しく突き上げる。
「かはあぁっ! ひふっ! んぷっ、ちゅっ・・・ふはぁぁっ!!」
 強烈な刺激に全身を翻弄されるあずさだが、下半身を耕治に突き上げられ、唇を妹に嬲られて、腰を抜かす事も悲鳴を上げる事も許されず、ただ美奈と頭を打ち付けないように壁に手を突き、必死で自分と耕治の体重を支え続ける。
「んっ! んんっ!! んんんっ・・・んはぁぁぁぁっっっ!!!」
 それもすぐに限界に達し、全身を硬直させると断末魔のような絶叫を上げた。折れるのではないかと思うほど背筋を仰け反らせ、全身をびくびくと痙攣させると、糸が切れたように美奈の上に倒れ込む。
 しかし耕治は容赦せず、倒れるあずさの秘所からモノが抜けないように追いかけ、尻の上に体重を乗せると腰を前後に振りながら円を描く。
「あぁっ・・・あはぁぁっ・・・あぁぁ・・・」
 精根尽き果てたあずさは、妹にしがみ付きながら掠れた声を発し、強制的に与え続けられる刺激に尻を震わせ、長い脚を瀕死の蛇のようにのた打ち回らせる。
「うっく・・・」
 やがて耕治は腰の動きを小刻みにすると、深く打ち付けて低く呻き、動きを止めて全身を震わす。
「あっ・・・くああぁぁ・・・!!」
 胎内に何か感じたのか、あずさは一瞬肩を跳ねさせ、妹を抱く腕に力を込めた。耕治の痙攣に合わせて、あずさの尻がきゅっきゅっと締まる。


「(膣内に・・・出した?)」
 その様子に、涼子は直感した。
 避妊は大丈夫なのか? 
 激しい性交を目の当たりにして思考の麻痺した彼女は、状況の異常さを忘れてそんな心配をする。
 耕治が腰を引くと、あずさの胎内に収まっていた肉の槍が、ねばつく液の糸を引きながら抜かれ、涼子の目に初めて映る。
「(な・・・なんて大きい)」
 起立し続けるそれのあまりの巨大さに、涼子は戦慄すら覚える・・・が実際には、耕治のモノは俗に言われている日本人平均より少し大きい程度だ。
 涼子がそれを実物以上の大きさと錯覚したのは、彼女が男を見慣れていない為、薄暗い倉庫で二人分の体液が照明を反射し輝いていた為、そして添えられた美奈の手と口があまりに小さかった為だ。
「お兄ちゃん・・・んふっ」
 愛液と精液で濡れ光る肉棒が口元に差し出されると、美奈は姉を抱いたまま躊躇なく頬張り、小さな口で驚くほど深く飲み込む。
「ん、こぷっ、ちゅぶっ・・・んはっ、ちゅっ、ちゅっ、はぷっ・・・」
 怒張を喉奥まで収めると、頬を窄めながら頭を数回前後に振り、口の外に吐き出すと亀頭に何度もキスをし、再び飲み込む。その動作を何度も繰り返し、姉を犯していた男根に熱の入った口技を送る。
「ん・・・ちゅぷっ」
 妹の胸でぐったりしていたあずさは、耳元で聞こえる淫靡な音で意識を取り戻したのか、目前に垂れていた陰袋に吸い付くと、ちゅぱちゅぱとしゃぶり始めた。
「ぷはぁ・・・んくっ」
 しばらく姉妹仲良く耕治を味わった後、美奈は男根を吐き出すと顎から喉へと亀頭を擦り付けながら胸元へ持っていき、尖った乳首で鈴口をなぞる。
「ちゅっ・・・んっ」
 眼前へ来た妹の乳首へキスをした後、あずさも胸を耕治に沿えると、姉妹で左右から乳房で挟み込み、身体を上下に揺すって擦り始めた。
「ん・・・」
「はう・・・」
 大きさの違う乳房が男根を挟んで変形する度に、姉妹から快楽の吐息が漏れる。
「くうっ、良いよ、二人とも・・・」
 そしてそれ以上の快楽に、耕治は喘ぐ。
 二種類の美しい乳房で挟まれ、暖かい肉で圧迫され、滑らかな肌を唾液や先走りで滑り、尖った乳首を擦り付けられ、二つの愛らしい口が亀頭に熱い吐息とキスを浴びせるのだ。慣れていない男なら一瞬で果てているだろう。
「はあ・・・美奈・・・あずさ・・・」
 二人同時の奉仕に耐えながら、耕治は愛しい少女達の頭を撫で回す。
「あふっ、ちゅ・・・お兄ちゃん、美奈・・・」
 しかし先に限界を迎えたのは、美奈だった。
「ちゅっ・・・美奈ね、もう・・・ちゅっ」
 媚びた瞳で耕治を見上げ、肉棒の穂先にキスを繰り返しながら、口に出せない何かを求める。
「もう、何?」
「お兄ちゃんの、これ・・・おちんちん、欲しい」
 妙に優しい口調で耕治が問うと、美奈は躊躇しながらも願望を口にする。
「ああ、良いよ」
「えへへ・・・」
「あん・・・」
 耕治がその頬を撫で了承すると、美奈は嬉々として、あずさは名残惜しげに男根から身体を離し、床に寝転がったあずさが妹を抱き寄せた。
 姉に抱かれた美奈が耕治の進入に備えて尻を高く突き出すと、あずさの手が下から伸びて妹の尻を掴み、左右に押し広げた。小さな尻が姉の手で広げられ、隠れていた肉の花だけでなくそのすぐ後ろの孔までが露出し、耕治の視線に晒される。
 まだ少女の風貌を保ちながら淫靡に使い込まれた美奈の性器は、自らの密と姉の唾液で熱く濡れ、普段は桜色の花弁は興奮に赤く充血していた。排泄器官とは思えないほど可憐な尻の小穴も、性器から流れた密で塗れ光り、快楽の余韻にひくひく痙攣している。
「あっ・・・ああんっ・・・」
 動きを止めた耕治がそこに魅入っていると、美奈の最も恥ずかしい部位が更に蜜を吐き出していく。
「お、お兄ちゃん、やだ、見てないで・・・ねぇ?」
「いや、もう少し見せて」
 美奈の哀願を却下して耕治が指を二本そこに添え、開きかけた下半身の唇を押し開き、内部を曝け出す。
「ああっ、うぅっ・・・!」
 胎内に空気と視線を感じた美奈は、涙と共に小さな悲鳴を漏らす。が、尻は耕治へ向けたまま、いや更に高く掲げてもっと良く見える体勢を取る。
 小さなそこは耕治のモノが根元まで入りきらない程度の深さだが、充血した肉の壁が蜜で濡れながら蠢き、身体の奥まで無限に続いている様に見える。
 可憐な少女の一部とは思えない、ぞっとするほど淫靡な肉の孔がそこにあった。
 堪らなくなった耕治は、いきり立つ分身をそこへ押し付け、一気に腰を前へ進めた。
「っくうぅぅぅぅっっ・・・ああっ!!」
 過敏になった個所に長大な男根が進入してくる感触に、美奈は姉にしがみ付いて耐えるが、最奥を小突かれると堪らず悲鳴を上げる。
 一気に美奈を貫いた耕治は、一呼吸置くと大きく腰を振って狭い蜜壷を行き来し始めた。
「あうっ! ふっ・・・うあっ! はぐっ! ああっ!!」
 耕治の激しい動きに翻弄され、美奈は苦悶と快楽の混じった喘ぎを上げる。
「あはっ!! い・・・いい! お兄ちゃ・・・はああうっ!!」
 しかしそれも短い間で、すぐに純粋な快楽の嬌声に切り替えて自分から腰を振り始めた。
「くっ・・・! 良いよ、美奈。最高だ!」
 少女の締め付けと動きに喘ぐ耕治も、それに答えて速度を速める。
「ああ、ミーナ・・・耕治・・・」
 身体の上での激しい性交に生唾を飲むあずさは、二人の結合部に両手を伸ばし、いっぱいに広がった妹の秘唇とぶらぶら揺れる耕治の陰袋を愛撫する。
「あっく! あはぁっ! ふあぁぁっっ!!」
 既に限界近かった美奈は、新たな刺激で頂点へ追い詰められ、全身を震わせながら両腕で姉を、蜜壷で耕治を固く抱き締める。
「くおおっっ! 美奈あぁっ!!」
 その締め付けに逆らって耕治は腰を振り、美奈の奥底に男根を叩き込む。
「うあっっ!! あっ! あっ! あっ! あっ!」
 美奈も最後の力で激しく動き、二人は狂ったように腰を打ち付け合う。
「あぐっ! おにい・・・おうっ! おあうっ!!」
「おお! 美奈! うおおぅっっ!!」
 呼び合う愛しい名を獣のような咆哮でかき消し、二人はただひたすら性の頂点へ向かって突っ走る。
「くあっ!! おああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「おおおおおおおおおっっっ!!!」
 そして二人は、ほぼ同時に絶頂の雄叫びを上げた。



「はあ・・・今日は凄かったね、お兄ちゃん」
 快楽の余韻に火照った身体を耕治に預ける美奈は、熱の残った声で行為の感想を言う。
「そうか? 普段と変わらない気もするけど」
 胸の上のボブヘアを撫でながら、耕治はほぼ週二で行われる行為を思い出す。
 体力も精力も有り余っている若者が三人揃って、身も心も重ね求め合うのだ。凄くならない日など無い。
「まあ、普段から凄いけど・・・今日は特別に激しかったよ」
 言われて美奈は、自分達の関係が世間一般より特殊なのだと今更に思い出すが、それでも感想を変えない。
「やっぱ男の人って、こういう格好が好きなの?」
 制服に付いた体液を気にしながら、あずさ。
 クリーニングに出すとはいえ、異臭を放つ体液をべっとり付けて置く訳にはいかない。あずさはポケットからティッシュを出して汚れた個所を拭き始め、ようやく耕治から離れた美奈が手を出すと、残りのティッシュを渡す。
「そういう趣味な人は多いみたいだな。俺は中身が誰かの方が重要だけど」
 答えながら耕治は姉妹に習って自分の制服を見回し、大きな染みが無いのを確認する。
「それより職場でするっていうのが興奮するかも。普段そういう事と無縁の場所だし、誰もいないとわかってても見られるような気がして」
「・・・露出趣味もあったの?」
「ねぇよ」
 ジト目のあずさの突っ込みは、即座に否定する。
「やっぱこういうのは大っぴらにするより、少しは隠した方がワビサビってもんがあるだろ? それに二人の裸は、他の男なんかに見せたくないし」
「けっこう独占欲強いわね」
「これくらい普通だろ? 二人同時というのは珍しいかもしれないけど」
「美奈も、お兄ちゃん以外の人に裸を見られるのは嫌だよ」
「私だってそうよ」
「うん。意見が合ったところで二人とも、そういう訳だから潤の前では着替えをするな」
「「なんでや?」」
 日野森姉妹のダブルツッコミ。こんなのを受けられるのも、家族を除けば耕治だけだ。
「正体知るまでがアレだったからな。どうしてもあいつだけは、女の子と認識できん」
「まだそうなの? 本当のこと知ってもう結構経つのに」
 演技の研究のために男性と偽っていた神楽坂潤が、新年会の隠し芸として正体を明かしたのは、半年ほど前だ。
「潤君の演技が凄いのやら、耕治が鈍いのやら・・・」
「ふっ、俺が鈍いのは自覚してるぞ」
 情けないことを堂々と語り、無意味に胸まで反らす。
「威張ってどうする?」
「自らの鈍感に気づいた者は、もう鈍感ではない」
「誰の言葉か知らない上に『愚かさ』と間違えてるし、この男は」
「誰だか知らないと言ったか?」
「知ってるの?」
「知らん!」
「だから威張るな!」
「はいはい、二人とも漫才はその辺にして、今夜は約束があったでしょう?」
「あ・・・」
「やば・・・ずいぶん遅くなっちゃった」
 とっくに服を整えた美奈の一言でそれを思い出した耕治とあずさは、急いで後始末をすると、着替えるために更衣室へ走った。



 涼子は、三人の饗宴を最後まで見ていた訳ではない。
「今夜は飲まないんじゃなかったの?」
「ええ・・・ちょっと気分が変わってね」
 途中で逃げるように帰った涼子は、葵の部屋で酒を飲んでいた。
 あの様な行為を見せられたのだ。興奮して素面では眠れそうにないが、かなりの量を飲んでもまったく酔えないでいた。
 酒を浴びるように飲んでいても、葵と無駄話をしていても、脳裏に焼き付いた光景は断続的に浮かび上がり、その度に涼子の奥底で熱い何かが蠢く。
「(三人でなんて・・・姉妹でなんて・・・異常よね)」
 それを否定するように、心の中で毒づく。が、別に法に反している訳でも、誰かに迷惑をかけている訳でもない。
「(いいえ、十分迷惑よ! あんなこと見せられるなんて)」
 勝手に覗いたのは自分と分かっていながら、心の中で悪態を吐き、コップに残った酎ハイを飲み干し、おかわりを作りはじめる。
「あらあら、ずいぶんペース早いわね。何かあった?」
「別に・・・」
 尋常でない涼子の様子に葵が気づくが、知り合いのHを覗いたからなどと、親友とはいえ相談できる筈はない。
「まあ言いたくないなら良いけど。それにしても遅いわねぇ」
 涼子の態度から深く立ち入るのを止めた葵は、不意に時計を見て呟く。
「ん? 誰か来るの?」
「ええ、今夜は三人とも一緒に飲むって言ってたんだけど・・・」
「三人?」
 その人数が示す者達は一組しかいないのだが、僅かに酒の回った涼子は咄嗟に思い付かない。
 喉まで出掛かった情報に唸っていると、夜中にも関わらず呼び鈴が鳴った。
「はーい」
「「「こんばんはー」」」
 葵が相手を確認もせずに扉を開けて出迎えると、聞き慣れた・・・今は一番会いたくない男女の声が聞こえた。
「もう、遅いみんな〜」
「ごめんなさい」
「ちょっと野暮用が出来て」
「さあ早く入って入って」
「えへへ・・・お邪魔しま〜す」
「あ、涼子さんも来てたんですか」
「こんばんは〜」
 硬直する涼子をよそに、葵に招かれて日野森姉妹と前田耕治が入ってきて、あっという間に卓袱台を囲んで座る。
「あ・・・いや・・・その・・・」
 彼らを前にしてあの饗宴が鮮明によみがえり、涼子は顔を真っ赤にするが、周囲の者はそれが酒のせいだと思い、気にも止めない。
「(迂闊だったわ・・・みんなと葵ちゃんが飲むのなんて、十分考えられることだったのに)」
 四人しかいない寮の住人が葵の宴会に駆り出されるのは日常的だし、特に美奈の泊まる週末はその率が高い。
「どうしたんですか、涼子さん?」
 渦中に飛び込んだ自分の迂闊さに焦っていると、隣に座った美奈が異変に気付き、話し掛けてきた。
 普段と変わらない可愛い顔。先刻までの快楽に乱れた表情が嘘のように思える。
「な・・・何でもないわよ、美奈ちゃん。あははははは・・・」
 顔に表れた動揺を、笑って誤魔化す。
「(突然帰ったら変に思われるだろうし・・・どうしよう?)」
 進退極まった涼子は、とにかく飲むしか場を取り持てなかった。





Piaキャロ2S 前編「涼子のため息」

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