――『天界時間 ζ286790††5046ΞΨ9705Σ』(西暦2億年強)――

A CASE OF NORTHERN SANCTUARY

経過報告 No.059

北方聖域監視員 第2級元素神 メシュメル・カルハラム氏の証言

……いやあ、その時の状況を話せと言われても、何から話せばいいのか……
……はぁ、それじゃあたしの仕事場で話しましょうか……
……茶は何がいいですかい?いやいや、勤務中だなんて固っ苦しい事は言いっこなしですよ……
……どうです?殺風景な所でしょ。見渡す限りの荒野に、詰め所代わりの掘っ建て小屋があるだけでして。まぁ、肝心なのはあそこにある砂地なんですがねぇ……
……ええ、その通りです。あれが例の砂地ですよ……
……しかし、あの砂地が天界でも1・2を争う高純度の『聖域』なんですからねぇ。何事も見た目によりませんわ……
……茶のおかわりはどうですかい?ほら、遠慮しないで……
……は?まぁねぇ、こんな僻地に一人暮らしじゃあ、不便じゃないと言えばウソになりますがね……
……でもねぇ、こんな所でもけっこういい事があるんですよ。ちょいとお聞きしますが、あたしは何歳に見えますかい?……
……ははは、やっぱりそれくらいに見えますかね。実はねぇ、あたしは80万歳を超えているんですよ……
……嘘じゃないですよ。これもあの『聖域』の傍で暮らしているからでして……
……そうです。あの『聖域』から“神聖エネルギー”が漏れているおかげで、あたしは常に最高級のエネルギーを取り込む事ができるんですよ……
……この仕事についてから、身体は常に活力に満ち満ちてるってやつでして。それどころか腹が減る事も無いし、病気にかかった事も無いですな。年を取る早さも3分の1ぐらいですし……
……ほらほら、茶が冷めちゃいますぜ……
……あ!ダメダメ!!『聖域』に踏みこんじゃあ!!……
……何で『聖域』の領域が砂地になってるかわかりますかい!?遠くから浴びる程度なら問題無いんですが、『聖域』の領域の中は“神聖エネルギー”が強すぎて、あらゆる存在を『浄化』しちまうんですよ……
……この辺りが荒地なのも、『浄化』の力に下級存在の生命体が耐えられないからだって、先代から教えられましたよ……
……茶が冷めちまいましたねぇ、入れ直しますわ……
……はぁ、じゃあそろそろ本題に入りますかい……
……今は何も無いですがね、あの事件が起こる前までは、『聖域』の真ん中に、ちょうどあたしの背丈くらいの岩があったんですよ……
……変だと思いませんですかい?全ての存在を『浄化』しちまう『聖域』のど真ん中に、堂々と岩が置いてあるんですよ?なんで周りみたいに砂にならなかったんですかね?……
……先代から聞いた話じゃあ、何でも2億年前からその岩があったとか……
……まぁ、いくらなんでも話が古すぎて、嘘かホントか知れたもんじゃないですがね……
……で、3日前ですわ。いつもみたいに『聖域』を監視していたら、その岩がいきなり輝きだしたんですよ……
……何だぁ!?って遠巻きに見ていたら、岩が爆発するみたいに粉々に砕け散って……
……そして、岩があった場所に、1人の女が立っていたんですよ……
……全てを『浄化』しちまう超高濃度の神聖エネルギーが荒れ狂ってる『聖域』の中で、平然と……
……こう言うのもナンですが、すごい上玉でしたね。クールビューティーって言うんですかい?良い意味で冷たそうな、極上の女だったなぁ。軍服みたいなスーツがまた良く似合ってて……
……ただ、もうちょっと胸にボリュームがあったら文句無しだったんですがねぇ……
……そういえば、片手と片目と片翼が機械化されていたみたいでしたねぇ。義手と義眼と義翼なんですかねぇ?いや、よく見えなかったけど足と耳もそうだったような……
……とにかく、その女は唖然とするあたしの目の前をすたすた横切って、荒野の中に消えて行ったんですよ……
……あたしが知っているのはそれだけですねぇ……
……さて、そろそろ茶の葉を変えますか……
……しかし、よく考えてみると、これってかなりとんでもない事じゃないですかい?……
……あの話が本当なら、あのべっぴんさんは2億年以上も、この聖域のエネルギーを、全てを浄化しちまう『神聖エネルギー』を取り込み続けていたって事になるんですよねぇ?……
……あの女にどれほどの“力”が漲っているのか、想像もつきませんや……
……どうしたんですかい?急に黙り込んじまって……
……え?もうお帰りになるんですかい?それじゃあ最後にもう1杯飲んでってくださいよ……


神立アカデミー戦争歴史資料館警備員 第3級星宿神 バルバス・バイデン氏の証言

……はっ!ご苦労様であります!!……
……承知しました!小生の証言で宜しければ、いくらでも協力させていただきます!!……
……とは言ったものの、小生は未熟者にて、その時の状況がいまだに把握しきれていないのであります……
……はっ、当時小生は『封印兵器展示室』の見廻りに出向いておりました……
……『封印兵器展示室』には、今から1億5千万年以上も昔に、四大種族間に制定された『軍縮条約』によって、封印される事となった超兵器が多数展示されております……
……『奇蹟誘発システム』『審判砲』『浄化フィールド発生装置』etc.etc.……
……これらの超兵器達は、今もなお現行兵器を遥かに凌駕する性能を誇ると言われております!!なんと素晴らしい事でしょうか!!まさに神族の超科学技術の結晶と言うべき英知の象徴です!!これはもはや兵器ではなく芸術品と呼ぶべきでしょう!!!……
……失礼しました。小生は未熟者にて、取り乱してしまいました。以後、注意するであります!!……
……しかし、これらの『封印兵器』の中でも、当館最大の目玉は『ZEXL(ゼクセル)シリーズ』でありましょう!!……
……かつて神族の決戦兵器として開発された、全世界最強の人型機動兵器!!当館ではこのZEXLを、試作型である『タイプ00 ギャラクシア』から、最終型である『タイプ31 メタルブラック』までの、全ての機体を所持しているのです!!……
……しかも!!全ての機体が、個人搭乗型としては最強である『アラバスター級』!!これほどの逸品を展示しているのは、天界広しといえども、当館だけでありましょう!!……
……失礼しました。小生は未熟者にて、取り乱してしまいましたであります!!……
……はっ、それでは事件当時の状況を説明するであります……
……閉館後の『封印兵器展示室』を見廻っていた小生が、ちょうどこのZEXLの展示場の前を通りかかった時です……
……どこからとも無く『キリキリキリ…』という、奇妙な音がしたのであります……
……歯車が軋むような、無機的な音でした……
……小生は周囲を見廻しました。閉館後なので当然でありますが、辺りには誰も居りませんでした……
……『気のせいか』と、再び正面を向いてみると……
……いたのですよ。それも目の前にです!!……
……かなり古いタイプの軍服を着た、若い女性でした……
……は?もっと詳しい容姿を知りたいでありますか?……
……ええと、年齢は25万歳ぐらい。長い黒髪をポニーテール状に纏めていました。服装は先ほど申した通り、かなり古い時代物の軍服でした……
……あ、右眼と左腕と右翼と右脚が金属製の義肢であったと記憶しております。髪に隠れてよく判別できませんでしたが、左耳も義肢であったかもしれません……
……不謹慎かもしれませんが、個人的見解を述べれば、美神もかくやという美しい女性に見えました……
……ただし、先ほどは女性と申しましたが、どうもその方は女性的な体付きには少々足りない要素があると言いましょうか……
……はっきり言えば、胸がほとんど扁平に近かったであります。ですから、実際は女性ではなく、女顔の美男子であったのかもしれません……
……は!?失礼しました。小生は未熟者にて、脱線してしまったであります!!……
……小生は、その女性にスタンライフルを突き付けながら、『動くな!!』と指示を出しました……
……正直に告白しますと、その時小生は非常に動揺していましたであります……
……この『神立アカデミー戦争歴史資料館』は、その展示物の内容から、天界でも最高の防衛設備を備えております。だからこそ、1人でも安心して警備の任務に就く事ができるのであります……
……にも関わらず、その女性は無傷で小生の目の前に立っていたのです!!いかなる方法で防衛システムを潜り抜けたというのでしょうか!?……
……動揺する小生を見透かすように、その女性は平然とこちらに近づいて来ました……
……たまらずスタンライフルの引き金を引こうとした瞬間、小生は女性が剣を手にしている事に気がつきました。恥ずかしながら、その瞬間まで小生は女性が武器を携帯している事に気づかなかったであります。どこに隠していたのでしょうか?……
……その女性が剣を――レイピアかエストックのような細身の剣でした――こちらに向けた瞬間!!小生の意識は闇に包まれました。小生は成す術も無く、気絶させられたのであります……
……数分後、意識を回復した時には、その女性は忽然と姿を消しておりました……
……はっ、御存知の通り、消失したのはその女性だけではありません。一体のZEXLと、専用の“ウィング”を始めとする戦闘備品も行方不明となっていたのであります!!……
……その女性に強奪されたと思われるZEXLは『タイプ08 ホワイトスネイク』と呼ばれる機体であります。ZEXLの中でも傑作機の1つに数えられる優秀な機体です……
……小生が知る事実は、ここまでであります……
……しかし、これはあくまで小生の個人的疑問でありますが、なぜ犯人はあの『タイプ08 ホワイトスネイク』を強奪したのでしょうか?……
……確かに『タイプ08 ホワイトスネイク』は優秀な機体ではありますが、単純に戦闘力を求めるなら最終型である『タイプ31 メタルブラック』を、好事家に売り付けるなどの金銭目的なら試作型である『タイプ00 ギャラクシア』を選択するべきでしょう!?……
……しかし、どの機体であれ、神族の究極兵器たる『ZEXL』が盗まれたというのは、実に忌々しき事態であります!!小生も当時の警備の任に就いていた者として、責任を取るためにも捜査協力には全力を尽くす次第であります!!!……
……失礼しました。小生は未熟者にて、取り乱してしまいました……




――以上の証言から判断して、北方聖域に出現した人物と、その数日後に神立アカデミー戦争歴史資料館にてZEXLを窃盗した者は、同一人物であったと推測される。いずれも1億5千万年前から2億年前に遡る古代の事象に関与しており、当時の資料を中心とした情報収集を実行中である。尚、捜査対象の時期の問題から、資料の捜索が非常に困難であり、捜査内容次第では、当時の状況を知る存在であろう『魔界大帝』か『木龍大聖』に協力を要請する事も考慮すべきと判断する――


天界特殊警察機構捜査官 第2級情報神 キスカ・ダイヴァーン警部捕

































……また……会えるね……

































セリナの世界最後の平穏な日々

































EPISODE 2. 『神将元帥アコンカグヤ・ガルアードの場合』

































――『天界時間 ζ286Πψ788Σ100937Θ‡凾W6』(西暦200×年 7月24日 P.M.1:18)――


「――つぎはなにをかうのだ?」
「ええと、です……卵さんが特売日なので、お肉屋さんに行きましょうです」

 真夏の太陽はどこまでも高く、日差しはどこまでも透明で――

「……あついな」
「……暑いですね」

 ――そして、どこまでも暑かった。
 アスファルトから噴き上がる熱波に、陽炎がゆらゆらと立ち昇り、商店街全体がぼやけて見えた。普段は人の多い歩行者天国も、さすがにこの暑さでは数えるほどしか歩いていない。
 この地域の本日の最高気温は、実に37度を超えていたのである。

「……ほんとうにあついな」
「……本当に暑いですね」

 しかし、この連れ添って歩く2人組の男女の場合は、着ている服装にも問題があるだろう。

「……にんげんせかいのなつが、こんなにあついとはおもわなかった……」

 男の方の服装は、季節感どころか世界観すらも無視した、漆黒のロングローブであった。暑くて当たり前だろう。
 だが、そんな奇異な格好よりも、遥かに道行く人の目を引くのは、その中身の少年だ。
 夢の中でも見られぬ絶世の美少女……とも見間違えんばかりの、絶世の美少年であった。真面目で利発そうな顔立ちは、誰もがおもわず抱き締めてしまいそうな愛くるしさに満ちている。
 ――ただし、頭から生える6本の角と、背中から覗く闇色の翼が無ければだが――

「申し訳ありませんです……お買い物に付き合わせてしまって……です」

 女の方の服装は、美少年の黒ローブと比べれば遥かにまともだ――
 ――もっとも、メイド服をまともな外出服と言うのなら。
 紺色の長袖、ロングスカートのメイド服は、どう考えても真夏に相応しい服装だとは思えない。
 しかし、その額の汗を拭う女性には、生まれてきた時から着ていたかのように、実に良く似合っていた。
 温厚そうなオットリとした垂れ目、三つ編みに束ねた腰まで届く黄金色の髪、真夏の盛りにもかかわらず透き通るように白い肌……
 そして、誰もが目を見張るであろう、形の良いボリュームあり過ぎる爆乳!!
 道を歩けば、男女を問わずに振り向くであろう、目を見張るような美しい女性であった。

「いや、きにすることはない。よもいそうろうのみだ。このくらいはしなければな……しかし、かえったらつめたい“しゃわー”をあびたいぞ」
 漆黒の美少年――“魔界大帝”クリシュファルス・クリシュバルスの呟きに、
「そうですね。一緒にシャワーを浴びましょう……です♪」
 美しき巨乳メイドさん――セリナがやさしく微笑んで答えた。

 ――あれから2ヶ月が過ぎていた――
 クリシュファルスは、そのまま腹黒氏の屋敷に居座り、魔界からの救出をのんびりと待つ身である。
 セリナは、引き続き屋敷に住み込みでメイドの仕事を続けているが、肉奴隷の身分からは開放されて、ちゃんと労働基準法に基いた仕事&それなりの給料&まともな自室を与えられるという、以前とは比べ物にならない豊かな生活を手に入れて御満悦だ。
 2人はいつもいつもいつもいつもいつも仲良く一緒にべったりと行動していて、傍から見る者にとっては、微笑ましくなるか殴りたくなるぐらい幸せである。
 ……ちなみに、まだクリシュファルスに若干のテレが残っているものの、2人はあれから毎日毎日毎日毎日毎日超ラブラブで激濃厚な性生活を送っていたりする……

「それでは、ローションと防水ローターと絹糸とカテーテルも買いましょうです。お給料を貰ったばかりなので、私は少しだけお金持ちなんですよ」
「う、うむ……(しゃわーになぜそんな道具が必要なのだ?……今度は一体、何に使うのだろう?)」
 ニコニコ微笑むセリナを横目に眺めつつ、クリシュファルスはカワイイ額に、暑さとは別の原因による汗を浮かべた――その瞬間、
「――なんに使うのでしょうねぇ?」
「!?」
 いきなり背後からボケボケボイスで声をかけられて、クリシュファルスは慌てて背後に振り向こうと――

 ぎゅむっ!!

「んなぁ!?」

 かいぐりかいぐりかいぐりかいぐり……

「きゃん!カワイイですぅ〜〜〜♪」

 じたばたじたばた!!

「ななななにをするかっ!?はなせぶれいものめ!!」

 謎の人物に有無を言わさず抱き締められて、頭を撫でくり回されるクリさんであった。
 クリシュファルスも必死に暴れるが、向こうの方が軽く頭2つは背が高い。ウェイト差がありすぎて、その抵抗はほとんど意味を成していなかった。

「かいぐりかいぐりかいぐりかいぐり〜〜〜ですぅ〜〜〜」
「はなせといっておるだろうがぁ!!きさま!!なにものだぁ!?」

 腰まで届く鮮やかな赤髪が印象的な、二十歳ぐらいの美女であった。向日葵の花に妖精がいれば、こんな姿なのかもしれない。
 可憐とさえ言える顔立ちなのに、どこかボケた印象を与えるのは、内面の人柄が滲み出ているからだろか。
 麦藁帽子にシンプルな白のワンピースという、夏の太陽がよく似合う格好の、この美女の名は――

「あすみさん、こんにちは……です」
 頭が地に付くぐらい深々とお辞儀をするセリナ――大柄な体格の割には、かなり体が柔らかい――に対して、
「セリナお姉ちゃん!!こんにちはですぅ!!」
 ジタバタ暴れるクリさんを抱き抑えながら、元気よく赤毛の美女――“西野 あすみ”はセリナに片手を掲げて挨拶した。
 セリナは優しくボケた微笑みを、あすみは元気にボケた微笑みをお互いに向けている。どうやら2人は知り合いのようだ。それも限りなく良い意味で。

 じたばたじたばた

「セリナお姉ちゃんもお買い物ですかぁ?」
「はいです。商店街でセールをやっているそうなので、日用品と食材の纏め買いに来ましたです」

 じたばたじたばた

「あすみもお買い物ですぅ。会社のみんなが疲れているから、差し入れ用のお菓子とアイスとジュースをたくさん買うんですぅ」
「まぁ、おいしそうですね」

 じたばたじたばた

「会社のお仕事がとってもとってもとっても大変なんですぅ。『第1級緊急事態』が発令されちゃってぇ、2ヶ月以上も休み無しなんですぅ。みんなヘトヘトなのぉ〜」
「まぁ、大変ですね」

 じたばたじたばた

「お姉ちゃんなんてイライラしててすっごく恐いのぉ!!みんな近寄らない様にしてるですぅ」
「まぁ、困りましたですね」
「――って、いいかげんにたすけてくれぇ!!」
「はいですぅ?」
「はいです?」
 きょとんとするボケボケ美女2人組。
 いまだに抱きかかえられたままのクリシュファルスは、眩暈を感じて頭を抑えた。
(セリナと同等にボケられる者がいたとはな……)
 クリシュファルスが突っ込まない限り、2人は永遠にボケ続けるだろう。ツッコミ役のいないボケほど始末の悪い物は無い。
「……セリナよ、とにかくよをはやくこのぼけおんなからかいほうしてくれ。よはにんぎょうではないぞ……」
 ほとんど半泣き状態のクリさんを見て、さすがにセリナも状況に気づいたようだ。
「あのぅ……そろそろクリさんを放してあげて頂けますか?……です」
「……はぁい……こんなにカワイイのにぃ……残念ですぅ」
 ホントに名残惜しそうに、あすみはクリシュファルスを開放した。すかさずセリナの背中の陰に隠れるクリさん。よっぽど『連続かいぐり』が嫌だったらしい。
 そんな微笑ましい様子を、にぱーっと眺めていたあすみであったが、
「……あれぇ?」
 ふと、腕時計を覗いて、
「――あ!!そろそろ会社に戻らなきゃ!!仕事中にこっそり抜け出した事がお姉ちゃんにばれちゃったら、ウメボシグリグリ地獄ですぅ!!!」
 額に巨大な汗を浮かべた。
「まぁ、お仕事ご苦労様です」
「……さぼっておったのか……」
「というわけで、あすみは会社に帰りますぅ」
 あすみはぺこりと頭を下げた。
「それじゃあセリナお姉ちゃん、ばいばいですぅ〜!!」
「はいです。あすみさんばいばいです」

 ……ひょいっ

「はりゃ!?」

 すたすたすたすた……

「〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜ですぅ〜〜♪」
「わああああ!!はなせぶれいものめ!!……たすけてセリナぁ!!」

 炎天下の商店街に響き渡るクリさんの悲鳴に、深々とお辞儀していた頭を上げたセリナのタレ目に飛び込んできたのは、魔界大帝を荷物のように小脇に抱えて路地裏に消えていくあすみちゃんの姿であった……
「ああん、あすみさぁん。クリさん持って行っちゃダメですよぉ」



 ――数分後――

「――ううう……ひどいめにあった……なんなのだ!!あのへんなおんなは!?……」
「“西野 あすみさんです。とってもいい人ですよ……」
 商店街の奥に消えて行く1組の男女――
 ――路地裏の陰からそれを見つめる、赤毛の美女の姿があった。

(……信じたくは無かったけど、本当だったですぅ……)

 腕時計に内蔵された精神波増幅通信機のスイッチを入れる手つきは、元気で明るい大ボケ美女ではなく、西野(株)でもトップクラスに位置する魔物スイーパーのそれであった。
 意識を通信機にインプットされた認識パターンに同調させながら、受信役の精神に波長を合わせる。“血縁”を媒体とするホットラインだ。盗聴される心配は無い。
 
(……あ、お母さ……社長ですかぁ……はい……はい……予定通り、目標に接触しましたですぅ……はい……データを転送しますぅ……はい……はい……それでは計画を第2段階に移行しますぅ……)




「――はい、これで今日のお買い物はおしまいです」
 乾物屋の自動ドアがガタガタ音を立てて開き、エアコンの冷風と2人の男女――セリナとクリシュファルスを開放した。
「……むぅ」
 むわっとした熱気に体中を撫で回されて、おもわず顔をしかめたクリシュファルスの頬に、
「はいです」

 ぴとっ

「うわぁ!!」
 いきなり棒状に固められた氷が押しつけられて、跳び上がりそうになるクリさんであった。
「なんだこれは!?」
「アイスキャンディーです。さっき買っておきました。さあ、どうぞ……です」
「うむ、かんしゃする」

 太陽は少し傾いてきたが、今の時間が一番暑さが厳しい。
 強烈な日差しに照らされる2人の影は、この上なく黒々としていた。
 遠くからセミの鳴き声が響き渡る。

 アイスキャンディーをぺろぺろ舐めるクリシュファルス。まさに御機嫌至極といった様子だ。普段は大人ぶっている魔界大帝も、こういう所は外見相応の子供と変わりない。
 でも――
「……セリナはたべないのか?」
「……あ、私はおバカなので、自分の分を買うのを忘れてしまいましたです」
 いかにもセリナらしい言い訳に、クリシュファルスは苦笑した。
「たべかけでよければ……どうだ?」
「まぁ、ありがとうございますです……うふふ、間接キスみたいですね」
「……いまさらなにをいっておるのだ……」
 瞳を閉じて、あーんと口を半開きにするセリナ。その表情の色香にドキリとしながらも、クリシュファルスはゆっくりとアイスキャンディーを挿入……もとい、食べさせようと――

 ピシッ…

「……?」
 いつまで経っても口にアイスキャンディーが挿入されないので、『?』と目を開けたセリナの瞳に飛びこんできたのは、背を向けて太陽を見上げるクリシュファルスの姿であった。
 アイスキャンディーは道路に落ちて、半ば解け崩れている。
「ああ、勿体無いです……あのぅ、クリさん?……です」
 クリシュファルスは答えなかった。
 直視すれば瞳が焼き潰れても不思議ではないぐらい、眩く輝く太陽を、真っ直ぐに見据えたまま……
「あのぅ……クリさっ!?あわわわわ!!……です!!」
 いきなり背中越しに買い物袋が投げ渡されて、セリナは慌ててそれを受けとめた。
「……セリナ……」
「はいです」
『……先に帰ってくれ……』
「はいです?」
《……急いでこの場から離れるのだ。できるだけ早く、遠くに……》

 ――季節外れの冷風が、ひゅうひゅうと吹き抜けた――
 ――如何な闇より暗き、暗黒の瘴気を伴って――

 クリシュファルスの声が、普段のロリッとした響きから別の存在に変わっていく。
 いや、声だけではない。何時の間にか、身に纏う暗黒の衣『深遠なる闇』が暗黒の波動と化して膨張し、クリシュファルスの身体を覆い隠していた。その闇色のシルエットは、徐々に人外の物へと変貌していく。

 両手に大量の荷物を持ったまま、器用に片手を頬に当てて、セリナは何か考えていたが、やがて少し困った様に微笑むと、
「はいです。それでは私は先にお屋敷に帰りますね。美味しいおやつを用意しておきますです。早く帰ってきてくださいね。あんまり遅くなっったら『めっ』ですよ」
 やわらかそうな頬をぷっと膨らませた。本人は厳格な態度のつもりなのだろうが、全然迫力は無く、むしろ可愛らしい。
《……承知した》
 無事に帰れたらな……と言う言葉を呑み込んで、クリシュファルスは静かに頷いた――頷いたのだろう。
 深々と頭を下げて、屋敷へと通じる路地裏に消えて行くセリナ。それを見送るクリシュファルスの漆黒のシルエットは、もはや完全に異形の存在へと転じていた。その身の丈は優に5mを超えている。

 ズズズズズ……

 闇の波動の中から、腕とも触手ともつかぬ奇怪な器官が次々に生えてきた。同時に膨大な魔力が溢れ出し、不気味に蠢く器官に暗黒の魔力が収束していく。その魔力があまりに膨大かつ高密度であるため、周囲の時空までもが奇形的に歪み始めている。悪夢の如き異様な光景であった。
 そして――
      暗黒の魔力は――
              消滅するように――
                       収縮し――
                            次の瞬間――
                                  爆発した!!
 不可視の恐るべき何かが、宇宙の隅々まで拡散していく。
 次の瞬間――世界の光景は一変していた。
 あらゆる物体の色が――いや、空気や光の輝きまでもが、白黒の単色で表現されていた。さらには白と黒の配置が反転されている。写真のネガを連想すればいいだろう。
 そして、空を飛ぶ鳥が翼を広げたまま――
 アクセルを力強く踏みこまれた車も――
 街角で談笑を交わす男女までが――
 全ての動きが完全に停止していた。
 物音1つしない。

《……『世界凍結』の術は上手く発動したようだな……この授業は寝過ごさなくて良かった……》
 脈動する闇の光というべき塊が、ぞっとするような、それでいてどこか安堵を含んだ声を洩らした。
 『世界凍結』――全宇宙、全次元をも含めた『世界』を、時空間は元より存在概念から世界法則までもを完全に『凍結固定化』してしまうという、驚くべき魔法である。術者はこの『完全に停止した世界』で、あらゆる概念法則等に干渉されずに行動できる。ただし、術者からも凍結した世界に干渉する事は不可能となるのだが……
《これで、自然保護条約云々を気にせずに、思う存分暴れられる……が……》
 『凍結された世界』で動けるのは術者だけではない。魔界大帝やそれと同格の超高位存在ならば、魔法の行使者の格に関係無く、『魔法』程度の事象には影響を受けないのだ。
 ……つまり、クリシュファルスはこれから――

 ドクン……

 闇の波動の固まりは、おぞましく形状を変化させながら、更に膨張していく。その大きさは、すでに周囲のビル街をも圧倒していた。

 ぴたり

 なんの前触れも無く、突然膨張と脈動が停止する。
 そして――
      闇の波動に――
             稲妻の如き亀裂が走り――
                         凄まじい破砕音と共に――
                                     粉々に砕け散った!!
 闇の破片が黒水晶片の雨と化して降り注ぐ。
 その真中に聳え立つは――
 悪魔族の頂点に立ちし――
 偉大なる魔界の支配者――

 “魔界大帝”

 ここに降臨す。

《……もはやこの世界で、元の姿に戻るとは思わなかったが……》

 この偉大なる魔界大帝が、クリシュファルスがこの世界で悪魔族としての真の姿の戻ったのは、腹黒氏の屋敷の“宴”でセリナを救出した時以来である。
 あの時の“通常形態”と比べると、その見る者全てに絶望と恐怖を与える、悪夢の化身と言うべき姿の本質は変わらないが、地下室で見せた姿の大きさは『体高5m・全長40m』程であった。
 しかし、今の姿は実に『体高500m・全長4km』という、前代未聞の恐るべき巨体を誇っているのだ。
 “魔界大帝・戦闘形態”
 その天を圧し、地を睥睨する暗黒の巨躯。
 絶望と恐怖だけでなく、さらに戦慄と破滅をも加え、益々凶悪さを増した邪悪なる勇姿。
 それは悪魔というよりも、全宇宙全次元全世界における最強の武装を施した、漆黒の要塞を思わせた。
 前もって『世界凍結』の術を施したのも当然であろう。まともにこの“戦闘形態”を地上で展開したら、それだけで地球が“存在”に耐えきれずに木っ端微塵になるに違いない。

 しかし――

《戦闘形態になるのは、武闘の授業以来であるな……》

 耳にする者全てが滅びの運命を免れないであろう、圧倒的な暗黒の瘴気に彩られた呟き――しかし、その真に恐るべき事実は、その響きに僅かな戦慄の因子が含まれている事だった。
 戦慄?――あの魔界大帝が!?

 ゴゴゴゴゴ……

 地響きの如き音を立てて、魔界大帝の頭が――頭に当たる箇所が、ゆっくりと天頂に向けられた。
 凍結された漆黒の太陽が、眩い暗黒の輝きを放っている。

 ぴしり

 クリシュファルスは見た。
 世界のどこかで、何かが息を飲んだ。

 ぴしり……ぴしり……ぴし…ぴし…

 闇の光球に、明らかな亀裂が走り――

 ぴし…ぴし…ぴしぴし……!!!

 ―――ッ!!!

 ――水晶の鐘を銀の鎚で砕いたが如き破砕音。
 ――黒き太陽の破片が、吹雪の如く乱れ舞う。
 ――そして……

 “神”は降臨した。


《……これは……》

 “神”は聖なる書物に記された通り、優美なる巨人の姿を取っていた。
 如何な賛辞も色褪せん、純白の女神であった。
 しかし――この美しき女神は――奇怪なる、いや、機械なる異形の神だ。
 可憐な人型の身体には手足が、四肢が存在せず、どこかほっそりとしたシルエットは、直立した蛇か竜を連想させた。
 体高は50m。魔界大帝と比べれば相手にもならない大きさだが、その左右の空間に数多く展開された、輝く機械とも光のスクリーンともつかぬ奇妙かつ美しいパーツが占める領域は、1km四方にも及んでいる。
 そして、四肢無き女神の本体は元より、その身を包む純白のドレスとも鎧ともつかぬ装甲にかけてまで、全てが白く輝く金属で構成されていた。時折全身に走る電子の輝きの美しさよ。
 機械だ。この女神は美しき機械の神なのだ。

 kinkinkinkinkin……
 riririririririri……

 オルゴールの音色の如き機動音が、魔界大帝の眼前で停止する。その間合い、およそ5km。
 対峙する暗黒の巨獣と、純白の女神――その光景は、あたかも書物に記された世界最終戦争を連想させた。
 最後の太陽の欠片が、ゆっくりと両者の間を舞い落ちる。

 動きがあったのは女神の方からだった。
 白き機械神の胸部装甲の一部に、縦に光の筋が生じた。
 細い光の筋は太さを増し、それが長方形となった時、中に立つ影が見えた。

《……ほう》
 魔界大帝から洩れた呟き、それは感嘆であった。

 ――白蛇の女神の中から、もう1人の美しき女神が生み出される――
 いや、彼女こそが“神”の本体か。
 機能美の極地といえる華麗な軍服に身を包んだその神は、人類とほとんど変わらない容姿だった。しかも息を呑むほど美しい、20代半ばの女性体だ。180cm近い長身は、実にスレンダーな体格で、長く艶やかな黒髪をポニーテール状に纏めているのが、妙に人間臭さを感じさせた。
 しかし、背中から覗く純白と白銀の翼が、彼女が人外の存在である事を示している。
 輝くほど凛々しく、凍えるほど冷ややかな……その整った美貌の凛々しさと冷たさよ――絶対零度の水晶塊を、天上の細工師が彫り込めば、斯様な美神が創造されるのかもしれない。
 しかし、その美貌には欠片も感情は感じられなかった。
 そして、何より見る者の関心を引くのは、白銀に輝く金属製のの右眼、左耳、右翼、左腕、右脚……彼女の四肢や感覚器官は、その片割れが機械製の義肢なのだった。
 しかし、美しき女神から放たれる凄まじいまでの神々しさは、機械の無骨さを完全に打ち消している。
 対峙する者全てに、何か圧倒的な思いを抱かせる、美しくも恐ろしい女神であった。

 スッ……

 女神が1歩踏みこんだ。
 その身体は完全に白蛇の機械神から離れ、何の足場も無く空中に浮かんでいる。
 驚くべき事は何も無い。
 彼女は“神”なのだ。
 それも、かつて人類が知る事も無かった超高位存在の……

「“デモンズ・オーバーロード”クリシュファルス・クリシュバルス殿か」
 美しい、よく通る……しかし乾ききった声であった。そこには何の感情も込められていない。

《然り……帥は神族の犬か?》
 魔界大帝の声も乾いていた。だが、この乾きは女神のそれとは違う種類の物だ。

《名乗れ》
「私は天界軍第1機甲師団第1連隊長・第1級武争神――」

 漆黒の要塞獣が、ピクリと震えた。

「――アコンカグヤ・ガルアード大佐だ」

 ――眼に見えず、耳に聞こえぬ巨大な落雷が、凍結した世界に轟いた――

《……その名は聞いた覚えがある……ええと…なんだっけ……そう……神族最高のZEXL乗りにして、神族最強の戦士と記憶しておる……二つ名は“神将元帥”……》
 魔界大帝の視線が――視線があるのなら――アコンカグヤと名乗る女神の背後に向けられる。
《……そのZEXLは……ええと……タイプ08“ホワイトスネイク”か……8枚の主翼に、同数の副翼……アラバスター級だな……神族最強の決戦兵器を持ち出すとは……》
 白銀の義眼に、電子の煌きが走った。
「クリシュファルス・クリシュバルス殿には、私に拘束連行されていただく」
《……ほう、如何なる道理で?》
「知る必要は無い」
《……ならば、是とは言えんな》
「拒否権は無い」
《面白い……》
 闇の巨躯のどこかが、不敵な笑みを浮かべた。
《……しかし、天界議会は何を考えておるのだ?自然保護区域にZEXLを持ち出すなど、他種族に言い訳の仕様のない、重大な条約違反だぞ……》
「この件は全て私の独断だ」
《……職務に忠実なのも結構だが、“道具”の行く末は悲劇であるぞ……》
「これが最終忠告だ」

 風が吹いた。

「クリシュファルス・クリシュバルス殿には、私に拘束連行されていただく。抵抗すれば強制的に執行する」
《……魔界大帝の言に二度は無い》

 風が吹いた。
 黒曜石の如く輝く黒髪が、ゆらゆらと揺れる。

 神族の女軍人は踵を返して、白蛇の機械神――ZEXL−08“ホワイトスネイク”の開放されたコックピットに搭乗した。胸部装甲が音も立てずに閉じて、操縦者たる主を完全に収納する。
 ホワイトスネイクの瞳――瞳に該当する箇所に、紅光が宿った。

 風が吹いた。
 凍結された世界に、吹く筈の無い風が。

『参る』
 機体の周囲に展開された“ウィング”が、神聖エネルギーを放ちながら起動を開始する。ターゲットに死の顎を向けるために。
《来やれ》
 漆黒の要塞獣の周囲を、暗黒の瘴気が渦を巻く。魔界大帝に敵対する愚か者に、死の制裁を加えるために。

 風が吹いた。
 “神”と“悪魔”の最終決戦に、滅びの色取りを添えるために。

 世界のどこかで、何かが息を呑んだ。

 滅びの運命を退けるは、“神”か“悪魔”か。

 ――生死を穿つ瞬間の誕生には、それに相応しい“機”が必要となる――






「ケンカしちゃダメですよー」






 ……でも、その“機”はこんなボケた声ではない筈だよね……

 ホワイトスネイク機は思わず前につんのめりそうになり、魔界大帝はずるっと左30°に身体を傾けた。
《そっそっそっその声は……セリナぁ!?》
「私はここですよー」
 対峙する魔界大帝とホワイトスネイク機の、ちょうど中間地点にある交差点の真ん中に、ぽつねんとセリナがつっ立っていたりする。ハードな雰囲気になっていた&今の2人にとってセリナはあまりに小さかったので、今まで意識に入らなかったのだ。
「うわークリさん大きくなっちゃいましたですね」
《なぜセリナがここにいるのだ!?》
『その人間の女は何?』
「あのですね、お屋敷に帰ろうとしたら、突然見慣れた街の風景が前衛的な白黒ぱんださんになってしまったのです。あとですね、街をちょうりょうばっこなさるいっぱんぴーぷるの皆さんが、急に動かなくなってしまったのです。どうやら『町内大だるまさんがころんだ大会』が開催されているみたいです」
《なんで『世界凍結』した世界の中で、平然と動けるのだ!?》
『その人間の女は何?』
「だるまさんがころんだ大会ですか……とても楽しそうですね。私もできれば参加してみたいです」
《い、いや動けるとか以前に、この高濃度の瘴気と神聖エネルギーが荒れ狂っている空間で、なんで平然としていられるのだ!?人間どころか我が同胞や神族の連中ですら、余程の高位存在でなければ耐えられんぞ!?》
『その人間の女は何?』
「だるまさんがころんだって、とってもエキサイティングでエキセントリックでエキスパンダーですね。私もあすみさんと遊んだ事がありますです。私の256勝0敗でした。ぶい!!です」
《余の話を聞けぇ!!》
『私の話を聞いて』
「……あ、大変申し訳ありませんでした。私はおバカなので、話が脱線してしまいましたです……だるまさんがころんだ大会に参加したいと思いました私は、大会実行委員会を探しておりました。そこで大きくなったクリさんを見つけましたのです」
《……と、とにかく今すぐここから離れるのだ!!》
『私の話を聞いて』
「え?……あっ!!ふと私は気が付くと交差点の真ん中に立っていますです!!これは重大な犯罪行為です!!大変申し訳ありませんでしたです!!」
《土下座するなぁ!!……今回はいつも以上にボケが酷いな……》
『私を無視しないで』
「はいです……あのぅ、ところでクリさんは何をなさっているのでしょうか?……です?」
《見ての通りだ!!神族の刺客と戦おうとしているのだ!!危険だからセリナはこの場を離れるのだ!!》
『私を無視しないで』
「あうう、やっぱりケンカをなさっていたのですね……男の方は拳で語り合う事しかできない不器用な一匹狼が夕陽の川辺で横たわって『おめぇ強ぇな』と強敵と書いて(とも)と呼ぶ事で友情を確かめ合うそうですが、やっぱりケンカはダメですよ」
《……いや、だからこれは喧嘩ではなくて……》
『無視……』
「もっと安全でスマートな方法で勝負をつけましょうです」
《……あのなぁ……》
『無視……』
「だるまさんがころんだで勝負を決めるというのはいかがですか?」

 果てしなくボケ続けるセリナを尻目に、


クリシュファルス殿

 アコンカグヤは魔界大帝の思考に直接語りかけた。このままでは全く話が進展しない。無視されるのも悲しいだろうし。

その人間の女は何なのだ?

……余にもいろいろ事情があるのでな……

戦いはどうする

一時、矛を収めるしかあるまい

それはできない。場所を変えるか?

何の為に『世界凍結』の術を施したと思う?余と帥が戦えば、この次元全体が巻き込まれるに相違無いだろう。どこを戦場にしても、セリナ――あの人間の女の名だ――への被害は免れんぞ

既に違反行為を働いているとはいえ、現地生物の殺害まではできん。そこまで自然保護条約を破る気は無い

ゲフッ!!ゴフン!!

何か?

な、なんでもない……別の方法で勝負をつけるしかあるまい。敗者が勝者に全面的に従うという条件でどうだ?

承知

さて、勝負の方法だが……第3者であるセリナに決めてもらおう。と、余は提案するが

問題無い

……ところで、『だるまさんがころんだ』って何だ?

知らん


 ――と、いうわけで――

「第1回だるまさんがころんだ大会を開催しますです〜〜〜!!!(ぱちぱちぱちぱち……)」
《………》
『………』

 セリナから『だるまさんがころんだ』の遊び方の説明を受けて、その内容に呆然とするクリシュファルスとアコンカグヤ……当のセリナだけが乗り気だ。
『本当にこれで勝負をつけるのか?』
《……うぐぐ……ま、魔界大帝の言に二度は無い……》
 絶望と恐怖と破滅と悪夢とその他たくさんの化身といえる、戦闘形態の魔界大帝が汗を流すとしたら、今は脂汗を流しているだろう。
「それではですね、ジャンケンで鬼を決めましょうです」
 漆黒の要塞獣と白蛇の機械神は、なんとなく顔を見合わせた。
《……“じゃんけん”とは何だ?》
『知らん』
 ……2つの超高位存在は、セリナからジャンケンの説明を受けた。なんだかなぁ……
《ふむ、完全な偶然で勝敗が決まる仕組みか》
『フォーチュライトやマインドハックの類の能力の使用は禁止だ』
《当然だな》
「それでは皆さん、じゃーんけーんぽー……あのぅ、ジャンケンしなきゃダメですよ?」
《………》
『………』
 ……2つの超高位存在は、固まっていた。

 悪魔族としての真の姿となったクリシュファルスは、まさに絶望と恐怖の化身としか表現できない恐ろしい外見をしている。その身体の器官に人間と共通する要素は全く無い。
 ……つまり、『ジャンケンができる手』に該当する箇所が無いのだ。

 アコンカグヤが搭乗している『ZEXL−08“ホワイトスネイク”』は、四肢の無い純白の女神を基本形とするデザインで設計されている。
 ……つまり、ジャンケンしよーにも手が無いのだ。

 なにやってんだか。

「あのぅ……ジャンケンしないと始まりませんですよ?」
 ……もっとも、セリナはぜーんぜん気付いていないみたいだけど……

『……やむをえん、余は人間の姿に変身するから、帥も人間の姿に……って、帥は元々人間に近い姿であったな。ZEXLから降りるのだ』
《承知》


 アコンカグヤはZEXLから降りる為に、コックピットのハッチを開放した――
 ――自動戦闘モードのスイッチをONにしてから。

 子供の遊びに付き合ってはいられない。魔界大帝が人間の姿になれば、その戦闘力は1億分の1にも満たないだろう。この神族の女軍人は、機会を見てZEXLを遠隔捜査し、一気に魔界大帝を拿捕する計略を立てていた。
 実戦に卑怯などという言葉は無い。


 ホワイトスネイクの胸部装甲が開いて、華麗な軍服を纏った美しくも冷たい美神が、翼をゆっくりと羽ばたかせながら舞い降りる。
「まぁ……とっても綺麗でとっても個性的な方ですね……」
 セリナは、その美しさに呆然となっている様だ。
 アコンカグヤ本人の方は――完全にセリナを無視して、周囲を見渡している。
 暗黒の巨体はどこにも無かった。アコンカグヤが地上に降りる準備をしている間に、人間に変身したらしい。
「クリシュファルス殿は?」
 美しくも冷たい声であった。そこには何の感情も感じられない。
「――ここにおる」
 セリナの背中側の陰から、ぴょこんとクリシュファルスが、絶世のロリプニ超絶美少年が飛び出した。

 ぴたり

 ――女軍人の動きが停止する――

「それでは、ジャンケンを始めましょうです。じゃーんけーんぽ……」
「……ちょっと待て。なぜセリナも“じゃんけん”をするのだ?」
「………」
「私もだるまさんがころんだをやりたいのです。ダメですか?」
「……もう、すきにしてくれ……」
「………」
「それではではでは、じゃーんけんぽーんです!!(ぐー)」
「……じゃーんけーんぽーん(ちょき)」
「………」
「……あれ?……です?」
「……なぜ“じゃんけん”をせぬのだ?」
「………」

 アコンカグヤは、クリシュファルスを凝視しながら完全に固まっていた。
 セリナが目の前で手を振っても、全然反応が無い。

 そう……

 ――今、彼女の思考を占めているのは――
 
(……か……カワイイ……可愛い過ぎる……)
 
 ……であったのだ――

「ふむ、ならば……」
 クリシュファルスの足元に、魔力が集中する。

「……はっ!?」
 アコンカグヤが正気に戻った時は遅かった。
 クリシュファルスの影が自分の足元に伸びている事に気付いた次の瞬間、影は瞬く間にその身体を覆い隠し、同時にアコンカグヤの意識も闇に消えた……
TO BE CONTINUED

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