那由さんの憂鬱

 つるっこてん

 あーん、“摩由(まゆ)”お姉ちゃん待ってくださいですぅ

 あなたは何をしているのですか?……ほら、立ちなさい

 摩由お姉ちゃんありがとうですぅ

 しかし、よく何も無い所で転べますね

 えへへ……摩由お姉ちゃんに誉められちゃったですぅ

 ……誉めてません

 がーん!!ですぅ

 少しは気を引き締めなさい。妖魔の巣はすぐ近くなのですよ

 はうぅ……大丈夫かなぁ

 大丈夫ですよ。自信を持ちなさい

 摩由お姉ちゃんはとってもとっても強いから大丈夫ですけどぉ……きっとまた足を引っ張っちゃうですぅ

 あなたはまだ、自分の力を引き出せないだけよ。『大きな器を造るには、長い時間を必要とする』と、古の民も語りました。前に歩む事を止めなければ、いつかは辿り着けます。進んでいるのですからね……違いますか?

 それなら、いつか摩由お姉ちゃんみたいに、魔法も武術も上手になれますかぁ!?

 鍛錬を怠らなければ……ね

 きっと、いつかは摩由お姉ちゃんみたいに強くなって、今度は逆に摩由お姉ちゃんを守ってあげるですぅ!!

 ふふふ……頑張ってね

 はいですぅ!!

 つるっこてん

 ……あーん、また転んじゃったですぅ

 やれやれ……先に行きますよ。“那由”……

 あーん、待ってよ摩由お姉ちゃーん……



……………………

………………

…………

……



「……ぉぃ……おい、そろそろ起きろ」
「……ぅん……」

 微かに開いた瞼から、真紅の光がおぼろげに見えた。
 頭の中に霞がかかっているみたい……まだ、意識がはっきりしないわ。
 ここは……どこかしら?
 身体を起こして、辺りを見回す……360°全てが瓦礫の平野と化した都心の残骸を、まばゆい夕陽が真っ赤に染めている……退廃的なのに、どこか綺麗な光景ねぇ。
 それにしても……なぜ、こんな所に?

「あの女を仕留めた直後に、あんたは昏倒したんだよ。ま、あれだけのダメージを受けていて、今まで戦えたのが不思議だったからな、無理もないか……ここは、あの地下シェルターから数キロ離れた地点の地上だ。俺達が地下でモタモタしている間に、上は綺麗さっぱり焼け野原になっちまったみたいだな」
「……そう」

 起き上がろうとして、初めてコートの上に寝かされていた事に気付いたわ。瓦礫の上に寝ていたのに、背中が痛くないと思ったら……よく見ると、傍の鉄骨の上に腰掛けるクルィエさんはコートを着ていないわね……あ、ワイヤーロッドに貫かれたお腹はもちろん、身体中の怪我が完全に直っている……おまけに服や靴までも綺麗に……

「ありがとう。クルィエさん」
「気にするな、あんたはよく戦ったよ。正直、地球人類って奴を見直したぜ」
「照れるわね」
「……それに、寝顔をたっぷり楽しめたしな」
「…………」
「俺が悪かった。だから攻撃用呪符を向けないでくれ」
「……寝ている時に何をしたのかは、聞かないでおくわ」
「何もしてねぇよ……しかし、何だかよくわからん夢を見ていたみたいだな」
「……わかるの?」
「いきなり笑ったり、苦しそうにうなされたり……昔の男の夢か?」

 からかい半分の声を聞きながら、私は再び夢の中に思いを馳せていた。
 口の中に、苦い味が広がる。
 言葉通りの苦笑の味ね。
 あの頃の夢を見るなんて、目覚めが悪いわけだわ……

〜〜那由は絶対に絶対に強くなるですぅ。摩由お姉ちゃんは、那由が守ってあげるですぅ!!〜〜

 ……結局、誓いは何も果たせなかった。
 私は摩由お姉ちゃんを救えなかった。
 お姉ちゃんは、私を決して許してくれないだろう。
 お姉ちゃんを助ける事もできずに、むしろ自暴自棄になった私は、全てを破壊し焼き尽くす、お姉ちゃんが最も憎む存在と等しくなったんだから。
 そして、私が決してお姉ちゃんに許されない理由……
 お姉ちゃんの恋人を、私は――

「――ところで、なぜ今起こしたの?もう少し寝かせてくれれば、体力は完全に回復できたのに」

 心の中身を声に出さないために、普段以上の努力が必要だったわ。
 クルィエさんは、ポンと手を合わせて、

「おっと、忘れる所だった……センサーに反応があった。敵らしい奴等が接近しているぜ」
「え?」
「到着まで、あと3秒」
「へ?」

 ちょおっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 心の中で絶叫を上げると同時にぃ、

 どっかぁああああああん!!!

 シリアスな雰囲気と一緒に、私は爆風に吹き飛ばされたぁ……ひーん。
 数十mは地面をゴロゴロと転がりながらも、何とか起き上がった那由ちゃんが、粉塵の向こうに見た『モノ』は――

『鬼』

 何よりも始めに、その言葉が思い浮かんだわぁ。
 赤黒い褐色の肌。爆発しそうに膨らんだ筋肉。何者をも見下ろす巨体。血と邪悪に染まった凶貌。そして、天を貫かんと勃起する角……この地上に存在するあらゆる魔物の中でも、その比類無き戦闘力と凶暴さゆえに、最強にして最凶の名を欲しいままにしている、悪魔族と並ぶ人類最悪の敵――そう、あの鬼族が目の前にぃ!!!

「厄介ね」

 ヒィィィィ!!!
 鬼〜さんはクレーター状に陥没した瓦礫の大地から、ゆっくりと身を起こすと、気が弱くなくても心臓マヒしちゃいそうな視線で、私を睨んでるんですけどぉおおおおお!?!?
 こここここの状況じゃぁ、どどどどどう考えてもぉ、わわわわ私の敵よねぇ……ひょぇえええええええええ!!!
 で、で、で、でも何で鬼がこんな所にぃ!?ひょっとして、これもヒュドラの仕業なのぉ!?
 ……どのみち、相手が鬼なら問答無用で人類の敵な確立が99.99999……パーセント以上なのよねぇ……あうあう、ハッピー死後ライフを満喫するハメにならないためにはぁ、殺られる前に殺らなくっちゃあ……
 ふぇ〜〜〜ん!!でもぉ、鬼ってとってもメチャンコ強いのよぉ!!あの鬼〜さんは『真性鬼族』じゃないからぁ、那由ちゃんでも倒せない事は無いけどぉ……ほとんどあらゆる攻撃も魔法も効かないしぃ、単純な戦闘力もハンパじゃないしぃ、モノによっては超高位魔法もバリバリ伝説に使うしぃ……その強さはSRMC値でも軽く50は超えるでしょうねぇ。全力本気のマジモードで戦ってもぉ、勝てる確立は五分五分かしらぁ?
 はぅううう……連続バトルでクタクタなんだけどぉ、明日の朝日を拝む為にも、気合を入れて戦わなくっちゃ――

 ボコッ……

 はへ?
 あの鬼〜さんの足元の地面から、太くて長くて黒光りする“腕”が生えてきたぁ!?

 ボコッ……ボコッ……ボコッ…ボコッ…ボコボコ…ボコボコボコボコ――!!

 いいえ、それだけじゃなくってぇ、周囲の至る所から瓦礫を突き破って、何十本もの腕が生えてきているぅ……さっきから地震みたいに大地が震動しているしぃ……
 これってぇ……ひょっとしてぇ……もしかしてぇ!?
 予想は不幸にも大正解のぴったしカンカンだったわぁ……
 物凄い爆音と同時に、大地を突き破って出現したのは、何十――いいえ何百もの『鬼』の大群だったのぉ!!!
 ……あはは……明日の朝日を拝む為の気合は、一瞬で綺麗さっぱり消えちゃったわぁ……戦力差があり過ぎて、もう恐怖とか全部吹き飛んじゃったぁ……あはは〜♪
 でも――

「やっと会えたネ。ファー・イースト・ウィッチさん」

 私の心を再び恐怖で一杯にしたのは、その声だった。そう思わせる響きが、その声にはあったのぉ……

「魎子さんばかりか、あの“静寂”まで倒しちゃうなんテ……凄いや!!」
 
 鬼の大群の中でも、ひときわ大きな鬼。まるで王座から睥睨するようにその肩に乗っていたのは、どー考えてもこの場にはそぐわない人間――詰襟学生服の美少年!?!?
 な、な、な、なぜ鬼と一緒に鼻血級の美少年がいるのぉ?

「自己紹介させてもらうヨ。ヒュドラ、ナイン・トゥースの1人『“鬼道”なる嵐』が僕の二つ名サ」

 ……納得。
 最悪の形で納得できたわ……

「あ、那由さんは自己紹介しなくていいよ。なんたって有名人だからネ」
「あら、残念」
「フフフ……この状況でそんな風に平然としていられるなんて、流石は那由さんだネ。噂通りだヨ」

 あっはっはっはっは!!平然としてんじゃなくって、死亡確定な状況に硬直しているだけなのよぉぉぉぉぉ!!!
 一対一でも勝てるかわからない『鬼』が数百体&ナイン・トゥースの中でも“魔獣”魎子さん並みに凶悪だっていう“鬼道”なる嵐くんは、すっかり私を取り囲んじゃったぁ……蟻どころかバクテリアも這い出る隙間が無いわぁ……
 完っ全っにゲームオーバーな構図よぉ……あははのは〜♪

「それで、私に何の用かしら?」
「言わなくても分かるでしょ?犯されてから食い殺されるのと、食い殺されてから犯されるのと、どっちがイイ?」
「最近の子供は病んでるわねぇ」
「僕よりも、こいつらがそれを望んでいるんだヨ……それじゃ、覚悟はイイかな?噂のファー・イースト・ウィッチの実力、楽しませてよネ!!」

 ぐぉおおおおおおおおぉん!!!

 ……ちょっとだけ失禁しちゃったわぁ。
 それほど大迫力の咆哮が、全ての鬼の口から放たれたのぉ……魔法美少女那由ちゃんの人生も、ついに最終話を迎えるのかしらぁ?地響きを立てながら迫ってくる鬼の群れを一瞥しながら、私は呆然とそんな事を考えていたぁ。
 ……でも、タダではヤられないわよぉ!!!
 悲壮な決意で気合を入れて、ありったけの呪符を取り出した――その時!!

 ――ドン!!!

 褐色の旋風が、私の周囲を乱舞したのぉ。
 続けて、赤黒い肉片と鮮血が、ぼたぼたって雨みたいに降り注いだぁ。

 ぎゃおおおおおおおおおぉん!!!

 今度の鬼の絶叫は、明らかな苦痛のうめきだわぁ。
 私に襲いかかってきた鬼は、皆その身体をバラバラに解体されて、瞬く間に瓦礫と一体化していたぁ……

「う、うそっ!?」
「……純真な鬼族じゃないな、細胞片を増殖させた擬似鬼族か。これなら今の俺でも何とかなる」

 猛禽の羽が、ばさりと舞い落ちた。
 マチェットを肩にトントンと当てて、不敵でクール&ワイルドな笑みを浮かべているのはぁ……私のクルィエさぁん♪

「遅ぉい」
「……助けてもらった第一声がそれかよ」
「もう少しで、珠のお肌に傷が付く所だったのよ」
「誰の?」
「…………」
「わ、悪かった。ちょいと遠くまでふっ飛ばされたから遅くなったんだ。謝るから攻撃用呪符を向けないでくれ」
 
 手を振りながら後退りするクルィエさんだけどぉ、私には天の御使いに見えるわぁ!!……あ、神様か。
 あのメチャンコ強い鬼の群れを一蹴するなんて、やっぱりイイ男は違うわねぇ♪
 ぐるる……って唸り声を洩らす鬼達も、その強さに恐れを成したのか、遠巻きに威嚇するだけだわぁ。

「こいつ等は俺が何とかする。あの坊やはあんたに任せるぜ」
「了解よ」
「……あ、そいつは鬼の細胞組織と同化しているから、擬似鬼族に等しい能力を持ってるぜ。気を付けな……ま、あんたなら言うまでも無くわかってるとは思うが」
「そうね」

 がちょ〜〜〜ん!!!
 そうだったのぉおおおおお!?

「……ふふん、そうでなければ面白くないヨ」

 しばらく呆然とした様子の美少年――嵐くんだったけどぉ、やがてニヤリって感じの笑みを浮かべて、鬼の肩から飛び降りたわぁ。あうあう、元が美少年なだけに、妙な迫力と怖さがあるわねぇ……

「じゃ、頑張ってくれ」

 散歩に行くみたいに軽い口調で言うとぉ、クルィエさんは片手を振りながら鬼の群れに飛び込んで行っちゃったぁ。たちまち鬼の怒声と悲鳴、血飛沫と肉片が飛び散る阿鼻叫喚ワールドが展開されていく。あの様子なら、クルィエさんは心配無いわねぇ。むしろ、心配なのは……

「あのお兄さんも面白そうだけど、やっぱり殺すなら女の人だよネ」

 地獄のような周囲の光景なんて、まるで気にせずに足を運ぶ嵐くん……紅顔の美少年に言い寄られるのは血涙ダーなシチュエーションだけどぉ、あの子の場合は1歩1歩近付いてくる度に、背筋を氷の手で撫でられるような戦慄を覚えるのよぉ。あうあう、那由ちゃん天才戦闘本能が『コイツは最悪にヤバイ敵ですニャ』って警告してるぅ!!

「へぇ、イイ根性だね」
「そうかしら」

 あと1cmで彼のおでこにキスしちゃいそうな超隣接の間合いで、私と嵐くんは正面から向かい合ったぁ。いかつい男の人同士なら、喧嘩直前ガン飛ばし合いの構図だけどぉ、でも、男と女では全然意味が違っちゃうわぁ。私の方が頭半分くらい背が高いしぃ。子悪魔っぽく微笑しながら、私を見上げる美少年……ああ、くらくらっ……

「どうしても戦うの?」
「当然だヨ♪」
「時間稼ぎは終わったのでしょ?もうあなた達に戦う理由は無いじゃない」
「僕の行動は独断サ。この作戦には関係無いんだよ。それに、ナイン・トゥースなら僕じゃなくても那由さんとは戦っただろうネ。だって……」
「だって?」

 かちゃり

 はにゃ?
 顎に冷たい感触がぁ……あううっ!!銃口が押し当てられているぅ!?いつの間にぃ!?
 銃口の感触から判断して、モーゼルかしらぁ?美少年が持つにはゴツい銃よねぇ……でも、本当に身の毛がよだつのは、それから発せられる禍々しい鬼気なのよぉ。あうあう、常人ならこの気に当てられただけでショック死しちゃうんじゃないかしらぁ?おそらく人間が制御できる限界を超えたマジックアイテム――超SSSクラスの魔導武具ねぇ。こんなアイテムを軽々と扱えるなんて……いくらカワイクても、やっぱり人類最強の魔人なのよねぇ……あうあうあう〜!!

「だって……那由さんは“魔女”だから」

 天使の微笑み。
 引鉄に力が込められていくのがわかるぅ。
 本気なのねぇ……それじゃ、私は……

「…」
「え?」

 こっそりと彼の胸元に張り付けていた呪符が、私の詠唱に反応する。次の瞬間、紅蓮の爆風が全てを飲み込んだぁ!!
 あ、爆風に吹き飛ばされる那由ちゃんは、防護魔法で無事だけどねぇ。攻撃と逃走を兼ねた変則交差法よぉ。
 空中三回転で華麗に着地して、爆風の向こうにいる相手を見据え――
 銃声――銃声――銃声――!!
 灼熱の螺旋を大気に穿ちながら、3発の弾丸が私に真っ直ぐ襲いかかるぅ!!
 なんのぉ!!秘技、マト○ックス避けぇ!!背中が地面と水平になるくらい仰け反る私の胸をかすめて、弾丸が背後に消えていったぁ。
 こんな風に弾丸を目視したり、直接避ける事ができるのは、魔法で身体能力を人外のレベルにパワーアップしているからよぉ。さっきのエルフィール・Dさん戦では、それができなかったから辛かったのよねぇ――

 ぐきっ

 はうっ!!!

「……ふふふ、流石だね那由さン」

 拡散した煙の向こうに現れたのは、学生服の胸元が焼け落ちた――ただ、それだけのダメージしかない嵐くんだったわぁ。わ〜い♪真っ白な薄い胸板にピンクの乳首〜♪美少年のおムネはロリロリセクシーでたまらないわぁ〜〜〜ん♪
 ……なんて思う余裕は無かったわぁ。
 だって……

「特に“鬼切り”の技じゃなかったのに、この僕に傷を負わせるなん……」

 唇の端から血の糸を垂らしながら、ニヤリって笑いかけて、

「……なんで腰を押さえてしゃがんでるのかナ?」

 今度は違う意味で口元を歪めてる嵐くんだったわぁ。
 こ、こ、腰がぁ……やっぱり年甲斐の無いアクションをやるものじゃないわねぇ……女の子は腰を大切にしなくちゃならないのにぃ。

「何だかよくわからないけど、続けるヨ」

 回復魔法で腰を直すよりも先に、嵐くんのモーゼルが火を吹いたわぁ!!
 避ける余裕は無いぃ!!
 それならぁ――!!

 ぎゅおぉん!!!

「へぇ」

 弾丸は狙い違わずに、可憐な那由ちゃんの脳天に命中――する寸前、周囲を漂う数十枚ものSSSレベル防御結界呪符に阻まれたわぁ。目の前30cmの所でギュルギュル回転している赤熱化した弾丸……ひょえ〜〜〜!!!
 
「この“大通連”の弾丸を食い止めるなんテ、すごい結界だね。いや、それよりもいつのまに呪符を展開したノ?」

 この緊迫したバトルの真っ最中なのに、まるでおもちゃで遊ぶみたいに心の底から楽しそうな笑顔を見せる嵐くん。その表情には、人間として何か大切なものが欠落しているのがはっきりとわかったぁ。
 この子……ヤバイわ。
 『戦い』を楽しんでいる。
 それもウォーモンガーやバトルホリックスみたいな、単純に『戦い』を熱狂したりするんじゃなくって、自己の存在理由が『戦い』に直結しているのよ。あの子にとって『戦い』とは、食事や睡眠やSEXに該当する要素なのねぇ。
 まさに戦いの鬼――“戦鬼”ねぇ。
 う〜にゅ、世の中には戦いの他にも楽しい事が沢山あるって、この美少女那由ちゃんが手取り足取り腰取り教えてあげたいんだけどぉ……

 ずん……

 そうも言ってられないみたいねぇ。
 きゅるきゅる……って回転が止まった弾丸がポトリと落ちる。同時に周囲の防御結界呪符が一斉に灰になっちゃったわぁ。SSSレベルの呪符数十枚を犠牲にしないと防御できないなんて……かすっただけでも存在概念レベルで消滅しちゃうわぁ。ひょえ〜〜〜!!!

 ずん……ずん……

 でも、本当の脅威はこれからだったのぉ。
 地響きが轟くほどの巨大な足音。1歩ごとに鉄筋の瓦礫が粉砕される音が響くわ。途方も無い巨人が接近してくるのがわかる――

 ずん……ずん……ずん……

 それなのにぃ、巨人の姿はどこにも見えないのぉ!!瓦礫を踏み潰す音は聞こえるのに、周囲の瓦礫は塵1つ動かないのよぉ!!ななななにこれぇ!?

「ふふン……これが“鬼生み”の魔銃『大通連』の真の力だヨ」

 ずん……ずん……ずん……がしっ

 巨人の――鬼の手に右足首を捕まれた……と思うわ。
 足には何も触れている感覚は無いのに、確かに何かが右足を掴んで、そのままぐいって持ち上げられちゃったのぉ!!那由ちゃん何も無い所で宙吊り状態ぃ!!なにこれぇ!?
 とにかく考えられる限りの探知魔法と超常能力消滅魔法を使っているんだけどぉ、何も反応が無い――

 ぼり

 咀嚼音。
 私はその音の発生地点を見た。
 右足――私の右足は、足首から先が消滅していたぁ……あんぎゃ〜〜〜!!!
 なになになになにぃ!?何が起こっているのぉ!?!?

「私の精神に攻撃意志体を宿らせたわね。自分の心そのものに肉体を攻撃されている……って感じかしら」
「……へぇ、わかるんだ。流石だネ」

 ふえ〜〜〜ん、ヤマカンだったけどやっぱりそうだったのぉ!?

「回避も反撃も不可能なんて、厄介な技を使うわねぇ」
「それが僕の魔銃『大通連』の能力だヨ」

 ぼり

 那由ちゃんの色っぽい膝までが、見る事も触れる事もできない“何か”に食べられちゃったわぁ……ふんぎゃ〜〜〜!!!
 もう、成す術も無い私の目の前に、余裕ぶった態度で嵐くんが近付いて来たわぁ。
 あの禍々しい鬼気を放つ魔銃『大通連』が、私の額に押し当てられるぅ。
 あうあうあう!!絶体絶命!!待て次号!!次号って何よぉ!!!

「噂のファー・イースト・ウィッチの実力、期待外れだったかナ。那由さんなら僕に『そはや丸』を使わせてくれると思ったんだけどネ……それじゃ、サヨウナラ――」
「ちょっと聞いていいかしら?」
「何を?」
「私を攻撃しているのは……何だったかしら?」
「もう何度も言ったのニ……ボケが進行しているの?」
「死なす」
「わ、わかったヨ……那由さんを食べているのは『心の鬼』サ」
「そう……わかったわ」

 私はニヤリンって微笑んだ。
 一瞬、嵐くんが怪訝そうな表情を浮かべるぅ。

「“心の鬼”なのね。私の心に宿っている」
「……何を考えているのかナ?もう、那由さんは終わりなんだヨ」

 いいえ、終わりじゃないわぁ。
 私の心に宿る鬼ならぁ……

――くらえぇ!!32文ロケット砲!!!続けてココナッツクラッシュ!!!――

 どげどげしぃ!!!

「――え!?」

 那由ちゃんの“心レスラー”の必殺の一撃を食らった“心の鬼”はぁ、大ダメージを受けて吹き飛ばされたわぁ!!
 心の中にいる鬼ならぁ、私の心自身で攻撃すればイイのよぉ。那由ちゃんあったまイイ〜♪

――ふらつく“心の鬼”をハンマースロー!!!心の壁に叩きつけられた“心の鬼”を追いかけてジャンピングニー!!!すかさずリストクラッチエクスプロイダー!!!――

 どがべきばこ〜〜ん!!!

「な、な、何をしているの!?」

 口をぽかんと開けてる嵐くんには、今の私の心の中での燃える闘魂バトルがわかってるみたいねぇ。
 あっはっはっはっは〜〜〜今の那由ちゃん絶好調〜〜〜♪

――エアプレーンスピン!!!グロッキー状態な“心の鬼”に足4の字固め!!!――

 ぐるぐるぐるぐる……ぐぐぐぐぐ!!!

「そ、そ、そんな事って……」

 強い!!強過ぎるわ那由ちゃんの心レスラーはぁ!!
 ま、私の心なんだから、いくらでも強くする事ができるんだけどねぇ♪
 さぁさぁ、そろそろトドメよぉ!!!

――へそで投げるバックドロップ!!!も1回へそで投げるバックドロップ!!!右拳を突き上げて『オー』って叫んで(←重要)そしてフィニッシュはぁ……世界を取ったバックドロップぅぅぅぅぅ!!!――

 どげしっどげしっ……どげげしぃ!!!

 わーんつぅーすりぃーかんかんか〜ん♪
 “心の鬼”は、完全にノックアウトで那由ちゃんの心から消滅したわぁ。ふっふっふ、超勝利ぃ!!なんだかんだ言っても最終的に正義は勝ぁつ!!!

 びしっ

 唖然と口を開いてる嵐くんの手元で、あの拳銃『大通連』に亀裂が走ったわぁ。“心の鬼”をやっつけた際、そのダメージが本体にもフィードバックしたのかしらぁ?とにかく、これでもうあの拳銃は怖く無いわねぇ。

「……反撃も回避も不可能な“心の鬼”を倒すなんテ……どうやって?」
「あなた、さっき私に“心の鬼”って『名前』を教えてくれたでしょう。『名前』を与えられた瞬間から、その存在は私とは異なるものだと認識されたのよ。『“名前”こそが個の存在を立証させる』……魔術論の基礎よ。私自身の心じゃないなら反撃も可能だわ」
「そんな単純な事で破られる能力じゃないよ!!その手の対抗策は完璧なんだかラ!!」
「あら、そうだったの」

 回復魔法で右足を癒す私のオッドアイに、きらりと光が宿るのがわかる。

「ごめんなさいね、知らなかったのよ」

 項垂れる嵐くんの手から、亀裂の走るモーゼルがぽとりと落ちた。
 それを確認すると同時に、私は嵐くん目掛けて疾走したわぁ。もちろんたまたまハンドバックの中にあった対鬼族用攻撃呪符を手にしてねぇ。ふっふっふのふ、結構苦戦するかと思ったけどぉ、これであいむうぃーん!!よぉ!!!

 銃声――

 身体が硬直したわ。
 頭を垂れる嵐くんの右手にある拳銃――ベレッタの銃口から、薄い硝煙がゆらゆら揺れている。
 思わず自分の身体を見回したけど、撃たれた痕はどこにもないわ。
 それなのに……
 あの銃声と同時に、私の中で何か決定的なものが破壊された――そんな予感が心の中で暗雲のように影を落とすの……これは一体!?

「……やっぱりコイツを使う事になったね……それでこそファー・イースト・ウィッチだよ……」

 新しい拳銃――ベレッタは、さっきのモーゼル『大通連』とは逆に、煌びやかな純白の輝きを放つ、聖なる雰囲気を醸し出していたわ。でも、その内側から滲み出る魔力の波動は、『大通連』をも上回る凄まじさなの。

「……でも、もうお終い。その名が語られる事はもう無いんだよ……この“鬼斬り”の聖銃『そはや丸』が目覚めちゃったからネ」

 きりきりと顔を上げた嵐くんは、満面の笑みを浮かべていたわ。
 美しい笑みを。
 悪魔のように美しい笑みを。

「…………」

 私は身構えた。
 嵐くんは、眩暈がするような微笑みを浮かべながら、無造作に接近してくる。隙の無い個所を探す方が難しいぐらい、無防備な歩みよ。
 今の内に何とかしなくっちゃ。
 この対鬼族用攻撃呪符を使って――
 ――――
 ―――
 ――
 ―

「……かの坂上田村麻呂が帯し、鬼斬りの聖刀――其の銘を『そはや丸』と称す……」

 あ……れ……?
 この呪符を使って……『何をすればいいの?』
 呪符の使い方は分かる。その効果もわかるわ。
 でも……これで何をすればいいのかわからないの……

「……伝説の中に埋もれず、幾万億の鬼の血を啜りし、真なる“鬼斬り”の刃……それがこの『そはや丸』サ」

 微笑みながら近付く嵐くんのベレッタ――『そはや丸』の銃口が、ゆっくりと私に向けられる。今度は実弾が発射されるんでしょうね。
 このままでは殺されちゃう。
 何とかしなくっちゃ。
 ……でも……
 この危機から逃れる為には……何をすればいいの!?

「その『そはや丸』を鋳潰して造った拳銃――それがこのベレッタなんだヨ。そして、その能力は……」

 額に熱い銃口が押し当てられた。
 後は軽く引鉄に力を入れるだけで、私は死ぬ。
 まだ死ぬわけにはいかない。それは確実にそう思えるわ。
 それなのに……何をすればいいのかわからない!!!

「人間は、誰でも心の中に『鬼』を飼っている。誰かを憎いと思ったり、暴力を振るったり、支配しようとしたり、他人より強くなろうと考えるんダ。それはどんな清らかな心根の者でも例外は無い。生物としての本能だからネ。でも、この“鬼斬り”の聖銃『そはや丸』は、そんな鬼の心を滅ぼす事ができるんだ……そう」

 鬼が微笑んだ。
 戦慄と恐怖に全てが支配される――

「そう……今の那由さんには『戦う』という概念が消滅しているんだヨ♪」

 銃声――

 引鉄が引き絞られる最後の瞬間まで、私は何もできなかった。
 だから――

 どがっ!!

「――!?」
「何ボケっとしてやがる!!」

 だから、褐色の翼が横殴りに私をタックルしても、私はただ吹き飛ばされるだけだった。
 一瞬前まで私の頭があった地点を、聖なる弾丸が貫通するのが見える。

「さっきのお兄さん……そっか、もうあの子達をやっつけちゃったんだネ」

 面白そうに辺りに目を向ける嵐くん。私もそれに追随する。
 瓦礫の平野は真紅に染まっていた。
 あの何百体もの屈強な鬼の群れは、一匹残らずバラバラに解体されていたわ。さすがクルィエさんね。
 でも――なぜ鬼の群れを倒せたのかしら?

「おい、何してんだあんた!!殺される所だったんだぜ!?」

 軽く頬を張られても、

「それが……何をすればいいのか……わからないのよ……」

 私はそう呟く事しかできなかった。

「何を言って……そうか、戦闘概念そのものを消滅させられちまったのか」
「へぇ、わかるんだ……そうだヨ。今の那由さんは『戦う』ってコマンドが無くなったRPGのキャラみたいなものサ……さあ、お兄さんもすぐにそうしてあげるヨ」

 自分に銃口が向けられるのを見て、

「個人限定とはいえ、外部強制型の概念コントロール能力を使えるのかよ。やれやれ、本当に地球人類なのか?」

 クルィエさんも珍しく本気の焦りを浮かべたわ。

「ふふふ……お兄さんなら、那由さん以上に僕を楽しませてくれるかナ?」
「お前が地球人類じゃなければ、いくらでも相手してやれるんだけどな……とりあえずは……」

 クルィエさんは私を荷物みたいにひょいって担ぐと、

「戦術的撤退だな」

 翼を羽ばたかせて、空に舞い上がったの。そのまま目にも止まらぬスピードで地平線目指して飛んでいく。ふぇ〜ん、迷惑かけてゴメンナサイねぇ。

「逃がさないヨ!!」

 クルィエさんも鬼門系の飛行印を結ぶと、その身体がふわりと宙に浮かんで、私達を追跡してくるぅ。そのスピードはクルィエさんとほぼ互角かしら、全然振り抜け無いわぁ。

「もう少しあんたが軽ければ、もっとスピードが出せるんだが」
「…………」
「……おい、言い返さないのかよ」
「私……どうしちゃったのかしら」
「何があったのかはよく知らんが、どうやらあのガキに『攻撃意志』を消滅させられたらしいな。こうなると、あんたはあらゆる戦闘行動ができなくなる」

 そんなぁ……ううう……困りましたですぅ……

「直せないのかしら?」
「今の俺の力じゃ無理だ。解除する方法はただ1つ、あのガキを仕留めるしかない」
「困ったわねぇ」
「まったくだ」

 銃声――銃声――銃声――銃声――銃声――!!!

 まるで戦闘機のドックファイトみたいに、背後から迫る弾丸を避けながら高速飛行するクルィエさんと、それにぴったり追随する嵐くん……振り切るのは難しそうねぇ。
 このまま逃げ続けるのは不可能ね。いずれ戦うしかないわ。
 でも、クルィエさんは人間と直接戦えないし、私はあらゆる戦闘行為を封じられている。
 『戦える』のなら、どんな強敵にでも勝機はあるわ。
 でも、『戦えない』のなら……どんな敵にも100%勝てない!!
 まずい……まずいわ。今までで最大のピンチよ!!

「振り落とされるなよ」
「え?」

 目の前に……ビルの壁ぇ!?
 ぶーつーかーるー!!!

 がくん!!

 慣性の法則を完全に無視して、上に90°向きを変えた私達は、そのままビルの壁面をかすめるように急上昇ぅ!!あうあう、那由ちゃんのお胸がもう少し大きかったら、カップが半分にまで削れていたわぁ!!……その事実に少し悲しくなっていたその時――

「考えてみれば、あんたは飛べるじゃないか」
「あら、そうだったわね」
「じゃ、あばよ」
「へ?」

 ぽいっ

 空き缶を捨てるよりもあっさりと、私は投げ捨てられた……って、なんじゃそりゃあああああん!?!?
 視界がぐるぐる回転しながら、遥か彼方に流れていくぅぅぅ!!!
 あーれーれーのーれー!!おーちーるー!!!
 ……あ、そそそそういえば私は空ぐらい飛べたんだわぁ。ははは早く呪文を唱え――

 ごっち〜〜〜ん!!!

 目の前で10尺玉花火がどっか〜〜〜ん!!!
 何かが頭に超高速で衝突した……のよねぇ!?!?
 お目めぐるぐる〜〜〜あたまくらくら〜〜〜頭上で星とヒヨコがくるくる回ってるですぅ〜〜〜(@▽@)

「……ううう……な、なんて事をするんだヨ……」

 目の前で誰かが頭押さえて蹲ってるような気がするけどぉ〜〜〜今の那由ちゃんはピヨピヨ気絶状態なので何もわからないですぅ〜〜〜(@▽@)

 ぐぃ

 〜〜〜え?
 襟首を掴まれてぇ、そのまま引っ張られて空を飛んじゃうの〜〜〜(@▽@)

「心身喪失状態でも、飛行術は解除しないか。流石だな」

 〜〜〜その声はぁ……クルィエさぁん!?
 急に意識がはっきりしてきたわ。
 そして、私が何をされたのかもぉ。

「私をあの子に投げたわね」
「い、いや、今の俺とあんたの状態では、ああするしか攻撃の手段が無かったからな……」

 ズキズキするタンコブをさすりながらギロリンと睨むと、例によってクルィエさんは冷や汗をかきながらそっぽを向いたわぁ。
 うが〜〜〜!!!
 こぉのギャラクティカ美少女那由ちゃんを人間ロケット弾代わりに使うなんてぇ!!!イイ度胸してるじゃなぁい……ふふふふふ、今は緊急事態だから罪を問わないけどぉ、後で見てなさいよぉ!!!

「だが、お陰で何とか奴を振り切れたぜ」

 あ、ホントね。
 マッハの速度で飛びながら後ろを向いても、嵐くんの姿は影も形も無いわぁ。よかったぁ、ホッ。このまま逃げ切れれば、最悪の事態からはなんとか――

 ……ざざざ……ざざ……

 心臓が凍りついた。

 …ざざ……ざざざ…ざざざ……

 『1/Fの揺らぎ』と呼ばれるリズムがある――
 それは小川のせせらぎ。それは森のざわめき。それは季節風の周期パターン。それは母の心臓の鼓動。人間の無意識下に安らぎと充足感を与える、奇跡のリズム。
 そして、それは――

 ……ざざざ……ざざざ……ざざざ……

 そう、この渚の音――まさかっ!?
 世界が暗転した。
 “水平線に”沈みゆく夕陽を隠したもの――それは、周囲のビルよりも高く私達を仰ぐ、とてつもなく巨大な……津波ぃ!?

「!!」
「なにぃ!?」

 何の前触れも無く目の前に出現した“津波”に、私達は一瞬にして飲み込まれた――直後、水面の波頭を突き破って、私を肩に担いだまま、マチェットを風車みたいに振り回すクルィエさんが、傍のビルの屋上に降り立った。

「こいつは――!?」
「…………」

 波飛沫が屋上の手すりを濡らす。
 ビルの眼下は、全て青い海原が広がっていたのぉ……
 こんなとてつもない技を使えるのは、世界でただ1人。

「またお会いできましたね。那由様」

 聖人のように波の上に立つ、青い着物の和服美人――そう、那由ちゃん最大の熟女系ライバルこと、“聖母”安倍 深美さんよぉ!!
 ズギャギャギャ〜〜〜ン!!!
 一難去って一難去って一難去っても1つ一難去って、また一難ん!?!?

「其方の殿方も初めまして。ナイン・トゥースが1人、“聖母”安倍 深美と申します」

 思わず見惚れるぐらい優美に一礼して、深美さんは上品に微笑んだ。

「……こいつはまた上玉だな。敵じゃなかったら間違い無く口説いていた所だが」
「あら、御上手ですわ」

 軽口を零しながらも、クルィエさんは油断無くマチェットを構えているわ。あの無害そうな超可憐美女の外見に惑わされずに、彼女の超恐るべきな力を見抜いたみたいねぇ。

(……彼女と戦える?)
(残念だがバリバリの地球人類だな。直接的な戦闘行為は無理だ。あんたはどうだ?)
(まだ駄目ね。今、戦わなくちゃいけないのはわかるのだけど、具体的に何をすればいいのか全然わからないわ)
(……どうやら、また逃げの一手しかないようだな)
(同感ね)

 表面上はカッコよく身構えている私達だけどぉ、実はこっそりとテレパシーで逃走の相談をしていたりして……トホホ〜情けないわぁ。
 ……でも、そんな相談を一瞬で無駄無駄無駄ァにしちゃう声が、

「……1人占めはよくない」

 がちゃり、と後ろの非常口の扉が開く音と同時に聞こえてきたわぁ……
 とんでもなくイヤな予感をビシビシと感じながら、ゆっくりと振り向くとぉ……

「……片方は私が殺るから」

 背筋の産毛が逆立つのがわかった。
 物理的な圧力すら感じるような殺気――それを放出しているのは、以外にも可憐な美女美女さんだったわぁ。
 巫女さんの白単衣と中華風の道師服を混ぜたような、妖しくも美しい着物を纏っているのは、長い金髪をポニテに結んだ、おっぱいがいっぱいなクールビューティーお姉さんだったわぁ。片目が刀傷で塞がれてるけど、逆にカッコイイわねぇ。強さも美しさも乳の大きさも、かすみちゃんのアッパーバージョンな感じかしらぁ。あうあう、目の前にいるだけで気絶しそうなくらいの殺気よぉ……彼女は大僧正さまから聞いた、あの……

「……ヒュドラ、ナイン・トゥース“無限”のリーナ」

 やっぱりぃ〜〜〜ん!!
 という事は、あの腰に下げた刀身の無い剣がぁ、敵味方を問わずあらゆる戦闘能力のコントロールを奪っちゃうという、恐怖の魔剣『無限刀』なのねぇ……アーリシァさんから彼女の話を聞いてから、私も戦い方を色々考えてみたんだけどぉ、全然対策が思いつかなかったわぁ♪あはは〜♪ドッギャーン!!

「ほう、あいつに似た雰囲気の女だな……胸の大きさ以外は」
 
 クルィエさんの意味不明な台詞は置いといてぇ、まさに前門の大トラに後門の送り狼な状況よぉ!!はうう〜逃げられる隙はほとんど無くなっちゃ――

 ドン!!

 突然、隣のビルの屋上が爆発したぁ。あはうっ!!今度は何よぉ!?
 半壊した屋上の上、シュウシュウと白煙が昇る中から出現したのは――

「2人ともズルイね。奴等は僕の獲物なんだヨ」

 暗黒の鬼気を取り纏う学生服の美少年――“鬼道”なる嵐くんは、ベレッタを眼前に立てながら、さわやかに唇を歪ませたわぁ。ずげげ!!もう追いつかれちゃったぁん!!
 海の上には深美さん。非常口にはリーナさん。隣のビルには嵐くん……
 3人の最強魔人さんは、正三角形を描くように私達を取り囲んでるぅ……ほとんどどころか、完全完璧に逃げる隙は無くなっちゃったわぁ……がちょ〜〜〜ん。

「……お前は今回の“牙”に選ばれていない……消えろ」
「ヒドイ事を言うなぁ。僕も仲間でしょ?」
「規律違反は重罪ですわ。“静寂”様に粛清されないうちに、早くお戻りなさいませ」
「エルフィール・Dさんは負けたヨ……そこの2人にね」

 とっても美しい――そして恐ろしい視線が、私に注がれたわぁ。あうあう……

「……あいつを倒すとは……面白い」
「それだけじゃないヨ。ベル・ミューちゃんも魎子さんも、那由さんは倒しちゃったんだ。僕が狙う理由もわかるでしょ?」
「そうですわね……やはり、作戦施行の為には、あの方の排除が絶対条件ですか……」
「あなた達の作戦の事なら、もう遅いわよ」

 那由ちゃんナイーブハートの心の声がぁ、表に出ないかドキドキよぉ……あうあう、そばにクルィエさんがいなかったら、間違い無く失禁&気絶していたわねぇ……
 そんな事を考えながら、私は先刻のエルフィール・Dさんにした説明を繰り返したわ。
 さすがに、あの『死殺天人』の単語を口にした時は、ナイン・トゥースと言えども周囲に戦慄の空気が走ったわね。クルィエさんだけは話が見えなくてポカンとしていたけどぉ。
 でもぉ、これでヒュドラの計画が成り立たなくなっているって気付いてくれれば、何とか最悪の結果だけは避けられるかもぉ――

「そうですか……ならば、最後の手段を使用するしかありませんわね」

 はへ?
 ぜ〜んぜん動揺のドの字も見せずに、深美さんはやんわりとドッギャーンな台詞を口にしたわぁ。
 こ、こ、こ、この期に及んで、まだ奥の手があるのぉ!?

「ふぅ……」

 さも面倒そうに溜息を吐いた……フリをしながら、思わず背後のクルィエさんを肩越しに見つめちゃったわぁ……彼がどんな心境なのかわからないけど、もうクルィエさんに頼るしか無いわぁ……

「……なぁ、この場で殺されるのと、神族の力を解放して逃げた後で、天界の連中にばれて証拠隠滅の為に存在自体を消されるのと、どっちがいい?」

 だぁ〜〜〜っ!!!
 つまりぃ、クルィエさんにもどうにもならないって言うのぉ?それじゃあ那由ちゃんは尚更ダメダメよぉ!!!
 そして、ついに――

「そうなると、やはり最大の脅威は那由様ですわね」

 ざざざざ!!って海水の螺旋が“聖母”安倍 深美さんの周囲を取り巻く。

「もう、面倒くさいなア。獲物は早い者勝ちって事でいいよネ?」

 さわやかな微笑みを浮かべながら、死の聖銃『そはや丸』を向ける“鬼道”なる嵐くん。

「……殺す。それが私の存在意義だから」

 “無限”のリーナさんは無表情のまま呟くと、かの伝説の魔剣『無限刀』が私に向けられた。

 ――ついに、この時が来たわ。
 今度こそ、本当の、絶体絶命――確定された『死』。
 あの3人の魔人が、魔天の技を見せた時、絶対なる滅びが訪れる……それだけは、確実にわかるの。
 思わず、瞳を閉じた。
 ……でも、

「御覚悟を」
「楽しませてよネ!!」
「……綺麗に、死ね」

 魔の海水が、
 狂気の銃弾が、
 恐怖の魔剣が、
 地獄の旋風が三方から、私に押し寄せてくる。

 でも――
 本当の『滅び』が訪れるのは――世界を滅びが被うのは――

 ――私の瞼が、開いた時――

「――ッ!?」

 その瞬間だったわ!!

 ばちばちばちばち!!!

「えっ!?」

 聖銃『そはや丸』の弾丸は、私の目の前で空中停止していた――周囲を漂う数珠の玉を媒体として展開された『結界』に阻まれて!!

「くうっ……これは!?」

 水の武具を纏う深美さんは、数体の異形の魔神に襲われていた――そう、あれは人形使いの操る魔神よ!!

「……これは……夢!?」

 そして、リーナさんの前進を阻んでいるのは、虹色の薄霞だった。あれは触れるもの全てを夢に帰してしまう“万色泡沫の法”――あんな高レベルの仙術をこれほどの密度で実体化できるなんて、世界でもただ1人!!

《いっくよ〜!!》

 斬!!

 真紅の斬撃――私達の周囲数10mの領域を構成する時間と空間が、細切れに切断された!!たまらずナイン・トゥース達は私達から間合いを離したわ。
 これってぇ、つまり――!!
 そして、私のちょうど真上にある時空の切れ目の1つがピリピリと裂けて、そこから踊り出たのは――

「待たせたのぅ」

 “闇高野”大僧正さま――

「真打ち登場です……くー」

 “翠蝶麗君”シー・リャンナン――

「遅れて済まない。探すのに予想以上に手間取った」

 “人形使い”アーリシァさん――

《主役は最後に登場するんだよ♪》

 ふざけた事を言ってる“化血刀”子法――

 そう、文字通りの天の助けが降り立ったのぉ♪

「よかったわ、皆さん無事だったのね」
「どうせなら、もっと嬉しそうに言ってくださいよぉ……」
《そうだそうだよ〜〜!!》
「そうかしら」
「じゃれてる場合か……」
「ところで、其方の吾人は何方かの?」

 大僧正様が促すクルィエさんは、他人事みたいに私達を無視して、ナイン・トゥースに注意を向けているわぁ。一見、つれない態度に見えるけど、今の状況を考えれば仕方が無いわねぇ。

「紹介するわ、アヴァロン・クルィエさんよ。時間が無いから詳しい説明は省くけど、味方である事は確かよ」

 クルィエさんは、軽くマチェットを振ってくれたわ。

「我々も名乗るのが礼だろうが……確かに、そんな時間は無いようだ」

 アーリシァさんが、静かに、しかし素早くマリオネット人形を構える。
 子法が切り裂いた世界の断裂の間をぬって、3人の魔人が急速接近してきたの。ひえーん。
 でもでもぉ、皆さんが来てくれれば百人力よぉ。私も気合を入れ直さなきゃねぇ!!

「雑魚は引っ込んでなヨ!!」

 次元の断裂を掻い潜ってきた嵐くんが、西部劇ばりのクイックドロゥで『そはや丸』を向けるぅ。銃声は一発しか聞こえなかったのに、10数発もの弾丸が発射されてる!?弾丸はそれ自身が生き物のようにランダムな軌道を描きながらも、正確に私達に殺到してきたぁ!!

「危ないですよぉ、当ったら痛くて死んじゃうじゃないですかぁ」

 シーが羨ましいくらい細くて白い手をヒラヒラと動かすと、押し寄せる弾丸と周囲の空間がぐにゃりと歪んだわぁ。そのまま弾丸はみるみるスピードを落として、やがてフラフラと漂うだけになっちゃった。
 『弾丸を眠らせた』のね。さすがシー!!
 でもぉ、

「反応が遅いヨ!!」

 弾丸に気を取られた一瞬の隙に、いつの間にシーの目の前に嵐くんが!?右腕だけを鬼の手に異形化させた必殺の抜き手がぁ、シーの羨ましいくらい細い胴体に突き刺さる――!!

「オン!!」

 ビシッ!!

「くっ!?」

 ――まさに突き刺さる寸前で、鬼の手は動きを止めていたぁ。いいえ、腕だけじゃなくて嵐くんの身体そのものが硬直している。大僧正様の気合1つで……『不動金縛』の術?
 鬼族相手には、私の魔法は全然効かなかったのにぃ……やっぱり大僧正様はスゴイわぁ。防御系の術に関しては世界一の腕じゃないかしら?
 でもでもぉ、

「そんな小手先でぇ!!」

 何かを振り払うような動作で、嵐くんは再び動き出したわぁ!!身じろぎだけで術を解いたのぉ?敵もさるもの、カワイクてもやっぱりナイン・トゥースねぇ。
 でもでもでもぉ、

《今度は子法の番だよ!!》

 斬!!

 大僧正様の背後から飛び出した真紅の豪刀――子法の一閃!!嵐くんの頭頂部から股下にかけて、紅の斬線が走って……

 ずるり

「くうぅ――ッ!!」

 左右真っ二つに分れようとする自分の身体を、嵐くんは両手で挟むように押さえているわぁ。『万物の魔王』の力を宿した子法の攻撃なら、鬼族にでもダメージを与えられる。現に嵐くんの美形な顔には、本物の苦痛の表情が浮かんでいたぁ。
 ホントに見事なコンビネーションねぇ。3対1とはいえ、あの嵐くんを手玉に取るなんて……
 でもでもでもでもぉ、

《あの時は子法たちをヒドイ目にあわせてくれたからね。お返しだよ》
「……ふぅん……でもネ……一度狙った獲物は……逃した事が無いのが……僕の自慢なんダ……それに――」

 ほえ?
 嵐くんがにやりと笑ったら、赤い斬線がすっと消えて――!?

「……ナイン・トゥースを……“鬼堂”の血統を……舐めるなァ!!!」

 パキン!!

 シーの術に囚われていた弾丸が、弾けるように蠢いて、3人――1人は剣だけど――に襲いかかったぁ!!

「いかん!!」

 大僧正様の数珠が弾丸を止めようとするけど、それを粉砕して殺到する!!

「危険危険危険」

 珍しくシーが素早い動きで印を組むと、3人の姿が虹色の霧に隠されたわ。このまま夢の世界に一旦逃げる気ねぇ。
 しかし!!

「逃がさないヨ!!」

 嵐くんも神速の動きで霧の中に飛び込んで行ったわぁ。そのまま4人の姿がうっすらとぼやけていく。

「こやつはワシ達が何とかする。後は頼んじゃぞ!!」
「ええ〜?そうなんですか?」
《勝手に決めないでよ〜》

 虹色の霧が水に溶けるように薄れて……そして、3人と嵐くんの姿は、『この世界の現実』から完全に消えちゃったわぁ……だ、だ、大丈夫かしらぁ?
 そんな那由ちゃんの心配を余所に、

「……お前か」
「決着をつけるぞ」

 もう1つの戦いが始まろうとしていたのぉ。
 隣のビルの屋上に立つ美貌の魔剣士――リーナさんと、数体の魔神に囲まれながら、それを見上げる仮面の人形使い――アーリシァさん。
 今すぐ後ろを向いてサヨ〜ナラ〜したいくらいの殺気が、両者の間を結んでいるのがビシビシと感じられるわぁ。そういえば、あの2人も戦いの因縁があったのよねぇ。
 そして、いきなり異形の魔神達がリーナさんに踊りかかったぁ。私だったら『いくわよぉん』って心の中で呟くぐらいの間を取るのにぃ。ホントに無駄が無い戦い方ねぇ。
 とても元が人形だったとは思えないくらい精巧な魔神が、リーナさんの喉笛に牙を立てる!!
 魔剣が振られた。
 ぐるりと向きを変えた魔神の牙が、隣の魔神の首に食い込んだわぁ。同時に、リーナさんの背後から異形の悲鳴が漏れる……って、いつの間に背後に人形魔神を忍ばせていたのぉ?それに気付いていたリーナさんもスゴイしぃ……はぁ、見惚れるぐらい洗練された戦いねぇ。
 そんな感想を抱く私を余所に、2人をぴしりと緊迫の空気が張り詰めて――

 くるり

 ほよよ?
 いきなりリーナさんは背を向けて、ビルを飛び石みたいにジャンプで渡りながら、この場から離れていくわぁ……って、逃げてるぅ!?

「……いいだろう、誘いに乗ってやる。後は任せたぞ」

 アーリシァさんも間髪入れずに後を付いていくわ。あっという間に2人は水平線の彼方に消えていっちゃったぁ……どどどどうしたのかしらぁ?
 ……さて。
 残るは私とクルィエさんとぉ――

「くすくす……面白い状況になってきましたわね……それでは、那由様と殿方の御相手はわたくしが致しますわ」

 母なる大洋を支配する、可憐にして魔性なる“聖母”……安倍 深美さんだわ。
 周囲の空間が歪むのがわかる。
 これから起こる戦いの前兆に、この世界そのものが震えているのね。
 クルィエさんが、疲れた様子で私の傍らに並んだ。

「さて、これからどうするんだ?俺は手出しできねぇし、あんたは戦闘ができないんだろ」
「やるしかないわ」

 そう、戦うしかないの。
 宿命にも似た予感を覚えるわ。
 この戦いは、私の人生にとって避ける事ができないのよ。

 ――あの時のように――

 互いに微笑を浮かべたまま、沈黙だけが流れる。
 この戦いこそが、今回の事件で最後の――そして最大の戦いになるのでしょう。

 “闇高野”大僧正、“翠蝶麗君”シー・リャンナン、“化血刀”子法 VS “鬼道”なる嵐
 “人形使い”アーリシァ VS “無限”のリーナ
 “ファー・イースト・ウィッチ”西野 那由、“第1級武争神”アヴァロン・クルィエ VS “聖母”安倍 深美

 地上最強の魔人達の――

 最後の物語が始まる――
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