Maker's Made

Maker's Made 3rd Story
陰湿な雰囲気の無機質な圧迫感はあるものの以外と広い通路を歩きながらあたしは一仕事終えたような独特の開放感に包まれていた。理由はその時漠然としていたのだが、なぜだか雲の上にいるような浮遊感もあるのだが地面に寝そべっているような安定感も覚えている。おそらくあの短時間であれだけの数を仕留めたことからくるのだとそのときは決め付けていたが結局自分自身で納得のいく結論は出なかった。
「へぇ…」
不意に脇の方からそんな声が聞こえた。顔を向けるとレイが微笑みかけていた。
「…どうしたの?」
「いやいや、かすみさんって、そんな表情するんだなと。」
「そんなににやけてたの?」
「天使でも降りてきたんじゃないかってぐらいにね。」
 あたしは顔に血が上り、チークを塗ったように赤くなるのを感じた。今まで保持していた『退魔師 西野 かすみ』の顔がはがれていたからだという自覚と『一流の戦士においてあるまじき行為だ』というプロ意識がそうさせた。
「やっぱりかすみさんは…美人…ですね。」
「…敵地でそんなことを喋らないで。」
憮然とした元の表情に戻し、邪険にそう突き放した。
「いや、いいんですけどね。いくらなんでも戦士だ〜なんて言って常に神経尖らせるのは無理ですよ。人なんだし、素直に喜んでも良いんじゃないかと思うのですが。」
あたしは正面を向いたままその話に耳を傾けていた。確かに最もな話だが……そのときにはそんなことは出来ないと決め付けていた節があった。
「で、何が理由で笑ってたんですか?聞かせてほしいんですが」
「…言わないわ、そんなこと」
「あら……」
 『理由も無いのに言えるかぁ!』という心理もあったのだがそれを口にするのがなぜか怖かった……ように思えた。

・・・・・・・・・・

「…やっと大きな部屋に出ますね。人工浮遊島(メガフロート)ってこんなに広いもんなんですかね?」
「さぁ…?」
「とにかく、手厚いもてなしは勘忍してほしいですね。」
「…カンニン?」
 とにかく、暗がりの通路を大きく光を流し込んでいるその部屋へ進んだ。あたしは当然抜刀状態で、彼もどこからかあの大きな剣を左手に収めていた。
「かすみさん…」
「ん?」
「今回は自分の身を守ることだけに徹してください。次は…数も質も桁違いです。敵を前線で倒すのは任せてください。」
「そんな!?」
「大丈夫です。これがかすみさんを守る最善の方法です…というよりも、本気を出した僕に近づくとろくなことがないですし…」
レイは自信を笑顔で表しながらあたしに告げた。
「さぁ…行きますよ!」
 中は円形でまるでコロッセオの形状をしている広さは直径30mで高さは6mもある。今まで気に留めなかったが通路はときたま緩やかな下り坂になっていたのだ。正面にはさらに最深部へと続くであろう通路が見えた。が、それはすぐに見えなくなった。歯車がぎごちなくきしむような音を立てて3もの高さのある鉄柵を上げ、中で蠢いていたイミテイターたちがいっせいに放たれたからだ。さっきの襲撃とは違って不ぞろいな外見ながら全部が人型をしており、手には鉄パイプ等の武器を有している。
「分かりましたね。壁からできるだけ離れないでください。5m以上離れたら…命の保障はありませんよ。」
レイは一瞬で仮面をかぶっていたかのように今までの笑顔をやめた。そして内から湧き出る闘志を煮えたぎらせるような真剣な顔つきになった。その変わりようはあたしに畏怖の感情を抱かせた。
ガシャン!
戦いの開始の合図…入り口に鉄柵が下り、逃げ道は無くなった。あたしは言われたとおりそばの壁に背中をつけた。それを確認したレイは…疾風の如く敵の集団に突っ込んで行った。

まず、飛び込んだ至近距離の敵を一薙ぎで5匹葬る。その隙を突いて両脇から飛び掛った敵を爆発するような風が吹き飛ばす。さっきの“霧刃”のような技で集団をある程度ばらけさせた後に一気に2m近い高さを飛び上がる。敵の頭上から一気に背後を取ったら正眼から切り下ろす一閃を浴びせ、離れた。敵が斬られた部分から二つに分かれるまでにもう別の3匹を仕留めていた。
どんどん加速する技。彼の背後に立ったものは例外なく周囲の壁へと吹き飛ばされ、砂に変わっていく。彼自身の動きにあたしの目が付いてこなくなってきた。技と技の隙の時点で実像が見えたと思えば次の瞬間には残像の塊と化している。攻撃される敵も防御する時間も無くべろりと切り裂かれた断面を見せながら形が崩れていく。追い詰められても壁を駆け上がり離脱、空中できりもみの状態から衝撃波を放って足元の敵を始末。着地後、周囲に集まった敵の姿勢を低姿勢になって足払いで倒した。それらを後ろの集団を巻き込むように蹴りだし、倒れこんで一つの団子のようになった集団はレイの手のひらから放たれた炎で焼かれ、消えた。しかし、それに気をとられていたのか背後から一つの鉄塊が振り下ろされた。
硬質な響きが起こり、彼はわらわらとした黒い集団の中から飛び出してきた。
「レイ!」
 彼は着地後、武器を構えることなく無くすっと立ち上がる。左手を横に伸ばす。丸めた指の中唯一伸ばされている中指が親指により弾かれた。
バァン!
 普通に指を鳴らしただけなのにその轟音は異常だった。黒い集団が一瞬白み、焼け焦げたにおいと共に崩れた。
それでも次々と敵は上がった柵の奥から出てくる。もう30匹以上は一人の力によって灰になっているのにいまだに敵の勢いは衰えない。
はっきり言ってそのときの彼は「桁違い」の一言だったと思う。あれだけの数相手に自分から10m以内に敵が近づいたという状態はそれまで一回も無かった。さらに、テレビのコマを2,3個飛ばしたような速さを有するかもしれないぐらいの激しい動きの中でも涼しい笑顔を浮かべている。戦いを支配するほどの存在の大きさがあたしの心を揺さぶった。
あたしの瞬き一つの間に4、5体は葬っていくペースである。まるでSFアクション映画の戦闘シーンをそのまま見ているような不思議な気分になっていた。
「かすみさん!!!!」
 実像に戻った彼がこちらを向いて叫んだ今までとは違う危機に恐怖した顔だった。今までかれの動きに見とれていたあたしは現実に引き戻された。見上げると羽虫のような一匹が薄汚れたコンクリートの天井から降下してくる。
 頭をかがめ、前転して相手の攻撃をかわし、真下から一気に切り上げた。
ビシャッ
 敵は腸を露にしながら真二つになって地に落ちた。緑の返り血を大量に噴出し、あたしの服を染めた。
「くっ」
生暖かい飛沫を浴びた後、振り向くとレイは最後の一匹にかかっていた。一瞬の静けさの後、一気に剣筋が延びて再び同じ位置に戻る。敵は胴を裂かれて若干横滑りした後に無機質の粒子、砂に戻った。剣術の奥義、抜刀術。それを精凝器の力によって大いに加速させたものだった。
「ふぅ…危なかったぁ……」
 額からの汗をコートの袖で拭いながら近づいてきた。
「お疲れ様、レイ。」
 そんな言葉が自然とのどからすり抜けて出てきた。
「おっ、はじめて笑いかけてくれましたね。かすみさん」
「え!?あ、こっ、これは……社交辞令ってやつよ!」
不思議とあたしの口元は緩んでいた。慌てるあたしにレイは今までのように笑い返す。
「…でも、その顔じゃちょっと…」
そう言ってかれはポケットから白いハンカチを出してさらに近づいてきた。
「なっ、何?」
「そのままそのまま。」
と、彼はハンカチを持った手を顔に近づけて返り血で緑に染まった顔を拭ってくれた。
「あ…ありがとう。」
 口から出る言葉が恥じらいを帯びていた。それは当然のようにレイにも伝わっており、
「どういたしまして、でも、血は早めに拭うのが基本ですよ。病気にかかったら洒落になりませんから。それに、折角の綺麗な顔も台無しですし。」
「もう!」
「はははっ!自分の実力は最大限に引き出せないとね☆ ダメですよ。」
 彼のペースにはまっていたことは自覚している。しかし、それは不快ではなくあたしに今までに誰からも与えてもらえなかったような安心感があった。それは、今でも心の深くに残っている。

・・・・・・・・・・

結局、敵のいた檻の中には入り口らしきものも別の部屋に繋がっているような痕跡がなかったため、そのまま正面の進路を進んでいくことになった。どうもかなり深部に来ているようで、道幅は人3人ほどが通れる程度まで狭くなり、ちらほらと鉄板が組み合わさってできた薄汚れた扉に埋め込まれていた。
「……ねぇ、レイ…」
今度はあたしから話を始めた。
「あなたって……妹さんとか……いる?」
「へ?」
「あ、いや、プライベートなことだから…答えなくても…」
「……いるといえば…それらしい人はいました…」
 思いのほか早くに返答してくれた。
「でも、それ以上は言いたくないですね…」
「………」
 彼は珍しく視線を逸らした。逸らした目の焦点はあたしでも通路の置くでもなくぼやっとしたような感じで、その表情には憂いと寂しさが浮かんだように思えた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あのときの台詞は忘れないなぁ。あのとき、あなたは嫌味なほどに大人で…あたしは幼かった………まぁ…それを言われると痛いところだわ。ふふっ………今も…そうかもね………ありがとう。いい励ましだわ、うん……うん……それでさ、その後のこと…覚えてる?………

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・・・・・・・・
 5つの扉を過ぎた所だった。あたしの身体が異変を訴えたのは。
「はぁっ…」
 不気味な寒さの衣を纏ったようなこの地下であたしの身体は火照り、汗を噴き出していた。神経が研ぎ澄まされ、自分の衣服が自分に張り付いたかのように感じるほどだった。足元がふら付き、壁に寄りかかる。レイが「大丈夫」とか何かを口走りながら駆け寄ってきたように思えたがあたしの神経はその台詞すら聞きこぼすほど自分の内面に向いていた………

〜〜〜3rd Story End〜〜〜

次頁>>
[ インデックスへ ]

Maker's Made