A:そして、セリナは……

「――ですからねです〜〜〜私は皆さんの事が〜〜〜ホントのホントに大好きなんです〜〜〜ひっく!!」
「……ふむ」

 私の目の前で、セリナ君が泥酔している。
 普段から8時20分ぐらいの角度だったタレ目は、今や7時25分くらいにタレまくり、白色人種特有の薄い色素の肌はほんのりと赤方変移していた。真っ直ぐ伸びていた背筋は軟体動物のようにフニャフニャと変形して、今や彼女はテーブルの上に――いや、テーブルの上に乗せていた巨大な乳房の上に突っ伏している。スケールの大きい乳房だ。うむ。
 しかし、あのセリナ君が泥酔するとは――あくまで推測だが、かなり希少な光景なのでは無いだろうか。
 ……いや、状況を正確に述べるなら、今の彼女は泥酔しているとは表現できないかもしれない。
 何故なら、セリナ君が絶間無くじゅるじゅる啜っているのは、アルコール飲料では無く――某ハンバーガーショップのバニラシェイクなのだから。うーむ。
 数時間前――就職希望先から追い出された私は、あても無く街中を徘徊していたのだが、ふと、巨大な風呂敷包みを背負ったセリナ君が、私と同様に力無く徘徊しているのを目撃したのだ。初接触した彼女のイメージとは正反対の落ちこんだ姿……どうやら、屋敷から追放された件で精神的ダメージを受けているらしい。
 知的好奇心を満足させる目的で、彼女と接触を試みた私は、
『宜しければ、ちょっと付き合ってくださいです。奢りますですよ』
 という魅力的に提案に引かれて、この駅前の某ハンバーガーショップに同伴する運びとなった。
 自暴的な過剰飲食行為――俗に言うヤケ食いでもするのかと推測したが、その推測は違う意味で裏切られる事となった――彼女はバニラシェイクばかりを大量に注文しまくったのである。
 そして、呆気に取られている私の眼前でじゅるじゅると一気飲みするや、一瞬にして現状の泥酔状態になってしまったのだ。
 しかし、なぜバニラシェイクで酔っ払う事ができるのか……少々違う意味で興味深い事実だ。周囲に散乱しているバニラシェイクの空容器の数から推測して、すでにドラム缶数本分は飲んでいるという事実も眩暈がしてくる。店員や客の視線が少々痛いな。うーむ。
 まぁ、そういう私も千載一遇の奢りチャンスを有効利用させてもらってはいるが……しかし、ハンバーガーショップでハンバーガーを食べても問題無いと思うのだが、周囲がセリナ君に対するものと同じ種類の視線を私に向けるのは何故だろう。まだ256個しか食べていないのだが。

「聞いているのですか〜〜〜?うい〜〜〜です」
「……うむ」

 それにしても、まさかあのセリナ君が絡み酒――ならぬ絡みシェイクだとは想像できなかった。人は見かけに寄らないという法則は、万物不変のものらしいな。うむ。
 酒癖の悪い輩の相手というのは、不毛なものと相場が決まっているが――しかし、今回は例外だった。
 一方的に喋りまくるセリナ君が、あの魔界大帝や大聖を始めとしたここ最近の出来事を、逐一説明してくれたからだ。
 お陰であれほどの超高位存在達がこの地に存在している理由や、その後の経緯を理解する事ができたのだが……その顎が外れそうな内容については、あえてコメントは避けよう。

「……あのぉ、お客様……もう品切れなのですが……」

 アルバイトらしい店員君が、頬をひくひく痙攣させながら語りかけてきた。遠回しに『出ていけ』と促しているようだが。
 丁度、そのタイミングだった。

「あら、セリナじゃない……なにやってんのよ」

 背後からの女性の声に振り向くと――私と同じ色の頭髪をポニーテール状に結んだ、気の強そうな成人女性が佇んでいた。セリナ君には負けるが、巨大な乳房がなかなか魅力的だ。

「あらあら〜〜〜かすみさんです〜〜〜御一緒にいかがですか〜〜〜?」

 バニラシェイクの容器を振りながら、トロンとした笑顔を向けるセリナ君に、

「結構よ……白くてドロドロした飲み物って嫌いなの」

 かすみ君と呼ばれた女性が、明らかな作り笑いを浮かべた。
 ……その笑顔に覚えた違和感に意識を向けなかった事が、あの結果に結びつく事になろうとは、私のような英知に身を捧げた者にとっても想像の範疇に無かったのだが……当然ながら、今は気付く由も無かった。






































――200X年1月7日――






































 ――日照や通気性という点では、最悪に近い環境の部屋だった。
 打ちっぱなしのコンクリートで構成された床や壁を、天井からぶら下がる裸電球が陰鬱に照らしている。灯りと呼べる物はそれだけだ。うーむ、こんな環境では研究書を読む事もままならないでは無いか。
 そんな現実逃避をしたくなる状況に、我々は晒されていた。
 私の眼前5mの地点で、セリナ君が拘束されている。両腕は頭上の鉄パイプに手錠で繋がれて、両足首も同様に床から伸びる鎖に縛られている。口には球状の発声封具――俗に言うギャグボールが収まっていた。
 そして、私も全く同じ状態に置かれているのだ。うーむ。冷静に考えなくても最高級な危機的状況にあると断言できるだろう。

「あら、目が覚めたみたいね」

 楽しそうな声とともに視界に入ってきたのは――黒く艶やかなボンデージ衣装に身を包んだかすみ君だった……あまりにシュールな情景に、今の現実が夢である事を切望したが、現実はあくまで現実である事を覆そうとするほど、私は愚かでは無い。愚かでは無いが、それを希望したい。ああ希望したいとも。
 なぜ、このような現状になったのか……もう一度考察してみよう。
 あのハンバーガーショップで接触したセリナ君とかすみ君は――2人は以前から知り合いらしい――数分間の相談の結果、屋敷から一時離れる事になったセリナ君が、その期間かすみ君の家に厄介になる事に決定したのだ。その際、なぜか私も同伴しないかと誘われた……というのが事の次第である。
 まぁ、夕飯と一夜の宿を確保できてラッキー!!ぐらいの考えでいたのだが、それは私にしては短絡思考過ぎたと、今は反省する事にしよう。それができる事が知的生命体の最低条件だ。
 かすみ君の家とは、『西野怪物駆除株式会社』という民間退魔企業だった。鬼族である私にとっては猛烈に危険な場所ではあるが、夕餉の誘惑には逆らえない。これも欲望に忠実な鬼族の性か。
 やたら豪華な玄関を潜り、やたら豪華な応接間に案内された私とセリナ君は、出されたお茶とお茶請けをがつがつと貪り――
 ――ふと気がつくと、現在の状態になっていたのである。
 お茶に睡眠薬の類が混入されていたと推測するが、セリナ君はともかく、鬼族である私を熟睡させるとは、相当に強力な睡眠薬だ。今も俯いたまま動かないセリナ君は、下手すれば一生眠り続ける事になるかもしれない。これはいかん。セリナ君がいなくなれば、私の就職の件はどうなってしまうのだ。

「今は何時かね?」

 ギャグボールを舌の上で転がしながら、私は努めて冷静に話しかけた。私の巨体にこのギャグボールは小さ過ぎる。

「200X年1月7日午後5時……まる1日眠り扱けるなんて、いい度胸じゃない」

 私の頬に指を這わせながら、かすみ君は艶然とした笑みを浮かべた。

「なぜこのような非生産的な行為をするのかね?」
「捕らえるのはあの女で十分なんだけど、運が悪かったわね。口封じさせてもらうわ」

 やれやれ、どうやらまた厄介事に巻き込まれたらしい。

「口封じなら、なぜ今始末しないのかね」
「あの女って見た目よりずっと強情なのよ。生半可に拷問しても死ぬまで口を割らないかもしれないし。その時は目の前で知り合いを傷めつけてやれば、少しは堪えるんじゃないかってね、名案でしょ?」
「…………」
「まあ、しばらくはそこで見学してなさい。あの女の口が軽い事を期待する事ね」

 期待しよう。
 かすみ君はサディスティックな笑みを浮かべると、まだ目が覚めないセリナ君のブロンドヘアーを乱雑に掴んで、ぐいと顔を上方に向けた。男なら誰でも見惚れると断言できる美貌に舌を這わせると――

 バチッ

「!!んんん〜〜〜!?」

 ビクンとセリナ君の身体が跳ね上がった。
 よく観察すれば、かすみ君の右手にあるスタンガンが、セリナ君のボリューム過剰な乳房の先端に食い込ませているでは無いか。

「……んんん?」

 現状がよく把握できないらしく、キョロキョロ視線を泳がせるセリナ君は、しかし、

 バチッバチッバチチチチチチ……!!!

「んんんんんんん〜〜〜!?!?」

 次の瞬間、全身を断続的に痙攣させた。うーむ、痛そうだ。

「あら、お目覚め?」

 スタンガンを乳房に押しつけながら、かすみ君はこれ以上無いくらい楽しそうだ。やれやれ。

「やめたまえ。これ以上心臓周辺に電流を流すのは命に関わる」
「そう」

 かすみ君はスタンガンを一層食い込ませた。

「ねぇ、セリナ……あたし達って友達よね?」
「んんんんん〜〜〜!!!」
「友達なら頼みを聞いてくれるわよね?……魔界大帝達を私に引き渡して欲しいのよ」

 ……なるほど、そういう事か。

「ねぇ、お願いよ……ほらほら」
「んんんんん〜〜〜!!!」
「仕方ないわね……こんな事したく無いんだけど」

 やっとスタンガンが乳房から離された。
 荒い息を吐くセリナ君の足元に、その効果を想像するだけで眩暈がするくらい凶悪そうな拷問器具がばらまかれた。

「気が変わったら、何時でも『イエス』と言って頂戴。言わないならずっと続けるわよ……それこそ、死ぬまでね」

 何と非論理的な事を言うのか。ギャグボールを装着されたままでは何も話せないでは無いか……そういう問題では無い気もするが。
 ぐにぃ、とセリナ君の乳房を、かすみ君の黒いラバーに覆われた手が握り潰す。再びセリナ君がギャグボールの奥から苦痛の声を洩らした。

「前から気に入らなかったのよねぇ……何このいやらしい乳は?さんざ見せびらかせちゃって。ほんと、あなたって生まれついての淫売よね」

 その時のかすみ君の微笑みは、人間のものとは思えなかった。

「破壊してあげる」

 そういうと、かすみ君はコンクリートの壁に打ち付けられた戸棚から、全長が2メートルはあろうかというしなやかで、そして黒光りする鞭を持ち出してきた。

「んふふ…別に暫くは何も話さなくていいのよ…」

 かすみ君は淫らに微笑みながらセリナ君に近づいていくが、セリナ君に全く反応が無い。ぐったりとしたまま全体重を両手首に預けてしまっている。

「だって、早く喋られちゃったら楽しくないもの」

―ピシッ!―

 細長く、蛇のようにうねりながら、かすみ君が手にしている鞭が空を切り裂く。その狙いは寸分違わずセリナ君の頬を掠めてコンクリートの壁を打った。ギャグボールが千切れ飛ぶ。

「………っ…」

 セリナ君の反応は鈍い。恐らくは先程の電撃で半失神状態なのであろう。しかし、かすみ君はそんなことを一切気にしていないようだ。

「さて、そろそろ起きて貰わないと……ねっ!!」

―ビシィッ!!―

「…………」

 かすみ君が操る鞭が、正確にセリナ君のメイド服…と世間一般ではいうものらしいが、それを股間の真下から振り下ろすように打ちつけた。

―ビッ!―

 布地が瞬時に裂ける音が部屋中に響き、苦痛を与えることなくその布地の役目を終了させた。鋭利な刃物で切り裂いたように2つに裂けたスカートの奥から、艶かしい太股が惜しげも無く晒される。

「セリナ…そろそろ起きる時間よ…まぁすぐに寝ちゃうかもしれないけど…」

 そう言いながら、無造作に…しかし正確に鞭が振るわれた。

「きゃぁぁぁっ!!!」

 劈くような悲鳴が部屋中に響き渡り、セリナ君が背中を仰け反らせてその痛みを身体中で表現する。
 無理も無い。身体でも敏感で、そして柔らかい太股の内側を鞭で切り裂かれたのだから。

―ヒュン―

「あぁぁぁっ!!!」

 今度は再び鞭が辛うじてスカートが引っかかっている太股の外側を、切り返すように帰ってきた鞭が打ちつける。

「オハヨウ、セリナ…いい夢は見れた?」
「あ…はぁっ…はぁ…」

 たった2発の鞭打ちでセリナ君の顔は紅潮し、全身からは汗が噴き出している。刃物で肌を切り裂かれるのとは痛みの質が違うのだろう。

「ね、セリナ…あたしもね、貴女を傷つけたいわけじゃないのよ…ただ、協力して欲しいだけなの…ね?解るでしょう」

 ねっとりとかすみ君の舌がセリナ君の喉を舐め上げ、汗を拭っていく。倒錯的な光景だ。うむ。

「ダメ…ですぅっ……できま…せん…です……」
「そう、じゃ暫くあたしが楽しませてもらうわ…何か話したくなったら遠慮なくあたしに言ってね?」

 そう言って私の方へ一歩、歩みを寄せた…ように見えた。

「――――!!!!」

 全身を半回転させ、十分にスピードの乗った鞭の一撃がセリナ君の脇腹を打ち据え、切り裂かれたメイド服の下から血が滲む白い肌が露になった。

―ビシュッ!ビッ!!ピシュッ!―

 そのまま、間髪いれずにセリナ君の身体に鞭が叩き込まれる。1鞭毎にセリナ君の肌が見える部分が大きくなっていく。それは、メイド服が鞭によって皮膚と一緒に切り裂かれ、弾き飛ばされること…それは同時にセリナ君の身体に絶え間なく苦痛が与えられていることを示していた。

「あぁっ!…ぐぁっ!……んぐっ…ああぁっ!……―――!!!―」

 次第に悲鳴は大きくなり、拘束され耳も塞ぐことのできない私に、悲鳴なのか、絶叫なのか…もはや声とも呼べないような甲高い音が部屋の壁を揺さぶって、情け容赦なく降り注がれる。

「止めた方がいい、これ以上鞭を打つとセリナ君の生命が危険だ」

 30分…私が丁度その時間を測定した後に私はそう警告した。そして、私の警告にかすみ君が動きを止めてこちらを振り返る。

「はぁ…っ…んっ…それもそうね…ただこのまま打っていても、何も喋りそうに無いし…」

 そう言いながら鞭を持つ指を自ら舐め上げて、もう片方の腕で自らを抱きしめる。その顔は倒錯的な快楽で紅潮し、太股はボンテージの隙間から染み出した液体が筋を作っていた。

「セリナ…また寝ちゃったの?もう…これじゃ話が聞けないじゃない……起きてよ、セリナ…」

 鞭の柄でセリナ君の顎を持ち上げて、かすみ君が呼びかける。しかし…というか当然、反応は無い。完全に気を失ってしまっていた。

「んもぅ…人がこうしてせっかく起こしてあげてるのに…んっ…ちゅっ…」

 セリナ君の全身は、今や白と赤の複雑な模様をした衣服を纏っていた。つまり…かすみ君の正確な鞭捌きによって、メイド服は布切れとなって千切れ落ち、鞭の傷跡も痛々しく全身の肌が露になっている。

「ちゅぱっ…んっ……本当に大きくて、いやらしい胸ね…もう乳首が硬くなってる……んちゅ…」
「……ん……」

 かすみ君の唾液が胸を伝って裂けた皮膚にしみたのか、無意識のうちにセリナ君が顔をしかめる。

「セリナ…気がついた?」
「…………」

 しかし反応は無く、全体重を手首にかけたままセリナ君はぐったりとしている。鞭打ちの時に大きく暴れていたために、血が流れ出していた。

「セリナ…起きてよ、もう…話が聞けないでしょうこれじゃ…」

 と言ったところで、セリナ君は目を覚まさないだろう。体力の消耗が酷い。このままでも何の処置もしなければ生命の危険だってある。

「セリナ…セリナ?」

 かすみ君が焦れてきたのか、セリナ君の頬を軽く叩いて気を付かせようとしている。が、その程度では覚醒しないようだ。

「………この淫乱爆乳娘!さっさと目を覚ましなさいっ!!」

―ガリッ!―

「くひぃぃっ!!!」

 噛み千切れるような勢いで、セリナ君の乳首に噛み付く。ガリガリと前歯をこじ入れるように乳輪を刺激すると、セリナ君が悲鳴をあげて身体をうねらせた。

「セリナ、2回目のおはよう、ね……んっ…」
「はぅ…?!…わたし…んっ?!…ん〜っ……ちゅ…んくっ…」

 半覚醒して混乱しているセリナ君の唇に、かすみ君の唇が重ねられる。

―クチュッ、クチュ、ゴクッ―

 2人の美女が唇を重ね、舌を絡め合い、唾液を流し合っている。なんとも興奮する絵だ…本当はそうも言っていられないのだが、どうしても魅入ってしまうのは健康的な男子としての性か…性だろう。うむ。

「んっ…ぷぁっ……んふっ…さすがは魔界大帝を魅了させた淫乱ね…甘くて、厭らしい味……ちゅ」
「…ふぁ、んっ…かすみさん…あぅ…ですぅ…」

 ぼぅっとかすみ君を見つめるセリナ君の唇の端から、薄紅色の唾液が流れ落ちる。ふとセリナ君の豊かな胸に目を移すと、左胸の乳輪に丸い歯型がくっきりと刻まれ、真赤な血が流れ落ちていた。

「どう?言う気になった?」

 かすみ君が左の乳首を親指と人差し指で捻り上げながら尋ねる。流れ出す鮮血の量が増えた気がする。

「うぅんっ!!……だ…ダメです…言えません…です…んぎっ!!」

 強情なほどの拒絶。それはセリナ君の体力を…言い換えれば命を削る結果になるのは見えているのだが…頑なに口を閉ざす。

「―――そう…」

 かすみ君が面白くもなさそうにそう呟くと、右手でセリナ君の頬を撫でる。すると、幾筋かの赤い線がセリナ君を彩る。

「…何度も言っているようだけど…」

 そう言ってかすみ君は自分の腰に手をやった。そして、腰に下げていた黒い棍棒のようなものを無造作に手にした。

「あたしはセリナに手伝ってもらいたいだけなのよ?魔界大帝を引き渡すって約束してくれたら、すぐに止めてあげるし、もし身体が疼いたままだったら慰めてあげるのに…」
「今のかすみさんは、変です!」
「…変?…どこが…?」

 セリナ君がかすみ君を力強く、だがどこか悲しそうに見つめて言葉を続ける。

「どこが…と言われると、セリナはおバカなのでうまく言えませんです…でも、もっとかすみさんは優しくて、あったかいです!」

 必死な瞳をセリナ君がかすみ君に向ける。無表情にそれを見つめ返していたかすみ君だが、突然セリナ君に優しく微笑みかける。

「かすみさ…」

 セリナ君の喜びに満ちた表情は一瞬しか続かなかった。

―バチィッ!―

 ビクン!と大きくひとつ身体を震わせて、セリナ君は意識を失った。
 そして、いつのまにか手にしていたミネラルウォーターのペットボトルをセリナ君の頭の上に持っていくと、それを逆さにした。

―バシャバシャバシャ…―

「んぶっ……ぷわっ!!…はぶっ…けほっ!…ごほっ!」

 ペットボトルの水で覚醒したセリナ君の右胸には、いつのまにかかすみ君が手にしていた棍棒が押し付けられていた。
 おそらくは、柄にあるスイッチで高圧の電流を流す武器なのだろう。衰弱しているセリナ君には危険極まりない。

「かすみ君、それは危ないのではないか?下手をすれば、セリナ君が死んでしまう」
「他人を気にしている余裕は無いと思うけど…セリナはまだ余裕があるわよ…知っているんだから…」

 そう言葉を発するかすみ君の瞳は、明らかにセリナ君を蔑んでいた。

「約束してくれないの?セリナ…」
「けほっ…こほっ…これだけは、かすみさんでも…ダメです…」

「ふぅ〜ん…まぁ、良いんだけどね…でも、セリナが約束しない限り、あたしは永久に責め続けるわよ?」
「それでも…出来ませんです!」

 かすみ君が剥き出しになったセリナ君の股間に無言で手を伸ばした。薄めの柔らかいブロンドを掻き分けると、そこは僅かながら水っぽい音を立てた。

―クチュッ―

「こんなことで責められても濡れるなんて…変態」
「ち…違います……と…思います……です……」

 消え去りそうな声で弱々しく否定(?)するが、この状態で否定しても誰も信じてはもらえないだろう。

「そんな淫乱には、お仕置きが必要ね」

 そう言ってかすみ君はセリナ君から離れると、部屋にある棚から2本のワイヤーを持ってきた。どちらも、片方の端に太い釣り針が、もう片端にはフックが取り付けられている。

「そ…それは…」
「あら?何に使うのかわかっちゃった?…もう、いやらしいんだから…それとも、約束してくれるの?」

 そう話しながらも、かすみ君はその動きを止めていない。そして、乳首の根元に釣り針の先端を軽く、刺し込んだ。

「どう?約束してくれる?」
「…………」

 セリナ君は、恐怖のためか釣り針を見つめたまま何も話さない。しかし、激しく首を横に振って拒絶の意思を示す。

「じゃ、止めてあげない」

―ブツッ―

「ひぐっ!!」

 針の先端が少しだけ、セリナ君の乳首にもぐりこむ。かすみ君はセリナ君の表情を楽しみながら、ゆっくりと針を刺し込んでいく。

「あうっ!…んぐっ!!」

 セリナ君が苦痛のために脚をばたつかせる。しかし、身体は動かさない。動かせば自分の乳首がどうなるのか、苦痛がどれだけ大きくなるのか、おそらく無意識のうちに身体が理解しているのだろう。それを身体が理解しているということは、もうひとつの意味を持っているのだが…

「ふふっ…もっと針の感触を楽しんでね…あ、もし約束したくなったら言ってね、これが終わったら聞いてあげるから」

 他の人が聞いたら卒倒してしまいそうなほど残酷な台詞を、心から楽しそうに、そして淫靡にセリナに告げた。

「あ…あ……ああ゛ぁっ!!!」

―ブ…ツッ―

 小さな、だがはっきりと、肉を貫いた音が部屋に響く。次の瞬間、セリナ君の豊かな胸に、新たな血が幾筋も流れ落ちていた。

「それじゃ、もうひとつ…」

―ブツッ!―

 今度は一気に乳首を貫いた。

「ぁ……ぁ……」

 口をパクパクさせて、空気を多く取り入れて痛みに耐えようとする。

「もうちょっと待っててね…」

 そういうと、かすみ君は天井に吊るされている滑車にワイヤーを通して、フックをセリナ君を拘束している手錠に引っ掛けた。

「あくぅっ!…ん〜っ!!」

 強制的にセリナ君の胸がワイヤーで引き上げられる。このままでは、セリナ君の乳首が引きちぎられてしまう。

「んくっ!んぁっ!!……はぁ…はぁ…」
「ほらほら、ちゃんと背伸びしないと、乳首が無くなっちゃうわよ?」

 かすみ君の声をうけてかどうかは解らないが、セリナ君は消耗した身体で必死に背伸びをして胸にかかる負担を少なくしようとしている。それでも、セリナ君の柔らかい胸は重力に反して持ち上げられている。

「さて…」

 かすみ君が再び、セリナ君の目の前に立った。先程の鞭を手にして。
 セリナ君の両乳首は、限界まで引っ張られ、今にも弾けて外れてしまいそうだ。


「セリナ…そんなに意地張ってもしょうがないでしょう?」

 そう言ってかすみ君はセリナ君の乳首に舌を這わせる。その度に、ビクンッ!とセリナ君の身体が跳ね上がり、血の飛沫がかすみ君の美しい顔に赤い斑点をつけていく。

「セリナはもうここから逃げ出せない。何も言わなければずっと責めつづけるわよ…気が狂いそうになる直前で止めて、何度も…何度も…」

 震える声でそうセリナ君に告げている。その震えは恐怖でも、怒りでもない。明らかにセリナ君を責めている快感で…身体を震えさせていた。その証拠に、セリナ君の太股以上にかすみ君の足元の床が濡れているからだ。

「これから、暫くは手を止めないからね…貴女のことだからこの程度では壊れないと思うけど…覚悟してね」

―ヒュンッ―

「んあぁぁっ!!!」

―バシュッ!!―

「んぐぅっ!!!」

 再び、終わりの無い鞭責めが始まった。しかも、その狙いは乳房、太股、そして股間に完全に狙いを絞っている。

―ビシュッ!―

「ひぎぃぁっ!!」

 収まりかけていた肌からの出血が、再び激しくなった。新しい傷が増えた以外に理由は無い。それでも、セリナ君は口を割らない。朦朧とした意識の中でも、クリシュファルス君…魔界大帝を庇っていた。

―パジュッ!!―

 股間を激しく鞭が襲う。その時に透明な飛沫が辺りに飛び散っていた。苦痛から逃げる本能だろうか…セリナ君は明らかに苦痛の中に快楽を見出している。

「…はぁ…はぁ……嫌だといっても、身体はこんなに反応しているのね…魔界大帝を庇っているのは口実なんじゃないの?…厭らしい身体して…」
「ぁ…ち…がい……ます………ですぅ……」

 セリナ君は、最早乳首への負荷を軽くすることを諦めている。完全に脱力した身体は、乳首だけで支えられ、その乳房と乳首は限界以上に伸びきっていた。ただ、時間が過ぎるのを待つ、十字架にかけられた死刑囚のように…

―ビュンッ…バシッ!!………ブツッ!!!―

「………ぁ…………ぁ………」

 ついに、セリナ君は重力の拘束から解き放たれた。両乳首が釣り針できれいに縦に裂かれたために。
 凄まじい激痛のはずなのに、セリナ君の反応は鈍かった。それだけ身体の消耗が激しいのだろう。

―チョロ…シャァァ―

「…ぁ……もれ…ちゃ…いますですぅ……」

 虚ろな表情で、口からよだれをたらしながら、セリナ君は股間から黄金色の液体を垂れ流している。苦痛からの開放のためか、その表情は半ば恍惚としたものだった。

「あぁ〜あ…汚いわねぇ…全く、羞恥心ってものは無いのかしら?」

 そう言いながらかすみ君は棍棒を再び手にとって、セリナ君の股間に近づける。

―クチュッ、クチュ……ズチュッ!―

「あちゃ〜…こんなに太いのを簡単に根元まで咥えちゃってる……ふふっ…」

 ひとしきり棍棒を出し入れさせるが、セリナ君の反応は薄い。股間からは潤滑液が溢れ出しているところを見ると、身体は十分に反応しているようではある。

「ほら、いつまで寝ているのよッ!!!」

―ガッ!!―

―バチィッ!!!―

「あぁぁぅっ!!!!」

 かすみ君が棍棒の柄の根元を蹴り上げると、セリナ君の身体が大きく跳ね上がった。おそらく、棍棒の電流によるものだろう。

「お・か・え・り…セリナ…どう?そろそろ約束する気になった?」

 ブーツの爪先が棍棒をグリグリとセリナ君の奥に押し込んでいく。

「ダメです…いくらかすみさんのお願いでも、だめです……あああっ!!!」

―バチィッ!!!―

「どう?」
「いや…」

―バチィッ!!!―

「どう?」
「…………」

 セリナ君がかすみ君を見つめる。完全に拒否した瞳だ。

―バチィッ!!!―

「ふぅ…ここまでてこずらせるとはね…」

 溜息をひとつついて、かすみ君は腰に下げている道具をまたひとつ、手に取った。さっきと似たような鞭だが…色が違う。黒ではなくて銀色…ワイヤーらしい。

「これは、さっきのような皮の鞭じゃないわ、特殊な鋼鉄製のワイヤー…本当は戦闘用で殺傷能力もさっきのとはけた違い…」

 恐ろしい内容の割には、それを説明するかすみ君の表情はうっとりと陶酔している。

「これで打ったら、皮が裂けるだけじゃなくて、肉も切れるわよ」
「…………」

 セリナ君はかすみ君の話をに聞き入っていたが、その瞳は全く揺らいでいなかった。

「…そう…それじゃあたしも遠慮しないから、安心して…壊れたり、死にそうになったら治してあげる…止めはしないけどね」

―ヒュゥ―

 音が全く異質だった。空を裂く…というよりは空間を裂く感じだ。

―ヅシュッ―

「あ゛あぁぁぁっっ!!!!!」

 二の腕に当たった。皮が裂ける音と、肉と血が飛び散る音が聞こえた。

―ドジュッ!―

「――――っっっ!!!!」

 太股の肉が抉られる。

「ほらほらほら!早く『魔界大帝を引き渡します、許してください』って言いなさい!全身の皮が弾けてもあたしは止めないわよ?」

 荒い息を吐きながら、かすみ君はより激しくワイヤーを振るう。そして、かすみ君はその行動で感じていた。一撃、一撃、セリナ君をワイヤーで切り裂く度に、かすみ君の身体も小刻みに震える。
 その度に、かすみ君は…明らかに絶頂感を感じている。完全に恍惚状態――いわゆるトリップ状態になっているのだろう。もはや脅迫とは関係無く、かすみ君はセリナ君を破壊する行為に酔い痴れていた。
 今や、セリナ君の身体は生々しい傷を探す方が困難な状態だ。特に集中攻撃を受けている爆乳など、熟れ落ちた柘榴のようになっている。暴虐の嵐の中、セリナ君は、ただ僅かに身体を震わせるだけだ。もう悲鳴を上げることもできないのだろう。激痛に意識を失い、次の瞬間には激痛のあまり覚醒させられる――そんな地獄をセリナ君は体験させられていた。

「…………」

 ――しかし、私は“それ”を見た。
 セリナ君の瞳を。
 如何なる暴虐にも揺るぐ事の無い、強く美しい輝きを。
 ……これはまずいな。
 間違い無く、セリナ君はこのまま殺されるまで首を縦に振る事は無いだろう。『鬼神教授』の名にかけて断言できる。
 そうなれば、次のターゲットは私の番か。それはイヤだ。
 私を拘束する鎖と手錠は……今の私では解く事は不可能と判断する。
 やむをえん、鬼族としての力を少しだけ解放するか――それだけは避けたかったが。
 全身に力を込める。同時に精神を脱力させる。
 ……久方ぶりの感覚が、全身の細胞を活性化させていく……
 今、まさに伝説の存在が、この惑星で復活する――!!

 ガシャン!!

 まさにその瞬間だった。
 ただ1つの出入り口の扉の隙間から、滲み出るように黒い影が出現して、目にも止まらぬ速度で部屋中を駆け巡るや、一瞬にしてこの部屋に存在する全ての電灯を粉砕したのだ。
 暗黒が全てを支配した。

「な、なんなの!?」

 かすみ君の動揺の声が聞こえる。うむ、今がチャンスだ。早く鎖と手錠を――

 がしゃり

 ふむ?何もしないのに鎖と手錠が床に落ちた。よくわからないが、逃亡するには絶好の機会だと言えるだろう。

「オジさん、こっちですぅ!!」

 出入り口の方向から声が聞こえる。言われるまでも無く、私はそこに飛び込んだ。それと同時に鋼鉄製の扉が勢いよく閉じる。すぐさま背後からドンドンと扉を乱打する気配が聞こえてきたが、当面は大丈夫だろう。
 息を吐いた私の目の前には、

「セリナお姉ちゃん、大丈夫ですかぁ!?」

 ぐったりとしたセリナ君を抱きかかえた赤い髪の女性と、その足元に佇む純白のネコが存在していた。
 ふむ、これはどういう状況なのだろうか。
 とりあえずは、初対面同士の挨拶といこう。

「救出を感謝する。私の名は座導童子(ザドゥリーニ)、ザドゥと呼んでくれたまえ」
「はじめましてぇ。あすみは西野あすみですぅ」
「…………」
「ほら、ましゃらちゃんもぉ」
「……長曽我部 真沙羅(ちょうそかべ まさら)」

 白猫が無愛想な態度で無愛想に自己紹介した。なるほど、猫又の一種か。

「セリナお姉ちゃん、しっかりしてくださいですぅ」

 見るも無惨な姿となったセリナ君の乳房に、回復用の呪符らしいものを貼り付けながら、あすみ君が半泣きで肩を揺さぶった。セリナ君は沈黙のままだが、呼吸はしっかりしているし、胸は一定のリズムで上下している。命に別状は無いだろう。

「気絶しているだけだろう。安静にした方が良いと提言するが」
「そうですかぁ……よかったですぅ」
「ところで、なぜ我々を救出してくれたのかね」
「それはぁ――」
「主よ。来ましたぞ」

 真沙羅君に促されると同時に、通路の奥から数人分の足音が聞こえてきた。間違いなく此方に接近している。どうやら、扉の中のかすみ君が応援を呼んだらしいと推測する。
 あすみ君が緊張の面持ちで呪符を構える。
 真沙羅君が黒い影と化して床に解け込む。
 私も拳を打ち合わせた。
 やれやれ、とんだ修羅場に巻き込まれたらしい。

 それがまだ、真の修羅場には程遠い事に、私は気付かなかったのだが――
TO BE CONTINUED

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