「――つまり、わらわは天界の神族の元へ亡命に出向いたのぢゃ」
「はぁ」
「わらわは偉大なる木龍族の第一皇女ぢゃ。いかに神族が愚か者の集まりとはいえ、この高貴なる銘を聞けば、よもや亡命を断るとは言うまい」
「はぁ」
「それが……不可思議な事に、なぜか斯様なる下賎な地へ降臨してしまったのぢゃ!!これはどういう事なのぢゃ!?」
「いやぁ、僕に言われても」
「このままでは亡命しようとした上に、自然保護区域に無断で来てしまった事がバレてしまうのぢゃ!!あう〜困ったのぢゃ……」
「なんだかよくわからないけど……神族さんなら、僕の仕事先に1人いるから、話をしてみようか?」
「おお!!それは都合がいいのぢゃ!!さっそくそうするがよい!!」
「はぁ」
「神族との話がつくまでは、この薄汚い下賎の者のボロ小屋を、偉大なる木龍族の第一皇女が当座の住居として使ってやるのぢゃ。感謝するがよい」
「え゛!?」(……まぁ、いいけど。話は明日にでもできるし)
「しかし、この貧乏臭い食べ物は、見た目に寄らずなかなか美味いのう……むしゃむしゃ……」
「はぁ……って!!あ〜〜〜!!!セリナさんの肉ジャガをいつの間にぃ!!しかも全部食べてるし〜〜〜!!!」


※※※※※


「はぁ……」

 秋の青空って、一番綺麗な青だと僕は思う。
 夏空の濃い青と、冬空の透き通るような青が入り混じった、とても微妙な青なんだ。春の空とは違って、紅葉の赤が見事なコントラストになっているのもポイントだ。
 こうして枝を落とすために、梢までの高さが15mもあるコナラの木に登って、360°広がる秋の青空を見ていると、心の底からそう思える。こんなに綺麗な光景を味わえるのも、庭師だけの特権だね。

「はぁ……」

 でも、さっきから断続的に続けている僕の溜息は、その見事な青空に見惚れての溜息じゃなかった。
 まいったなぁ……なんでこんな事になっちゃったんだろうか。
 僕の心は秋空と同じくらいブルーだよ……
 いよいよ明日が“決戦当日”だというのに、全然まったくこれっぽっちも状況は改善されていないし……
 そう、それは一週間前、『彼女』――樹羅夢姫と出会った次の日の事だった――


※※※※※


「ええと……アンコさんですか?」

 今日も空は快晴だった。
 紅葉が雪みたいに降り積もる中、セリナさんは箒を片手に小首を傾げて思案している。
 今日の仕事が一段落した僕は、昨夜の件を相談するために、アンコさんを探していた。
 それで、こうして玄関先で落ち葉を掃いていたセリナさんに、アンコさんの居場所を聞いているのだけど……

「アンコさんなら、今はお屋敷のお掃除をしていると思いますです」

 ああ……やっぱり美し過ぎますセリナさん!!
 その、片手を頬に当てて、ちょっと俯いた何気ない仕草がまた、なんというか、その、あの……イイ!!

「…………」

 あああ……一度でいい。セリナさんと2人きりで『でぇと』に行きたいなぁ……映画館でホラー映画を見て抱きつかれたり、遊園地でジェットコースターに乗って抱きつかれたり、レストランでフランス料理を食べて抱きつかれたり……

「あのぅ……ミツさん?です?」

 ……そしてそして、ちょっとお洒落な居酒屋で、セリナさんに給料30ヶ月分の指輪をそっと差し出すんだ……セリナさんは顔を赤くしてはにかみながら、小さく頷いて――

「ミツさん!?です?」
「――うわおぅ!?」

 何時の間にやら、セリナさんが僕の顔を下から覗き込んでいる!?それも目の前5cmの至近距離でぇ!!?
 あああ〜〜〜!!!その純真無垢な美しいタレ目と、ほんのり桜色の唇と、そして目の前に広がるバナナどころかスイカを挟めそうな爆乳の谷間が、僕の理性を狂わせるぅぅぅぅぅ!!!

「そうですか!!!アンコさんは!!!屋敷で!!!掃除中ですか!!!いや〜!!!どうも!!!ありがとう!!!ございます!!!それじゃ!!!またっ!!!」

 どぴゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜がちゃん!!ばたん!!たったった……

「あ、あのぅ……です……」

 ほんの僅かに残った理性を総動員した僕は、セリナさんの呟きを背中で聞きながら、疾風怒濤の勢いで屋敷の中に飛び込んだのだった。
 あああ……僕の大バカヤロゥ……




「さて、屋敷で掃除しているのはわかったけど……」

 数分後、僕は廊下の真ん中で途方にくれていた。

「……アンコさんは、どこで掃除しているんだろう?」

 無意味に大きいからなぁ、この屋敷は。運が悪いと、冗談じゃなくて1日中探し回る事になりそうだ。
 ロダンの『考える人』のレプリカ彫像(たぶん)の前で、同じポーズを取っていると――

 よたよた ふらふら

 廊下の曲がり角から、5段重ねのダンボールの箱がやってきた……?
 いやいや、よく見るとダンボールの下に2本の足が見える。小柄な子供が、自分の身長を超えるほど山積みになったダンボール箱を運んでいるんだね。
 前が全然見えないんだろう。フラフラしていて危なっかしい事この上ない。
 僕はフラフラダンボールに近づいて、

 ひょい

 上半分を持ちあげた。

「――む!?」

 すると、ダンボールの向こうから……

 くらくらっ……

 ううう……一瞬、意識が喪失しちゃったよ。
 ダンボール箱を運んでいたのは、反則なまでに可愛い美少年――クリシュファルス君こと、通称クリ君だった。

「おお、藤一郎どのか」
「大変そうだね。手伝うよ」
「それはすまぬな」

 箱の中身は野菜と果物だった。纏め買いしたのを貯蔵庫に運ぶ途中らしい。
 それにしても……相変わらず、何かの間違いじゃないかって思うぐらい、可愛らしい男の子だなぁ。とても自分と同性とは思えないよ。
 そういえば、初めに会った時は女の子だと勘違いしていて、後で半泣き状態で怒られたっけ。
 まぁ、頭と背中に角と翼が生えてるけどね……話を聞くに、彼は『悪魔族』の王様だそうだ。詳しい事はよくわからないけど、人外さんなら、人間の常識では測れないのも仕方が無いかな。
 こうして、悪魔族の王様が人間の屋敷に住み込みで働いている事も含めて、ね。

「にわしのしごとは、もうおわったのか?」
「うん、今日は東の丘を整理したよ。結構大変だった」
「……あのこうだいなしきちのせいりを、わずかはんにちでおわらせたのか……あいかわらず、みごとなうでであるな。あとで、まかいのわがていえんではたらかぬか?」
「ははは。考えておくよ」

 ダンボール箱を貯蔵庫に運んだ僕は、そのままクリ君にアンコさんの居場所を聞いてみた。

「アコンカグヤなら、さんかいのひがしろうかを、もっぷがけしておったぞ」

 よし、ビンゴ!!

「アコンカグヤになにかようがあるのか?」
「うん、ちょっとね……」
「おもしろそうであるな。よもつきあおう」
「え!?……まぁ、いいけど」

 そういえば、クリ君も人外さんだから、一緒に話を聞いてもらった方がいいかもしれない。
 というわけで――
 クリ君が仲間に加わった!!

「ちゃらららちゃっちゃちゃ〜〜ん」
「……いきなりどうしたのだ?」
「はい、ばんざーい」
「ば、ばんざ〜い……」
「これでまた、世界平和に1歩近づいたね」
「……そ、そうなのか?」

 ……アホな事やってないで、さっさとアンコさんの所に行こう……




 ――――ビュンッ!!
 ――――ビュンッ!!

 ……え〜と、

「……これは何なのかな?クリ君……」
「アコンカグヤのもっぷがけだ」

 3階への階段を上りきった所で、僕は眼前の光景に呆然としていた。
 廊下の端から端までを、何か『物体』がとんでもないスピードで往復しているんだ。ほとんど網膜に写らないくらいの、文字通り目にも止まらぬスピードだ。

「おんそくをこえるはやさで、もっぷがけをしているようであるな」

 ……さすが人外さん。

「……え〜と、アンコさ〜ん。ちょっとお話が〜」
「むだだ。おんそくをこえていどうするものには、こえはきこえぬのだ」

 ふ〜ん。そういえば、昔読んだ本にそう書いてあったような気が。
 ……って、それ所じゃないよ。

「じゃあ、どうしようか?向こうが気付いてくれるまで、待たなくちゃいけないのかなぁ」
「よにまかせるのだ」

 そう言ってクリ君は、懐から一本のバナナを取り出して、そのままモグモグ食べ始めた。
 ……バナナを口に食むクリ君……ビデオにでも撮影すれば、そのテの人に高く売れるかもしれない……
 いかんいかん!!何を考えてるんだ僕は……

「もぐもぐ……ごちそうさまだ」
「……で、そのバナナをどうするの?」
「バナナのかわをつかうのだ」

 まさか……

「ああみえて、“おやくそく”なやつだからな……」

 ぽいっ

 予想通り、バナナの皮はあっさりと廊下に捨てられた――次の瞬間、

 ツルッ!!

 空中にひっくり返ったアンコさんが出現して、

 ズザザザザザザザザ―――!!!

 廊下の端まで、見事な顔面スライディングを敢行して、

 ――ゴン!!!

 頭を廊下の端の壁に激突させて、ようやくアンコさんは止まってくれた……

「………」
「………」
「……すこし、やりすぎたかな……?」
「……うん」

 うつぶせのまま動かないアンコさん。
 だ、大丈夫かなぁ……

 むくり

 あ、生きてた。
 何事も無かったかのように起き上がるアンコさん。相変わらずの無表情だけど、額と鼻の頭が赤くなっている。痛そうだなぁ……
 しかし、それにしても――

(はぁ……)

 今日でもう何度目だろう。美しさに見惚れるというのは。
 俗な感情なんて欠片も感じさせない、クールビューティーの極みといえる美貌。セリナさんとは正反対のタイプなんだけど、美しさのランクは互角だね。彼女が『神様』だというのも納得できるよ。たとえ、身体の半分が機械で、ピンク色のメイド服を着ていても……
 まぁ、欲を言えば胸がもっとボリュームがあれば最高なんだけどね。乳房が有るのか無いのかもわからないぐらいペタンコーだし……おかげで初対面の時は、クールな美女なのか中性的な美青年なのか、ちょっとわからなかったからなぁ。
 後で、その事をアンコさんに話したら、部屋の隅でうずくまって、床に『の』の字を書かれちゃった。
 反省。
 で、今のアンコさんはというと――バナナの皮を摘みながら、僕達の事をじっと見ていたりする……それだけで、廊下の気温が氷点下になったような気がした。
 ううう……何を考えているのかわからない無表情が逆にコワイ……

「い、いや……ミツどのがそなたにようがあるとかで……」

 クリ君が僕の背中に隠れながら、しどろもどろに言い訳している。

「……これを捨てたのは誰?」
「クリ君です」

 ひょいっ、と僕はクリ君をアンコさんに差し出した。

「うなぁ!?」
「お仕置き」

 うりうりうりうりうり!!!

「うひゃあああああああん!!!ごめんなさぁああああああい!!!」

 う〜〜ん、いと哀れなりクリ君……骨は拾ってあげるからね。
 ……でも、ちょっと気持ちよさそうだなぁ。
 不謹慎な事を考えながら、僕はじゃれあう(?)2人をのんびりと眺めていた……




「――で、話は何?」

 数十分後、僕達は書斎でアンコさんが入れてくれたお茶(かろうじて飲めた)を啜っていた。
 アンコさんは、何事も無かったかのような落ち着き振りだ。
 クリ君は――荒い息を吐きながら、テーブルにもたれかかっている。悲惨というか役得というか……
 まぁ、それはともかく話を進めよう。
 でも――

「実はね、樹羅夢姫っていう龍族の子から――」

 そう言った瞬間――こののんびりとした雰囲気が一変した。

「龍族〜〜〜!?」

 がばっと顔を上げたクリ君から、ものすごく嫌そうな叫びが漏れた。
 アンコさんですら――驚いた事に――眉をちょっとだけひそめている。
 傍目にも、2人が急に不機嫌になったのがわかった。
 ど、どうしちゃったのかな?

「なぜ、かようなやからがこのちにいるのだ!?」
「な、何かまずい事言ったかな?」
「話を続けて」

 ちょっと冷や汗をかきながら、僕は昨夜の出来事を、包み隠さず説明した。
 アンコさんは普段通りの無表情で、クリ君はあからさまに不機嫌な様子で、黙って聞いてくれる。

「――で、その子は神族政府に亡命を希望したいって言うんだ。理由は教えてくれなかったけど……どうかな?」
「無理ね」

 返事は即答だった。

「どうして?」
「まず、私は神族政府から見放された立場にある。亡命の仲介は不可能なの」

 あらら、あっさりと話が終わっちゃった。

「それに――」
「それに?」
「――正直、貴方の話は信じ難いわ」

 ガーン!!
 信用されてない……

「よもどうかんだ」

 ショックガーン!!
 クリ君にまで……

「気にしないで。貴方を信用していないわけじゃないの」
「ただ……あまりにもはなしのないようが、こうとうむけいなのでな」

 悪魔の王様や身体が半分機械の神様に『荒唐無稽』と言われるなんて……よっぽどの事なんだろうなぁ。

「僕は事実しか言っていないよ。ただ、できれば詳しい事を教えてくれないかな?今の僕には、自分の話の意味もよくわからないんだけど」

 クリ君とアンコさんは、黙って顔を見合わせた。やがて微かに頷きあうと、

「地球人類の貴方には、理解し難い内容かもしれないが……」

 どこか疲れた調子で、アンコさんは語り始めた――


 ――アンコさんの話によると、僕達がいる世界のすぐ隣には、『天界』『魔界』『冥界』『精霊界』という異世界が存在するらしい。
 ほほ〜〜。
 それぞれの世界には、支配者といえる種族――通称“四大種族”――が存在して、天界はアンコさんの神族、魔界はクリ君の悪魔族、冥界は鬼族、そして精霊界を支配しているのが『龍族』なんだそうだ。
 ふむふむ。
 精霊界は、僕達のいる世界も含めた、あらゆる世界の自然概念や世界法則を司っていて、龍族はそれを管理する立場にある、とっても重要な種族なんだって。
 へぇ〜〜。
 龍族は、さらに5つの種族に分類できて、樹羅夢姫の『木龍族』は“生命”を属性とする龍族らしい。全ての生命体の生と死を制御するという、とてもスゴイ種族なんだそうだ。
 うんうん。
 ただ……龍族の種族全体の特徴としては、とにかく尊大で高慢でわがままで、悪い意味でプライドが高く、究極的に天上天下唯我独尊な性格で、自分の種族以外の者は、ゴキブリどころかインフルエンザウイルス並に、徹底的に蔑んでいるだって。
 ありゃりゃ……
 当然ながら、龍族は他の種族には嫌われまくっているんだけど、自然や世界法則を制御している大事な種族なので、やっつけたくてもできないらしい。第一、龍族は四大種族に数えられるぐらい強力な種族だから、他の四大種族クラスじゃないと、喧嘩を売っても返り討ちに会うらしいけど。
 う〜〜ん……

「――そんな龍族が神族の元に亡命を希望して、あまつさえ地球人類とコミュニケーションを取るなんて、常識的には絶対に考えられない事よ」

 なるほど……でも、事実なんだよなぁ。

「あ、でもその子は身長30cmサイズの人間そっくりの姿で、とても“龍”には見えないんだけど……ひょっとして、彼女がデタラメ言ってるのかも」
「いや、それはかんけいないであろう。いたずらにさわぎをおこすのをさけたり、おってのめからのがれるために、げんちせいぶつのすがたにへんしんしたにちがいあるまい。げんに、よもそうしておるのだからな」

 ……身長30cmという段階で、何か間違っているような気もするんだけど……
 まぁ、人間がどのパンダを見ても、同じ白黒模様にしか見えないのと似たようなもので、人外さんにとっては、その程度は瑣末な違いに過ぎないのかもしれない。クリ君も角と翼生えてるし。

「そのむすめをここにつれてくれば、はっきりするのではないか?」
「そうね。その子が嘘をついているのか、または何らかの理由があるのか……直接会ってみればわかると思うわ」

 な〜るほど。

「うん、それじゃあ明日にでも連れて来るよ」
「了解。私の方でも、木龍族第一皇女についてのデータを調べてみる」
「しょうちした……しかし……」

 クリ君は切なそうに溜息を吐いた。世のおねーさん達が感涙を流しまくって、その涙で日本沈没しても不思議ではない表情だ。

「しかし……そのむすめがほんとうに龍族なら、ぜったいにあいたくはないのだが……」
「同感ね」

 そ、そんなにイヤなんだね……でも、僕はそんな彼女とこれから同じ屋根の下で一夜を共にするんだよね……
 何だか、明日の朝日を拝めるか不安だなぁ……トホホ――


※※※※※


 ――古来より、月は魔の象徴とされている。
 魔は闇に潜み、闇は夜に齎され、夜の支配者こそが月なのだから。
 あまりにも月が鮮やかに地上を照らす夜は、同時に“魔”の動きも活性化する。
 この夜も、あまりにも美しい、狂おしいほど美しい月が、漆黒の天球に鎮座していた――

 ――路地裏――

「……お…おねぇちゃあん……あすみは…もうダメですぅ……」
「…はぁはぁ……な、泣き言…言ってないで……気合を入れなさい!!……はぁはぁ……」

 西野姉妹は追い詰められていた。
 ハーフジャケットにタイトミニという、一見、戦闘には不向きに見えて、実は高い機能性に満ちた設計の制服は、あちこちが引き裂かれて、白い肌が剥き出しになっている。
 荒い息。
 汗の滲んだ柔肌。
 赤いポニテに豊かな胸元、勝気そうな瞳が印象的な姉――かすみの構える刀も、赤いロングヘアに豊かなオシリ、呑気そうな瞳が印象的な妹――あすみの持つ呪符も、ふるふると震えていた。

 じり じり
 じり じり

 2人を取り囲む人影の群れは、ゆっくりと包囲の輪を縮めていく。
 彼女達に、じっくりと恐怖を味わせるが如く。
 親が泣きそうな悪趣味ファッションに身を包んだ、狂暴そうな男達――ここ最近、近所に騒音公害を撒き散らしている暴走族の一団だ。
 しかし――彼等の眼窩や口からは緑色の粘液があふれ、人の物とは思えぬ呻き声を漏らしている。その動きはホラー映画のゾンビの様に緩慢で不気味だ。

(…こ、こんな所で……“憑きモノ”に遭遇するなんて……ついてない…わ……)

 かすみは忌々しそうに口元を拭った。いつの間にか唾液が垂れていたのである。
 ――“憑きモノ”――
 この緑色のスライムに似た妖物は、その名の通り、人間、動物、機械など、様々な物体に取り憑いて、己の依り代――“憑きモノ憑き”と呼ばれる――とする魔物だ。
 その性質は極めて狂暴であり、自分以外の生命体は、全て餌としか認識していないらしい。
 取り憑いた物体の全潜在能力を操れる上に、憑きモノ本体も、その種類に応じて『強力な酸』『魔法の無効化』『毒の瘴気』『発火能力』等の、様々な特殊能力を持つという、単純そうな見かけによらず、なかなか厄介な魔物なのだ。
 そして、この暴走族に取り憑いた“憑きモノ”の特殊能力は――

「……西風霧創流…刀舞術……」

 かすみの刀が急速に曇り始めた。空気中の水分が刀身に収束し、結露しているのである。

「……“霧刃”…!!」

 苦しげな気合と同時に、刀が唸りを上げて振り払われた!!
 同時に、何体かの“憑きモノ憑き”の身体が引き裂かれて、緑色の粘液を撒き散らしながら地に伏した。
 ――“霧刃”――大気中の水分を刀身に収束、水の弾丸を作り出し、超高速の斬撃で射ち込むという、かすみの得意技だ。その威力は厚さ30cmのチタン合金をも易々と貫通するという。
 しかし、普段の彼女を知る者なら、その威力が激減しているのがわかるだろう。本来ならば、この技で軽く十数体は葬っていた筈である。

「……くっ…」

 かすみの身体は上気して火照り、膝は瘧のように震えていた。荒く切なげな吐息。夢の中にいるような、ぼぅとした瞳――明らかな性的興奮状態だ。
 “憑きモノ憑き”に対峙して、その緑色の粘液から立ち昇る香りを嗅いだ時から、2人は凄まじい肉の疼きに襲われていた。
 そう。あの“憑きモノ”の特殊能力とは、強力な『催淫香』だったのである。

(……なんで…あたし達って……こんな相手…ばっかりなのぉ!?)

 2人はまだ19歳でありながら、国内有数の民間退魔企業である『西野怪物駆除株式会社』の中でも、トップクラスの使い手だ。本来なら“憑きモノ”程度の魔物なら、楽勝とはいかないまでも負ける相手ではない。
 しかし、どーゆーわけかこの2人は『H属性な攻撃』には、とことん弱いのである。今回も、あの催淫香による快楽の誘いに、2人の身体と精神は陥落されつつあった。
 なぜ、こうも西野姉妹がHな攻撃に弱いのか?その理由はわからない。何か宇宙意思レベルでの陰謀があるのかもしれない。
 呻き声が迫ってきた。
 かすみの攻撃にダメージを受けたのは、ほんの数体だけだった。残りは何事も無かったかのように接近してくる。その数は――軽く20人を超える。
 かすみは唇を噛んだ。

「……あすみぃ……あなたも…手伝いなさ……って、あすみぃ!?」
「…うんっ…はぁぁ……あふぅ……おねぇちゃあん…あすみは…あすみはぁ!!……だめぇ…あはぁ!!」

 あすみの呪符は、地に落ちていた。
 右手は服の裂け目から胸元に、左手はスカートの中に潜り込み、淫猥な動きを続けていた。その瞳に宿る光は、もう人間のものとは言えないだろう。
 あすみはついに、肉欲の渦に陥落したのだ。

「…あ、あすみぃ!!しっかりしなさ――!?」

 快楽の虜となった妹に、一瞬気を取られた瞬間――かすみの腕が、ぬるぬるした手に掴まれた。骨が軋むほどの圧力。短い悲鳴と共に、刀がアスファルトに突き刺さった。
 いつの間にここまで接近していたのか――20数人もの“憑きモノ憑き”達は、おぞましい呻き声を上げながら、抵抗の手段を失った2人に圧し掛かろうとしていた。
 かすみの心臓が、恐怖に鷲掴みされる。

(食われる――!?)

 いや――違う。
 かすみのジャケットが、インナーごと引き千切られた。豊かな乳房がぶるんと露出する。緑色の粘液に包まれた何本もの手が、一斉にそこに差し伸ばされる――タイトスカートも、また同様に――
 食うのはまだ早い。
 その前に――

(いやあああああああ!!!)

 かすみの叫びは、圧し掛かる十数人もの男達と、直接肌に刷り込まれた『催淫香』による肉の快楽に、たちまち飲み込まれた――


「ふぐっ!!…んぐぅ〜!!!」

 かすみの薄くルージュの塗られた唇が醜くゆがみ、緑色の粘膜に包まれた肉茎が捻じ込まれ、独特の香りを放つ粘液が口から吸収される。

(だめ…ダメ…ダ…メ…)

 心は強く抵抗しているが、身体はすすんでそれを舐めしゃぶり、毒々しい粘液を飲み込んでいく。

―ピチャ、クチュッ、ジュルッ―

「んぐっ…んぐっ…」

 かすみの喉が何かを嚥下するように動くたびに顔が紅潮し、破れた衣服から覗く肌は桜色に染まっていった。
 しかし、その肌は全身に塗り込められた緑色の粘膜でほとんどが覆われてしまっている。

「んんっ……んっ…んん〜っ!!」

 突然かすみの頭が掴まれ、喉の奥に肉茎が強く突き込まれる。しかし、かすみはその苦しさをも快感に昇華させていた。
 かすみの豊満な胸はそれぞれこねくり回され、別々の“憑きモノ憑き”に乳首を吸い、歯が立てられる。

「うんっ!…んっんっ…んぶっ?!」
『グオォォォォォ』

―ドプッ!ゴプッ!ビュルッ!―

 何の予告もなしに、異形の精液がかすみの口中に注ぎ込まれる。

「…んくっ…ぷあ……あぁ…」

 半ば惚けたようになっているかすみの口の端から、抹茶色の精液が流れ落ちる。その量、濃度とも普通の男とは比べ物にならない。

「やぁ…!」

 かすみの両脇にいる『彼ら』がかすみの足首を掴み、大きく脚を開かせる。かすみも抵抗するものの、既に快楽に囚われてしまった身体は言うことを聞かず、『彼ら』にスカートの中を晒してしまう。

―ビリビリッ!―

 『彼ら』は先を争ってかすみの股間に手を伸ばし、ストッキングごとかすみのパンティーを文字通りむしり取っていく。
 やがて、彼らの前にはもはや役目を果たさなくなった、ボロボロのストッキングとタイトスカートの中のかすみの秘裂が、街灯の明かりに照らされた。白く輝く太股は既に粘液のせいなのか、それともかすみの心が望んでいるのか、秘裂から染み出す蜜でキラキラと輝いている。

「み…見ちゃ…んぶっ!?」

 羞恥に頬を赤く染めるかすみの頭を、別の1体が跨り、その肉茎をかすみの口に突っ込んだ。

―ピチャッ、ピチャッ、クチュッ―

「んくっ、ぷぁ……はむっ…んむるぅ…」

 粘液が身体中に回ってしまった為か、かすみはやや頬を赤らめて愛しげに肉茎に舌を絡ませ、器用に首だけを使って唇で肉茎を扱き上げる。

「あむぅ…ぴちゃっ、んぷっ……じゅるっ!……あっ…」

 不意に、両手と胸の間にもヌチャッという感触とともに太く、硬いものが触れる。目の前の1体に視界を奪われているが、それは明らかに『彼ら』の肉茎であった。

―グチュッ、ニュルッ、グチッ―

 両手は自ら、そして胸は強制的に『彼ら』に奉仕を始める。念入りに、そして優しく竿を扱き、先端を柔らかく包み込む。下の袋への奉仕も忘れない。誰に教えられるまでも無く。従順に、ひたすら身体が求める快楽に従順に行動する。

 そのころあすみは…

「ふぁっ!ああんっ!!……え?もっとですかぁ?……はむぅ……くちゅ…」

 『彼ら』の1体の上にもたれかかるように腰掛け、次々に差し出される『彼ら』肉茎に奉仕する。そして、その膝の上で、その肉茎を使って素股の要領で自慰を強制……いや自らすすんで行っている。

―ブビュルッ!ビュルッ!ビッ!―

「ふぁは……熱いですぅ……」

 既に焦点を失った瞳で、顔といわず口といわず浴びせられる抹茶色の液体を見つめ、流れ落ちる精液を舌で受け止めて嚥下する。
 あすみは既に全裸になり、その全身は髪の毛、胸、尻、どこを見ても抹茶色の精液で染め上げられている。

「…ぷぁ…これぇ……これほしいですぅ……」

 “憑きモノ”のせいなのか、もはや人間のものとは思えないほど長大な肉茎を秘裂と肉芽に擦りつけ、肉茎をねだっていた。後ろの穴には、おぞましく粘液でぬめる指が2本、根元まで挿し込まれ、あすみの後ろに異界の快楽を与えていた。

「え?…またですかぁ?……あすみおかしくなっちゃいますぅ…」

 そう言うと、あすみは差し出された肉茎を柔らかそうな胸で包み込むと、身体全体を上下させて奉仕する。それに合わせて太股を強く合わせると、その間にある肉茎を自分の肉芽に擦りつける。

―グチュッ!ヌチャッ!ブチュッ!―

「ふんぅ……んぶっ…んあっ!…ぴちゃっ……」

 あすみの柔らかく、豊かな胸にほとんど隠されてしまう肉茎が、時おり先端だけ顔をのぞかせる。その時、あすみは先端だけを口に咥えて舌を絡める。上と下、器用にあすみは奉仕を続けている。

『グゥォォォオオォォッ!!!』

「ふぁあぁぁっ!」

 再び、大量の精液があすみに降り注ぐ。そして、軽い絶頂に達したのかあすみは前のめりにアスファルトに倒れこむ。
 パタパタと音がするように精液が滴り落ち、路地裏に染みを作っていく。

「んあっ!…あすみはぁもぉがまんできないですぅ!……もっとぉ…もっと欲しいですぅ!!」

 快感のために普段より一層、舌っ足らずな口調で『彼ら』におねだりをするあすみ。四つん這いになり、尻を高く突き上げて自らその双球を割り開き、秘裂とその上の蕾とを晒して腰を振る姿は、既に『彼ら』の奴隷に身を堕としたことを示していた。

「んんん〜っ!!!」

 そこまであすみが乱れている事などには全く気付かず、かすみは『彼ら』の肉茎に夢中になっていた。

―ビュルッ!ブビュッ!―

「ん?!……んっ!…こくっ…ごくっ…」

 夢中で精液を飲み干す。そして、

―ピチャッ!―

「ん…!!!」

 かすみの秘裂と蕾に、同時に柔らかくぬめったものがあてがわれる。それが『彼ら』の舌だと理解した瞬間、かすみは腰を高く突き上げ、下半身だけ爪先立ちになりその愛撫を心待ちにする。しかし、舌は一向に動き出さない。

「…ぱぁっ……ど…どうして…?」

 しかし、舌は動かない。その時かすみは悟った。彼らは、待っているのだと。心だけでも、身体だけでもなく、魂まで屈服させたいのだと……そして…

「お願いっ!もっと、もっと汚してぇっ!!あたしを全部…全部汚してぇっ!!!」

 それは、かすみまで魂を汚される事を望んだ瞬間だった。その声を聞いた瞬間、『彼ら』はかすみを愛撫し始めた。蜜壷の奥深く、直腸の置く深くまで舌が侵入し、かすみに今まで以上の快楽を与える。

「はぁっ!…もっと!…もっとぉ!」

―ピチャッ!ヌロッ…―

 緑色の糸を引きながら、2本の舌が引き抜かれ、そして替わりに『彼ら』の肉茎がそこにあてがわれる。

「…はぁ…」

 快感への期待にかすみの身体が震える、そして

―ズブッ!ズブブッ!グヌッ!―

「あああぁぁっ!!!」

 人間と比べて異常に大きく、太いものがかすみの前後の穴にねじりこまれる。衝撃にも似た快感がかすみを襲い、かすみは身体を仰け反らせてそれに応え、奥深くまで迎える。
「ああっ!はぁっ…凄いっ!!……大きいっ!!」

 自分から大きく腰を上下させ、快感を貪る。肉茎が抜ける限界ギリギリまで引き抜き、一気に体重をかけて根元まで受け入れる。普通なら苦痛でしかない行為も、『彼ら』いやかすみをも包んでいる緑色の粘液によるものなのか、かすみはそんな苦痛すらも快感へと昇華させていた。

―グブッ!ゴブッ!ズブッ!―

「ふぁあぁ……え?!……うあぁぁっ!!掻き混ぜられちゃうっ?…グチャグチャにしてっ!!!」

 根元までくわえ込むと『彼ら』にガッチリと腰を掴まれると、そのまま『彼ら』が腰をグラインドさせる。内臓を掻き回されるに等しいその行為も、かすみには異常な快楽を与えていた。

「あっ!ダメッ!!…あたし…いっ…いっちゃうっ!!!」

 限界のその上…気が狂うほどの快感の槍がかすみを貫いたような気がした。そして、それと同時に、かすみの胎内と直腸に今まで以上の量の精液が注ぎ込まれる。

「…ぁ……ぁぁ…………熱い……」

―ゴプッ、ビュクッ、ビュルッ!―

 ひとしきり射精が終わると、かすみの下腹部がまるで妊婦のように膨らんでいた。そして、2本の肉茎が抜かれると、2つの穴からまるでかすみが射精しているように抹茶色の液体が噴き出す。

「あ……ぁ……」

 半分失神しているかすみに、もう一度下から、後ろから別の肉茎があてがわれ、一気に挿入される。

「……ぁ………ああああぁぁっ!!!!」

 絶頂の余韻から一気に現実に引き戻されると、再び快感の檻へと閉じ込められる。かすみは、まるで犬のように『彼ら』に犯されていた。いや、すでにかすみは『彼ら』の与える快楽に忠実な雌犬になっていた。

―グジュッ!ジュボッ!グブッ!!―

「うあっ!…あんっ……あぐっ!」

 かすみの両穴から、さっき注がれた精液が飛び散り、すさまじい音を立てて2本の肉茎を受け入れている。その時、

「ふあぁぁっ!…りょ…両方いっぺんはむりですぅっ!!」

 かすみの耳にあすみの苦しい、でも甘えるような声が耳に入ってきた。

「あっ!あああぁぁぁっ!!」

 気がつくと、かすみの目の前で、まるで見せ付けるかのように1体が犬のように腰を振るあすみの両穴を、なぜか2本の肉茎で同時に犯そうとしていた。

―グプププッ!―

「ふぁぁぁっ!」

 あすみは、舌を突き出し、涎を垂らしながらも快感に耐え、2本の肉茎を思いのほかスムーズに両穴に挿入されていた。

 あすみは、先程よりさらに全身を精液でドロドロにされ、2本の肉茎をいれられる前から両方の穴から精液を流れ出していたことを考えると、かすみが犯されるよりもかなり前から何度も犯されていたのだろう。

「あ…あっあっあっ……」

 そしてそのまま、まるで犬のようにかすみの正面まで四つん這いで歩かされる。

「んああぁっ!!」

 かすみの瞳に、あすみの快楽に熔けたような表情が映される。

「おねえちゃん…」
「…あすみ………んっ」

 どちらとも言わず、二人は唇を重ねた。“憑きモノ憑き”の精液と2人の唾液が混ぜられ、お互いに分けあい、飲み込む。

「ひゃっ?!」
「きゃ…!」

 お互いのキスの余韻に浸る間もなく、2人の状態が引き起こされる。そして太股が大きく開かれ、お互いの犯されている部分がはっきりと見せ付けられる。

―グチョッ!グポッ!グプッ!―

「やっ!はぁっ!すごっ……うあっ!」
「んあっ…おしりがっ……広がっちゃいますぅっ…!!」

 お互いの痴態に赤面しながらも、2人はただ快楽を貪る人形となっていた。目の前に差し出される何本もの肉茎を、片っ端から口に咥え、手で扱き、自ら吐き出される精液をねだり、浴びる。

「あはっ…おねえちゃん、どろどろですぅ……」
「何言ってるの…あすみだって、こんなに乳首硬くして…」
「ふぁぁっ!…乳首がこすれてきもちいいですうっ!」

 いつの間にか、2人は両方の穴を貫かれたまま抱き合い、全身に浴びせられた精液をローション代わりにしてお互いを責めあっていた。
 2人の豊かすぎる胸が2人の間で押しつぶされ、『彼ら』の腰の上下に合わせて乳首を擦りつける。グチャグチャという粘液質な音と、2人の美少女の甘い喘ぎ声が響く。

「うふぁぁっ……んむっ…おねえちゃんの唾液…おいしいですぅ…」
「うふふっ…あすみのだって、甘くていい香り…」

―クチュッ、チュルッ、ジュルッ―

 完全に焦点を失った瞳で見つめあい、口付けを交わす。

「んっ…ふぐっ?!」
「あんっ……ぺちゃ…じゅるっ」

 彼女達の顔の間、ちょうどお互いの唇に挟まれるように1体の肉茎が差し込まれる。その肉茎を、アイスキャンディーを舐めるように横咥えし、舌全体を使い舐め上げ、愛しげに頬をすり寄せる。

「ふぅん……あむっ…おいしいですぅ…」

 顔が粘液で緑色に染まるのも一向に気にせず、顔全体で肉茎に奉仕する。

「んぁ…ふぁっ……んんぅ…」
『ルグウォォォォォ…』

―ブビュルッ!ビュルッ!ビュブッ!―

「はあぁぁぁっ……」
「んぷぁっ…んぐっ…んぐっ…」

 至近距離で、抹茶色の精液が2人に叩きつけられる。あまりの量に呼吸困難になりながら、先を争って精液を求め、お互いの顔に付着した精液を舐めあう。

「ぷはぁ…んぐぅ…ごくっ…」
「ぴちゃっ…ぺろっ、ちゅるるっ!」

 そして、

―ゴブッ!グブッ!グジュッ!―

「んあぁぁぁっ!!!」
「ひあぁぁっ!!!」

 両方の穴に、同時に大量の精液が注ぎ込まれる。もう何度目か分からない絶頂が2人を襲う。

―ブジュッ!グジュ!ブジュッ!―

 『彼ら』は精液を叩きつけながらも、腰の動きを止めようとはしない。何度となく犯されつづけた2人の穴は、どちらも力が入らないのか、許容量を超えた精液が隙間から泡だって溢れ出す。

「も…もうだめっ!」
「ふぁ…あすみも…もぉ死んじゃいますぅ!!」
『ふぁ……はああぁぁぁっ!!!』

 声をハモらせ、全く同じように肢体を仰け反らせて絶頂を迎える。そして、すがりつくように抱き合い、甘く熱い吐息をつく。
 ぐったりとした肢体は完全に脱力し、まだ動きを止めない『彼ら』にあわせて、まるで操り人形のようにビクン、ビクンと痙攣する。

―ミシッ―

「…くっ…あぐっ…」
「…か…はっ!」

 突然、2人の息が苦しくなる。全身の骨と筋肉が軋み、悲鳴と苦痛を上げる。朦朧とした意識の中で、『彼ら』が自分達を突き上げながら、首・四肢を握り潰そうとしているのを感じた。

「……くす……」

 かすみが自虐的な笑みを浮かべる。それは『彼ら』の粘液で自己が破壊された故か、それとも自分の至らなさ故か、それとも苦痛を通り越したところにある快楽を見出してしまった故か…

―ミシッ…ビキッ…ー

 あと少し、そうすればこの狂おしい快楽と苦痛の地獄から救われるかもしれない…それとも…魂すら永遠に犯され続けるのだろうか…

『……お……か……あ……さ……』

 かすれていく意識の中で、かすみとあすみは同時に、同じ人物に救いを求めていた…そして、意識が途絶える刹那の前――

 その時――

「――え〜と、これって強姦だよね?」

 この場の状況には全くそぐわないボケた声が、辺りにのんびりと響き渡った。
 “憑きモノ憑き”達が一斉に振り向き、かすみとあすみも僅かに残った理性を総動員して、そちらに意識を向けた。
 路地裏の入り口に立つ影は――平凡を絵に描いたような青年だった。強いて特徴を挙げれば、以外に頑強そうな肉厚の体格ぐらいのものか。
 薄汚れた繋ぎの作業着を着ている。肩からロープと束ねた有刺鉄線を下げて、手には大型の工具箱を持つその姿は、『場違い』という言葉を具現化したようだ。

「強姦するような輩は、実力で女性をモノにできないような、男の魅力に欠けた腑抜けだ……って、昔読んだ本に書いてあったよ。同性として情けないから、やめてくれないかなぁ」

 あくまでものほほんとした雰囲気を崩さない、その作業着の男に、

「……は…はやく……にげ……て……」

 消え去りそうな呟きが、かすみの唇から漏れた。この場に及んでも『助けて』とは言わない所が、彼女らしいと言うべきか。

「あれ?……よくよく見てみると、襲ってる人達は人間じゃないみた――」

 男の台詞は最後まで続けられなかった。
 数体の“憑きモノ憑き”が、凄まじいスピードで男に飛びかかったのだ。依り代の全潜在能力を開放したその運動能力は、人間のそれを遥かに凌駕する。その動きは網膜にも捉えられないだろう。
 次の瞬間に起こるであろう惨劇に、あすみは思わず瞳を伏せた。
 だが――

 ドガァ!!!

 路地裏に破壊音が轟いた。
 かすみの瞳が、驚愕に見開かれる。
 ブロック塀を突き破り、電柱を圧し折り、道路のアスファルトを盛大に削り取ったのは――飛びかかった“憑きモノ憑き”達であった。

「危ないなぁ……やっぱり魔物だったんだね」

 何かを振り払ったような体勢のまま、男はのんびりと呟いた。
 “憑きモノ憑き”達が西野姉妹から離れて、男を取り囲む。単純な思考しか持たない“憑きモノ”にも、この男が一筋縄ではいかない相手だと理解したのだろう。

「はぁ……昨夜は龍族の女の子を拾って、今夜は魔物の群れに襲われるなんて……僕ってとことん人外さんに縁があるんだなぁ」

 男が疲れたように溜息を吐いた――それを合図に、“憑きモノ憑き”達が一斉に襲いかかった!!
 しかし、その瞬間――
 ――男の姿は消滅していた。
 勢い余って、一部の“憑きモノ憑き”が同士討ちを始める。
 男は――なんと、空を舞っていた。
 いつ、どうやったのか、ロープを電線に引っ掛けて、空中に跳躍して攻撃をかわしたのである。そのままターザンよろしく夜空を渡って、

「――大丈夫?」

 ぐったりとした西野姉妹の前に降り立った。

「…あ、あなたは……?」

 粘液まみれの裸身を気にした様子も無く、軽々と2人を肩に担ぎ上げる。

「え〜と、あの魔物はやっつけちゃっていいのかな?」
「……え?……うん…ああなったら……もう依り代の人間は…助からない…から……」
「じゃあ、遠慮無くやっちゃっていいんだね」

 じりじりと接近してくる“憑きモノ憑き”を見据えながら、男はゆっくりと工具箱の蓋を開けた――



 ――5分後――

「……あなた…何者?……」

 あすみから受け取った『癒身符』と『浄心符』を貼りながら、かすみは呆然と尋ねた。

「おねえちゃん、忘れちゃったんですかぁ?セリナお姉ちゃん家のミツさんですぅ!!」

 もうすっかり回復したあすみが、ちょっと咎める口調で姉を嗜めた。

「ああ……腹黒さんのお屋敷の庭師の……三剣 籐一郎さん……だったわね」
「ははは、僕って印象薄いからなぁ……」

 苦笑しながら頭を掻くミツさん――三剣氏を見ながら、

(はっきり印象に残ったわよ……あんなの見せられちゃったら……)

 かすみは心中で、震えるように呟いた。
 路地裏のあちこちに『ばらまかれた』“憑きモノ憑き”の部品……“憑きモノ”本体は、もはや単なる粘液と化している。
 それは、とてつもない光景であった。
 あの男は、手にした鋸や園芸鋏や草刈鎌だけで、20数体もの“憑きモノ憑き”と正面から渡り合い、瞬く間に粉砕したのである。しかも、魔法や術の類を一切使う事無く、2人を肩に担いだまま、傷1つ負わずに、わずか5分足らずで全滅させるとは……幸いにも物理攻撃が有効なタイプの“憑きモノ”だったとはいえ、余程の技量が無ければ、あんな見事な戦いはできないだろう。

(あたしが本調子でも、あそこまで立ち回れるかどうか……)

 あすみの符で作り出した、新しいジャケットに腕を通しながら、かすみは明らかな戦慄に身を浸していた。

「それじゃあ、僕はそろそろ行くね」
「ありがと……後で改めてお礼を言うわ」
「ありがとうございましたぁ!!」
「じゃあ、また今度」

 片手をひらひらさせながら、大通りに消えていった三剣氏を見送って、

「三剣 藤一郎か……さすがに“あの事件”を起こしただけの事はあるわね」

 かすみは溜息を吐いた。安堵の溜息であった。
 あたかも、強大な魔物が自分を見逃して、目の前から去って行ったかのような……

「それにしてもぉ、クリちゃん家の監視に行こうとしただけで、こんな目に会うなんてぇ……あんらっきーですぅ」
「油断したわね。魔界大帝が降臨して以来、魔物の動きが鎮静化していたから……でも、“憑きモノ”みたいな本能だけの魔物には、魔界大帝への畏怖は関係無かったみたいね。あとで報告書にまとめておかなきゃ」
「それにしてもぉ……ミツさん凄かったですねぇ!!あすみビックリですぅ!!」
「……母さんが言っていたわ。『あの屋敷にいる存在で一番危険なのは、魔界大帝でも神族の戦士でもなく、あの庭師だ』って……」
「???……何ででしょうかぁ?ミツさんとってもイイ人ですぅ」
「……ま、知らない方が幸せな事もあるわよ。あとは母さんの指示を仰ぎましょ」
「お母さん早く東京から帰って来るとイイなぁ……お土産楽しみですぅ!!」
「遊びに行ったんじゃないのよ……ま、絶対に自分のお土産は買ってくるでしょうけど」
「あすみ達へのお土産はぁ?」
「絶対に忘れるわね。母さんなら」
「が〜ん!!ですぅ……」

 ……呪符による癒しの効果があるにせよ、あれほどの目に会ったにもかかわらず、もう2人は完全に立ち直っていた。
 西野姉妹にとって、あの程度の陵辱は日常茶飯事なのである。『もう、慣れちゃった』と言う事か……それでいて今まで無事だというのは、ある意味幸運なのかもしれない……

『慣れたくないわよ(ですぅ)!!!』

 ……いや、やっぱり不幸か――


※※※※※



「ただいま〜」
「何をしておる。早く食事を用意するのぢゃ!!わらわは空腹なのぢゃ!!」

 ……帰宅の第一声がそれかい……
 樹羅夢姫はちゃぶ台の上で女あぐらをかきながら、僕を不機嫌そうに見上げている。
 さすがにちょっとこめかみが疼くのを感じながら、

「……今日の食事は、冷蔵庫の中にあるって言ったけど?」

 僕は努めて優しく言った。

「あれが食事か?あれっぽっちでは前菜にもならぬわ。さっさと『めいんでぃっしゅ』を用意するのぢゃ」

 ……ちょっと待て。
 僕は光の速さで冷蔵庫を開けた。
 中身は――空っ風が吹き抜けるぐらい、スッカラカンだった……
 が〜ん!!
 そそそそんなバカな!?一週間分は備蓄があった筈だよ!!

「……もしかして……全部食べちゃったの?」
「あの程度の量では、オヤツ代わりにもならないのぢゃ」

 ……あの30cmぐらいの身体で、冷蔵庫の中身を全部食べちゃうなんて……
 それって、物理的に不可能じゃないのか?
 さすがに頭痛がしてきた……

「なに天を仰いでおるのぢゃ。わらわは空腹だと言っておる!!下賎の者は耳まで使い物にならんのか?」

 居候の立場なんて、ぜーんぜん考えていないらしい樹羅夢姫……こうして女王様然と振舞う事が、さも当たり前のように思っているんだろう。
 いくら世間知らずのお姫様(らしい)だといったって……アンコさんの話は、どうやら間違っていないらしいね……

「そう言われてもねぇ……あとはキャットフードぐらいしかないけど」

 無論、冗談だけど。

「きゃっとふーど?それは美味いのか?」

 彼女は鹿角をぴくぴくさせながら、興味津々な様子で身を乗り出してきた。
 そうだなぁ……ちょっとからかってみようか。

「うん。某料理界の帝王が『うまいぞぉ〜〜〜!!!』って叫びながら、天を裂き地を砕き海を割って走り回るぐらい美味しい、ゴージャスでワンダーでアメージングな高級料理なんだ」
「おお!!何だかよくわからぬが、美味しそうな料理なのぢゃな!?さっそく用意するのぢゃ!!」
「はいはい」

 え〜と、たしかこの押入れの奥に、10個千円のお徳用ネコ缶が……(がさごそがさごそ)……あ、あった……賞味期限が切れてるみたいだけど……まぁ、いいか。え〜と缶切り缶切り……(きこきこきこ……ぱくん)……お皿に盛り付けて……よし、おっけー。

「はい、準備できたよ」
「……何だか、グチャグチャして見栄えの悪い料理ぢゃな……」
「ちなみに、この料理は四つん這いになって、直接口で食べるのがマナーなんだよ」
「ぢゃ!?」

 いや、キャットフードだし。

「そそそそんな下品な食べ方できるわけ無いのぢゃ!!」
「でも、そう食べないと『この料理を食べる資格無し!!』って事になって、料理を下げられちゃうよ」
「ううう……やむを得ないのぢゃ……ふ、ふん。下等な地球人類の料理に相応しい食べ方ぢゃな……」

 樹羅夢姫は顔を真っ赤にして、身体をぷるぷる振るわせながら、キャットフードの皿の前で四つん這いになった。僕なら一口で食べられる(食べないけど)量でも、彼女にとっては超特盛りサイズになっている。

「……お主は食べないのか?」
「いやあ、僕みたいな下賎の者には、そんな高級料理は恐れ多くて、とても食べられないよ。僕にはこれで十分」

 セリナさんが用意してくれた(ありがとうございますセリナさん!!)焼肉弁当の蓋を開けながら、僕は必死になって笑いを抑えていた。

「……そっちの方が美味しそうに見えるのぢゃが……」
「気のせいだよ。じゃあ、いただきま〜す」
「ううう……なぜか屈辱なのぢゃ……」

 樹羅夢姫は、恐る恐るといった感じで、キャットフードを口に含んだ。

 ひくっ

 彼女の身体が硬直する。
 ワンテンポおいて、今度はぶるぶる震え始めた。
 ……さ、さすがに冗談が過ぎたかなぁ……謝ろうか?
 でも、次の瞬間――

「うううううう美味いのぢゃ〜〜〜!!!」

 ざっぱ〜〜〜ん!!!

 なぜか大波が打ち寄せるような擬音と共に、樹羅夢姫の感動の叫びが部屋中に轟いた。

「こんな美味い料理を食するのは、生まれて初めてなのぢゃ!!」
「そ、そうなの!?」
「はっ!?……フ、フン……下等な地球人類の料理にしては、それなりに食えなくも無いのぢゃ」
「……今、生まれて初めてって言った――」
「う、うるさいのぢゃ!!」

 再び顔を真っ赤にして、一心不乱にキャットフードを食べる樹羅夢姫を、僕は焼肉弁当を食べながら、呆然と見守っていた。
 なんだか、予想外の展開になってきたなぁ。
 ……それにしても……
 四つん這いになって、直接口でキャットフードを食べる、エキゾチックな美しいお姫様……何だか背徳で淫猥な光景だなぁ。ヘンな気持ちになりそうだから、できるだけ見ないようにしよう……

 数分後――

「ごちそうさま」

 セリナさんに感謝の拍手を打つと同時に、

「ぢゃ〜♪美味しかっ――こ、コホン……まぁ、不味くは無かったのぢゃ」

 樹羅夢姫も、キャットフードを全部食べ終えた。
 しかし……どーやってあの量を食べられたんだろう?彼女の身体が全部胃袋でも、絶対に入らないと思うんだけど……やっぱり人外さんなんだなぁ。
 
「ところで、わらわの亡命の件はどうなったのぢゃ?」

 あ、そうだった。

「え〜と……その件については、神族の人が直接本人と会って話し合いたいんだって。だから、明日、僕と一緒に仕事先に行って――」
「なんぢゃと!?わらわに出向けと申すのか!!その神族は!!」

 樹羅夢姫は、吊り目をもっと吊り上げて、エルフ耳をぷるぷると振るわせた。

「無礼者が!!偉大なる木龍族が第一皇女に、足を運ばせるとは何ぢゃ!!その愚かな神族の方から、わらわの元に出向かせるのぢゃ!!」

 はぁ……
 ホントにわがままだなぁ……

「……あ、でもとっても美味しい料理をたくさん用意して、最高のもてなしをするそうだよ。あんなにたくさんの美味しい料理が無駄になるなんて、もったいないなぁ……」

 ごくり……

 樹羅夢姫が喉を鳴らすのが、確かに聞こえたよ。
 よし、成功だね。

「……ふ、フン……そこまで言うのなら、行ってやらなくもないのぢゃ……如何に無礼の輩が相手とはいえ、わらわは寛大ぢゃからな」

 そっぽを向いて不機嫌そうに腕を組んでいる樹羅夢姫。でも、鹿角がぴくぴく嬉しそうに動いている……
 ……彼女について、1つわかった事があるよ。
 樹羅夢姫対処法その1――『エサで釣れ』――だね。

「と、ところでお主、妙に薄汚れておるが……何かあったのか?」

 かなりわざとらしく、樹羅夢姫が話を逸らしてきた。
 でも、言われてみれば……
 僕は身体を見回した。
 帰りの小競り合いで、服が粘液まみれになっている……1人暮しなら別に気にしないんだけど、レディ(一応)の前では問題あるかな。

「じゃあ、お風呂に入ってくるよ」

 お風呂といっても、ユニットバスだけどね……

「わらわも湯浴みを所望するのぢゃ。早く用意致せ」

 あ、そうか……彼女もお風呂には入りたいだろうね。昨日はあのまま気絶しちゃって、結局お風呂には入れず終いだったし。

「それじゃあ、君から先に入る?それとも、僕の後に入る?」
「無礼者!!」

 一喝されちゃった。
 はぁ……またこのパターンか。

「下賎な下等生物と同じ湯船に浸かれと申すか!!無礼にも程があるのぢゃ!!」
「いや、ユニットバスだから、同じ湯船には浸からないけど……って、論点がずれてるか」
「さっさとわらわ専用の湯船を用意するのぢゃ!!さもなくば……」
「さもなくば?」
「……ええと……と、とにかく!!早く用意致すのぢゃ!!この下等生物めがぁ!!!」

 はぁ……でも、さすがにそこまで言われると、僕でもちょっとムッとするよ。
 君がそう言うのなら……
 僕は、台所に向かった。
 例の物は……お、タイミング良く湯も沸いているね。
 よしよし……

「おまたせ。準備できたよ樹羅夢姫サマ……」
「……なんぢゃ、これは……」

 ちゃぶ台の上に乗せた『例の物』の勇姿に、樹羅夢姫は吊り目をヒクヒクさせている。
 蒸気をシュンシュン漏らしているヤカンに、ラーメンどんぶり……
 インスタントラーメンを作るんじゃないよ。
 ラーメンどんぶりに、ヤカンの熱湯を注いで……はい、樹羅夢姫専用お風呂の完成!!

「はい、樹羅夢姫サマ専用のお風呂だよ」
「……これのどこがお風呂なのぢゃ〜!!!」
「何を言うんだ樹羅夢姫!!」

 どん!!

 僕はこぶしをちゃぶ台に叩きつけた。
 樹羅夢姫の身体が、びくん!!と飛び上がる。

「これは某大妖怪の父親が愛用したお風呂で、とっても由緒正しき超高貴かつウルトラ高級かつスーパーお約束な入浴法なんだよ!!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ!!この地上でも真に選ばれし伝説の勇者しか入れないという、マニア超萌え萌えなお風呂なんだ!!」

 我ながら、意味不明な説明だなぁ……
 でも、樹羅夢姫は――

「……そ、そ、そこまで言うのなら……コホン、確かによくよく見れば、わらわに相応しい高貴さが漂っている……ような気もしないでもないのぢゃ……」

 巨大な汗を浮かべながらも、もっともらしく頷いて見せたりする。
 よしよし、上手くいったぞ……

「それじゃ、遠慮無くどーぞ」
「う、うむ……」
「………」
「………」
「………」
「……こら」
「…?どうしたの?早く入れば?」
「お主が見ていては、服が脱げないのぢゃ!!このまま湯船に浸かれと申すか!!」
「何を言うんだ樹羅夢姫!!」

 どん!!

 僕は再びこぶしをちゃぶ台に叩きつけた。
 またもや樹羅夢姫の身体が、びくん!!と飛び上がる。

「美少女キャラの着替えシーンは、網膜に焼き付くくらい食入るが如くじっくりどっきりもっともっと!ときめき!!に鑑賞するのが、真の漢のロマーン!!な礼儀なんだよ!!」
「ぢゃぢゃ……いくらなんでも、それは……」
「着替えを覗こうとしないというのは、相手が『あんな醜悪で画像放送不可能な妖怪田豚子なんて、鑑賞する価値も無いニャ。お話終わるニャ……』って事になるんだよ!!君はそれでもいいのかい!?」

 ……今度こそ、我ながら意味不明で強引な説明だなぁ……
 でも、またしても樹羅夢姫は――

「た、た、確かに、自分には無い美しいものを見ようとするのは、薄汚い下等生物にはありがちな事ぢゃからな……ははは拝見を許してつかわすのぢゃ……」

 顔を真っ赤にしながら後ろを向いて、着物の帯を解き始めた。
 ――って、え?え!?
 いや、その、冗談のつもりだったんだけどなぁ……あの後、『ンな訳あるかい!!(ツッコミ)』→ギャフン→ちゃんちゃん……というオチを期待していたんだけど……
 内心あたふたしている僕をよそに、男の僕にはパズルにしか見えない複雑な構造の着物を、まるで魔法みたいにスルスルと脱いでいく樹羅夢姫……30秒も立たないうちに、最後の肌着がぱさり、と床に落ちた。

 ごくり……

 思わず喉が鳴る。
 それは、誇張抜きで魂が抜かれるぐらい美しい裸身だったんだ……
 血色の良い東洋系の美しい肌……肩から背中、背中から腰、腰から脚にかけてのラインの美しさときたら……
 ううぅ……目の前の美しさを描写できない、僕の表現力の貧困さを、今は本気で恨むよ……
 頭の中がぼうっとなる。
 ほんの30cm足らずの小さな裸身が、僕の視界を完全に支配していた……
 ……だから、

 ちゃぷん……

 樹羅夢姫がお湯の中に脚を入れた――次の瞬間、

「――!!!ッぢゃぢゃぢゃ〜〜〜!!!」

 部屋が振動するくらいの悲鳴と同時に、僕の顔面に樹羅夢姫が飛び付いてくるまで、僕には何が起こったのかわからなかった。

「ぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ……!!!」
「……どうしたの?」
「あああああ熱かったのぢゃ〜〜〜!!!」
「……ああ、そういえば熱湯を注いだばかりだったね」
「見ろ!!おかげで脚を火傷してしまったのぢゃ!!」
「……ごめんごめん。すぐに水で薄めるよ……ところで」
「ぢゃ?」
「……この体勢は、僕は非常に嬉しいのだけど……君はいいのかな?」

 ……今、僕の顔面は、全裸の樹羅夢姫が抱き付いている状態だ。
 つまり……彼女のアンな所やソンな所が、超ドアップで無修正丸見え状態……

「――!!ぢゃ〜〜〜!!!」

 げしっ

 ぐわっ!!
 僕の鼻先をおもいっきり蹴飛ばして、樹羅夢姫は顔面から分離した。
 でも、その後の落下地点が……運悪く……

 ひゅ〜〜〜〜〜ぼちゃん!!

「!!!熱っぢゃぢゃぢゃ〜〜〜!!!」



「――ううう……ヒドイ目に会ったのぢゃ……」

 数分後、水で適温まで冷ましたどんぶりお風呂に、樹羅夢姫は顔まで浸かってぶくぶく呟いている。
 僕は、テッシュで鼻血を押さえていた。
 ……あ、この鼻血は樹羅夢姫に鼻先を蹴られたからで、決して先刻からの刺激的な光景に興奮したからじゃないよ。ほ、ホントだよ。

「ふぅ……ぢゃが、落ち着いてみれば、なかなかに良い湯なのぢゃ。さすがは選ばれし者のみが身を浸せる風呂ぢゃな……」

 さっきまでの大騒ぎは何処へやら……鹿角をぴくぴく動かして、彼女はもうご満悦だ。
 僕に入浴シーンを見られている事は、あまり気にしていないみたい。
 そういえば、裸を見られた件についても、恥ずかしい事には間違い無いけど、お嫁に行けなくなる程の物ではないらしい。
 どうも、その辺のモラルの基準は、人間のそれとは微妙なズレがあるみたいだ。やっぱり人外さんなんだね。
 でも、やっぱり……

「〜♪〜〜♪〜〜〜ぢゃ♪」

 綺麗な身体だなぁ……それに、ある意味反則だよ。あのプロポーションは……
 どちらかといえばスレンダー気味なんだけど、なぜか胸だけがやたら大きいという……乳房って、お湯に浮くんだね。
 外見年齢は14歳ぐらいなのに、あの巨乳……将来がちょっと楽しみだなぁ。

「……お主、鼻血が垂れておるぞ」

 は!?
 はうっ……鼻血の勢いがパワーアップしてきた。
 いけないいけない。
 気を逸らそう……

「と、ところで火傷はもういいのかな?」
「火傷?……フン、あの程度の火傷など――」

 樹羅夢姫は不適に笑うと、細いおみ脚をざばっと上げて見せた。
 おっ!?奥が見えそう!!
 ……じゃなくって……

「あれれ?火傷の跡が?」

 熱湯に浸かれば、どんな頑強な者でも火脹れが起きるらしい。人間が受ける傷の中でも、最も苦痛とダメージが大きいのが『火傷』だって言われるぐらいだ。
 ……って、昔読んだ本に書いてあったよ。
 それなのに、樹羅夢姫の綺麗な脚は、文字通り傷1つ付いていなかった。

「わらわは偉大なる木竜族が第一皇女ぢゃ。あの程度の傷など瞬時に再生できるのぢゃ」

 得意そうに鼻を鳴らす樹羅夢姫。
 そういえば、初めて会った時も、完全に赤いシミにまでグチャグチャミンチになっていたのに、あっという間に元通りの姿に再生したんだよね。

「それはホントに凄いなぁ……それも“龍族”の力なの?」
「ふふふ。これは龍族の中でも我が木龍族にのみ持つ能力なのぢゃ。この“絶対復活能力”は、他の四大種族を含めても最強なのぢゃぞ!!スゴイであろう?遠慮せずに褒め称えるがよいのぢゃ!!」

 樹羅夢姫は、ふふんと得意そうに大きな胸を張った。
 本当に嬉しそうに自慢するなぁ。

「……でも、そんなにスゴイ力を持っているのに、何で神族の所に亡命しようとするの?」
「ぎく!!」
「それに、そんなにスゴイ力を持っているのなら、何で自力で天界に行こうとしないの?一回しか行けない訳でもあるのかな?」
「ぎくぎく!!……う、う、五月蝿いのぢゃ!!!」

 ばしゃ!!
 うわわ……お湯をかけられちゃった。

「此方にも都合というものがあるのぢゃ!!下等生物は黙っておれ!!!」

 しまった。何だかよくわからないけど、怒らせたみたいだ。

「い、いやぁ、でもホントのホントに凄いねぇ……そんな力を持っていて、それに樹羅夢姫はとっても可愛いから、きっと亡命は成功するよ」

 僕は慌ててフォローを入れた。我ながら意味不明なフォローだけど……
 でも――

「――可愛い……」

 ぴしり

 樹羅夢姫が呟いた、その瞬間――どこかで、何かが壊れたような気がした。
 無言で俯く樹羅夢姫は、ぴくりとも動かない。
 僕も、周囲に漂う緊張感に、指先1つ動かせなかった。
 時が止まったかのような沈黙……
 この重苦しい空気の発生源は――樹羅夢姫だ。
 何があったのだろう……彼女は湯面に浮かぶ自分の顔を、ただ無言で見つめている。
 僕はこの雰囲気に耐え切れなくて、

「あ、あの――」

 そう、声をかけようとした瞬間だった。

「うるさい!!」

 ばしゃ!!

 彼女が湯面に浮かぶ自分の影を、思い切り掻き乱した。

「うるさい!!うるさい!!うるさいぃ!!!」

 樹羅夢姫は――泣いていた。
 泣きながら、湯船の中でヒステリックに喚き散らして、まるで子供が癇癪を起こした様に暴れ始めた。

「……じゅ、樹羅夢姫……?」
「可愛くなんかない!!」

 突然、樹羅夢姫が立ち上がった。
 美しい裸身を隠そうともせず、怒りと悲しみが入り混じった視線を、僕にぶつけてくる。

「可愛くなんかない!!わたしは可愛くないんだからぁ!!!」

 そして、急に湯船から飛び降りると、脱ぎ捨てた着物を頭から被って――
 ――それっきり、動かなくなった。
 その後、僕がいくら声をかけても、樹羅夢姫は何も反応しなかった。
 ただ、着物の隙間から嗚咽が漏れて、やがてそれが寝息に変わっていっただけ……

(はぁ……)

 もう、何度目かもわからない、溜息が漏れる。
 ……一体、何がどうしたんだろう?
 ああいう年頃の女の子の扱いなんて、朴念仁な僕にはまるでわからない。
 そんな自分が恨めしかった。
 戸惑う僕に答えを示してくれる者は、誰もいない。
 ただ……窓から差し込む月の光が、僕を静かに包んでいるだけだ。
 何とも言い難い、奇妙な寂寥感と共に……
TO BE CONTINUED

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