――女は弱い――


 これは生物学的な観念では無い。

 戦闘力という意味なら、私に勝てる男は誰もいなかった。

 重要なのは、

 
“心”


 女の心は、

 あまりに儚く、

 あまりに切なく、

 脆弱で、

 悲しくて、

 いつも悲鳴を上げている。


 『だれか、わたしをだきしめて。わたしをひとりにしないで』


 女はあまりにか弱くて、

 孤独な心は凍りつく。


 でも……


 あなたが私を抱きしめて、

 私の胸にあなたを抱いて、

 震える身体に温もりをくれるなら。

 凍えた心を慰めてくれるなら。

 依るべきあなたがいるのなら。

 守るべきあなたがいるのなら。


 その時、女は――







































 細心の注意を払う。
 右手の中のざらざらとした感触。
 摩擦係数は相当少ない。ある程度の圧力を加えないと滑り落ちてしまう。
 でも、同時にそれの強度は極めて脆い。圧力を加え過ぎると粉砕してしまう。
 力が強過ぎれば破壊してしまう。力が弱過ぎれば落としてしまう。
 なんて厄介な物体。
 あまつさえ、その一部分に衝撃を加え、衝撃箇所のみを破損させるだなんて……
 私にはあまりにも困難な行為。

「アンコさん……頑張ってくださいです!!」

 傍でセリナが応援。その声には緊張が漲っている。
 私の心も、しばらく忘却していた感情――『緊張』が支配していた。
 これがラストチャンス。もう失敗は許されない。
 落ちついて……アコンカグヤ……
 身体は炎の如く、心情は氷の如く、よ……
 丹田に力を込める。
 呼吸を停止。
 右手を指定位置に置く。
 あらゆる意識が、その物体に集中する――
 ミッション――開始。

 こんこん

 ぱか

 じゅわー

 油の跳ねる音。
 白濁の粘液がフライパンの隅々まで広がる。
 その中心には――
 ――黄色の真円が。

「あめでとうございますアンコさん!!とうとう綺麗に卵を割る事ができましたですね!!」

 自分の事のように大喜びしてくれるセリナ。
 私も嬉しい。
 やっと、やっと成功したのね……
 限りない達成感と満足感が、私の心に心地良く浸透する。
 隣に失敗した卵の殻が、私の身長を超えるほど山積みになってるけど、忘れよう。
 おかげで今後3日間は卵料理が続く事になるみたいだけど、気にしない。卵料理は好きだし。

「やっぱりアンコさんは凄いですよ。立派なメイドさんになれると思いますです。あとはメイドさん48の殺人技を覚えれば――」

 最高の笑みを浮かべるセリナ。私もあんな笑みを浮かべたいと、願わずにはいられない笑みを浮かべるセリナ――
 ――あの夜から3日が過ぎて、私は――いや、私達は、あまりにも平穏で、どこまでも平和な生活を送っている。
 ただ、クリシュファルス君は『仕事に失敗する度に屋敷を破壊してて、どこが平穏で平和だ!!』と言っているけど。
 平穏。
 平和。
 軍人として生きていた、いや、存在していた頃には、想像だにしなかった単語。
 今、私はそれを体験している。
 おそらく、この単語は幸福と同義の――

「アンコさん!!目玉焼きが焦げてますです!!」

 え?え?え?
 ど、どうしよう――





 ぴたり






 セリナを壁に押し付ける。
 義翼を展開。
 防御モードを実行した内蔵兵器の最優先防御対象をセリナに設定。
 セリナを背にかばう体勢で、出窓の外を観測。
 義眼から入力される外部情報データを収束。状況分析開始――
 この次元振動係数は、まさか――

 ブン!!

「セリナ!!アコンカグヤ!!」

 クリシュファルス君が目の前に転移。身体の半分が闇の波動に覆われている。戦闘形態に移行中と判断。

「あ、あのぅ……何がどうなったのでしょうか?目玉焼きが焦げちゃいますです……」

 突然壁に身体を押しつけられて、セリナは目を白黒している。

「それは無いわ」
「え?です?」
「気付かない?」

 目玉焼きの油の跳ねる音が無い。
 出窓から見える空では、野鳥が空中停止している。
 世界の全てから、あらゆる動きと音が消滅。

 この世界の時間が止まっている。
 極めて強力な術によって。

 初対面の時も同様だけど、なぜセリナが静止した世界の中で自由に行動できるのかは不明。
 私やクリシュファルス君並みの高位存在でなければ、この種の術から逃れるのは不可能なのに。

『この神聖波動の感覚は……そなたの同族か!?時間停止の術を放ったのは!!』

 クリシュファルス君は漆黒の悪魔に変貌。
 無言で頷く。
 この神聖力パターンは、私の同族――神族に相違無い。
 “タイムストップ”自体は簡単な術だけど、術に使用された魔力は極めて強大。最低でも私と同格の高位神族が行使したと推測される。
 不可解。
 これほどの使い手なら、世界の動きを止める為には“ワールドサイレンス”や“ディメンションフリーズ”クラスの術も楽に行使できるはず。なぜこんな低位の術を?
 ……いや、この種の術の使用目的は、世界の動きを止める為とは限らない。
 まさか――

《そなたを迎えに来た……訳は無いな。おそらく余を拿捕するなり滅ぼすのが彼奴らの目的か……》
「クリシュファルス君、“ワールドフリーズ”の術の行使を要請する」
《な……『世界凍結』の術のことか?なぜ斯様な必要が――》
「早急に。奴等が降臨してからでは遅いの」
《う、うむ……》

 クリシュファルス君――いや、魔界大帝から膨大な魔力と瘴気が膨れ上がる。
 凄い魔力強度。さすが魔界大帝ね。

《――ッ!!》

 気合と同時に、世界の隅々まで強大な魔力が浸透する。
 世界の光景がリバースモノトーンに変貌。ワールドフリーズの術は成功した。

「そのまま術の維持に集中して」
《な……しかし、それでは余は他に何もできなくなるぞ》
「指示に従って。維持を続けなければ、容易に術が破られる」
《むむ……承知した。しかし、それほどの存在がこの地に降りるというのか?》
「場所を移動する」
《こ、こら、勝手に――》

 屋敷の外に集団テレポートを実行。
 緑の丘陵に――今は白黒だけど――降り立つ。
 ここは屋敷の敷地内の丘上。見晴らしが良く、ほとんどの方向に対応が可能。本当は空中がベストだが、セリナもいるからその選択は不適格と判断した。

《なぜ斯様な何も無い場所に?狙ってくれと謂わんばかりであるぞ!?》
「神聖力の中心の接近速度から判断して、奴等が我々を完全に捕捉した事は明確だ。今更隠れても無意味よ。むしろ相手の動きを確認し易い場所を確保した方がベストなの」
《むむむ……まぁ、ここは元・軍人たるそなたの指示に従おう」
「感謝する……わ」

 聞き分けが良くてよかった。
 本来なら、魔界大帝が神族の指示に従うなんて、想像する事もできない。

 そう――
 ここでの暖かくやさしい共同生活が、種族や身分の差を吹き飛ばしてくれた。

 クリシュファルス君――本当に、素直で良い子……
 セリナ――全ては貴方のおかげよ……

 灰色の上天を凝視して、機械の拳を胸に押し付ける。
 この身に代えても、絶対にみんなを守ってみせる。
 それがこの私の二つ名――“神将元帥”の存在理由――

《――来たぞ!!》
「はれ〜〜……あれは何でしょう?です?」

 灰色の空が歪んだ。
 何も無い空中に、真円の波紋が広がる。
 静かな水面に小石を沈めたように。
 数は3つ。
 波紋は徐々に広がって――

《あれは――!?》

 三重の轟音が上天を震撼させる。
 灰の水面が弾けた。
 躍り出たのは、やはり私と同じ――

 漆黒の巨神が3機、沈黙の空気を裂いて落下する。
 次元が振動するほどの威圧感。
 シャドーメタル複合装甲の、凶々しい光沢。
 全身に隙無く配置されたインナーウェポンの、無言の殺意。
 高次元大出力ジェネレーターの、狂おしい喘ぎ。
 それだけは美しい絵画かアクセサリーを思わせる、戦闘用ウィングの傲慢な輝き。
 全宇宙全次元全世界最大最高最強の、人型戦闘起動兵器――

 やはり私と同じ――“ZEXL”
 8枚の主翼に、8枚の副翼……アラバスター級か。
 しかも、3機――

 ドドドドドドドドド!!!

「きゃあ!!です!!」

 着地。
 凄い振動。
 突風が私達を翻弄する。
 セリナが魔界大帝にしがみついた。
 本来なら、凍結された世界では、こんな衝撃は発生しない筈。
 世界構成を揺るがす程の“存在質量”が、この惑星が存在する世界を押し潰そうとしている。
 無茶。
 魔界大帝が『ワールドフリーズ』の術を維持して無いと仮定するなら、この瞬間に宇宙が木っ端微塵に破壊されたのは確実。

《アラバスター級のZEXLが3機もか……あの型は……ええと……なんだったか?》
「ZEXL−22“トライゴン”……軍が秘密裏に開発していた最新鋭機よ。ついに完成したのね……」
《なら、余が存じぬのも当然か……最新鋭機という事は、やはり強力な機体なのか?》
「機体データは不明。軍上層部のごく一部しか、そのデータは知らないらしいわ。噂では新開発の技術を導入した、対悪魔族用の秘密兵器として開発されたと聞いている」
《ぬぬぅ……考えられる限り最悪の相手であるな……本気で余を滅ぼそうと画策しておるのか。神族の連中めが……あ、すまぬ……》
「気にしないで」

 黒いZEXL達との距離は204.687m――体高50mを超えるZEXLにとっては一撃必殺の間合い。
 ウィングの種類から判断して、重戦闘存在の駆逐――対魔界大帝戦を想定した兵装を選択したか。
 ならば、憂慮すべきは魔界大帝をも倒す事が可能なメインウェポン。
 3機のZEXLの内、右側のZEXLのメインウェポンは、体高の倍近い長さの竿状武器。幅広で無骨なブレード部分に、同等の長さの柄――俗に斬馬刀と呼ばれる武器だ。特有の電子音から質量変換機構を内蔵していると推測する。
 左側の機体は、その両腕が鞭状のチェーンウェポンに改装してある。肩部の高速振動機構とディメンションクロウザーによって、そのリーチと破壊力は無限大に近いだろう。
 そして、最も厄介な得物を装備しているのが中央だ。両手持ちの大型バスターライフル。あのバレルの独特の形状は、フルメタルジャケット(完全世界撤鋼弾)が射出可能である事を表している。携帯型メインウェポンとしては最強の破壊力を持つ兵器だ。
 いずれも格闘戦用の装備。さすがに自然保護区域で大規模な破壊兵器を使用する度胸は無かったみたい。
 しかし――

「戦力差は絶望的ね」
《ぬぬぅ……世界凍結の術の維持を続けねば、この星は破壊される。しかし、維持していれば余は無防備も同然という訳か……卑怯な手を使いおって!!》
「……私はおバカなのでよくわかりませんが、大変みたいですねぇ……お茶でもお入れしましょうか?です」
《あのな……》
「来るわよ」

 中央のZEXLの胸部ハッチがゆっくりと開く。
 ZEXLパイロットスーツに身を包んだ、私より幾分年上に見える男性が出現。
 端正な顔立ちなのに、どこか無骨な印象を感じる。
 戦いの中にしか、自分の存在意義を見出せない戦士の顔。
 それは私と同族――武争神族の証し。
 彼には見覚えがある。
 名は、確か――

「天界軍第1機甲師団第1連隊第3独立機甲大隊隊長・第1級武争神・アヴァロン=クルィエ少佐だ……さて、魔界大帝のボウヤ――」

 むっとする気配が隣から伝わる。
 クルィエ少佐は腕組みしたまま、私達を見下ろしている。

「――大人しく俺に連行されて頂こうか。拒否するならこの場で滅ぼす」

 敵対関係にあるとはいえ、悪魔族の最高のVIPに対してあまりにも無礼な言動、態度。それはこの任務がいかにイリーガルであるかを表している。
 私もそうだったけど。

《……斯様なる無礼の輩に答える舌を持たぬわ!!》

 空間まで震えるような魔界大帝の怒声――いや、実際に空間が震えている。
 怒るのも無理ないけど、術のはきちんと維持して欲しい。

《今すぐ視界から消えよ!!神族の犬めが!!》
「……交渉決裂という訳か、もっとも――」

 おどけた調子で肩を竦める少佐。
 怒りに任せた様子で敵に接近する魔界大帝。
 私は動かない。
 でも――

「――始めから力づくで済ませるつもりだったがな」

 3機のZEXLは、徐々に間合いを詰めながら散開しつつある。本人の機体は自動操縦だろうが、その機動には隙も無駄も皆無。怒りに震えている魔界大帝が、自分が包囲されつつある事にも気付いていない事は確実。
 非の打ち所も無い、正真証明のプロの仕事。
 あの男――やっぱり……
 
「……でも、術を維持したまま戦えるのかな?ボウヤ」
《ぬぬぅ……帥ごときに――!!》
「――他のパイロットは名乗らないのか?」

 2人がぎょっとした表情で私に振り向いた。
 私は魔界大帝の隣に立っている。

「……なに!?女、何時の間に接近した!?」
《こ、こら!!そなたは下がっておれ――》

 魔界大帝を制して、さらに1歩前に出る。

「他のパイロットは名乗らないのか……と聞いている」
「……答える必要は無いな……それよりも……」

 クルィエ少佐から、ある種の気配が伝わってくる。

「この俺に感知されずに、どうやって魔界大帝の傍に移動できた?どんな技術や魔法の類も、俺の目は誤魔化せない……女、お前は何者だ?」
「答える必要は無い」

 それは、驚愕と狼狽――

「……よくよく見れば、お前は地球人類じゃないな……俺と同族か……しかも、その義肢、その美貌……さてはお前……」

 ――そして、歓喜。

「……生きていたのか、アコンカグヤ=ガルアード大佐」

 そう、未知なる存在に対峙すれば、何よりも先に戦士としての闘志が湧き出でる。
 これこそが武争神族の証。
 その血脈は、彼にも濃厚に受け継がれているのだろう。
 それは私も同様。
 凍結していた心に、何か熱い物が――

「敬称は必要無い。私の軍籍は剥奪されているのだろう?」
「『元』が付こうが、上司に対する礼は忘れないつもりだ……それがどんな上司でもな」

 少佐が笑った。
 口元だけを歪ませる笑み。
 それは侮蔑の笑み。

「まぁ、どんな上司であれ、俺はあんたの事をそれなりに尊敬していたつもりだ……それが、何だその格好は?魔界大帝の使用人に成り下がったのか?あの“神将元帥”ともあろう者が『堕ちた』とはな……」

 否定はしない。

「何があったのか知らんが、あんたは作戦に失敗したのなら、そのまま死ぬべきだったんだ……そうして生き恥を晒しているんなら、魔界大帝共々引導を渡してやるよ」
《何をぉ!!》

 芸の無い脅し文句。
 なのに、気温が200度は低下したような気がした。
 不恰好な殺気を全く発しないのが凄い。あるのはただ、明確な殺意だけ。
 あの男――やはり、強い。
 額に浮かんだ汗は、真夏の暑さの所為だけじゃないかもしれない。

 ……状況は最悪。
 敵の立場になって考察すれば――単純に目標を殲滅するなら、このまま一気に強襲を敢行するのが得策だと判断する。ただし、その場合は多少なりとも損害は覚悟しなければならない――となる。
 それをわざわざ、誰にでもわかるような――魔界大帝はわからないみたいだけど――時間稼ぎを費やしているのは、私達への包囲網を完璧にするため。
 3機のZEXLは、私達を中心とした正三角形を描く様にフォーメーションを展開中。
 この包囲網が完成すれば、私達は抵抗もできずに滅ぼされてしまうだろう。
 だからといって、包囲網を展開される前に私達が行動を仕掛ければ、その瞬間に向こうは攻撃を敢行するであろうと推測する。まだ私達の戦闘態勢が完成していない今の状況では、多少の抵抗はできても、敗北は時間の問題。
 絶体絶命ね……
 1秒でいい。
 クルィエ少佐の意識を、私達から逸らす事ができれば――

「お茶をお持ちしました。お客様……です」

 え?

「な、なにぃ!?」

 ……突然、横からティーカップを差し出されれば、少佐じゃなくても驚愕するわね。
 器用にコックピットハッチの端に腰掛けながら、ニコニコとティーポットにヤカンのお湯を注いでいるセリナ……あなた何者?

《ここここらぁ!!セリナぁ!!危ないから早く降りて来い!!》
「お、お前何者だぁ!?どうやって俺の隣に転移してきたんだ!?」

 私もそれは疑問。
 さっきから静かだと思ったら、本当にお茶の用意をしていたのね……
 それにしても、どうやって私達に気付かれずにあんな所に移動できたのか……相変わらず、謎が多い人。

「とっとと消えろ!!地球人類だろうが、それ以上邪魔立てするなら容赦はせんぞ!!」
「あらあら……大変申し訳ありませんです。お紅茶よりも日本茶の方が宜しかったですか?」
「違うッ!!」

 ――!!
 今がチャンス。
 ありがとうセリナ。
 魔界大帝に高速圧縮テレパシーを実行。

――クリシュファルス君、高速圧縮情報会話に切り替えて――

――ぬ?承知した……いいぞ……で、何の話だ?――

――ここは私が引き受けるわ。あなたは術を維持したまま撤退して欲しい――

――なにぃ?斯様な侮辱を受けたまま、おめおめと引き下がれるか!!あんな無礼者は余が直々に……――

――あなたでは勝てない――

――!!……なにぃ!!――

 怒ってる。
 言い方が悪かったみたい。

――確かにスペックだけで判断するなら、あなたは世界最強かもしれない。でも、数値だけでは勝てないのが“実戦”よ……あなたは訓練以外で敵と剣を交えた事はあるのか?ワールドフリーズの術を維持したままで戦えるのか?――

――……ぬぅ――

――あのクルィエ少佐は、天界軍でも1・2を争うエースパイロットなの。対悪魔族戦においては過去最高のスコアを出している、神族最強の戦士の1人よ。そんな彼が最新型のZEXLに乗って来たのだから……――

――実戦経験の無い余では、勝ち目は無い……と言うのか?――

――と言うよりも、貴方に勝てる確信があるからここに来た……と考えるべきね――

 勝算が無ければ動かない……それが神族上層部のやり方。
 あるいは私じゃなくてクルィエ少佐と最新型ZEXLこそが、今回の作戦の本命だったのかもしれない。

――わかった……しかし、今そなたの力は封印されていて……――

――これ?――

――!!――

 胸元からシール状の封印を剥がして、指先で摘んで見せた。
 魔界大帝は口(?)をぽかんと開けている。

――余の『封』を、そうもあっさりと……しかも、力を封じられた状態で……解くか!?――

 そうショックを受けないで。
 さすが魔界大帝の封印。
 私でも解除するのに1ヶ月以上を費やした。

――そ、それにいくら力を取り戻しても、生身のままでZEXLと戦うなど無謀で……――

――それも大丈夫――

――なにぃ!?――

――隠すなら、もっと工夫して隠した方が良い……――


「――何を話している!!」

 クルィエ少佐の怒声。
 同時に黒いZEXL達が、メインウェポンと攻撃用ウィングを此方に向ける。
 いけない、気付かれた。

《いかん!!》

 魔界大帝が、私を庇うように前に出た。

 (ありがとう。クリシュファルス君――)

 黒いZEXLの攻撃用ウィングが白熱化する。

 (でも――)

 両手のメインウェポンから、裂帛の殺意が放たれる。

 (もう大丈夫。あなた達は――)

 そして――

 (私が守ってみせる!!)

 天と地の狭間は、全てが白い輝きに包まれた――!!




※※※※※


「なにぃ!?」
 まさに今、漆黒のZEXL――“トライゴン”達のメインウェポンが火を吹こうとした瞬間――天上から降り注ぐ幾百条もの光の線が、トライゴンの周囲に炸裂した!!
 周囲をエネルギーの奔流が嵐の如く荒れ狂う――

 そして――

 クルィエ少佐が――

 魔界大帝が――

 セリナが――

 誰もが一斉に空を見上げた。

 kinkinkinkinkin……
 riririririririri……

 黒き太陽を背に浮かぶ純白のシルエット。
 舞い降りるは四肢をもぎ取られし純白の女神。
 ――ZEXL―08 ホワイトスネィク“ヴァージニティー”――
 再び、ここに降臨す――

《……ZEXLの封印まで解いておったのか、そなたは……》
「そうね」
《さすがは“神将元帥”であるな……》
 目の前に降り立ったホワイトスネイク機を見上げながら、魔界大帝は呆然と呟いた。
「搭乗するわよ」
《……余もか!?》
「あの中が一番安全よ。あなたの巨体でもコックピットに入れるから心配しないで……たぶん」
《い、いや……それよりも!!セリナは――!?》
「はいです、お紅茶です」
 ……何事も無かった様に傍に立ち、ニコニコ微笑むセリナにティーカップを渡されても、もう2人は驚かなかった。ただ――
「あのぅ、どうなさったのですか?……お2人とも頭を押さえて……です?」
《……何でも無いよ……》
「搭乗するわよ……」
 
「くそっ!!アコンカグヤ大佐が生きていたのも計算外だったが……」
 多次元構造ディスプレイの光が明滅するコックピットの中、クルィエ少佐は指を叩き付ける様にコンソールを操作していた。
 奇襲攻撃からトライゴンの体勢を立て直した時には、もうターゲット達――変な人間の女も――はホワイトスネイクに搭乗している。
「あのヴァージニティーまでが無傷だと?まさか魔界大帝との間に戦闘は行われなかったというのか!?」
 正面のディスプレイに写し出された白き異形の機械神を、クルィエ少佐は憎悪すら込めた視線でねめつけた。

 ZEXL――この搭乗式人型機動兵器は、従来の戦闘用巨大ロボットとはあらゆる面で一線を駕している。
 人類の技術レベルとは比べ物にもならない、神族の超科学技術によって製造された機体は、その兵器としてのポテンシャル全てが究極のレベルに達しているのだ。
 特に“ウィング”と呼ばれる様々な機能に分類されたオプションパーツを改装する事により、あらゆる状況に対応可能とするシステムは特筆に値するだろう。
 しかし、それだけでは“神族の決戦兵器”と呼ばれるには至らない。
 ZEXLの最大の特徴、それは『搭乗者自身の魔力や神聖力を動力源とし、更に特殊増幅機構によってその力を数十倍にパワーアップする』という、神族科学技術の究極とも言えるシステムを導入している点なのだ。その意味では、搭乗式の巨大ロボットと言うより、パワードスーツと述べるのが正しいかもしれない。
 つまり、このZEXLを相手にする場合は、唯でさえ強力な戦闘マシーンを相手にするだけでなく、その全能力がパワーアップされた神族をも相手にする事になるのである。
 もし、このZEXLが『設計思想の難解さゆえ、量産が困難』という欠点を克服すれば、あるいはあっさりと神族は悪魔族との戦争に勝利を収めていた可能性も有り得ただろう。
 現在までに開発されているZEXLは、不採用機体も含めて23種類。様々な特徴のある機体の中でも特異さでは郡を抜く機体が――

「ZEXL−08“ホワイトスネイク”か……」
 値踏みするようなクルィエ少佐の呟きが、無意識に洩れた。

 この四肢の無い純白の女神は、その華奢な外見から連想できるように、外部装甲は最低限の物しか装備されておらず、それどころかあらゆるウェポンの装備が不可能であり、攻撃は戦闘用ウィングに頼るしかないという、極めて特異な構造のZEXLなのだった。
 にもかかわらず、この奇形兵器が傑作機の1つに数えられている理由は『その機体キャパシティーの大半を、特殊増幅機構に費やしている』からなのである。そのため通常の数倍もの増幅率を記録しているのだ。
 その強力な増幅機構によって大幅にパワーアップされた神聖力、魔力は、そのまま機体のエネルギーとなり、他のZEXLをはるかに凌駕するエネルギー出力を可能としていた。
 当然ながら、この機体はパイロットの神格レベルが高い方がその特性が如実に発揮され、そのため神格と戦闘力の高い優秀な神族が好んでこの機体を使用したのである。それがさらに実戦での戦果を上げる結果となり、益々この機体の名声を上げたのだ。
 そして、それが最も顕著に現れた例が――

「アコンカグヤ=ガルアード大佐専用機……通称“ヴァージニティー”」
 平均的なZEXLパイロットの8倍に迫る速度で、クルィエ大佐は相手の予測データを入力する。眼前の敵――ホワイトスネイク“ヴァージニティー”のデータを――

 ホワイトスネイクタイプの機体は、その弱点をカバーするために、オプションパーツたる“ウィング”は『防御用ウィング』等を選択するのがセオリーだ。
 しかし、アコンカグヤ大佐は15番装備――全てのウィングを『攻撃用ウィング』に選択した機体を駈っているのだ。
 ただでさえ防御力が低いホワイトスネイク機である。この兵装タイプを選択するのは自殺志願も同然と言えるだろう。

「しかし――あいつは生き残った」
 データ入力完了。しかし、同時にホワイトスネイクの瞳に赤光が宿る。相手の戦闘体制も整ったのだ。これで互いに奇襲攻撃は不可能となった。

 一個連隊を預かる身でありながら、アコンカグヤ大佐はあの兵装で常に最前線で戦い続け、数多くの武勲を立ててきた。そして、恐るべき事に如何なる激戦を潜り抜けようとも、ただの1度も小破以上の機体損傷を受けた事が無かったのだ。それゆえに彼女が駈る機体は“ヴァージニティー(処女性)”の二つ名が与えられ、彼女自身も最高のZEXL乗りとの称号を得る事になった。

「だがこの戦い――俺の勝ちだ……」
 クルィエ少佐には自信があった。相手が最強の神族にして究極のZEXLパイロットであろうと、自分の実力と、この最新型ZEXL“トライゴン”の『あの能力』さえあれば、必ず勝利し得るだろう――と。
 ただ1つ、懸念があるとすれば――

 ――“静水”――

 四大種族に共通する武道の究極奥義の1つを、あの若さでアコンカグヤ大佐は極めたという。それも彼女の天才の証明か。
(そのデータだけは入手できなかったのだが、噂ではその奥義こそが、ヴァージニティーの称号を得る最大の秘密であると聞く……面白い……)
 アヴァロン=クルィエ少佐は静かに笑った。
 それは、かつて人類が『邪神』と呼んだ存在の笑みだった。
 精神感応マニュピレーターから各機へと、超光速粒子の姿を借りた殺戮の意思が伝達される。

 ――さあ、宴の始まりだ――

 “トライゴン”の瞳に蒼い光が宿り――3機の黒金の魔神は咆哮した。


 一方、セリナ達は……
「あうあう……き、窮屈ですね……」
 文字通り押し潰されたようなセリナの苦鳴が、魔界大抵の漆黒の身体の隙間から洩れている。
《何が“貴方の巨体でも入れる”であるか!!思いっきりぎゅうぎゅう積めではないかぁ!!》
「この結果は予想外ね」
 アコンカグヤは溜息を――奇跡だ――静かに吐いた。
 ZEXL−08ホワイトスネイク“ヴァージニティー”のコックピット内部は、現在その容量の9割以上が魔界大帝の巨体に占められており、無理矢理入りこんだ3人は、まさに超圧迫おしくらまんじゅう状態になっていた……
《この状態で戦えるのか?》
 アコンカグヤは全身を漆黒の身体に圧迫されて、更にはセリナの上半身――主に乳――が頭に圧し掛かっているのである。かろうじてコンソールと操縦桿には手を伸ばせるものの、どう考えてもまともな操縦は望めそうも無い。
「厳しいけど……最善は尽くす」

 ――ブン……

 突然、正面に配置されたメインモニターが映像を映し出した。
『――さて、あんたの戦闘準備は整っ……』
 メインモニターに映るクルィエ少佐は……怪訝そうな表情を浮かべていた。
『……なぜモニターに顔を押し付けているんだ?アコンカグヤ大佐……』
「……答える必要は無い」
『まあいい……さて、互いに準備ができたのなら、そろそろ始めようかな?』
「戯言はどうでもいい」
 両者とも自機の戦闘体勢が整ったら、問答無用で強襲を仕掛けるつもりだったのだ。こうして無駄話をしているのも、同時に戦闘準備が完成して強襲が不可能となったため、互いに出方を伺っているからに過ぎない。
 アコンカグヤ大佐にクルィエ少佐――共に戦闘に関しては、絶対零度の冷徹さと機械の如き合理性の元に行動する。
 正真正銘、戦いのプロフェッショナルだ。
『まぁ、そう言うな……あ、そうそう、あんたに伝えておく事があったんだ』
 モニターに浮かぶクルィエ少佐の映像が、静かに手を打ち合わせる。
『あんた、以前に――

 ―――!!
 がくん!!

 突如上体を傾けたホワイトスネイク機の頭頂部すれすれを、黒銀の旋風が唸りを上げてかすめた!!
 間髪入れず、戦闘用ウィングの1つ『ブレードウィング』が白き機械神から解放されて、背後の空間を斬り裂く!!
 
 ぎいん!!

 尾を引く白い流星を、黒い風車と化した斬馬刀が弾き止める!!

 いつのまにか背後に回っていたトライゴンの1機が斬馬刀による奇襲を敢行したが、ホワイトスネイクは寸前でこれを回避。続けてホワイトスネイクはブレードウィングで反撃するも、トライゴンは斬馬刀を回転させて防御に成功――
 ――この間、数兆分の1秒にも満たなかった。

 斬馬刀を持つトライゴンが後方に跳んだ。
 追撃はせずに、ホワイトスネイクの多機能センサーが周囲を索敵する。
 ホワイトスネイクを中心に正三角形を書く構図で、3機のトライゴンは展開していた。
 包囲網は完成したのだ。

『――やはり、小手先は通じないか』
 少佐は薄く笑った。賞賛と嘲笑の入り混じった笑みであった。
《キサマぁ!!卑怯にも背後から不意打ちするとは何事か!!神族の戦士は戦場の礼も義も忘れたか!!》
「………」
 激昂する魔界大帝を横目に見つつ、
(今、私もそうするつもりだった)
 という言葉を、アコンカグヤは静かに慌てて呑み込んだ。
『なに青臭い事を……』
 今度の笑みは苦笑の類だった。その笑みはあまりに朴訥すぎて、殺気のさの字も無い。
 しかし――

『それなら、今度こそ本気で行くぜ……』
 笑みが消えた。
 状況が一変した。
 周囲の空気が凍結する。
 魔界大帝のどこにあるのかもわからない喉がごくりと音を立て、セリナですら短い悲鳴を上げた。
 モニター越しでもはっきりと感じられる。
 『殺気』ではない。
 これは『殺意』だ。
 余計な感情など欠片も含まず、ただ機械の如く正確に、刃の如く冷徹に、確実無比に任務を執行する『意思』――これが“プロ”と呼ばれる存在の凄みか。
 右手のトライゴンが斬馬刀を上段に構えた。
 左手のトライゴンが戦闘用チェーンをしならせた。
 正面のトライゴンがバスターライフルの標準を向けた。
 ホワイトスネイクは――動かない。あたかも黒いZEXLに気押されたかの様に。

 それなのに――

『なんということだ……“神将元帥”よ、その二つ名こそ恐るべし……』
 無限の戦慄に震える声が、モニターと黒い魔神達から零れた。
 クルィエ少佐が、ただ静かにモニターを見つめるアコンカグヤに、何を感じたのか。それは永久にわからない。

 風が吹いた。
 凍結された世界に、ありえない筈の風が。

 ひゅうひゅうと。
 朗々と。

 なにかの唄を歌うが如く。


 始まりと等しく、静かに風が消える。

 如何なる前兆も予備動作も無く、4機の血に塗れた神々が大地を蹴った。



 ――ある意味、奇妙な話ではあるが、『あるレベル以上の高位存在同士の戦いは、極めて原始的な内容となる』という事実が存在する。
 次元を超え、宇宙を創造し、世界法則すら制御する者にとって、小手先の魔法や超常能力など――その行使者が自分と同等以上の存在であっても――容易く無効化する事が可能なのだ。
 その結果、戦いの内容は純粋な力と技、知能と経験のぶつかり合いとなる。
 対魔界大帝用のZEXLが『斬馬刀』『戦闘用チェーン』『バスターライフル』という、超高位存在が駆使するとは思えないシンプルな武装を選択したのも、それが理由だろう。
 しかし、その戦いのスケールは、まさに神々の名に相応しい壮烈なる物であった――

《――これは……》
 魔界大帝は息を飲んだ。

 唸りを上げて旋回する斬馬刀は漆黒の爆風と化し、純白の機神を破砕せんと荒れ狂う。
 長大な武器とは思えぬ小回りとスピードは、質量変換機構によって、その質量がマイナス無限大と化しているからだ。そしてインパクトの瞬間は質量プラス無限大に転換――ホワイトスネイクの脆弱なボディなど、かすっただけで木っ端微塵に砕け散る。
 その恐ろしいまでの技の冴え、有無を言わせぬ圧倒的な破壊力――辛うじてホワイトスネイクはこの怒涛の連撃を捌けてはいるが、これは回避と言うより翻弄だ。暴風に乱れ舞う木の葉に似ていた。
 たまらず斬馬刀の間合いから離れようとするホワイトスネイクの足元を、しかし双条の白雷が打ちつける。
 後方のやや離れた場所にいるトライゴンが操る2本の戦闘用チェーンは、それ自身が邪悪な毒蛇の如く蠢き、伸縮し、鎌首を擡げて襲いかかった。その斬馬刀との連携攻撃に隙は無い。強引に切り抜けようとも、この意思を持つような鎖には高速振動装置という毒牙がある。触れただけであらゆる存在が分解消滅は必至だ。
 そして、上空に浮遊する最後のトライゴン――クルィエ少佐の駈る魔弾の射手は、その照準を絶対の正確さでホワイトスネイクに捉えている。それは天地にあまねく全ての命を確実に刈り取る、死神の鎌を連想させた。
 『フルメタルジャケット』――完全世界撤甲弾と呼ばれるその弾丸は、文字通り目標の『世界』を物理的、魔法的、概念的、哲学的なあらゆる意味で完全に破壊する。ホワイトスネイクが食らった場合など表現するまでも無いだろう。さらに恐ろしいのは、時間や空間に次元までも破壊するため、射撃と『同時』に目標に到達する……つまり照準さえ正確ならば“絶対に”命中するのだ。この一撃必殺の魔弾がまだホワイトスネイクに叩き込まれないのは、射線が他のトライゴンに隠れるようにアコンカグヤが巧みに操縦しているからに過ぎない。だが、その為にホワイトスネイクの最大の武器の1つである『機動力』が完全に殺されて、乱戦状態から離脱もできずに足止めされていた。

《このままでは……まずいぞこれは!!》
 ホワイトスネイクは怒涛の連携攻撃に圧倒されているかに見えた。現にトライゴンに対して1度も反撃していないのだ。
《しかし――》
 そんな絶体絶命の状況で、魔界大帝はある疑問に捕らわれていた。
《敵ながら見事な連携攻撃だ……しかし、あまりに完璧過ぎるぞ!?》
 
 1つの敵に対して3倍の数で当たるのは、戦いの常道である。単純な数の優位だけではなく、互いの連携と戦法さえ完璧なら、たとえ明らかな格上が相手でも、まず3倍側の勝利は揺るがないだろう。
 しかし、実際は余程の熟練が無ければ、個々の連携が噛み合う事は難しいのが実情だ。いや、あらゆる手段を用いても、“個々の存在概念が違う”限り、どうしてもその連携の動きやタイミングに、無限大分の一にも満たない狂いが生じる。神族最高のZEXL乗りと賞されるアコンカグヤなら、その隙に興じることも十分可能だ。

《だが、あのトライゴン達の連携は完全に同調している……斯様な事象が可能なのか!?》

 轟雷の如く打ち下ろされた斬馬刀の一撃を僅かに上体を引き紙一重で回避するも、しかし攻撃の隙をうねくり乱舞する双条の戦闘用チェーンがカバーする。相手の間合いから離れたくても上空のバスターライフルの照準が許さない――その三位一体は完璧だ。ホワイトスネイクと搭乗者達の命運が風前の灯なのは赤子にも知れた――

「――その仕組みが理解できる?クリシュファルス君」
 魔界大帝をぎょっとさせたのは、その言葉にも表情にも、動揺や緊張が欠片も読み取れなかったからだった。
 絶体絶命の状況の中、搭乗者全員の命運の担い手――アコンカグヤ=ガルアード元大佐は、普段と全く変わらないポーカーフェイスを保っていた。
《今そんな事を話している余裕は――!!》
「操縦に会話は関係無い」
《ぬぅ……そなたの言う仕組みとは、あのZEXL達の完璧な連携攻撃方の事か?》
「正解……なら、その具体的な方法はわかる?」
 その抑揚の無いガラスの様に無機的な口調も変わらないが、彼女をよく知る者には、そこに熱心な弟子に謎を掛ける師のような、何かを伝えようとする確かな意思を僅かに感じられただろう。
《……ええと……パイロット間の精神同調と……空間複製による機体の規格統一……かな?》
「それでは攻撃の完全な同調は不可能よ。存在概念レベルの同一化に成功しなければ、あの連携攻撃は成し得ない」
《うむぅ……》
「私はおバカなので、お2人の話す事がよくわかりませんが……アンコさんにはその仕組みは御分かりなのでしょうか?です?」
「あくまで推定だけど」
《うむむ……せめてヒントをくれぬか?》
 ……こうした会話を交えている間にも、トライゴンの凄まじい連携攻撃にホワイトスネイクは追い詰められている。
 しかし、このコックピット内部には、どこかのんびりとした空気が漂い、魔界大帝の焦りもいつの間にか納まっていた。
 いつ如何なる状況であっても、この3人でいる限り、良い意味で緊張感とはかけ離れた呑気な気持ちを維持できる――これは今までの共同生活の賜物であった。
 それがこの場では吉と出るか、凶と出るか……それは誰にもわからない。
「ヒントは『トライゴンのパイロットは、クルィエ少佐しか名乗らなかった』……よ」
《???》
「あの名乗りは明確な時間稼ぎだった。でも、それなら全員で名乗れば3人分の時間を掛けられた筈……なぜクルィエ少佐しか名乗らなかったのか?」
《ううむ……》
「ええと、クルィエ少佐さん1人しかいらっしゃらないからでしょうか?です?」
《まさか、そんな事が――》
「正解よ……推定だけど」
《馬鹿な!!たった1人でZEXLを3機同時に操縦するなど、如何な達人でも不可能だ!!……って勉強したぞ!!》
「そう、ZEXLはパイロットを動力源とする性質上、1機につき1人の操縦者が搭乗しなければならない。つまり、クルィエ少佐1人は1機のZEXLしか操縦していないのよ。それは確実ね」
《それでは矛盾してしまうではないか》
「パイロットはクルィエ少佐しかいない。そして、クルィエ少佐は1機のZEXLしか操縦できない。でも、ZEXLは3機いる。この条件をクリアするには……わかった?」
《……あ》
「つまり、クルィエ少佐さんが3人いる……という事ですね」
《そうか!!あの男は自分の存在概念級分身――つまりドッペルゲンガーに他の2機を操縦させておるのだな!!》
「正解よ。ドッペルゲンガーなら本体と完全に操縦をシンクロできるわ。さらに、あの完璧な機体運動性の連携から判断して、他の2機のZEXLも本機のドッペルゲンガーと考えるべきね」
 “もう1人の自分”ことドッペルゲンガーと呼ばれる存在がある。
 一般的には魔物の一種や純粋な超常現象と考えられているが、神族ら超高位存在の間では、存在概念レベルでの完全な分身と定義されている。優れた術者ならある程度は人為的に創造する事も可能だが、当然ながら高位の存在や存在位置と呼ばれる『個体の存在としての在処』が複雑な物ほど作り出す事が困難であり、特にZEXLのような構造が複雑な上、分身を作る上で『核』となる“魂”が存在しない超兵器の類は、ドッペルゲンガー化は不可能とされていた。
 しかし、神族の超科学技術の英知は、ついに不可能の壁を打ち破ったのだ。
《……第1級神ほどの高位存在ばかりか、存在位置的には単なる『物質』に過ぎない“ZEXL”のドッペルゲンガーまでも創造する……それが例の神族の新技術というわけか》
「シンプルだけど効果的な兵器ね。単純に自軍の戦力を数倍に増幅する事ができるのだから」
「私はおバカなのでよくわかりませんが、何だかとってもスゴイみたいですね。とりあえずはクリさんが正解なされておめでとうございますです」
《あのな……で、相手のカラクリは判明したのだが……今それがわかった所で、この状況が改善するのか?》
「全く無い」
《おいっ!!》
「さて、これからどうしようかしらね……」
 じわじわと死の顎が3人を飲み込もうとしている中、はたして本気で言っているのか冗談なのか……アコンカグヤの無表情からは何も読み取れなかった。


「正解だよ、大佐……」
 勝利の確信を得た者特有の、傲慢さに満ち満ちた笑みがクルィエ少佐の――本体の――口元に浮かんだ。
 “トリニティ・システム”――3体までが限界であるものの、対象の格に関係無くドッペルゲンガーを創造し、互いを完全にシンクロさせるシステム――これこそが最新型ZEXL“トライゴン”の奥の手だ。
 その効果の程は、神族最高のZEXL乗りと称されるアコンカグヤ大佐を圧倒している事からもわかるだろう。
 そう、あの神将元帥を――
「あんたの事は以前から気にくわなかったよ。アコンカグヤ=ガルアード大佐」
 憎悪そのものの声……しかし、彼の精悍な顔に浮かぶ表情は、先程の笑みとは正反対の属性であった――

 ――あんたは嫌われていたよ、大佐。俺からも、共に戦う仲間からも、誰からも――

 俺達よりも遥かに年下の小娘が、機甲師団隊長の座に就いたからじゃない。
 電脳化が進み、個人の記憶すら共有し得る神族社会では、経験の類はほとんど意味を成さずに、ただ本人の資質だけが物をいう。それに彼女の実力は、その地位に就く事を誰をも納得させる最高の物だった。
 敵に一片の情けもかけずに、どんな非人道的な任務も冷徹に執行していたからじゃない。
 それが軍人というものだ。どんな綺麗事を並べても、所詮は薄汚い人殺しに過ぎないのが軍人だ。それは当の本人達が誰よりも自覚していた。

 ――そうだ、あんたは最高の軍人だった……そして、最低の戦士だった――

 俺達軍人が、権力者どもにとっては単なる駒に過ぎない事はわかっている。
 しかし、周囲にどう思われようとも、自分達には“戦士”としての誇りがあった。あくまでも己の意思で任務に就き、己の意思で死地に向かい、己の意思で死んでいく……それが武人としての本懐、戦士としての名誉だった。誰もがその信念を持ち、たとえ犬死と呼ばれようが、笑いながら前のめりに死んでいったものだった。

 ――だが、あんたは違っていた。あんたはお偉い方の道具になる事を否とせず、むしろ積極的に道具たろうとした――

 戦士としての誇りを持たず、それどころか人としての自由意思すら持たず、己を『剣』と見なし、ただの道具として生きている――それが俺達『戦士』の神経を逆撫でしていた。そんな奴が神族最強の戦士と呼ばれる事に耐えられなかった。肩を並べて戦う事に我慢できなかった。

 ――だからあんたは捨てられた……しかし……――

 しかし、同時に彼女は崇められていた。誰も表には出さないものの、その実力が、美貌が、超然とした態度が、ある種の二律背反として、戦士達の胸に響いていた。だからこそ、彼等は“神将元帥”の称号を彼女に送ったのだ。

 戦士達の憎悪と賛美を一身に集める女神。

 ……そんな女神が、魔界大帝の使用人に成り下がっている……

 ――あんたは俺達の偶像なんだ……だから……――

 トライゴン達は一斉に咆哮し、さらなる破壊と殺戮の化身と転じて、戦いの舞いに乱れ狂った。

「偶像のまま死ね!!」


《このままではジリ貧であるぞ!!》
 魔界大帝の叫びは悲鳴に等しかった。
 このまま一方的に攻め続けられては、今までなんとか上手く敵の攻撃を避け続けていても、瓦解策が見つからないならいずれ攻撃を食らうのは自明の理だ。そして、ホワイトスネイクにとって一撃でも攻撃を食らう事は、即破滅を意味する。
 そう、このままでは破滅だ。
 たとえ今まで上手く避け続けていても――
「それにしても、アンコさんはスゴイですね」
 状況を全く把握していないらしい、セリナののほほんとした声。しかし……

「あんなに激しい攻撃を、1度も受ける事無く捌いているのですから……です」

(……え?)
 魔界大帝は思わずセリナに振り返り――どこが頭なのか人間には判別不能だが――続けてアコンカグヤに向き直った。
(そういえば……攻撃を食らっていない?今まで一度も?あの完璧な連携攻撃を!?)


「これは……どういう事だ!?」
 魔界大帝とほぼ同時に、クルィエ少佐も異変に気付いた。
 トリニティ・システムによるトライゴンの圧倒的な連続攻撃は完全にして完璧だ。現にホワイトスネイクは反撃もできず、防御だけで精一杯に見える。
 しかし、同時にあの白蛇の女神は傷1つ負う事無く、舞うかの如く死の一撃を避け続けていた。
 あとほんの僅か……ミリ、ミクロンどころかナノの単位ぎりぎりで、斬馬刀の切っ先が鼻先をかすめ、戦闘用チェーンが全身に絡みかけ、バスターライフルの照準に捉えそうになるのだが、間一髪で惜しくも回避されるのだ。それならばと更なる連撃を施行するも……
 ……命中しない!!
「これは……“当たらない”じゃない……“当てられない”のか!?馬鹿なッ!!!」
 驚愕と屈辱にクルィエ少佐の容貌が歪んだ。炎を吐いても不思議ではない凶相だった。
 天界軍きってのエースパイロットたるクルィエ少佐の操縦による、最新型ZEXLの対魔界大帝戦用の秘密兵器を駆使した、いかな存在だろうと防ぐ事適わぬ圧倒的な連続攻撃――それをどうやって!?
 動揺が焦りを生み、遮二無二――しかし正確な攻撃を仕掛けるも、全ては同じ結果に終わる……
「……!?」
 そして次の瞬間――脳裏に稲妻が走った。
 彼が知るアコンカグヤの情報の中で、唯一トライゴンに入力できなかったデータ……
「まさか……それが、あの究極奥義――」


「奥義“静水”」
《は?》
 独り言のようなアコンカグヤの呟きに、魔界大帝は思わず惚け声を洩らした。
《“静水”といえば……あの四大種族に伝わる武道の究極奥義の1つの事か……って、まさか!?》
「貴方も悪魔族の長として、いずれ戦場を駆ける事となる身……覚えておく方が良い。こんな戦い方もあるわ」
《まさか……そなたはあの究極奥義を身に付けておるのか!?》
 直接の返答は無く、

 きりきり きりきり

 きりきり きりきり

 コンソールを撫でる義手が――彼女の“機械”が答えた。
 戦いに哭きながら。
 戦いに狂いながら。


 ――静水――

 静かなる水面は御鏡となり

「おのれぇ!!」
 斬馬刀は虚しく空を斬った。

 舞い落ちる木の葉一枚にも 産毛も揺らさぬ微風にも 森羅万象に反応し

「こ、これが!!」
 戦闘用チェーンは大地を打ちつけるだけだ。

 如何なる暴虐も静かに受け入れ 呑み込み 深淵へ導く

「これが“静水”か!!」
 バスターライフルの照準は何も捉えられない。

 水は何物にも斬れない 穿てない 砕けない

 全てを受け入れ 全てを呑み込み 全てを奪い 全てを抱き 深淵へ 深淵へ 

 やがて水面は静かに沈黙する

 これ即ち

 ――静水――


 形勢は逆転した……かに見えた。
 『静水』――物理的、精神的、魔法的、概念的、哲学的、etc……外部よりのあらゆる干渉を“回避”するという、武道における避けと捌きの技術を極限にまで昇華させた、まさに究極奥義の名に相応しい天技であった。
《……よもやそなたが“静水”を己が物にしていたとは……流石は“神将元帥”か……》
 感極まった魔界大帝の呟きにも、
「近接戦闘用武術は士官学校の必須科目だった。筋が良いとかで次々に上位カリキュラムを受けさせられたわ。気が付いたらこの技をマスターしていた。どうでもいい技だと思っていたけど……何が役に立つかわからないものね」
 いつもと変わらぬ、何の感慨も無い無感動な返答を返すアコンカグヤ。
《……あのな……》
 魔界大帝の額(?)に巨大な涙滴が浮かんだ。
 無理も無い。
 四大種族に伝わる武道の最高峰と言われる技は、『滅火』『静水』『閃風』『冥土』の4種類だが、その内1つでもマスターした者は、四大種族の無限に等しい歴史の中でも1000人に満たないのである。歴史書に記載されても不思議では無い偉業なのだ。
「私には、セリナの“大根8本同時かつら剥き”の方が凄いと思う」
《まぁ、あれはアレで見事な技であるが……》
「あらまあ、アンコさんの奥義は聖水なのですか。マニアックですね」
 セリナのボケを丁重に無視して、魔界大帝はメインモニターをねめつけた。
 モニター越しでも身を竦みたくなるような恐るべき連続攻撃はまだ続いているが、この“静水”がある限り、ホワイトスネイクが攻撃を食らう事は『絶対に』有り得ないのだ。
 魔界大帝は大きく安堵の息を吐いた。緊張のあまり今まで呼吸を止めていたのである。
 しかし――
「安心はまだ早いわよ。クリシュファルス君」
《ぬ?》
「状況が改善された訳では無い。こちらも避けるだけが精一杯なのだから」
《むむぅ……確かに……》
 そう、“静水”はあくまで防御の型なのだ。こちらが一方的に攻められているという点から見れば、むしろ状況は悪いままだと言えるだろう。
 再び、魔界大帝に不安の影が宿る。
《勝算はあるのか?》
 返事は即答だった。いつものように。
「勝算の無い戦いはしない」
《むむ……なにか切り札でも有ると言うのか?》
「能動的な物ではないけど……切り札は有るわ」
《それは何なのだ!?》
「『時間』よ」
《……はっ?》
「今までは厄介なだけだと思っていたけど……」
 明鏡止水の極地とも言える、天雅の魔技を駆使しつつも、アコンカグヤの口調と態度は普段と何も変化は無く……それは魔界大帝に奇妙な安堵感を与える物だった。今度は誰にもわからないくらい静かに、魔界大帝は吐息を洩らした。
「今回は感謝したいわね……“自然保護条約”を」
《……どういう意味だ?》
「自然は大切に。ですね」
「いや、そういう意味じゃなくて……」


 トライゴンのコックピットに吹き荒れる感情の嵐は、ホワイトスネイク側とは正反対のものであった。
「やってくれたな!!あの雌狐がぁ!!!」
 美形とさえ言えそうな顔には青黒い血管が蛇の如く浮かび、怒声は空間すら震わせる。怒気に筋肉が膨れ上がり、頑丈な戦闘用装甲スーツでさえはちきれそうだ。
 触れれば火傷どころか黒焦げに成りかねない、凄まじい激情の発露であった。今のクルィエ少佐はまさに怒れる神そのものだ。
 だが、こうして怒りに身を焼き焦がしながらも、その操縦は完全にして完璧の極地であり、怒涛の連続攻撃には一点の澱みも無い。
 『如何なる状況でも、冷静な精神状態を維持する――という間はまだ二流。喜怒哀楽に身を任せても、それに関係無く常に100%の実力を発揮できるのがプロ』
 ……という言葉があるが、今の少佐はまさにその体現だ。
 しかし今、彼は追い詰められているのだった。
「くそっ!!このままでは千日手だ……これがあの女の狙いか!!」
 神族最高評議会で神王達が述べていたように、この作戦は自然保護条約に違反する極めてイリーガルな物なのである。他種族に知られぬうちに、迅速に処理しなければならない。
 だが、アコンカグヤが“静水”を駆使している限り、永久に勝負はつかないのだ。こうして戦いが膠着状態に陥っている限り、いずれは他種族や自然保護条約の監視人に発覚するだろう。
 これこそが、アコンカグヤの言う『切り札』か。
「やむをえん……搦め手でいくか……」
 仕方なく、クルィエ少佐は攻め方を変えようとした。ある程度は相手にも攻撃させて、その隙を狙うという、相当のリスクを背負う方法しかないようだ。

 そう――

「!?」

 まさに、その瞬間であった。

《ぬ!?》

 トライゴンの連携攻撃が止まった、無限大分の一にも満たない瞬間――!!

「なっ!!」

 美しき純白の機械神が消えた。

 ――ドン!!

 次の瞬間、戦闘用チェーンを駆使するトライゴンの眼前に、ホワイトスネイクが躍り出たのである。斬馬刀を振るう事も、バスターライフルの照準に捉える事もできぬ、文字通り神速の機動であった。
 ホワイトスネイクの戦闘用ウィングの数々が、告死天使の翼の如く煌く。
「させるかっ!!」
 だが、この凄まじき強襲にも反応し、戦闘用チェーンのカウンターを合わせたのは、クルィエ少佐の技量の冴えだ。
 戦闘用ウィングと戦闘用チェーンが――白と黒の殺意が交錯する!!

 そして――
《なにぃ!?》
 魔界大帝は見た。
 高速振動チェーンに絡み付かれたZEXLの外部装甲が粉微塵になり、凍結された世界に撒き散らされた光景を。

 そして――
「……こ、これは!?」
 クルィエ少佐は見た。
 宙を舞うかつてZEXLの外部装甲であった砂塵が、夜の闇を結晶化したが如く、黒く輝くその煌きを。
 そして、己の駈るZEXL――トライゴンの外部装甲が、自らの戦闘用チェーンによって完膚なきまでに粉砕された姿を!!

《い、今のは……一体!?》
 驚愕のあまり唖然とする魔界大帝。
 トライゴンの戦闘用チェーンがホワイトスネイクの打撃用ウィングに触れた瞬間――まるでベクトルが反転したように戦闘用チェーンがトライゴン自らに襲いかかり、その身を粉砕したのだ。
 『相手の攻撃をそのままはね返した』――そうとしか形容できなかった。
「――静水“合気”」
 普段通りの冷静さで、静かにアコンカグヤが呟く。
 静かに。恐ろしいほど冷静に。

「馬鹿な……合気で高速振動兵器の攻撃を返しただと!?」
 外部装甲が完全に粉砕され、剥き出しとなったコックピットの中で、クルィエ少佐は呆然としていた。
 “静水”を応用しているとはいえ、触れる物全てを分解してしまう高速振動兵器を合気で返すなど、非常識をも通り越した信じ難い超絶の技であった。
「……流石だよ大佐。“神将元帥”の名は伊達では――」
 台詞は最後まで続けられなかった。
 間髪入れず、機体中枢に打撃用ウィングが叩き込まれ、漆黒の巨神は火花と機械部品を撒き散らしながら、轟音と共に大地に沈んだ。
 一瞬、凍結された世界に相応しい、沈黙の時が流れる。
 ゆっくりと、しかし微塵の隙も無く、ホワイトスネイクが振り返る。
「くっ!!」
 残る2機のトライゴンが身構えた。
 そう、三位一体の陣は崩れた。
 形勢は逆転したのだ。


《やったぞ!!》
 魔界大帝の異形の巨体が、実に奇妙な動きをした。おそらく人間で言うところのガッツポーズだろう。
 三位一体の連携攻撃が無くなれば、状況は圧倒的にホワイトスネイク側に有利となる。今までは一方的に攻められていたが、これからが逆転の時だ。
《それでこそ“神将元帥”であるな!!これなら勝てるな!?》
「勝つ」
 即答だった。しかも力強く。奇跡的にも振り向いて。
「勝てるじゃない……勝つ。よ」
 小さく、しかしはっきりと、アコンカグヤは頷いた。
 負ける気はしなかった。
 敗北が即、死を意味する戦いの中、かけがえの無い人を側に置いている、危険極まりない状態であったが……いや、セリナやクリシュファルスが側にいるからこそ、今の彼女は無敵だったのである。

 『女は弱し、されど母は強し』
 ――セリナの言葉の意味を、今、アコンカグヤは誰よりも理解していた。
 愛する者……依るべき人がいなければ、震える事しかできない、弱い弱い存在――女――
 しかし、その愛する者、依るべき人の為なら、女は何でもできる。何者にも負けない。それが“女”の強さ。
 そう――守るべき者がいる女は無敵だ!!

「撃って出る」
 背中に圧し掛かるクリシュファルス君の重みとセリナの気配を心地良く感じながら、アコンカグヤが操縦桿に力を込めた――その瞬間、
「あうあう……あのう、大変申し訳ありませんが……ちょっと苦しいのですが……」
 オットリとした、しかし苦しげな声が漏れた。
 狭いコックピットの容量の大部分を占める魔界大帝がガッツポーズを取った際、セリナを壁に圧迫していたのだ。
《あ!!す、済まぬ――》
 魔界大帝の巨体がセリナから身をずらす。結果、圧力から開放されたセリナがよろよろと壁から離れて――

 ぐきっ

「はれ?です?」
 魔界大帝の触手にセリナの足がつまづいて――

「あわわわわ!!です!!」

 バランスを崩し――

 ごっち〜〜〜ん☆!!!

 アコンカグヤの後頭部に、強烈なヘッドバットをカマしたのであった。


「!?」
 同時に、クルィエ少佐はモニターの向こうに奇妙な光景を目撃した。
 疾風の如くトライゴンに迫り来るホワイトスネイク!!――が、突然、足も無いのにツルっとすっ転び、空中で見事な1回転を披露して、びたーんと顔面から地面にダイブしたのである。うつ伏せのままぴくぴく痙攣する白い機械神の上に、戦闘用ウィングがボトボトと落下して……それっきり、しーんと動かなくなった……
「………は?」
 少佐は目を丸くした。
 あまりにもマヌケ過ぎる光景に、百戦錬磨のクルィエ少佐も毒気を抜かれて、呆然とするしかなかったのである……


「も、も、も、申し訳ありませんです!!!」
 ズキズキする額を押さえながら、セリナは必死にペコペコと頭を下げていた。土下座できるスペースがあったら、間違い無く額を床に擦り付けていただろう。
「………気をつけて」
 後頭部の痛みもさる事ながら、『守ってみせる!!』と決意した矢先に、“守るべき者”にいきなり足を盛大に引っ張られるという、あまりにもあんまりな展開に、さすがにアコンカグヤは頭を抱えた。弾みで操縦も今まで体験した事が無いくらい無茶苦茶にミスしてるし。
《何をおバカな事をしておるのだ!!……って来たぞ!!》
 メインモニターに映し出された、斬馬刀を振り上げて突撃してくるトライゴンを見て、魔界大帝は悲鳴を上げた。
 セリナはまだ謝っている。
 そして、アコンカグヤは――
「セリナ、クリシュファルス君、少し協力して欲しい事がある――」


 元より、この機を見逃すようなクルィエ少佐ではない。
 呆然としたのも一瞬。すかさず神速の強襲をかけた。
 ホワイトスネイクもよたよたと起き上がろうとしているが、今の体勢では防御行動はほとんど不可能だ。当然ながら“静水”もまともに使えまい。唯一、防御用のウィングならば遠隔操作による防御も可能だろうが、あの“ヴァージニティー”は全てが攻撃用ウィングなのである。もはやこの斬馬刀の一撃を防ぐ術は無い。
 万物の命を刈り取る死神の如く、斬馬刀を振りかざすトライゴン――ホワイトスネイクはようやく起き上がったばかりだ――斬馬刀が漆黒の陽光に煌いて――
「チェックメイトだ!!」
 雷光の速度で振り下ろされた!!

 その瞬間――

「っ!!」

 クルィエ少佐は信じ難い光景を見た。いや、『光景』ではなく『行為』か。
 迫り来る斬馬刀の軌跡上を、ホワイトスネイクの攻撃用ウィングのが塞いだのである。クルィエ少佐といえども止めようの無い唐突さであった。
 戦闘用ウィングの種類は――強力な遠距離攻撃用のブラスターウイングだ。それもエネルギーがフル充填された――!!

 黒い凶器と白い翼が絡み合う。

 ――爆風は銀河系全体を呑み込んだ――

「……くおおおお……な、何て事をしやがる……」
 半壊し火花を散らすコックピットの中で、血に塗れたクルィエ少佐が苦悶の表情を浮かべた。
 いまだに荒れ狂うエネルギーのうねりと時空の歪みのために、周囲は一寸先も見えない状態だ。
 おそらく安全装置が外れていたのだろう。斬馬刀に破壊されたブラスターウィングは暴発し、その膨大なエネルギーを周囲の空間に四散させた。『世界凍結』の術が無かったら、誇張抜きで宇宙が蒸発していただろう。
 大地に刺さった斬馬刀を杖代わりにして、トライゴンが上体を起こした。外部装甲の大半が剥ぎ取られ、全身を青い電子の輝きが走り、左腕と右脚が失われているその姿は、機械と言えど満身創痍という表現が相応しかった。
「あんたらしくもない判断だな大佐……防御手段が無いから、思わずブラスターウィングを盾に使ってしまったのか……」
 しかし、それは恐慌の末のやぶれかぶれに等しい自殺行為だ。
 重装甲を誇るトライゴンですら、大破寸前にまで破壊する大爆発である。ホワイトスネイクの脆弱な装甲では――

「――!?」

 その瞬間、クルィエ少佐は気付いた。血塗れの顔が驚愕に歪んだ。

 ――爆風の回避は可能だ!!あの“静水”ならば――!!

 気付いた時にはもう遅かった。空間の歪みの向こうから風刃の如く飛来したブレードウィングが、立ち竦むトライゴンの首を通り抜け……数瞬後、ゆっくりとずり落ちた頭部が、完全に沈黙した黒き機神の足元に落下した……


「あと1機」
 何事も無かったような無機の呟きは、アコンカグヤのものだ。
 陽炎のような空間の歪みが収まり、徐々にホワイトスネイクの姿があらわとなる。その美しき純白の女神には、爆風の傷痕は曇りすらも見つからなかった。
 恐るべし――“静水”――

 しかし!!

「――チェックメイトだと言ったはずだぜ。大佐」
 アコンカグヤの身体が硬直した。
 同時に動きが停止したホワイトスネイクの背中――コックピットの真後ろ――には、バスターライフルの銃口が押し当てられていた。
 最後の1機だ。
「あの体勢では“静水”を駆使しても斬馬刀の一撃は回避できない。しかしブラスターウィングの爆発なら回避可能――瞬時にそこまで判断できるとは……流石だな、大佐」
「あの斬馬刀のトライゴンは囮だったのか……流石だな、少佐」
 アコンカグヤは微動だにできなかった。ホワイトスネイクもまた。
 “静水”を使うどころではない。アコンカグヤが眉一筋動かしただけでも、フルメタルジャケットの一撃がホワイトスネイクを原子1つ残さずに蒸発させてしまうだろう。
 形勢は再び逆転したのだ。
 凍結された世界が、より蒼く、より暗く透き通る――
「最後に言い残す事はあるか?」
「魔界大帝ごと『処理』してしまってかまわないのか?」
 クルィエ少佐は微かに笑った。そこには狂気の光があった。
「知った事か……俺達の戦いは、どちらかの滅びでもって終結しなきゃならない筈だ……違うか?」
「せめて、地球人類の女は見逃してくれないか?」
 銃口が僅かに揺らいだ。
「……まぁ、いいだろう。それなら早く――」
「だ、そうよセリナ」
「はいです」
 緊迫感とはかけ離れたオットリ声が、のんびりと聞こえてきた。
 背後から。
 愕然と振り返るクルィエ少佐の眼前に、
「はいどうぞ。今度は日本茶です♪」
 熱い湯気の立ち昇る湯呑みと、セリナのニコニコ顔があった。
 これで動揺しない者は、精神鑑定を受けるべきだろう。
「き、きさまっ!?またお前か!!なぜここにいる!!!」
「アンコさんに言われまして、お客様にお茶をお入れしろと……です」
「さっきもそうだが、どうやって完全シールドされたZEXLコックピット内部にテレポートできるんだっ!?」
「メイドさん48の殺人技の1つ『どんな場所でも、ご主人様に呼ばれたら瞬時に到着する』です」
「なんだそれは――ッ!?しまった!!」
 慌ててクルィエ少佐はメインモニターに向き直った。
 この変な女は明かな陽動だ。ほんの一瞬でもホワイトスネイクから意識をそらせれば、アコンカグヤなら反撃に出られるという考えだろう。
 ――だが、まだ俺の方が一手早い!!“静水”を使われる前に撃墜してくれるわ!!――

 しかし――

「!?」
 ホワイトスネイクは動かなかった。無防備なまま。死の銃口に背を向けたまま。
「きさま……何を考えている?」
 思わず口に出た。無駄な足掻きとはいえ、この機に何もしないとは……アコンカグヤの真意が掴めなかった。
 アコンカグヤもまた、動かない。ホワイトスネイクの操縦を完全に放棄したまま。
「私は動けない……なぜなら」

 きりきり きりきり

 きりきり きりきり

 義手が狂笑った。

「なぜなら……私は『ワールドフリーズ』の術の維持に忙しい」
「……はっ!?」
 トライゴンの足元の影から数十本の闇の触手が出現し、瞬時にトライゴンの全身を拘束したのは次の瞬間であった。
「なにぃぃぃ!?」
 バスターライフルが触手に絡め取られ、そのまま捻り折られるのを呆然と見つめながら、
《前言を撤回しよう》
 背後の巨大な闇の質量を、クルィエ少佐は驚愕と共に感じ取っていた。
《背後からの奇襲攻撃も、状況によっては立派な戦術であるな》
 そう、もはや成す術も無いトライゴンの命運を握るのは、その背後に悠然と聳え立つ偉大なる魔界の支配者――魔界大帝・戦闘形態であった。
「……そうか……あの女の陽動は、ホワイトスネイクではなく魔界大帝から目を逸らすための物だったのか……」
 がっくりと脱力して、クルィエ少佐は背のシートに身体を預けた。
 その表情には絶望と敗北感と――奇妙な事に――微かな苦笑があった。
「まさか、俺の三位一体が敗れるとはな……流石は“神将元帥”か……」
「君はミスを犯した、少佐……私は1人では無い」
 アコンカグヤはモニターを見つめた。
 モニターの向こうでセリナが手を振る。
 魔界大帝が闇の波動を収束させる。
「私達も『三位一体』なのよ」
 限りなく、やさしい瞳だった。
《断罪を受けよ!!これが魔界大帝の審判だ!!》
 凄まじき闇の波動に愛機を粉砕されるのを、その中でクルィエ少佐は不思議と静かな心地で味わっていた――

 〜〜〜天界軍第1機甲師団第1連隊第3独立機甲大隊隊長・第1級武争神・アヴァロン=クルィエ少佐――ZEXL−22“トライゴン”の運用テスト中、突発的な存在位置崩壊現象に巻き込まれ、行方不明となる。以後、帰還せず――と、天界公式軍事記録には記録されている〜〜〜



「――『トライゴン持って、さっさと帰れ』だと!?」
 闇の波動でぐるぐる簀巻きにされた姿で、クルィエ少佐は激昂した。
「ふざけるな!!早く殺すなり封印するなりにしろ!!」
「そちがセリナといっしょにこっくぴっとにいなかったら、さっきのいちげきでそうしておったわ」
 不機嫌そうに腕を組むクリシュファルス――今は人間形態である。
「よかったですね♪」
 セリナは相変わらず何も考えてないらしい。
「君を始末すれば、今度こそ天界は全軍を率いて目的を施行しようとするだろう。それを避けたいだけの事だ」
 例によって無表情かつ無感情で、アコンカグヤが答えた。
「フン……あんたは知っている筈だ。それは俺が帰還しても同様だという事を……あんたは敵に情けをかけるような甘ちゃんじゃない。何を考えている?」
「………」
 アコンカグヤは――奇蹟だ――そっぽを向いた。
「答えろ。アコンカグヤ=ガルアード大佐……何を考えている?」
「さて、ね……正直、自分でもなぜこんな事をするのかよくわからないの」
「……なに?」
「でもね……」
 アコンカグヤは後ろを向いた。
 クリシュファルスの不機嫌そうな顔――
 セリナの無垢なる微笑み――
 アコンカグヤは頷いた。
 何かを確かめる様に、静かに、でもしっかりと頷いた。
「……神の心は、言葉では説明できない物なのだ。特に女の心は……ね」
「………」
 少し照れたように呟くアコンカグヤの後姿を、しばらくクルィエ少佐は奇妙な目つきで眺めていたが……やがて、苦笑しながら肩を竦めた。
「……わかった。あんたの言う通りにしよう」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 危なっかしくふらつきながらも、しかし確実な操縦で漆黒の巨神は立ち上がった。
 魔界大帝の一撃を食らったその姿は、赤子が叩いただけでバラバラに砕けそうなぐらい大破していたが、天界に戻るぐらいの余力はありそうだ。
『――俺はまた来るぜ。大佐』
 外部スピーカーの大音響が、凍結された世界に大きく轟いた。
『今度は俺が勝たせてもらう。容赦はしないぜ。そっちも遠慮は無しだ』
「何度でも来なさい。何度でも叩き潰してあげるわ」
「もう、にどとくるでない!!こちらからねがいさげだ!!」
「また遊びに来てくださいね〜今度は中国茶を用意しておきますです」
 漆黒の太陽目掛けて昇天するトライゴンを見上げながら、アコンカグヤは不思議な情感を味わっていた。

 自分たちを始末しようとした相手に対して、少しも憎しみを感じていないのだ。いや、今までも敵に憎しみを抱く事無く、ただ機械的に目標を始末するだけだったが、今は自分の心にしっかりと受け答えて、己の感情そのままで、クルィエ少佐を許す気持ちになっているのである。
 そう、確かに自分の心が変わっていくのをアコンカグヤは感じていた。
 それが良い事なのか、悪い事なのか……今でも彼女にはわからない。
 でも……クリシュファルス君を思う度に……セリナを思う度に……この胸の奥に広がる暖かな気持ちを……彼女は心地良く感じていた。
 それで十分だった。

『――1つ聞きたい事があるんだが、大佐……』
 ほとんど太陽の中に消え去りながらも、クルィエ少佐の声が微かに聞こえてくる。
『あんたは自分が『剣』である事を自負していたな……今のあんたは、魔界大帝とその女の『剣』なのか?』
 微かな笑みが、まだまだメイドとしては半人前の、そして誰よりも強く美しい女神の口元に浮かんだ。
「……いや、違う」
「ぬおっ!?」
「あらあら……です♪」
 2人を胸元に抱き寄せながら、アコンカグヤははっきりと答えた。

「私は2人の……友達よ」







EPISODE 2. 『神将元帥アコンカグヤ=ガルアードの場合』

EPISODE END







































そう……私は幸せでした。







































セリナ、クリシュファルス君、かけがえの無い仲間たち……皆が側にいるだけで、私は幸せでした。







































そんな思いすら、利用されていたとも知らずに。







































そう、全ては奴のシナリオ通りだったのです……







































――2億年後――


《――来たか》
『彼』の言葉と同時に、大扉が吹き飛ばされた。
ばらばらと降り注ぐ破片の感触は、むしろ彼には心地良かった。
かつて外界との唯一の接点だった大扉があった場所に立つ、この世界には絶対に存在する筈の無い“兵器”を、彼は静かに眺めた。
《もう少し静かに来れなかったのか?》
口元に――彼の種族にとって口元に当たる箇所に、僅かな笑みが浮かぶ。
『攻撃してきたのは向こうよ。私は応戦しただけ』
兵器が返答した。無機なる、しかし美しい女の声で。
《1億5千万年前も昔に封印された神族の決戦兵器で魔界に来れば、こうなるのは自明の理であろうに……そんな所は、メイドの頃と変わっておらぬな》
苦笑を含んだ視線が、封印兵器――ZEXL−08“ホワイトスネイク”をねめつける。
答えるように、ホワイトスネイクのコックピットハッチが開放された。
そこに有る人影を目にした時、彼の心根にある種の情感が浮かび上がった。
彼は、その思いをそのまま口にした。
《本当に、そなたは変わっておらぬな……相変わらずの美しさだ》
「――貴方は変わったわね……可愛いく無くなった」
彼は大声で笑った。配下の者が見たら目を丸くしただろう。彼が声を出して笑うなど、何千万年ぶりかの事だ。
《あれから2億年以上も経つのだぞ。老醜を晒すのも致仕方あるまい。ずっと自らを封印していたそなたと一緒にするな》
「貴方なら、外見を好きな姿に変えられる筈」
《やめておこう。この歳にもなって、そなたに襲われたくは無い》
一瞬、『彼女』の口元が引きつった。そのまま怒ったように大股で彼に近づいていく。
思わず後退りしかけた彼の漆黒の巨体に、しかし、彼女はぎゅっとしがみついた。
「……本当に……久しぶり……やっと……会えた……」
《……ああ、そうであるな……2億年間の孤独に、よくぞ耐えた……》
慈しむ様に、数本の闇の触手が彼女の頭を撫でる。
巨大な天窓から射し込む魔界の赤い月光が、静かな闇の空間で抱き合う2人を優しく照らしていた。
どれくらいの時間がたったのか。
そっと、彼女が黒い巨体から離れる。
「まだ私しか集まっていないようね」
もう、彼女の声は先刻の無機な声に戻っていた。
《残りは時間にルーズな連中ばかりだからな……それに、今回の件は心変わりせぬ方がおかしい。正直、2人だけでやる事になるかもしれぬな……》
「それは無いわ」
きっぱりと、彼女は言った。
「だって、みんな彼女が大好きだから……」
《……そうだな……フフフ、どうも歳をとると気が弱くなって困るな。そなたの足を引っ張る事にならねばよいが……》
「大丈夫、私がみんなを守るから」
そっと、彼女は触手を手に取った。
愛おしむ様に頬に当てる。
「――私がみんなを守る。守ってみせる――」

それだけが、彼女の2億年に及ぶ理由。
それだけが、彼女の2億年に及ぶ望み。
それだけが、彼女の2億年に及ぶ誓い。

「……また……会えるね……セリナ……」




セリナの世界最後の平穏な日々>>TO BE CONTINUED

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