那由さんの憂鬱

 『オニノメ』―――【「鬼の女(或いは芽、雌)」「鬼の嫁」と書く。“完全な”魔物(特に鬼)の仔を孕む事ができ、自分自身で配偶者の魔物を滅ぼせば腹の仔は生まれずに、そのまま力を維持する事が出来る女性の事である】


「おい、ちょっと待ちな!!」

 煤けた背広を着た中年男性が、威嚇するようにゴルフクラブを足元のアスファルトに叩きつけた。
 姿格好はごく普通のサラリーマン――しかし、その表情は戦場を渡り歩いたように凄惨で、瞳は絶望と欲情に澱んでいる。
 彼の背後をうろつく十数人の男達も、歳や外見は様々だが、その雰囲気と瞳の澱みだけは共通していた。あたかも冥府を徘徊する亡者のようだ。
 ほんの数十時間前まで、彼等が都心にいた平凡な一市民であったなど、誰が想像できるだろう。
 そして、ほんの数十時間前まで、周囲が普段と変わらない都心の光景であったなど、誰が想像できるだろうか。
 今は真夜中のはずなのに、辺りは真昼のように明るい。あちこちで延焼する火災のためだ。
 通りに並ぶ店舗や社屋は扉や壁面を破壊されて、略奪の限りを尽くされていた。中には完全に倒壊した建物もある。
 強姦される若い女の悲鳴。
 暴漢に殴り殺される男の苦悶。
 物言わぬ死体も珍しくなかった。
 全ては、数十時間前にこの都市が“聖母”安倍 深美の『聖母の抱擁』――SSSクラス外的干渉排除型結界に封印されて、この都市の命脈を保っていたあらゆるライフラインが切断された事から発生した、暴徒化した民衆によって描かれた光景だ。
 そして、この地獄の如き街中の大通りに、また新たな犠牲者が生まれようとしていた。

「待てって言ってんだよ女ァ!!」

 暴徒の狂犬じみた怒声にも、その人影の足は止まらなかった。
 人影は2つ――黒い学生服の小柄な男と、赤いフレアドレスの大柄な女だ。
 この状況では場違いとも見える組み合わせだが、何より奇妙なのは、2人の歩みがあまりにも自然な事だった。あたかも辺りの惨状が目に入らぬかのように。
 ――いや……
 あたかも辺りの惨状が、自分達の馴染みであるかのように――

「舐めやがって!!大人しく犯られろってんだよ!!」

 暴徒達が獲物を取り囲む。さすがに2人の歩みは止まった。

「…………おい……」

 2人の正面に立つ暴漢の喉が、ごくりと鳴った。

「……なんて上玉だ……」

 虚ろな呟きも、無理は無かった。
 華奢そうな身体を包む漆黒の学生服の上には、奇跡のような美貌が鎮座していた。紅いルビーを思わせる瞳。細面の顎に純白に近い柔肌。星の輝きを紡いだような銀髪も、その神秘性を醸し出している。天使の如く美しい少年であった。
 その片割れの女も、美しさでは負けてはいない。歳は30半ば頃か。憂いを含んだ淑女の美貌は言うまでも無く、フレアスカートのスリットから覗く太腿に、大胆にカットされた胸元から零れ落ちそうな豊満な乳房の色香たるや……この肢体に触れる事ができるのなら、聖職者でも悪魔に魂を売るだろう。

「すげぇ……見てるだけで爆発しそうだ……」
「俺は女がいい……一番に犯らせてもらうぜ……」
「あの学生服が……男でもいいや……」

 フラフラと2人に近づく暴徒の群れには、もはや平凡な一市民の面影は何処にも無かった。
 あたかも、天使に――いや、悪魔に魅入られたように。
 2人の影は微動だにしない。蜘蛛の巣にかかった蝶の構図――
 ――だが、

「――だってサ。どうしようかネ?」

 学生服の美少年が、紅いドレスの女に微笑んだ。無垢な子供を思わせる笑み――だが、その瞬間、暴徒達の動きがぴたりと止まった。
 氷の剣が背骨を貫いた感覚――形容不能な戦慄が、暴徒達の心臓を鷲掴みにしていた。
 ……俺達は、なにかとんでもない間違いをしているんじゃないのか?……
 しかし、その恐怖も女がゆっくりと己のドレスに手を当てて、胸元をかき開こうとする仕草に消し飛んだ。
 零れ落ちる熟れた果実。
 豊満でたわわな双乳がぶるんと揺れた。オイルを塗布したような艶やかな乳房の先端に、やや大きめの鴇色の乳首がツンと立っている。それだけで、麻薬のように甘く危険な香が立つようだ。かつて古代中国の賢帝を篭絡した魔女とは、彼女の事か。
 欲情に飢えた暴徒達の視線が、そこに集中した。
 そして――
 ――暴徒達は、『それ』を見た。

「ぐわぁあああああ!!!」

 『それ』に押し潰される男の悲鳴。

「ひゃぁあああああ!!!」

 身体中の骨が砕ける鈍い軋み。

「いいいぃ嫌だぁあ!!!」

 頭蓋が西瓜のように破裂した音。
 
「た、た、助け――!!!」

 くちゃくちゃと何かを咀嚼する音が、しばらく大通りに響き――やがて、女はゆっくりと乳房を紅いドレスに押し込んだ。その仕草には少しの感慨も見当たらない。先程からにこりともしない――というより、表情を全く変えていないのだ。

「どう、美味しかったかナ?」

 さも楽しそうな学生服の笑顔に、

「……不味……い……」

 初めて紅いドレスが口を開いた。貴婦人のように上品な見た目によらず、ハスキーで虚ろな声だった。
 肩を竦めながら、学生服の美少年が辺りを見回す。
 あの暴徒達の姿は、どこにも無かった。ただ、ぶちまけられた鮮血の跡を残して、ただの1人も――
 ――いや、

 からん

 元サラリーマンの足元で、ゴルフクラブが乾いた音を立てた。だが、両手はそれを握り締めた形のまま固まっている。落とした事に気付いていないのだ。
 恐怖のあまりに。

「……ひ……ひ……」

 がたがた全身を震わせる男の目は、驚愕と恐怖に見開かれていた。見てはならぬものを、見てしまったのだ。
 そして、

「ひやぁああああああああ!!!」

 脱兎の如く逃げ出した元サラリーマンを、見ようともしないで、

「ダメだねェ……食べ残しはいけないヨ」

 学生服の美少年が、ゆっくりと拳銃を真上に向けた。いつ、どうやってそれを取り出したのかは、誰にもわからない。
 ――モーゼルM712――軍用の大型ハンドガンだ。とても華奢そうな美少年に扱える代物とは思えない。だが、その銃身にびっしりと彫られた奇怪な文様が、神秘的な彼の雰囲気と不気味に同調していた。
 引き金はあっさりと引かれた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 さっきまで暴徒の一員だった元サラリーマンは、裏路地をゴミを蹴散らしながら疾走していた。
 彼が『それ』から逃れられたのは、たまたまあの女の後ろにいて、『それ』を直接見なかったからに過ぎない。しかし、仲間達が『それ』に貪り食われる悪夢のような光景は、はっきりと見てしまった。

「はぁ……はぁ……何で俺が……こんな目に……」

 そうだ。数日前にいきなりこの街が『結界』とやらに閉じ込められてから、全てが狂ったんだ。
 俺は単なる出勤途中のサラリーマンだったのに、いきなりこんな事に巻き込まれちまって……
 どうしても、この街の中から逃げ出せないと知ってから、俺は暴徒の連中の仲に加わった。絶望のあまりに、やけっぱちになったから……
 …………
 ………
 ……?
 ……いや……なぜ、俺は暴徒の1人に加わったんだ?いくらやけっぱちになったからって、急に見境も無く女を襲い、略奪を繰り返すなんて……大体、いくらこんな状況だって、いきなり皆が一斉に暴徒化するなんて事が有り得るのか?……それだけじゃない……なぜ、俺は『この街から逃げ出せない』って知っているんだ?――
 乾いた銃声。

「――!?」

 男の足が止まった。
 そんな事に気を止める余裕も無いのに、その『銃声』には、そうさせる何かがあった。
 ……だが、それだけだ。

「……何だってんだ、ちくしょう」

 再び駆け出そうとした男――が硬直する。

 ずん……ずん……
 ずん……ずん……

 重々しい足音が、後ろから接近してきたのだ。
 愕然と振り返る――しかし、通りには誰もいなかった。

「気のせいか……」

 ずん……ずん……

「――ッ!?」

 男が恐怖のあまり後退り、足元のビール瓶に躓いて尻餅をつく。
 それは異様な光景だった。
 裏路地中にぶちまけられたゴミやがらくたは微動もしないのに、足音だけは確実に接近してくるのだ。目に見えない透明の怪物の類ではない。では、この現象は――?

 ばしゃ!!

 目の前の水溜りは波紋1つ乱れないのに、水の弾ける音は確かに聞こえた。

「ひぃいいいい!!!」

 へたり込む元サラリーマンの身体が、軽々と持ち上げられた。いや、この形容は正確ではないかもしれない。彼には持ち上げられたような感覚は全く無く、背広には掴まれたような皺は1つもない。だが、彼は確かに巨人の腕によって持ち上げられているのだ。そして――

 ぼり

 咀嚼音は、意外に小さかった。
 血を一滴も垂らす事無く、肩から上が消滅した元サラリーマンは、瞬く間に小さくなって――

 ぼり ぼり

 髪の毛一本も残さずに、この世界から“食い尽くされた”のだった。


「面倒な事してくれるよネ。あのオバサンも……」

 欠伸を交じえながら、美少年が背筋を伸ばす。しなやかな猫科の動物を連想させる仕草だ。

「……早く……殺そう……」

 あらゆる感情を失ったようなドレスの美女の呟きに、美少年は苦笑した。

「そんな事言わないでサ、もっと楽しもうヨ。こんな機会は滅多に無いんだから」
「……私達……が……動くのは……全てを……皆殺し……に……する……ため……」
「どうせ東京の人間は皆殺しにするんだから、その前にちょっと僕に付き合ってくれないかナ?面白い連中を見つけたんだ♪」
「……それ……は……強い……?」

 紅の美女の、炎に照らされて伸びる影が、魔獣の姿を取った――

「強いヨ。でも、大丈夫さ」

 銀髪の美少年の背後に、鬼神の影が重なった――

「『“魔獣”魎子(りょうこ)』と『“鬼道”なる嵐(らん)』……ナイン・トゥースの僕たちに勝てる奴なんて、いないんだから♪」

 異形の影が、混沌の渦に混ざり合う。
 巻き上がる炎の渦は、全てを焼き尽くさんばかりに乱れ舞った――




※※※※※※※※※※※※※※※※





 炎上するビル街から、雪みたいな火の粉が降ってくる。真紅の光に照らされた路地裏――

「俺の名は“アヴァロン・クルィエ少佐”だ」

 そう言って、彼は苦笑したわ。
 ……でも、その笑みを見た瞬間――
 ――私の身体を、エクスタシーにも似た戦慄が貫いた。
 この感覚は……
 ……まさか……
 ……恐怖?……

「呼び方はクルィエさんで良いかしら?よろしくね」

 でもぉ、恐怖なんて感じてると怖いからぁ、深く考えるのはやめましょ。
 それよりもぉ、何なのかしら?この人外さんはぁ?
 翼人族か天使族だと思うけど……本人は否定しているわね。じゃあどんな種族なのかしら?助けてもらったのはウレシーけどぉ、用心した方が良いわよねぇ……少し惚けてみましょ。

「貴方、迷子にでもなったのかしら? 召還主さんは誰?」
「だから、さっき言っただろうが……俺は地球の現地生物じゃない」

 猛禽類みたいな翼を不機嫌そうに揺らしながら、クルィエ少佐さんは傍のドラム缶の上に腰掛けたわ。
 気だるそうな態度に見えるけど、隙らしい隙が全然見当たらない……魔物である事を除いても相当な実力者だと、那由ちゃんスーパー天才頭脳は見抜いてるわ。
 見た目通りの種族と仮定するなら……翼人族なら楽勝だけど、天使族だったら厄介ねぇ。SRMC値クラスの魔物よ。
 もしかして……ヒュドラが放った刺客かもぉ?
 用心用心用心よ〜もう少しカマかけてみるわね。

「翼人族や天使族が人間の町にいる理由は、そう多くはないわよ。あ、召還じゃなくて使い魔なのかしら?」
「だから、俺は地球生物じゃないと言ってるだろう。それに、地球現地生物の名称を言われても、俺には何の事かわからん……戦闘用以外のデータベースも、メインメモリーに記憶しておくべきだったか……」

 ……どうやら、本当に翼人族や天使族じゃ無いみたいね。ミュータントモンスターか宇宙人さんかしら?

「翼人族でも天使族でも無いの?嘘はついていない様に見えるけど……じゃあ、貴方は何者?」
「俺の種族か……ちょっと待ってろ。地球人類の言語で対応する単語を検索してみる。まったく、『力』を封じていると、何かと七面倒臭いな」

 クルィエさんの右目に、一瞬、電気的な光が走ったわ……やっぱり改造されてる魔物なのかしら。
 まぁ、無敵痛快ウルトラスーパーびゅーてほー那由ちゃんの実力なら、どんな魔物でも指先1つでダウンさ〜♪だけどねぇ♪

「言語形態が統一化されていないのか。面倒な文化系統だな……」
「今、普通に会話してるじゃない」
「今のあんたとの会話は、発音型テレパシー通信による擬似会話だ。神族言語の固有名詞まではカバーできねぇんだよ……お、あったぜ。ついでに“ニホンゴ”の固有名詞もダウンロードしておくか」

 な、何を言ってるのかさっぱりだわ〜???
 ……って、今、なにかトンでもない事言ってなかったぁ!?

「俺の種族は『神族』……第1級武争神族だ」
「そう」

 ふ〜ん。神族さんだったのねぇ……
 ………………
 …………
 ……
 へ?
 ……
 …………
 ………………
 ししししししししししししししししししんぞくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?!?!?!?
 うっそっお〜〜〜〜〜〜〜!!!
 なぁぁぁぁぁぁんでそんなドエライ超高位存在がこんな所にいるのぉぉぉぉぉぉ!?

「ほう、驚いたな。俺の正体に気付いた奴は、どんな種族でも泡吹いて逃げ出すか気絶したものだが……そんな風に平然としていられるのは、地球人類ではあんたが2人目だぜ」
「そうかしら」

 ひょえ〜〜〜〜〜!!!
 神様仏様その他大勢の神様ヘルプミ〜〜〜〜!!!
 って、目の前にいるのが神様なのよぉ〜〜〜!!!
 ふっふっ普通、『私は神様だ』なんて言うのはぁ、ただのアブナイ人なのにぃ、クルィエさんの場合はそれが『絶対の真実』だって“なぜかわかる”のよぉ!!何の証拠も無いのに……それが逆に神様である絶対的な証拠だわぁ!!!
 や、や、やっぱり魔界大帝絡みの関係で、この世界に降臨なさったのかしらぁ???
 ととととととにかくっ!!くれぐれも刺激しない事よ那由ちゃんっ!!ちょっとでも怒らせたら、地球ごとプチッよぉ……

「で、その神族様が、なぜこんな所にいるのかしら?」
「……そういうあんたは、なんで俺の上に降ってきたんだ?」
「…………」
「…………」
「ま、無闇に相手の事は詮索しないのが大人よね」
「同感だな」
「で、なぜこんな所にいるのかしら?」
「……いい性格してるな」
「よく言われるわ」

 あ〜〜〜っはっはっはっはっは!!!
 どーせ私はこーゆーキャラクターなのよぉぉぉ!!!(心の涙)
 ……でもぉ、いかにも神様的に偉そうな雰囲気は無いわねぇ。見た目よりも気さくな神様なのかもしれないわぁ。『神聖力』もそんなに感じられないし、大人しくて平和主義者な神様なのね。
 きっと。
 たぶん。
 そうだと言って〜♪

「ここにいる理由を話すのは、勘弁してくれよ……」

 不精髭を撫でながら、クルィエさんは私にウインクしてくれたわぁ。
 よし、あまり怖がる必要は無いわね。いつもの那由ちゃんペースでいくわよ。
 ――で、その後、しばらくカマをかけてみたけど、肝心のここにいる理由はのらりくらりと誤魔化されるだけだったわぁ……流石は神様。一筋縄ではいかない相手ね。

「しかしなんだな……地球に降りてから3ヶ月経つが、こんな物騒な場面に出くわしたのは初めてだぜ。思ったよりも、地球ってのは退屈しないな」
「こんな事は滅多に無いわよ。残念ね」

 そんな会話をしている間にも、近くのガソリンスタンドがドッカンドッカン大爆発して、火の粉と熱風が横殴りに叩きつけるのに、平然と辺りを見回すクルィエさんは、とっても楽しそうに見えるわぁ……大人しくて平和主義って印象は、改める必要があるわねぇ。
 でも、アブナイ性格でもカッコイイから許す!!

 ずずぅん……

 遠くでノッポなビルが、解体工事みたいに崩れていくわぁ。もうこの町は延焼していない場所の方が少ないんじゃないかしら……ホントに世界の終わりって感じの光景……
 ……ところで、皆は大丈夫かしらね?
 できるだけ早く合流しなくちゃ。皆がバラバラの時にナイン・トゥース数人がかりで襲われて、各個撃破されるのが最悪のパターンよぉ。
 でも、ここで探知魔法の類を使ったら、那由ちゃんの居場所が敵にバレちゃうし……俗に言う困った困ったキツネさん状態ねぇ。

「それは子猫さんだにゃ」
「2人とも違うぞ……データベースにはタヌキサンと検出された」

 ……へ?
 ふと気がつくと、クルィエさんの隣のドラム缶に、ピエロテイストなネコ娘が座って足をぷらぷらさせているわぁ――って、ほぇえええええ!?!?

「あら、いたの」
「……少しは驚くのにゃ!!ムカツクにゃ〜!!」

 何時の間にこんな所まで接近していたのぉ!?しかもなんだか思考を読まれてるし〜!!
 あの時、たった1人で私達を相手にできるって、自信満々に言い放った女の子――ナイン・トゥースの1人、“道化”師ベル・ミューって名乗ったわよねぇ……きゃあああああん!!那由ちゃんいきなり大ピンチぃ!!!

「孤立している相手を狙うのは常套手段よ。私が狙われるのは自明の理ね。もう少し捻りなさい」
「むむむ……お説教はやめれにゃ!!」

 ベル・ミューちゃんはぴょこんとドラム缶から飛び降りると、私に肉球つきグローブを突きつけたわぁ!!

「ふふふのふっ!!ベル・ミューは深美ちゃんとは違うにゃよ!!」
「そうね、もっと楽に倒せそうだわ」
「むっか〜〜〜!!!絶対に絶対にぜぇっっっっったいに殺してやるのにゃ!!!」
「そう」

 ひょえ〜〜〜!!!おーたーすーけー!!!

「なんだか俺が忘れられてるな……まあいい。こんな所でキャットファイトが見られるとは思わなかったぜ」

 クルィエさんはちょっと肩を竦めるとぉ、よっこらしょっとドラム缶の上で横になったわぁ。
 って、助けてよぉ!!

「あら、婦女子の危機にその態度?」
「相手も婦女子だぜ。それに小娘だ」
「ベル・ミューを子供扱いするのはやめるにゃ!!」
「それに、自然保護区域の現地生物には、あらゆる干渉が禁じられているんだよ」

 な、何を言ってるのかしら?
 ふえ〜ん!!神様なのに助けてくれないなんてぇ〜〜〜!!!
 やっぱり無神論者じゃダメなのかしらぁ?
 でもぉ、彼は人間が崇めている神様とは、全く異質の神様みたいだしぃ……
 でもやっぱり助けてぇぇぇぇん!!!

「もう、干渉してるじゃない」
「……そいつを言われると辛いな。ま、俺は関係無いから、そっちはそっちで勝手にやってくれ」
「そうはいかないにゃよ!!」

 今度はクルィエさんにネコグローブを付きつけるネコ娘……元がすっごく可愛らしいだけに、逆に得体の知れない怖さがあるわぁ〜〜〜!!!

「目撃者は消すのにゃ!!ヒュドラはとっても残酷さんなのにゃ!!」
「……おいおい、俺に勝つ気なのかよ。人間の分際で……」
「たかが翼人族くらい、指先1つでダウンなのにゃ!!」

 違うわよ〜あのおにーさんは神族なのよ〜それも相当高位存在なぁ。
 ……でもぉ、神族にしては全然力が感じられないのよねぇ……彼が高位神族である事は間違い無いのにぃ。

「ま、確かに今の俺は全能力を封印してはいるが……」
「わけのわからない事は言わないで、大人しくやられ――」
「…」

 ネコ娘の足元に配置した呪符が、那由ちゃんの呪文詠唱に反応して輝いた瞬間――巨大な火柱が立ち昇って、ベル・ミューちゃんの身体を焼き尽くしたわぁ。この火柱の温度は瞬間的には5000億度にも達するの。周囲のビルも一瞬で蒸発しちゃった。
 う〜ん、那由ちゃんってとっても卑怯ね〜でも他人に気を取られているそっちが油断してたのよ〜。
 でも――

「……不意打ちなんてズルイのにゃ!!とってもとっても寒かったのにゃ!!」

 火柱の中から平然と出てきたのは、五体満足しまくってる無傷のベル・ミューちゃん……
 うっそぉおおおおお!?今のは超SSSクラス級の火炎系魔法なのよぉ!!サラマンダーやイフリートばかりかフェニックスでも焼き殺せるのにぃ!?

「油断しているお嬢ちゃんが悪いのよ。ちゃんと敵には集中しなさい」
「お嬢ちゃんって言うにゃ!!……う〜にゅ、でもベル・ミューはとっても若いから、オバサンには子供に見えても仕方にゃいかもね〜♪」

 にゃふふとほくそえむネコ娘の言動に――
 ぴきっ
 私はまた切れ――

「オバサンじゃなくても子供に見えるけど?」

 ――き、き、切れちゃダメよ……またさっきみたいな大ボケしちゃったらぁ、那由ちゃんのイメージダウンしまくりよぉ……

「むっきー!!!また子供扱いしたのにゃ!!四の五の言わずにかかってくるのにゃ!!おばあちゃん!!!」

 ぶちぶちぶちぶちぃ!!!

「どわぁれがおばあちゃんよぉ!!このネコ小娘ぇ!!!」
「だぁあれがネコ小娘なのにゃ!!このおばあちゃん!!!」
「こ、こ、この今世紀最高の美少女こと那由ちゃんをおばあちゃん扱いするとはぁ……逝かす!!」
「ふっふ〜ん♪どう見てもおばあちゃんだにゃ〜♪もう赤いちゃんちゃんこを貰ったのかにゃ〜?」
「私はまださんじゅ……」
「さんじゅ……何歳なのにゃ?」
「うううううう五月蝿ぁああああい!!!」
「……あんた、そういう性格だったんだな……」
「ほ〜ら、あんな所に小皺が〜♪そんな所に白髪が〜♪」
「え゛!?どっどっどっどこどこぉ!?!?」
「うっそっよっね〜〜〜ん♪なのにゃ」
「ほっ……って、大人をからかうのはやめなさぁい!!嘘吐きはドロンジョの始まりなのよぉ!!!」
「まるっきりウソじゃにゃいのにゃ。そろそろお肌の艶が無くなっているのにゃ」
「ショックガーン!!」
「それに比べて、このベル・ミューちゃんのつるりん卵肌ときたら……う〜にゃ♪若さの特権なのにゃ〜シャワーを浴びると水を弾くのにゃ〜♪」
「う、う、羨ましい……じゃにゃい!!……じゃない!!!ふ、ふんっ!!そんなオネショ臭い肌なんて、ぜんぜん羨ましく無いんだからぁ!!」
「ずげげっ!?ななななぜオネショの事を知っているのにゃ!?とっぷしーくれっとなのにぃ!!」
「……おい」
「あ〜ら♪今朝はベッドに大きな世界地図を描いちゃったみたいね〜♪どうせ夜1人じゃトイレに行けないんでしょ?」
「ぎくぎくぎくぅ!!!」
「ひょっとしてオムツ着用?お〜っほっほっほ。小娘じゃなくて赤ちゃんだったかちら〜?」
「に゛ゃ〜〜〜!!!もう孫にお年玉をあげてるようなおばあちゃんには言われたくないのにゃ!!!」
「私にはまだ孫はいないわぁ!!かすみちゃんもあすみちゃんもまだ19歳なんだからぁ!!」
「孫がいてもぜ〜んぜんおかしくない年齢だにゃ」
「うぐぅ……」
「ガキに口喧嘩で負けるなよ……」
「あんたは黙ってなさい!!!」
「ベル・ミューはガキじゃないのにゃ!!!」
「へいへい……」
「ふふふふふふふふふ……どうやら、口で言ってもわからないお子ちゃまみたいね!!!」
「それはこっちのセリフなのにゃ。お・ば・あ・ち・ゃ・ん!!!」
「…」
「にゃ?」

 口喧嘩の最中に、こっそりと小娘の胸――ペタンコだったわ♪勝った!!イエーイ!!――に貼りつけていた呪符が輝き始めたと同時に、私は後方に全速で跳躍したわ。

「――っ!?」

 苦しそうに胸元を押さえたネコ娘の身体が、急にグロテスクに膨らんで、ボコボコと波打っていくわぁ。
 今、彼女の体内では召還された寄生虫『孕み蟲』が、宿り主の身体を食べながら高速で増殖しているの。こうなるとサイクロプス級の巨人族でも3秒で食い尽くされちゃうのよぉ。しかも『孕み蟲』は宿り主の身体と一体化しているから、排除する事もできないの。対生物用攻撃魔法としてはとっても便利だわぁ。しばらくうどんやスパゲティーを食べられなくなるけど……
 しばらく踊るようにもがいていたベル・ミューちゃんだけど、やがてゆっくりと路地裏に崩れ落ちたわぁ。『孕み蟲』はなぜか皮膚だけは食べないから、外見は綺麗なままだけどぉ、中身は完全に蟲に入れ替わっちゃったわねぇ。きっと。
 さて、と……

「お、やったみたいだな。しかし、けっこうエグい技を使うな」

 ぱちぱちと、やる気のなさそうな拍手をくれるクルィエさん――

「それじゃ、逃げましょうか」
「……なに?」

 ――の背後に、那由ちゃんはそそくさと隠れたわぁ。

「神族情報機関によるデータが正しければ、あのレベルのダメージを受けて生きられる地球人類は、存在しない筈だぜ」
「それじゃ、そのデータを訂正する必要があるわね」

 ……リン……チリン…リン……

 乾いた鈴の音色が聞こえたぁ。
 燃え盛るビルの炎に紅く照らされて、ゆらり、と幽鬼みたいに立ちあがるベル・ミューちゃんの姿を見て、やっぱりあのネコ娘もナイン・トゥース――“人”の身でありながら“魔”の領域に存在する者。すなわち『魔人』である事を再確認したわぁ。

「う〜〜〜にゃ♪お腹いっぱいだにゃ。もう当分ラーメンは食べたくないのにゃ」

 ん〜〜〜っ!!って背伸びをするベル・ミューちゃんには、ダメージなんて欠片も感じられないわぁ……ひえ〜〜〜やっぱり予想通り〜〜〜!!!

「マジかよ……」
「マジよ。じゃ、逃げるわよ」
「おいおい、だから俺は関係無いだろ?」
「さっき彼女も言ったわよ。『目撃者は消す』ってね」
「そうなのにゃ〜〜〜よくもやってくれたのにゃ〜〜〜けっこう痛かったのにゃ〜〜〜絶対に許さないのにゃ〜〜〜みんなみんな皆殺しなのにゃ〜〜〜」

 くりくりした瞳を三白眼にしながら、じりじりと接近してくるベル・ミューちゃん……怖く見えないのが逆に怖いわぁ!!

「てめぇ……煽って巻き込みやがったな」

 ジロリと那由ちゃんを睨むクルィエさんだけど、怖い視線が逆に怖くないわねぇ。

「何の事かしら?それじゃヨロシクね」

 ひょいっと肩の上に乗る私をもう一度睨んでぇ、クルィエさんは翼をばさりと羽ばたかせたわぁ。
 ふわり、と私達の身体が空中に浮かぶ。

「あ、待つのにゃ!!」
「それじゃね。お嬢ちゃん」
「くそっ、なぜ俺が……」

 あーゆー力押しが利かない特殊能力タイプの敵はぁ、対処法が確立するまではひたすら逃げて逃げて逃げ回るのが定石よねぇ。那由ちゃんあったまイイ〜♪
 炎に照らされた夜空に向かって上昇する、スーパー美少女とクルィエさん。さすが神様ね。原理はわからないけどすっごい加速力だわぁ。たちまちベル・ミューちゃんの姿はお豆ちゃんよりも小さくなっちゃったわぁ。

 …リリン……リン……チリン……

 ――って、なる筈なのに……

「っ!?」
「なにっ!?」

 那由ちゃんとクルィエさんの飛翔がぁ、物理法則を無視した動きでいきなり下降に移ったわぁ!?
 私も飛行魔法を使っているのに、前に飛ぼうとすればするほど、逆に後ろに動いちゃうなんてぇ!?逃げるどころか、どんどんベル・ミューちゃんに接近してくるわぁ!!
 なんでぇ!?どうしてぇ!?

「逃がさないのにゃ!!」

 にゃふふって感じにほくそえむネコ娘――いいえ、ナイン・トゥースの1人『“道化”師ベル・ミュー』――に3mまで接近した時点で、私とクルィエさんは飛ぶのをやめたわぁ。
 予想通り、これ以上勝手に彼女に接近する事も無くなったけどぉ……正面からガチンコファイトするしかないようねぇ……

「ベル・ミューから逃げる事はふかのーなのにゃ!!」

 えっへん、と無い胸を張るネコ娘を見据えながら、私は中国拳法の『猫足立ち』の構えを取ったわぁ。両手は開手して『胸点受け』に構えて、僅かに上体を前に傾斜する――どちらかといえばフットワーク重視の防御的な構えよぉ。

「ほう、マーシャルアーツを使うのか。どちらかと言えば、魔法や剣術が得意そうに見えたがな」
「魔法はこの状態でも使えるわ。剣術が得意なのは正解だけど、あの小娘相手には、これで十分よ」

 ふっふっふ!!まさか剣を家に忘れたとは言えないわぁ!!それに、普段剣を使うのはその方がカッコ良く見えるからでぇ、ホントは拳法の方が得意なのも秘密よぉ!!
 ……って、なんで瓦礫の上に腰掛けているのよクルィエさぁん!!もう貴方も当事者なんだから一緒に戦ってよぉ〜〜〜ムリヤリ当事者にしたのは那由ちゃんだけどぉ。

「少しは手伝ってくれないの?あまり期待はしてないけど」
「悪いが、自然保護区の現地生物には攻撃できないんだ。専守防衛ぐらいはできるがな。ま、あんたが死んだら骨くらいは拾ってやるよ」
「遠慮するわ」

 ふえ〜〜〜ん!!ヒドイわぁ!!今世紀最大最高最強の美少女が、絶体絶命これでおしまいよな大ピンチなのにぃ。

「お祈りは済ませたかにゃ?それではこーかいしょけーの始まりにゃ!!」
「四の五の言わずにかかってきなさい」

 やめてとめて来ないで〜〜〜!!痛いのはイヤだから戦うのはイヤなのぉ〜〜〜!!

「それでは行くのにゃ!!覚悟にゃ〜〜〜」

 可愛らしいピエロメイクに無邪気な、そして邪悪な笑みが浮かんだのを、那由ちゃんは確かに目撃したわ。ひーん。
 腕をぐるぐる振り回してぇ、したたたた〜〜〜って那由ちゃんに殴りかかるベル・ミューちゃん!!
 ……
 ……へ?
 これが攻撃ぃ?
 迫り来るネコグローブが視界いっぱいに広がるのをぉ、私は拍子抜けして見つめたぁ。
 こんなヘロヘロパンチなんて、眠ってても避けられるわよ。それに万が一命中したってぇ、あ〜んなプニプニとした肉球いっぱいのネコグローブなら、虫さん一匹も殺せないわぁ。何らかの魔法や特殊武器の存在は感じられないしぃ……でも、念の為に避けましょうっと。
 そ〜れ、ひょいっと♪

 ……チリン……リリン……

 ――ドンッ!!!

 ――ッ!?
 その瞬間、何が起こったのかわからなかったわ。
 鋭利で、硬く、重い何かが、超高速で鳩尾に撃ち込まれたんだと気付いたのは、轟音と共に吹っ飛ばされた私が、後方の電柱と街路樹を5本以上も圧し折って、路上駐車してあった車のサイドドアにめり込んでからだった。
 全身を――特に腹部を形容できない激痛が襲う……動くどころか呼吸する事もできないわ……意識があるのが奇跡としか思えないもの……

「へっへ〜〜ん♪見たか!!ベル・ミューネコぱんちの威力を!!にゃ♪」

 ネコグローブをチョキの形に見せつけているベル・ミューは、勝利を確信している笑みを浮かべているわ。

「……女性の…お腹を……殴っちゃ……ダメ…よ……」
 
 大破した車の中から身を起こす今の私は、とっても悲惨な姿でしょうねぇ……
 でも、こんな事もあろうかと、あらかじめこの辺に配置してあった『癒身符』が、“偶然にも”この車の中にあったのは不幸中の幸いだったわ。そうでなかったら立つこともできなかったわよ。ホントに。
 しかし……今の攻撃は、いったい何なの!?
 攻撃は確実に避けたし、たとえ命中してもあのネコグローブならダメージは無いはずよ……パンチ以外の攻撃は無かったし。

「……ほう、まさか地球人類であの力を行使できる者がいたとはな」

 まるで他人事みたいに腕組みしてるクルィエさんには、その謎がわかったみたいだけど……史上最高の美少女の大ピンチにその態度は何よぉ!!せめてヒントだけでも教えて欲しいわ。
 ――でも、そのヒントは、当事者の方から教えてくれたの。

「にゃふふのふ。ベル・ミューの能力“逆しま”は無敵なのにゃ」

 勝ち誇るネコ娘の言葉に、私はピンときたわ。
 あの火炎系魔法を受けた時、あの子は『寒い』と言った……
 宿り主を食べ尽くす『孕み蟲』を、逆に食べ尽くした……
 避けた攻撃が命中して……
 無傷の攻撃で大ダメージを……
 つまり――

「……事象…逆転……能力…ね……」

 生暖かい鉄の味が、喉元からこみ上げてくるのがわかるわ。内蔵破裂だけじゃなくて、折れた肋骨が肺にも刺さっているみたいねぇ……

「……万象の…因果律から……哲学的概念……物理現象に…至るまで……あらゆる…事象を……『逆転』……させる……それが…あなたの……能力……でしょ?」

 でも、こみ上がってくるのは血の塊だけじゃないのよ。

「がが〜〜〜ん!!なぜベル・ミューの能力がバレたのにゃ!?」
「……自分で…言ったじゃない……“逆しま”って……」

 驚愕するベル・ミューちゃんの神経を逆なでするような笑みを、浮かべられたかしら?
 震える足に気合を入れて、何事も無かったように背筋を伸ばす……できるだけ気だるそうにするのがポイントよん。

「にゃぬぬ……ベル・ミューネコぱんちを受けて、それっぽっちのだめーじだなんて……さすがは“ふぁー・いーすと・うぃっち”だにゃ!!」
「そうかしら」

 ふえ〜〜〜ん。平気そうなのは見かけだけなのよぉ〜〜〜死ぬほどダメージ受けて倒れちゃってそのままオダブツ寸前なのよぉ〜〜〜全身痛くて痛くて痛くて痛くても1つ痛くてぇ、誰もいなかったらびーびー泣いちゃってるわぁ〜〜〜!!
 でもぉ、那由ちゃんのオスカー賞物の演技に騙されてぇ、ネコ娘はちょっと慎重に身構えてるわぁ。私の様子を伺っているのねぇ。時間稼ぎは成功よ。
 今のうちに、対処法を考えなくっちゃ……
 『逆しま』――あらゆる事象を逆転させる能力……
 私がどんなに強力な攻撃をしても、『ダメージを受ける』という概念を逆転されちゃうから、あらゆる攻撃が無効化されちゃう。むしろダメージがヒーリングになっちゃうから、攻撃するとかえって不利になるわぁ……同様の理由でぇ、時空間操作や呪いや封印の類も通用しないでしょうしぃ……あ、逆に回復魔法で攻撃してみたら――って、その時は能力を使わなければいいんじゃないよぉ!!
 それでぇ、ベル・ミューちゃんの攻撃は、回避すると絶対に命中してぇ、殺傷能力がゼロだからぁ、逆に致命的打撃を与えられる……つまり、どんな防御手段もムダになっちゃうわけぇ!?
 逃げる事は不可能でぇ、説得や心理作戦も立場上できないしぃ、精神攻撃や幻覚もあの能力の前では通用しない……
 結論――“絶対に勝てねぇ”
 イエーイ!!
 イエーイじゃないわよぉおおおおおお!!!
 ふえ〜〜〜ん!!だからあーゆー特殊能力タイプの相手はキライなのよぉ!!相性が合わないと、絶対に勝ち目が無いんだからぁ〜〜〜ん!!!
 ああ……あなた……かすみちゃん……あすみちゃん……先立つママを許してねぇ……先に天国でハッピー死後ライフをエンジョイしてるわぁ……でもぉ、死ぬ前にデスクの引出しのなかに隠してあったチョコケーキを、全部食べておくべきだったわぁ……
 そんな私の内心に関係無く、じりじりと間合いを詰めてくるベル・ミューちゃんはぁ、突然両手を頭上に掲げるとぉ、

「……ネコぱんちがあまり効かないのなら……モードチェンジだにゃ!!」

 リリリン!!

 鈴の音を大きく響かせて、両手を振り下ろしたわ。
 外見はぜ〜んぜん変化無いんだけどぉ、彼女の身体に定着している魔力の質が変化したのを確かに感じたわぁ。
 ふえ〜〜〜ん。今度はなんなのぉ〜〜〜?

「くらえぇ!!ベル・ミューネコしょーてー!!」

 すてててて〜って感じで、ネコグローブを突き付けて来るベル・ミューちゃん。掌底って言うけどぉ、パンチと攻撃が変わらないんだけどぉ……
 どうせムダだろうけどぉ、反射的に避けちゃう!!

 すかっ

「にゃ!?」
「あら」

 あらら!?普通に避けられたぁ!!ラッキー!!でも、どうしてかしらぁ!?
 目標を見失ったネコグローブがぁ、背後にあったビルの壁面にぷにって命中した――瞬間!!

 ドドドドドドド――!!!

 ネコグローブが触れた所から、ビルの壁面が吸い込まれるみたいに内側へ倒壊してぇ、反対側からビルの中身が飛び出していくのぉ。まるでセーターを裏返すみたいな感じぃ……で、あっという間にビルは外壁が内側に、内部構造が外側に、裏表が逆転しちゃったぁ……もちろん、ビルはボロボロのグチャグチャよぉ。
 とんでもない超常現象をやってくれたベル・ミューちゃんは、振り返りながらニターって笑ったわぁ。

「よく避けたのにゃ」
「“裏返した”のね」
「にゃふふのふ!!この攻撃なら一撃必殺でコロリと死ぬのにゃ!!」
「そうかしら」

 そうなのよ〜〜〜!!!
 ひょえ〜〜〜!!!あんな攻撃食らったらぁ、那由ちゃんは世界一美しい人体標本模型のミンチになっちゃうわぁ!!!
 あ、でもぉ、今の攻撃はちゃんと避けられたわねぇ。
 もしかしてぇ、あの“裏返し”は破壊力が大きい分、攻撃を命中させる部分にまで『逆しま』の力を回せないのかしらぁ?
 それならばぁ……

「くっ!!」

 軽く舌打ちしてぇ、慌てた調子で身構える那由ちゃん。じりじりと間合いを広げるのがポイントよぉ。

「にゃはははは!!もうオシマイなのにゃ!!」

 勝ち誇るネコ娘はぁ、立て続けにネコ掌底を繰り出してきたわぁ!!

「――ッ!!」

 できるだけ大きな身振りで、なんとか紙一重で回避する那由ちゃん!!まさに絶体絶命よぉ!!!
 ……そう、絶体絶命に見せるのが重要なの。
 ぐんっ!!
 ネコ掌底を潜るみたいに避けながらぁ、一気にベル・ミューの懐に潜り込んで――

「吻!!」

 ドッ!!
 震脚と同時に諸手掌底が鳩尾に命中!!くの字に折れた上体に――

「把!!」

 ガッ!!
 色っぽい膝頭が食いこんでぇ、仰け反った拍子にがら空きになった喉元へ――

「鉦!!」

 ドガッ!!
 斜め上に突き出された拳がクリーンヒット!!軽く5mは吹っ飛んじゃったネコ娘はぁ、無様に大地にキスをしてぇ――

「……うにゃにゃ……よくもやったのにゃ〜〜〜でも無駄無駄無駄なのにゃ!!」

 ……何事も無かったようにぴょこんと立ちあがったわぁ。
 ひ〜〜〜ん。さっきは中国拳法を叩き込みながらぁ、攻撃魔法と回復魔法を行使者である私自身にもわからないくらいグチャグチャに混沌化して、直接体内に放ってみたのにぃ……攻撃魔法だけを正確に『逆転』されちゃったのねぇ。
 それならぁ……

「…」
「にゃにゃ?」

 こっそりとベル・ミューちゃんの身体に張り付けていた2枚の呪符がぁ、呪文詠唱に反応して発動したわ。
 ――!!!
 一瞬、その身体に漆黒の死神と、純白の女神の影が重なるのが見えたわぁ。今、同時に正負の相反するエネルギーがベル・ミューちゃんを包み込んでいるの!!
 相反する属性を同一化させる――原理は単純だけどぉ、もんのすごく難しい魔法行使が必要なのよぉ。特に今の“生と死”みたいな完全に相反する概念を同一化させる事ができるのはぁ、那由ちゃんを含めても世界で5人ぐらいしかできないのよぉ。えっへん♪
 完全に同一化した即死魔法と復活魔法ならばぁ、どちらか片方を『逆転』させる事はできないわぁ――

「ふっふ〜〜ん♪何かしたのかにゃ〜〜?」

 ……できない筈だったのにぃ。
 平然とネコ耳をホジホジしているベル・ミューちゃん……
 もしかして……『完全に同化した』から『簡単に区別できた』って事なのぉ?
 さすがは地上最強の魔人――ナイン・トゥースの1人だわぁ。

「もうオシマイかにゃ?ベル・ミューはまだまだ元気だにゃ〜♪」
「そう思う?」

 ……ハイ、もうオシマイです……
 もう攻略方法がネタ切れだわぁ〜〜〜!!!
 とうとう、超ヒット脳内アニメ『魔法美少女なゆちゃん☆』の最終回が来たようねぇ……まさかバッドエンドとは思わなかったわ……脚本家を祟ってやる〜〜〜。

「もう、メンドくさいのにゃ。『絶対に命中するネコパンチ』にモードチェンジして、チマチマと嬲り殺しにしてやるのにゃ。それがネコ本来の狩りなのにゃ」

 鈴を高らかと鳴らしながら、両腕を振り下ろすベル・ミューちゃん……
 最悪の事態になっちゃったわぁ……あの一撃を食らっちゃったらぁ、チマチマどころか一撃で即死撲殺サヨ〜〜ナラ〜〜〜なんだけどぉ……
 ああ……あなた……かすみちゃん……あすみちゃん……先立つママを許してねぇ……先に極楽浄土でハッピー死後ライフをフィーバーしてるわぁ……でもぉ、死ぬ前に冷蔵庫の奥に隠してあったストロベリーアイスを、全部食べておくべきだったわぁ……
 いよいよ那由ちゃんが覚悟を決めた――んだけどぉ、

「回復魔法で攻撃してみたらどうだ?」

 クルィエさんがぁ、欠伸交じりでアドバイスしてくれたわ……
 き、緊張感が無くなるわねぇ……それに、回復魔法での攻撃は通用しないでしょお?その時は『逆しま』の力を使わなければイイんだから――
 ―――
 ――
 ―!?
 ……もしかして……ひょっとすると……
 ……こうなったらぁ、ダメ元でやってみるわ!!深美さんとのバトルでもぉ、5回以上も心の中で家族に別れを告げたけど、なんとか勝てたしぃ!!!
 すーはーすーはー……頭の中で深呼吸よ……落ち着かなくてもいいの……ただ、ひたすらに己の全てを研ぎ澄まして……
 そして――
 ――ほんのちょっぴりだけ……“あの領域”に私を『ずらす』のよ。
 そう、ほんのちょっぴり……
 ほとんどわからないくらいに……
 刹那よりも……六合よりも……空虚よりも……清浄よりもかすかに……
 目覚めの時を迎えないように……
 ……紅と蒼……両瞳に、かすかな光が宿るのを、確かに感じたわぁ……
 ……胸ポケットから取り出した呪符を、ゆっくりと構える……
 ……ベル・ミューちゃんが、笑いながらネコグローブをぶんぶん振り回している。本当に無邪気で可愛い笑顔……でも、それは悪魔の笑顔……
 ……火炎魔法で焼け野原になった大地……その周りを囲む、燃え盛るビル街……紅の輝きが陽炎に歪む……火の粉が紅い雪みたいに降り注ぐ……そして……その向こうに立つ、魔人と、今……
 ……目が合った。

「いくのにゃ!!」
「…」

 同時に跳んだ。
 黒い流星と化した私と、青とピンクの流星が空中で交錯する――その一瞬。
 呪符が魔人の胸元に張り付いたわ。
 そして、死のネコグローブが私の身体に――

 ――紅と蒼の輝き――

 ――触れる事は無かった。本当にぎりぎりで。

「にゃにゃ!?」

 驚愕のベル・ミューちゃんと同時に、私も着地したわ。
 そのまま、がくりと膝をつく……ダメージを受けたこの身体では、今の動きが限界よ……

「おっかしいにゃ……でも、今度こそぉ!!!」

 背中を向けたまま大地に屈する私に向かって、ベル・ミューちゃんが疾走してくるのを肩越しに感じながら、

「死ねにゃあ!!ファー・イースト・ウィッチ!!!」

 私はゆっくりと振り向いた。

「……ッ!?!?」

 ベル・ミューちゃんは――赤い顔をしながら胸元を押さえて、立ち尽くしていたわ。

「……が……が…が……」

 その小さな身体がガクガク震え始めると、

「がぁああああああ!!!」

 獣じみた絶叫。身体中を掻き毟るみたいに暴れ始めたわ。どれほど苦しいのか、ピエロ衣装を引き千切りながらのた打ち回っている。胸元がびりびりと裂かれて、ミルクの香りが漂いそうな、小ぶりでプニプニとしたおっぱいが丸見えよ……薄桃色のさくらんぼみたいな乳首が可愛いわねぇ。はぁ、やっぱり若さかしら……

「あぁあああああああああああ!!!」

 もう、元・ネコ娘となっちゃった彼女の眼窩から、耳孔から、口内から、鼻孔から、股の間から、全身の毛穴から、身体中の穴という穴から――真っ赤な血が噴出して、彼女の身体を真紅に染めていくわ。

「ば……ばかな……今の魔法は……単なる……回復魔法……の……筈なの……に……」

 もう、あの娘の声には、可愛らしいネコピエロの面影はどこにも残っていないわ。

「そうよ、私は貴方に回復魔法を放ったの」
「……じ…じゃあ……なぜ……」
「ただし、超々高濃度の回復魔法をね。貴方の身体がその回復魔力に耐えられないくらいの」
「……な…なにぃ……」
「空気を入れ過ぎた風船は破裂する。どんな薬も大量に服用すれば毒になる。今の貴方はその状態なのよ」
「…ありえない……私には……その手段を…使われても……無効化できる…ように……なって…いる筈……だ……」
「あら、そうだったの」

 紅に輝く吹雪が、私の髪を静かに乱す。

「ごめんなさい。“知らなかった”のよ」

 私は、ゆっくりと立ち上がった。

「……にんげん……じゃな…い……」

 ゆっくりと。

「……おまえ……は……にんげんじゃ……な……い……」

 ゆっくりと。

「………お…ま……え……は……」

 魔人・“道化”師ベル・ミューは、ゆっくりと赤い大地に沈んだ。

「…………ま……じょ……」


 ……………………
 ………………
 …………
 ……
 ……倒した?
 終わった?
 勝った?
 勝ったのよ……ね?
 ――
 ――
 〜〜♪
 那由ちゃん大勝利ぃ!!!
 いえ〜〜〜い!!!


「お見事」

 心の中で優勝祝賀会している私にぃ、クルィエさんはいかにも投げやりな感じの拍手をくれたわぁ。

「ありがと」
「……もう少し喜んだらどうだ?」

 勝った勝ったぁまた勝った〜〜〜♪
 死ぬほどダイエットして、ジッパーが閉められなかったスカートがはけた時ぐらい嬉しいわぁ〜〜〜!!!

「けっこう嬉しいわよ」
「にこりともしないで言われてもな……」

 苦笑するクルィエさんはぁ、やっぱり渋くてイイ男ねぇ♪

「それよりも……あんな高レベルな戦闘処理は、神族の戦場でもあまりお目にかからないぜ」

 でもぉ、その荒削りな瞳に宿る光には、笑いなんて全然無かったのぉ。

「ほとんど一方的に攻められ続けて、最後に一か八かの賭けでなんとか勝てた……そんな戦いが高レベルなのかしら?」

 ううう……しくしく……お洋服がボロボロのボロちゃんよぉ……深美さんとの戦いはぁ、あまり物理的な外傷が無かったから良いんだけど、今回の戦いはボコられて吹き飛ばされて炎にアッチッチだったからぁ……この服気に入ってたのにぃ〜〜〜!!

「技のスキルやテクニックの事じゃない。俺が誉めてるのは『戦闘の駆け引き』だ」
「あら」
「絶対に命中する攻撃よりも、一撃必殺だが回避可能な攻撃が有効だと、あの小娘に錯覚させたそのブラフ……生半じゃなかったぜ」
「そうかしら」

 そうなのよねぇ。
 あの『回避不可能ネコパンチ』で攻められまくっていたらぁ、何も反撃できずに那由ちゃんはゲームオーバーだったわよ。
 やっぱり戦闘で一番重要なのはぁ、ムチャクチャ凄い武器や魔法を持ってるとか、世界一の武道の腕前だとか、そーゆーのじゃなくってぇ、如何に状況を自分に有利な方向に誘導できるかという『駆け引きの上手さ』なのよ。
 
「やっぱり歳の功かな」
「……なにか言ったかしら?」
「い、いや……あの小娘と比べたらの話だぜ……」

 “遡刻符”で服を再生させながらギロリンと睨むとぉ、クルィエさんはタジタジとなって2・3歩後退りしたわ。
 でもぉ、今はクルィエさんを怒れないわねぇ。
 だって……

「それよりも、さっきはありがとね」
「何の事だ?」
「私が最初の攻撃を受けた時に、防御結界を展開くれたのは貴方でしょう?本当なら、あの一撃で私は即死していたわ」
「……やれやれ、本当に人間にしとくのは惜しい洞察力だな。バレないようにやったつもりだったんだが」
「あら、本当にそうだったの。でまかせでも言ってみるものね」
「…………」

 クルィエさんは、軽く肩をすくめて見せた。一々仕草がわかりやすいわねぇ。

「もう、人間には干渉できないって言い訳は通用しないわよ」
「まいったな……その通りだ。条約に従えば、俺がこの星にいるってだけで重犯罪対象になる。だから今更地球人類に多少干渉したって、罪状にはたいして関係無いのさ」
「それって、つまり……貴方は犯罪者なのね」

 きゃああああ〜〜〜!!
 犯罪者は悪い子ちゃんで怖くて凶暴で目が合うイコールごーとぅーへぶんなのよぉ〜〜〜!!!かよわくて可憐であまりにも美しすぎる美少女那由ちゃんはとってもとってもも1つとってもヒドイ目に会わされちゃう〜〜〜!!きっと一生バナナやソーセージや高級松茸が食べられないトラウマを背負う事になるのよ〜〜〜!!全部大好物なのにぃ〜〜〜!!!

「犯罪者にされた……ってのが正確かな」
「冤罪なの?」

 あ、それならOKねぇ。
 イイ男が犯罪に走るなんてぇ、この私が認めないわよぉ。

「上の命令で、ある非合法任務に就いていた。だが任務は失敗。俺は切られた尻尾ってわけさ」
「それだけじゃなさそうだけど。神様としての力を無闇に使えないのは、使うと追っ手に知られるから……違うかしら」

 溜息を吐いたクルィエさんは、ゆっくりと身体を起こしたわ。
 私も“遡刻符”を剥がしてぇ、新しい戦闘用呪符をハンドバックから取り出すのぉ。

「あんたの前では隠し事は無理か。ちょいと国家機密兵器を借りたまま返してないんだ」
「泥棒じゃない」
「ある女に借りを返したくてな……これ以上は話せん」

 血塗れのままうつ伏せに倒れているベル・ミューちゃんの指先が、カリッてアスファルトを引っ掻いたわぁ。

「なぜ話せないのかしら?」
「それを知ったら、あんた自身にとっても困った事になるぜ」
「…………」
「…………」
「ま、無闇に相手の事は詮索しないのが大人よね」
「同感だな」
「で、なぜ話せないのかしら?」
「……本当にいい性格してるな」
「よく言われるわ」

 呻き声を漏らしながら、上体を起こそうとするネコ少女……あのダメージで動けるなんてぇ!!さすが地上最強の魔人――ナイン・トゥースだわぁ。ひーん。

「とどめは確実に……だな」
「そうね」

 ベル・ミューちゃんの足元に近づくと、血塗れのあの子はかすかに呻き声をあげたわ。でも、それが精一杯みたい。
 う〜ん、どうせ見た目だけだとはいえ、子供の命を奪う行為に、全然罪悪感が浮かばないといえばウソになるわぁ……でも、これが戦いのシビアさなのよねぇ。
 ……それに、私をおば――禁断の言葉扱いしたしぃ!!

「……ぐ……くぅ……」
「さようなら」

 今度こそ、さっきの数倍の魔力を込めた呪符を撃ち込もうとした――と、その時!!

 ドドドドドドドド――!!!

 突然、爆風と轟音が私達を襲ったぁ!!
 土砂とアスファルトの破片が、文字通りの土砂降りになって降り注ぐぅ!!
 な、な、な、なにが起こったのぉ!?

「――!?」
「くっ!?」

 もうもうとした土煙の奥から姿を現したのはぁ……

『――そこまでです』

 ぐったりとしたベル・ミューちゃんをお姫様だっこしているぅ、鋼鉄の鎧を着た騎士――いいえ、銀色の外骨格装甲を纏ったぁ、SFアニメかマンガにでも登場しそうな人型ロボット!!大きさは人間より一回り大きいぐらいだけどぉ、全身に配置されてる凶悪そうな火器がムチャクチャ怖いわぁ!!どーゆー原理なのかぁ、地上から5mぐらいの位置で滞空してて、私達を見下ろしてるしぃ!!!

「ずいぶん派手な登場ね」

 さっきまでベル・ミューちゃんが横たわっていた場所は、今は大きな穴が開いちゃってるわぁ……私やクルィエさんに気付かれる事無く穴を掘りながら接近して、地中から出現したってわけぇ!?
 なんだかスッゲェ強そうよ〜〜〜しかもこの状況じゃ、どう考えても敵だしぃ!!

『初めまして……ですね。西野 那由さん。それに翼持つ殿方よ』

 機械を通しての合成音みたいだけどぉ……これは女性の声よね。
 もしかしてぇ、人型ロボットじゃなくてアームドスーツか強化装甲服の類なのかしら?
 それじゃ、やっぱり中身はぁ……

「私が名乗る必要はなさそうね……で、貴方もヒュドラの手先?」
『申し遅れました』

 無骨でメカメカとした外見に似合わず、優美な動作で一礼するとぉ、

『あたしの名前は、『エルフィール・D』。俗に『“静寂”なるエルフィール・D』と呼ばれる、ヒュドラ特務戦闘部隊『ナイン・トゥース』の一員です』

 ひぇ〜〜〜ん!!
 やっぱりそうだったわぁ〜〜〜!!
 こんな予想は当たりたくないのにぃぃぃぃぃ!!!

「あのアームドスーツを着た奴も、ネコ娘のお仲間か?」
「そうよ」
「つまり、俺達の敵ってわけか」
「そうね」

 クルィエさんが心底疲れたような溜息を吐いたわぁ。疲れてるのはこっちよぉ!!

「あ、私を仲間だって認めたわね」
「うるせぇ」

 軽口を叩き合いながらもぉ、私はあの銀色の戦士――エルフィール・Dから目を離していなかったわ。
 ベル・ミューちゃんを気遣うように抱き寄せる姿には、隙どころか『戦う』という意識すら働かせない何かが感じられるの。どう攻撃すればいいのかもわからない……それ以前に、私が攻撃するというイメージがまるで浮かばないのぉ。
 これって……とてつもない強敵と対峙しているって事よねぇ?
 殺気はまるで感じられないしぃ、身に纏う重火器の照準をこちらに向けてるわけでもないけど……でも、深美さんやベル・ミューちゃんを相手にした以上の戦慄を、私は感じていた……

「……ぅ…うう……」
『功を焦り過ぎましたね。このダメージでは復活まで数ヶ月は必要でしょう。今回の作戦はリタイアですね。しかし、任務はあたしが引き継ぎます。ゆっくり養生してください』

 そんなムチャクチャ強そうな外見なのに、どこか優しそうな雰囲気を持ってるわねぇ……悪役のクセにぃ!!
 そして、その雰囲気は、私に話しかける時も変わらなかったわ。

『それにしても……あのような手段で“道化”師ベル・ミューを倒すとは……流石は“ファー・イースト・ウィッチ”の二つ名を持つ、伝説のオニノメの妹君ですね』

 ……だからこそ、優しくて穏やかな口調だからこそ、

「…」

 私はその言葉が許せなかった。
 あらかじめ、ベル・ミューの身体に貼り付けておいた呪符が、私の呪文詠唱に反応する。その瞬間、呪符を中心に半径数キロの範囲が、あらゆる存在を滅ぼす暗黒の波動に包まれた。周囲への影響なんて、今の私には意識の片隅にも無かった。
 この都市を滅ぼす存在とは、ヒュドラではなくて私だったのだ――

『無駄です』

 でも、破滅の危機を防いだのは、皮肉にもヒュドラの方だったの。
 私の呪文詠唱に、呪符は何も反応しなかったから――って、ええっ!?
 動揺が逆に、怒りに包まれていた私の頭を覚ましてくれたわぁ。
 この天才那由ちゃんがぁ、呪文を間違える事なんて絶対に有り得ない!!……と思うわ!!敵は何も妨害をしていないのに、なぜ魔法が発動しないのぉ!?
 魔力感知をしても、何も感じられな――
 ――え?
 心臓を氷の手で鷲掴みにされたような戦慄――!!
 もしかして……もしかすると……
 ……魔力や妨害が何も感じられないのは……
 ひょっとしてぇ……『魔力を感じる』という行為そのものが、使えなくなっている……からぁ!?

『失礼しました。那由さんにとって、あの言葉は禁句でしたね。しかし、それに怒ってあたしに戦いを挑むのは愚の骨頂です』

 燃えるビル街の炎に照らされて、紅く輝く強化外骨格の姿は、むしろ私の背筋を凍えさせたわぁ。
 つまり、エルフィール・Dさんの能力ってぇ――

『あたしは周囲のあらゆる魔法や超常能力の類を、その質や量を問わずに完全に消滅させる事ができます。如何に優れた術者や特殊能力者であっても、あたしの前では普通の人間でしかないのです』

 ふ〜〜〜ん。
 何だか地味な能力ねぇ……
 ……へ?
 がっがっがっが〜〜〜ん!!!
 つつつつつまりぃ、今の那由ちゃんは魔法も何も使えない、単なる世界一の美少女でしかないってわけぇ!?

『今の那由さんでは、あたしには絶対に勝てないのですよ』
「そう思う?」

 ……ハイ、私もそう思いますですぅ……
 どんな魔法も特殊能力も消滅させる能力――つまり、物理科学的な武器なら通用するんだろうけどぉ、あのムチャクチャ無敵ステキに強そうなアームドスーツは、核ミサイルの直撃にも耐えられそうよぉ。かといって、肉弾戦で勝てる可能性はゼロでしょうしぃ……あはは……コリャ勝てないわ。
 ああ……あなた……かすみちゃん……あすみちゃん……先立つママを許してねぇ……先にエデンの園でハッピー死後ライフをハッスルしてるわぁ……でもぉ、死ぬ前に天井裏に隠してあったゴディバのチョコを、全部食べておくべきだったわぁ……
 そんな事を考えてる那由ちゃんとは裏腹に、
 
『……顔色1つ変えないとは、意外な反応ですね。何を考えているのですか?』
「貴方を倒す方法よ。う〜ん……ヒントは3回までかしら?」

 私のセリフに、彼女は苦笑したみたいだった。装甲服着てるから想像だけどぉ。

『ヒントは不必要です。あたしは戦う為に那由様の前に来たのではないのですから』

 え?
 ホント!?
 らっき〜〜〜♪
 心の中で喜びのタップダンスを踊る那由ちゃん♪――でもぉ、

「ヒュドラの名前なんて出していて、その言葉を信じられると思う?」

 ……そう答えちゃうのよねぇ……あうあう〜〜自分の裏表のあるキャラクター性を恨むわぁ〜〜〜。

『あたしが自分の能力を教えた理由がわかりますか?』

 自分の能力を敵に教える――そんな事をするのは2つの可能性があるわねぇ。
 1つは、単なる自信過剰なおバカのおバカな行動。
 もう1つは……知られても全くマイナスにならないくらい、能力がとてつもなく強力で、それをちらつかせて脅す場合。
 彼女がおバカならラッキーなんだけどぉ……これは明らかに後者よねぇ。

『無意味な戦いを回避するためですよ。あたしの能力を知ったのなら、那由様はあたしとの戦いを避けたいはずです……違いますか?』
「違うかもね」
『…………』
「…………」

 一瞬、2人の間を物凄い『なにか』が通り抜けたわぁ。ひーん。

「……それで、わざわざこんな物騒な所で私に会いに来た理由は何なのかしら?」
『那由様に依頼をお願いしたいのです』
「イヤよ」
『さて、依頼の内容ですが……』
「……イイ性格してるわね」
『よく言われます』
「ま、話だけでも聞いてあげるわ」
『ありがとうございます』

 こーゆー無駄話をしながらも、那由ちゃんはこっそりと周囲に呪符を配置しようとしているんだけどぉ……あうあう、隙がほとんど無いわねぇ。やっぱり只者じゃないわ。
 でもぉ、私を本当に驚愕させたのは、次の会話だった。

『2人を止めてもらいたいのです』
「2人?」
『ナイン・トゥース、『“鬼道”なる嵐』と『“魔獣”魎子』の2人です』

 は?
 それってどーゆー事ぉ!?

「一体、何人のナイン・トゥースがこの町に来てるわけ?」
『あたしとこの子を入れて6人です』
「出血大サービスね」
『しかし、本来は今回の作戦に、その2人は参加しない予定でした』
「勝手に来ちゃったってわけね」
『もう御存知でしょうが、今回の作戦は例の会議参加者の記憶の入手です。つまり、記憶さえ手に入るのなら、別に無関係な者の血を流す必要はないのです』
「あんな事をしておいて、説得力あると思うの?」
『やはりそう思いますか……こう見えてもあたしは血を見るのが嫌いなのですが、他の同志は違う意見のようです』

 外見だけなら、貴方が一番戦闘的に見えるけどねぇ……

『ですが、あの2人の残虐性は、さらにその上をいきます。放置すれば、結界内部の全ての生きとし生けるものを、誇張抜きで皆殺しにするでしょう。無論、ターゲットのVIPも含めてです。私達としては、それだけは避けたいのですよ』

 何よそれぇ!?
 それって自分達のミスの尻拭いを、私に押し付けてるって事じゃないのよぉ!!

「ちょっと虫が良すぎるんじゃないかしら。自分達でどうにかすれば?」
『そうしたいのは山々ですが、我等ナイン・トゥース同士がぶつかり合えば、お互いにただでは済みません。ですから、那由様に処理してもらいたいのです』
「そんな無茶苦茶な理由で、私が動くと思っているの?」
『動かざるを得ないでしょうね。何故なら――』

 あの装甲服の鉄面皮が、にやりと歪んだのを確かに見たわ。

『――何故なら、まさに今、貴方の仲間がその2人に襲われているのですから』

 でぇ〜〜〜!!!
 それを早く言いなさいよぉ〜〜〜!!!

『おや、少し表情が動きましたね』
「……で、その狂犬どもは何処にいるの?」

 巨大な多目的レーザーライフルの銃口が、エルフィール・Dさんが登場した大穴に向けられた。

『そこを進めば、地下街に出ます。後は自然に出会えるでしょう』

 ドドドドド――!!

 装甲服の背中のブースターユニットが点火してぇ、ジェット噴射に巻き上げられた土煙と火の粉が、私の視界を一瞬閉ざしちゃうのぉ。

『それでは、失礼します』

 土煙が収まった時には、もうエルフィール・Dさんとベル・ミューちゃんの姿はどこにも無かった……
 ……むっき〜〜〜!!!
 勝手な事ばかり言ってぇ、面倒な事ばかり那由ちゃんに押し付けてぇ!!!
 今度会った時はギタギタのバラバラのケチョンケチョンにしてやるんだからぁ!!どーやってやるのかはわからないけどぉ!!!

「……ん、話は終わったみたいだな。で、どうなったんだ?」

 瓦礫の上に腰掛けて、欠伸を漏らしながら背伸びをしているクルィエさん……さっきから静かだと思っていたらぁ、寝ていたのね……人の苦労も知らないでぇ!!
 でもぉ、喉元まで上がっていた文句を飲み込んでぇ、

「正式にお願いするわ。私と一緒に戦って欲しいの」

 ホントに真剣に、私はお願いしたの。
 2人ものナイン・トゥース襲われたら、あのメンバーが全員揃っていても危ないわ。エルフィール・Dさんの話では、ムチャクチャ凶暴らしいしぃ。事態は一刻を争うわ。でもぉ、正直、那由ちゃん1人じゃ勝てる自信がないの。お願いだから助けてぇ〜〜〜ん。
 クルィエさんは、大きな翼に付いた煤を面倒そうに払いながらぁ、

「……ここまで巻き込まれちゃあ、Noとは言えないだろう。いいぜ。ただし――」

 面倒そうに答えてくれた。
 わ〜〜〜い♪
 やった〜〜〜これも那由ちゃんの美貌のおかげ……
 ……へ?『ただし』ぃ?

「ただし、神族としての俺の力は期待するなよ。身体能力は数兆分の一に減少している上に、魔法も神聖能力も地球人類が使用できる物以外は全て封印してある。科学兵器の類も同様だ。天界軍の追っ手の目を掻い潜るには、このレベルの戦闘力に抑えるのが限界なんだよ」

 あうう……で、でもぉ、なんだかんだ言ったって神様なんだからぁ、期待してもいいわよねぇ?

「期待してるわよ」
「怪我しない程度には、努力するさ」
「やる気無さそうな返事ね。それなりの報酬はだすわよ。こう見えても株式会社の代表取締役社長なんだから」
「報酬か……そうだな、『一発やらせろ』って言うのもOKなのかい?」
「……もう少し、上手い女の口説き方を覚えたら、考えてもいいわ」
「へいへい。期待してるぜ」

 無駄口を叩きながらも、慎重に覗き込んでみた大穴は……真っ暗で全然底が見えないわぁ。
 生暖かいのに、妙にひんやりと感じる風が吹き上げてきて、私の髪を不安気に揺らすのぉ。
 まるで、地獄の底まで続いているような雰囲気……ナイン・トゥースが出てきた穴なんだから、ホントに地獄に通じているかもぉ……あうあう、鬼が出るか蛇が出るか……ヒュドラだから蛇かしらぁ……ニョロニョロは苦手なのにぃ。

「あのアームドスーツ女の話では、この穴の向こうにターゲットがいる筈だったな」
「罠じゃなければね」
「さて、邪鬼が出るか悪魔騎士が出るか……」
「神様はそう言うのね」
「何の事だ?」
「何でも無いわよ……さ、行くわよ」
「イエス。サー」

 まるで散歩するみたいに、気楽に第1歩を踏み出してぇ、クルィエさんは黒い大穴の中に消えていっちゃった……一拍置いて、私も泣きたい気持ちをガマンしながら、ぴょんって大穴に飛び込んだのぉ。

(ふぇええええ〜〜〜ん!!!早くおうちに――あ、ショッピングして美味しい物を食べてから――帰りたいわぁああああ〜〜〜!!!)

 心の中の絶叫は、たちまち深淵の中に消えていった……えぐえぐ。
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那由さんの憂鬱
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