――ZEXL−11 ロードブリティッシュ――
 開発記録上では、『ZEXL−10 サラマンダ』の量産性を高める目的で開発されたZEXLとされている。
 この機体の前身であるサラマンダは、特殊な可変ウィングとエネルギー転換機構による凄まじい戦闘力を発揮した超高性能機であったが、その製造コストも莫大なものであったため、実際に運用できる数は極めて少なかった。
 天界軍上層部はすぐさま兵器開発チームに、サラマンダの基本性能を維持したまま量産性を向上させた機体を開発するよう指示を出した。結果、誕生したのがこのZEXLである。
 だが、この機体は製造コストは予定通り低く抑え、機体性能も目標をクリアしているものの、その分操縦が難しく、また肝心の可変ウィングとエネルギー転換機構の精度もあまり高くなかった為、実際は中途半端な機体……という評価を受けていた。
 それが一変したのは、ある男の出現からである。
 第1級武争神族、デュークス・レナモンド。
 最終階級は大佐(退役時に少将に昇進)。
 名門武神族とは程遠い家柄であった為、入隊時には天界軍機甲師団(ZEXL部隊)の一小隊長に過ぎなかった無名の男は、わずか数万年で天界軍第1機甲師団連隊長まで上り詰めた。その、驚異的を通り越して奇跡的なまでの戦歴によって。
 彼は指揮官としては平凡なものであったが、特筆すべきはZEXL乗りとして最前線で戦う際だ。
 そのスコアは40万年間で、戦闘型悪魔族590468800298体。内、悪魔騎士級99640561体。悪魔将軍級2458体。魔王級14体。非公式ながら龍族や鬼族の超級戦士を倒したデータも残っている。これは過去、現在、そして未来において、たった一機のZEXLで成し遂げたものとしては最大最高最強の戦績である。
 そして、そのレナモンドが生涯乗り続けたZEXLこそが、このロードブリティッシュ型なのであった。
 ここに、奇妙な噂がある。
 レナモンドの愛機、ロードブリティッシュ・レナモンド専用カスタム機、通称“バイパー”は、如何なる激戦を繰り広げようとも、一度も機体を損傷させた事が無いというのだ。
 彼は、その戦績の礎として四大種族に伝わる究極奥義の1つ『滅火』を修得していた。これは単純に言えば、相手に確実に攻撃を命中させる事ができるというテクニックである。しかし、相手の攻撃を確実に回避する奥義は、アコンカグヤも使う『静水』だ。噂とは全くの逆だった。
 この稀代のZEXL乗りは、最強の名に相応しく、どんな攻撃も回避できるのだろうか。
 実際問題として、そんな事は不可能だろう。
 ならば、レナモンドがどんな攻撃も食らわないという噂の真相とは――?
 そして、このZEXLに隠された秘密とは――?



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 多くの機動兵器がそうであるように、ZEXLも集団戦を想定して運用されている。
 状況にもよるが、多くの場合は4機編成で1個小隊と称され、これがZEXL部隊編成の最小単位となる。この小隊が3個集まって1個中隊になり、3個中隊で1個大隊、3個大隊で1個連隊と続く。
 無論、僚機が撃墜された場合や隠密行動の為に単独で動く作戦もあり、必ずしもこの法則が当てはまるとは限らないが、ともあれZEXL戦闘の基本は集団戦なのである。トライゴンが傑作機と呼ばれるのも、トリニティ・システムによる単独集団戦闘が可能だからだ。
 しかし、この森羅万象が流転する世の中では――特に戦場では、『基本』や『常道』といった単語は容易く意味を失う。
 その1つの事例が、ここにあった。

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 慈善事業に切り替えてからは火の車であるものの、1年前まで利益最優先の悪徳企業家として辣腕を振るっていた腹黒悪蔵の総資産は膨大である。その象徴とも言える豪奢な屋敷の周囲に広がる緑の多い敷地も、場所によっては地平線が拝めるくらい極めて広大だ。
 そう、その中で神の遣わした巨人が聖戦を繰り広げられるくらいに。

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 夜の帳が世界を覆い、舞い落ちる雪以外の全てが黒1色に染まった敷地の内部で、奇妙な――そして壮烈な光景が展開されていた。
 数十機の鋼の巨神――ZEXLがずらりと真円の円陣を組んでいる。全てのZEXLは機体前面を円の中心に向けて、厳かな動作を繰り返していた。

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 射撃型ZEXLは大型キャノンライフルを、突撃型ZEXLはハルバート型の次元切断兵器を、近接型ZEXLは輝くエネルギーブレードを、各々のZEXLが装備するメインウェポンを両手で垂直に構え、断続的にタイミングを合わせて、凍結した大地に杭打ち機のように打ちつけているのだ。

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 超次元崩壊型エンジンが脈動し、複合型単一素粒子装甲に覆われたマニュピレーターに無限大を無限大倍したエネルギーが注ぎ込まれる。跳ね上がる宇宙消滅級兵器は降り注ぐ白雪を巻き上げて、古代宗教の儀式の如き短調で力強い『戦いの歌』を凍結した世界に轟かせた。
 そう、そして、この戦士の曲は――

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 鋼の円陣の中心で対峙する、白蛇の女神と毒蛇の王の為だけに奏でられているのだった。



 ――たった1人で天界軍の襲撃を撃退しようと出撃したアコンカグヤは、愛機ZEXL−08ホワイトスネイク“ヴァージニティー”に搭乗して外に出た次の瞬間、自分が罠にはまった事を知った。
 周囲に大質量テレポート反応を感知した瞬間、一瞬にして数十機のZEXLが周囲を取り囲んだのだ。大地はワールドフリーズの術で凍結されていて、上空にはステルス戦艦が砲門をずらりと並べているのが確認できる。完璧な包囲殲滅の構図だ。

「…………」

 しかし、絶体絶命の状況にもかかわらず、アコンカグヤはその鉄面皮に何の感慨も浮かべずに淡々とコンソールに指を走らせて、如何なる状況にも対応できる体勢を完璧に整えている。その白痴的なまでに透明な冷静さ。完全なる機能美――それが思春期に最愛の実兄から受けた虐待と、その兄の死による衝撃からくる自閉症に近い精神状態が根底にあるとしても、まさに己自身を『剣』として完璧な戦闘状態に置くその精神は、『神将元帥』の銘に相応しいものであった。
 周囲のZEXL達も、その勇姿に尻込みしているかのように傍目には写るだろう。
 ならば、ここはあの氷の剣に匹敵する勇者の――

「ほうほうほうほうほうほうほうほう……よく誘いに乗ってくれましたなァ」

 ――同じ『元帥』の称号を持つ最強戦士の出番だ。
 ヴァージニティーの背後から、そのどら声は聞こえた。通信ではない。スピーカーの類で直接外部に大声を放っているのである。
 白い機体がゆっくりと旋回した。
 このZEXL特有の可変ウィングが変形した巨大なリングスライサーを後光のように背負い、挑発するように腕組みをした、銀と青のコントラストが美しい細身のZEXLがそこにいた。奇妙な事に、ZEXL特有のウィングはどこにも見えない。
 ZEXL−11 ロードブリティッシュ“戦将元帥”デュークス・レナモンド大佐専用カスタム『バイパー』――最強の毒蛇がここに降臨したのだ。

「何十何百何千何万何億何兆もの敵と剣を交えてきたものだが……ガルアード大佐、貴女ほどスマートな相手はとんと御目にかかった事が無い。いやはや、うれしい事ですなァ。今宵も楽しみましょうぞ!!」

 舌なめずりが聞こえるようなレナモンド大佐の挨拶に、アコンカグヤは彼女らしい方法で答えた。背後に展開していたブレードウィングによる予備動作皆無の斬撃――その速度はあらゆる物理法則を凌駕し、ゼロ時間で目標を両断する。

 ぎぃん!!

「いけませんなァ……話は最後まで聞かなければ、スマートとは言えませんぞ」

 ならば、この斬撃をブレードウィングを軽く受けとめた男の技量をどう表現すればいいのだろうか。何時ブレードウィングを背中から取り出したのか――それを見切れた者は誰も存在しない。
 ヴァージニティーは斬撃した体勢のまま動かなかった。ブレードウィング以外にも数多くの武装がウィングとして周囲に配置しているにも関わらず、刹那でもそれを使おうとすれば、その瞬間相手のリングスライサーが迅雷の速度で白い機体を両断すると理解したからだ。

「上官の話によると、今回の戦いがどうやら最終決戦らしいのです。我輩と貴女の戦いもこれでオシマイ……いやはやいやはやいやはやいやはや、実に寂しいものですなァ。で、同僚に協力を仰いで、こうして最高のダンスホールを演出したというわけですワ」
「話は終わり?」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっ……つれない返事大いにけっこう。ですが我輩の話は最後まで聞いた方が良いですぞ。御存知ですかな?オーバーロード・キャンセラーと“魔将元帥”の名を?そしてその2つが別働隊としてあの屋敷に送りこまれたという楽しい事実を?」
「……!!」

 アコンカグヤの無表情に緊張の光が走った――奇跡的にも。

「ふむふむふむふむふむふむふむふむ、やはりその2つは御存知か。それに動揺したとは情報部の言う通り、魔界大帝と大聖は何らかの理由でその屋敷から動けないのですな?ふむ、それはよかった。実は我輩達もその情報を掴んだのはほんの数時間前でしてなァ、しかも彼等が動けない事を前提の上で今回の作戦は成り立っているのでして……みっともない話であるが、我輩達もギリギリなんですワ――」

 もう、レナモンド大佐の言葉をアコンカグヤは聞いていなかった。すぐさま藤一郎の元にテレパシー通信を繋ぎ、思念を送る……

「藤一郎さん、そちらは大丈夫!?」
『……全然大丈夫じゃないよ……現在交戦真っ只中……何なのあいつは?……ちょっと反則過ぎだよ……』
「よく聞いて。その相手は“魔将元帥”ヌル・ゾマ中尉だ。四大種族の歴史上最強と呼ばれる暗殺者よ」
『……そうなんだ……どうりで強過ぎると思った……』
「いい?相手はオーバーロード・キャンセラーという道具を持っている筈。四大種族のあらゆる能力を封印して、身体能力も地球人類並みに低下させる秘密兵器だ。それが作動している限り、私は救援に迎えないし、クリシュファルス君と樹羅夢姫も力を発揮できないの。それを何とかして破壊するしかない」
『……え?……』
「しかし、それが同時にゾマ中尉の神族能力も封印しているわ。これなら理論上は地球人類でもゾマ中尉を倒せる……かもしれない」
『……ははは……はぁ……』
「まず何とかしてゾマ中尉を倒して、それからオーバーロード・キャンセラーを破壊して欲しい。順番を逆にすれば貴方が殺されるから間違えない様にね」
『……ざ…………が…………』
「藤一郎さん?」
「いけませんなァ、勝手にリング外と話をするとは……ジャマーを作動させてもらいましたぞ」

 静かに、流れるように自然な動作で、リングスライサーがブレードウィングから離された。

「つまりはこういうゲームですワ……我輩を倒さなければ、貴女はこの場を一歩も動けない。助けに行くなどもっての他、ここで完膚なきまで破壊されるしかない」

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 その言葉と同時だった。周囲のZEXLが『戦いの歌』を奏で始めたのは。
 周囲を戦士たちが取り囲み、その内部で一対一の戦いを繰り広げる――この形式の戦いは地球ではこう呼ばれる。
 ――ランバージャック・マッチ――
 元は木こり達が喧嘩の際、確実に勝敗を決める為、逃げられないように周りを取り囲んだ事から、この形式が始まったといわれている。
 そう、この戦いは今までのように水入りで終わる事は決してない。

 ヴァージニティーのウィングが四方に展開された。
 バイパーのリングスライサーが前に突き出された。

 最後に立っているのは、ただ1人だけ――

「さぁ、ダンス・マカブルの始まりだ!!」

 ベースギターに似たジェネレーター機動音がバイパーの全身から周囲に轟く。
 ロック・ミュージックが静かに流れた。
 世間では騒がしい音楽と思われているロックだが、真のロック・ミュージックとは他のどんなジャンルよりも静かに美しく演奏されるものだという。轟くように脈動させるのは聞き手の鼓膜ではない。“魂”だ。
 この戦いも、BGMに相応しい始まりだった。
 白い蛇神が滑るように前に出る。
 毒蛇の王も同じタイミングで前に出る。
 互いに何の攻撃も繰り出さずに、機体同士の前面装甲が触れ合う寸前まで接近して――停止した。
 動かない。
 動かない。
 動かない。
 レナモンド大佐がコックピットの内部でどじょう髭を撫でた。
 アコンカグヤは呼吸すら止めている。
 動かない。
 動かない。
 動いた。
 スローモーションのようなゆっくりとした動きで、リングスライサーがヴァージニティーの機体下部――ちょうど蛇の尾に該当する個所を撫でようとして、それをブレードウィングがそっと押さえるように止めた。
 ヴァージニティーのストリングウィングが静かに真横からバイパーに迫り、手部パーツの回転する動きだけで旋回したリングスライサーが受け止める。
 間髪入れずに反転したリングスライサーを、素早くブレードウィングが防御する。
 下方から炸裂するクレイモアウィングをリングスライサーが弾く。
 リングスライサーの右上段。
 左下段からのブレード。
 近接射撃。
 挟み止め。
 かちあげ。
 直突き。
 足払い。
 肘鉄砲。
 斬撃。
 払い。
 射突。
 蹴り。
 斬撃。
 打。
 切。
 射。
 突。
 加速する攻撃。
 加速する防御。
 加速する連撃。
 加速する迎撃。
 加速する。
 加速する――
 加速する――!!
 今や周囲には、円陣の中心で白と銀と青の旋風が渦巻いているようにしか見えなかった。互いの武器が激突する度にベータ崩壊した素粒子が極彩色のプラズマを放ち、虹色の輝く竜巻と化した。

 ガシィ!!

 唐突に鋼の旋風が停止する。
 ブレードウィングとリングスライサーが噛み合った状態だ。
 先に動いた方がやられる。
 同時に跳ねた。
 後方に離脱しながらヴァージニティーのブラスターウィングがエネルギー球弾を連続発射する。
 バイパーのリングスライサーがモーフィングするように形状を変化させる。次の瞬間にはライフル状のビームキャノン砲が腕の中にあった。状況に応じて様々な武器に変形が可能という、サラマンダ・タイプとロードブリティッシュ・タイプのZEXL特有の特殊可変ウィングである。リングスライサーはその一形態に過ぎない。
 糸のように細く青い超高出力ビームが夜空を薙ぎ払い、ヴァージニティーのエネルギー球弾を瞬く間に迎撃消滅させた。
 再び対峙したまま動かない両機体。その間合いは遠い。共に戦士の歌を奏でるZEXLの円陣に接触する寸前だ――そこに触れれば敵味方関係無く、周囲のZEXLが容赦無く攻撃を加え、臆病者に罰を与える。

「いやいやいやいやいやいやいやいや……楽しませてくれますなァ!!」

 歌うように笑う毒蛇の王――バイパーは、完全に無傷である。

「…………」

 そして、かつて純血を固持していた白蛇の女神は――機体全体のあちこちが外部装甲を破壊されて、青い放電を放つ内部機関を覗かせている。ウィングも半分以上が失われていた。あたかも穢れを知らぬ純白の処女が、粗暴な男達に容赦無く陵辱されたように。
 物理的、魔法的、抽象的、その他あらゆる概念レベルの“攻撃”を回避する超奥義『靜水』を使うアコンカグヤと、物理的、魔法的、抽象的、その他あらゆる概念レベルの“攻撃”を命中させる超奥義『滅火』を駆使するレナモンド大佐――相反する技がぶつかり合った時、技量が勝る方に軍配が上がる。

「……?」

 それでも無表情を保つアコンカグヤは、ふと頬に奇妙な感触を感じた。今まで体験した事の無い感覚――正確には、こうして戦闘中には決して味わった事の無い体験だ。
 体温と変わらない筈なのに、妙に冷たく感じる水滴を――
 機体性能はほぼ互角。しかし技量は明らかに己に勝る相手を前にして、

「さてさてさてさてさてさてさてさて、どうやって戦いますかな、神将元帥殿?」

 毒蛇は嘲笑う。獲物を丸呑みする際、蛇は笑うように見える。
 どう戦うのか――アコンカグヤよ。

「データ確認終了」

 アコンカグヤは頬に指を当てて、流れ落ちる汗を1滴乗せた。水滴が落ちぬよう静かに薄い唇に運び、僅かに覗いた真紅の舌がそっと舐め取る。
 鉄味の汗――半分機械化された肉体から流れる汗は、血の味に等しい。
 そう――
 ――“悪魔”を召喚するには、処女性(ヴァージニティー)を持つ乙女の生き血が必要だ。

 ふっ

 羽毛が風に吹かれるように、音も無く満身創痍の白蛇が跳んだ。
 ブレードウィングが流れるように毒蛇へ伸びる。
 的確でタイミングも良いが芸の無い攻撃だ……そう評価しながらリングスライサーに変形した可変ウィングのカウンターを合わせようとして――

「――!?」

 フォースシールドに変形した可変ウィングが、間一髪のタイミングで受け止める。
 ――レナモンド大佐のユーモアを感じさせる顔は、驚愕と戦慄がはっきりと浮かんでいた。
 常道に従うなら、対ZEXL戦闘において、胸部の中心――コックピットブロックに対する攻撃は、一見有効に見えて実は間違いである。搭乗者は言うまでも無く重要な機器も多い胸部は、非常に堅固な構造に設計されており、余程強力な一撃を加えない限り破壊どころかダメージを与える事も難しい。それなら他の個所を攻撃する方が遥かに効果的なのだ。
 だが、アコンカグヤはあえてコックピットを攻撃し、レナモンドは今までに無い動揺を示して必死に防御した。
 何が起こったのか。
 ブレードウィングをガードした体勢のまま、両機体は動かない。いや、パワーが拮抗していて動けないのだ。

「……仕掛けがわかったのですかな?」
「…………」
「わかったのかと聞いている!!」

 この怒声が、あのとぼけた田舎貴族風の男から発せられたというのか。

「貴方はファイターであると同時に、トリックスターだ」

 アコンカグヤが話す時、彼女は決して笑わない。怒らない。悲しまない――少なくとも表面上は。
 言葉に乗せるのは、ただ真実だけ。
 台詞では無く、そのアコンカグヤの態度で、レナモンド大佐は愛機の秘密が看破された事を知った。

「……何時、わかったのですかな?」
「1週間前」
「……なぜ、わかったのですかな?」
「貴方の機体は綺麗過ぎる」
「…………」
「貴方の機体にはウィングが無い。それらの情報から推測される事実は1つだけだ」
「……なるほど、貴女が“神将元帥”と呼ばれる理由がわかりましたぞ」

 ロードブリティッシュ・バイパーのジェネレーターが脈動する。
 ロック・ミュージックが一際高く流れた。

「ならば……体裁を繕う意味も無かろうがッ!!!」

 フォースシールドが形状を変えた。支えが無くなり、勢い余ったブレードウィングがバイパーの下腹部装甲を切り裂く。
 同時に、リングスライサーがヴァージニティーの頭部関節パーツに食い込み――白い首が雪雨の夜空に舞った。
 ブラスターウィングがバイパーの左脚関節個所を撃ち抜いた。
 倒れながらリングスライサーがヴァージニティーの腰部を切断した。
 爆風に飲まれるヴァージニティーの影からストリングウィングが飛び出し、バイパーの右肩から左腋下へと絡んで――両断した。
 切断面からエネルギーと火花を撒き散らしながら、リングスライサーが頭と尾を失った白蛇の胴を薙ぎ払う。
 ブレードウィングが右脇下から左腹まで両断したのは同時だった。
 そして――!!

 「――!!」

 遥か漆黒の天球に伸びる2本の火柱が、舞い落ちる雪片を真紅に染めた。
 数瞬後――爆風が収まった巨神のリングの内部に、2機のZEXLはいなかった。ただ、黒焦げた残骸が雪の中に埋もれているだけである。
 壮絶な相打ちの構図――いや、

「……やれやれやれやれやれやれやれやれ、こんな勝利は嬉しく無い。第一スマートじゃありませんからなァ」

 バイパーがいた場所に、銀色に輝く球形の機械が浮かんでいるではないか。
 まさか……そのまさかだ。
 銀の球体――ロードブリティッシュ・バイパーのコックピットブロックの周囲に、巨大な人型の霧が発生した。霧はそれ自身に意志があるかのようにみるみる収束していく。そして――

「しかし、同じ“元帥”相手に形振り構ってられぬのもまた事実」

 再びそこに現れたのは、紛れも無い毒蛇の王――バイパーであった。
 そう、これがレナモンド大佐の愛機の秘密。いかなる激戦でも決して傷付く事のなかったトリック。
 ロードブリティッシュ・バイパーは、2機存在していたのだ。
 ウィングの代わりに、もう一機の同型ZEXLを用意する。普段は次元の狭間や虚数空間に隠し、現在の機体が損傷を受ける度に、もう一機と瞬時に入れ替える。無傷の機体が戦っている間にダメージを受けた機体は自己修復機能で修理する。後はそれの繰り返し――ただし、パイロットの神族自身をエネルギー元にするというZEXLの設計構造上、コックピットブロックだけは共通にしなければならない。だから唯一の急所であるコックピットを攻撃される事を恐れたのだ。
 天界軍最強と呼ばれたこの男が、ロードブリティッシュタイプのZEXLに乗っていたのもこの作戦の為だった。ウィングを装備できない為に強力な固定装備――可変ウィングを持っている事が絶対条件なのだ。また、可変ウィングを装備したZEXLは2種類あるが、流石に超高級機であるサラマンダ型を1人で2機も独占する事は許されず、量産性の高いロードブリティッシュを選ばざるを得なかったというのも理由の1つだろう。
 しかし、戦闘の最中に敵ばかりか周囲にも気付かれる事無く機体を入れ替えるとは……タネ自体は子供だましかもしれないが、その子供だましをここまで実戦的に使いこなすレナモンド大佐の技量は、やはり只者では無い。
 そして、そのトリックが看破された時、彼は玉砕とも言える特攻をかけた。結果、1機目のバイパーは破壊されたものの、ヴァージニティーも完膚なきまで撃破した。
 相打ちの構図だが、こうして最後に戦場に立っているのは、レナモンド大佐とバイパーだ。幾多の戦場で繰り広げられた光景と同じように。

 ……Ga!

 周囲のZEXLの動きが止まった。戦いの歌が終わったのだ。

「いやはやいやはやいやはやいやはや……ここまで我輩を追い詰めるとは、感服致しましたゾ、ガルアード大佐……しかし」

 レナモンド大佐は大げさな仕草で、かいてもいない汗をぬぐった。満足気に満ち満ちたその表情。
 無限に等しい戦場を渡り歩き、最強の戦士と刃を交え、血と鋼のダンスを最後まで踊り狂った者だけが味わえる勝利の愉悦――これが世界だ。このためだけに自分は戦って戦って戦い抜いて来たのだ。

「しかし、常に最後まで舞台に立つのは、この我輩だ」
(トリックがばれた奇術師は、舞台から降りるべきね)

 その時――冷たく凍結した雪の夜空に、ありえない音が響いた。

 きりきり きりきり
 きりきり きりきり

「――!?」

 毒蛇の王が、レナモンド大佐が、円陣を組むZEXL達が、そのパイロットが、漆黒の夜空が、舞い落ちる雪片が、

 きりきり きりきり
 きりきり きりきり

 戦場の舞台に立つ全ての存在が、その義手が笑う音を聞いた。

「まさか……あの爆発で生きて――!?」

 驚愕の言葉を吐き捨てながら、黒焦げたヴァージニティーの残骸をリングスライサーで払いのけて――レナモンドは“その事実”を知って息を飲んだ。
 影――
 そう、影が、細長く優美な四肢の無い女神のシルエットが、残骸を取り除いた雪の大地の上にはっきり残っていた。今は真夜中なのに。本体はもう破壊されているのに。

「これは……まさか、貴女も!?」
(そうだ、貴方と同じトリックを使わせてもらったわ)

 影が踊った。
 ヴァージニティーの影が、ぺりぺりと剥がれるように大地から離れて直立したのだ。二次元的な影はシルエットを微妙に変形させながら徐々に厚みと形を供え、そして――

「こ……これは!!」

 ここに、新たな機械の巨神が降臨した。
 黒いホワイトスネイク――四肢の無い女神を連想させる基本的な外見はホワイトスネイク“ヴァージニティー”と変わらないが、その色が闇より暗い漆黒へと転じている。機体全体も微妙に形状が変化して、女神から邪神へ、乙女から淫婦へ、正義から邪悪へ、秩序から混沌へ、純白から漆黒へと、どこか悪魔的な印章を与えるデザインとなった。

「ホワイトスネイク型の改造機……ではあるが、製造コンセプトそのものから従来のZEXLとは異なっているようだ……それは一体なんだ!?」
「ZEXL−08S ホワイトスネイク“チェーンヴァージン”……そう藤一郎さんは命名してくれた」

 機体色に合わせたような漆黒のウィングが、ゆっくりと魔天に広げられた。

「ぐうぅ……貴女が斯様なZEXLを所有していたという情報はありませんでしたぞ!?」
「製造した。1週間前から。ロールアウトは1時間前。ギリギリだったわ」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!僅か1週間でZEXLを造るなど不可能ですぞ!!」
「設計自体は以前からやっていた。問題なのは材料の調達だ。それさえ入手できればそう難しい事では無い」
「……なるほどなるほどなるほどなるほど、貴女の元帥位はそういった部分も含まれて評価されているのですなァ……」
「無駄話はここまで」

 漆黒の蛇神――いや、邪神の瞳に、紅い輝きが宿る。
 毒蛇の王もリングスライサーを構え直した。

「ではではではではではではではでは……舞台再開!!皆の衆、ミュージックスタートですぞ!!」

 Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!Ga!……

 戦士の歌が再開した。
 バイパーが牽制するようにゆっくりとリングスライサーを回転させる。
 チェーンヴァージンは――動かない。
 互いにトリックは使い果たした。今度こそ、真の戦闘力をぶつけ合う時。
 ロック・ミュージックが静かに流れた。
 義手が笑った。
 生と死、勝利と敗北を穿つ儀式が、今、ゆっくりと、厳かに――始まった。

「ゆくぞ!!」

 レナモンド大佐が吠えた。毒蛇の王が吠えた。
 銀と青の弾丸と化したバイパーが、光速の無限倍の速度と無限大の質量と無限力のパワーをリングスライサーに込めて突撃する。
 勝算は十分にあった。
 アコンカグヤの『靜水』とレナモンド大佐の『滅火』……相反する奥義がぶつかり合った時、技量が勝る側が勝利する。そして、両者のどちらがZEXL戦闘の技量が勝るのか――それは、今までの戦いで明らかだ。アコンカグヤは敵に手を抜いたり戦いを楽しんだりする事は無い。
 一対一の戦いでは、アコンカグヤに勝ち目は無い。
 そう、一対一では――
 リングスライサーがチェーンヴァージンの喉笛に迫る。
 迎撃しようと漆黒のブレードウィングが神速のはばたきを見せる。
 旋回したリングスライサーがブレードウィングを打ち払う。
 間合いを離そうとするチェーンヴァージン――だが、

「遅い遅い遅い遅い遅いッ!!!」

 瞬時に懐に飛び込んだ毒蛇の王が、漆黒の蛇神を袈裟懸けに切り裂いた――!!
 ――その時、

 きりきり きりきり
 きりきり きりきり

 レナモンド大佐の福顔が驚愕に歪んだ。
 ――材料さえ入手すればZEXLを製造するのは難しく無い――アコンカグヤの言葉は極端ではあるが、あながち間違いとも言い切れない。
 ZEXLの機体構造や必要となる機材の知識、製造法そのものは軍事アカデミーで修得できるし、戦場で時には自らメンテナンスする必要もあるZEXLパイロットは、当然それらの知識を修得している。無論、ゼロからZEXLを丸々一機製造するというのは、軍事面に関してはあらゆる分野で天才ぶりを発揮したアコンカグヤだからこそ可能だったわけであるが。
 そして、ZEXLを製造する上での最大の問題点――それは、特殊増幅機構やジェネレーター、メインフレームや外部装甲に大量のレアメタルや特殊魔力構造体を必要とする事だ。ZEXLの量産が難しいのは、それらに莫大なコストを必要とする為である。
 ならば、このホワイトスネイク・チェーンヴァージンは、どうやってそれらの材料を入手したのか?そして、その材料の正体とは?
 それは――

「こ、こ、こここここここここ……これはッ!?!?」

 バイパーのリングスライサーを蜘蛛の糸の如く絡め取り、その動きを封じているもの――それは、切り裂いた筈のチェーンヴァージンの外部装甲そのものであった。
 粘性をもった影。
 漆黒のオーラ。
 チェーンヴァージンの外部装甲、いやチェーンヴァージンそのものがゲル状の暗黒物質と化し、蠢く闇が、暗黒の波動が、バイパーに絡みつき、完全に拘束したのだ。

「まさか……まさかまさかまさかまさかッ!!魔界大帝の闇の魔力をZEXLの材料にしたのか!?」
「正解」

 そう、これは魔界大帝クリシュファルスが武器として使う闇の波動だった。この漆黒のZEXL――ホワイトスネイク・チェーンヴァージンは、魔界大帝の暗黒魔力結晶体を材料に造られたのである。
 世界最大最強最高の魔力を己の肉体としたZEXL。そのポテンシャルは従来のZEXLを遥かに凌駕する。
 ついに、勝敗は決した。

「よもや……まだトリックが残されていたとは……」
「レナモンド大佐、ZEXL戦闘に関して貴方は私より遥かに上だ。一対一では、私に勝ち目は無いわ」

 きりきり きりきり
 きりきり きりきり

「でも、私は1人で戦っていたのではないのよ」

 義手と――闇の波動が笑った。
 脈動し、爆発するように膨張した闇の波動がバイパーを覆い隠し、握り絞るようにぐしゃぐしゃに粉砕したのは次の瞬間だった。
 戦士の歌が止み――ロック・ミュージックが静かに――止まった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「――見事……見事見事見事……見ごと……みごと……」

 先刻とは様変わりした静寂の中、夜空を舞う純白の結晶が、戦場の残骸を静かに覆い隠そうとしていた。
 メインウェポンを天に掲げたまま、彫像のように動かない機械神の輪の中で、漆黒の蛇神とそのパイロットは、大地のただ1点を見つめている。
 完膚なきまで破壊され、中身が剥き出しとなったバイパーのコックピットブロック――そこに誇り高き敗者が、太り過ぎの身体を力無くシートに横たえていた。

「よもや……我輩……を…倒し得る……勇者が……2千万年…の……時を……越えて……現れ…る……とは……」

 レナモンド大佐の身体に変化が訪れた。そのユーモラスな貴族風の服が、ビアダルのような身体が、愛嬌のあるどじょう髭が、白い灰のような粒子に転じ、崩れ落ちていく。
 2千万年の眠りから無理矢理覚まされた偉大な戦士は、再びこうして過去の歴史の中に消え去ろうとしていた。
 不敗の名と栄光を欲しい侭にしていた、歴史上最強のZEXL乗りは、最初で最後の敗北の中で、何を思うのだろうか――
 ゆっくりと、ひどくゆっくりとした動作で酒瓶が掲げられる。そのままぐいっとどじょう髭の奥で飲み干して……

「満足だ」

 偽り無き笑いが砂と化し、風の中に消えた。

「…………」

 アコンカグヤは無言で義手の拳を握り、胸の上に当てた。敬礼である。
 愛も憎しみも如何なる感傷も無く、ただ純粋な死闘を繰り広げた戦士同士の絆――そこには敵味方を超えた敬意があった。不思議な信頼があった。
 どのくらいの時が過ぎたのか――それとも、少しも時間はかからなかったのか。

 ガシャン!!

 周囲のZEXLが一斉に武器を下ろした、アコンカグヤと同じように、腕部マニュピレーターを胸部装甲の上に当てる。その姿勢を維持したまま、静かにその巨体が宙に浮き、エネルギーの奔流を残して遥か夜空の彼方へと消えていった……
 ここに、1つの死闘が終わったのである。

「ふぅ……」

 珍しく大きな息を吐いて、アコンカグヤはシートに背を預けた。汗で額に貼りついた前髪を、煩わしそうにかきあげる。彼女にとっても、これは勝った事が奇跡に等しいと思える激闘だったのだ。
 ベッドが欲しい。その前に冷たい飲み物をあおりたい。できればセリナが作ってくれた蜂蜜入りレモネードを……
 ……でも、

「次は藤一郎さんの救出」

 でも、戦いはまだ終わらない。クリシュファルス君を、藤一郎さんを、樹羅夢姫を、そしてセリナを、心の底から愛おしい人々を救う為に、アコンカグヤは戦い続ける。
 それが彼女の純粋な願い。それが彼女の存在意義(レーゾンデートル)。
 チェーンヴァージンの漆黒の機体が、禍々しいウィングを広げた。
 恐らくは戦いの渦中にあるだろう屋敷に、機体を発進させようとして――アコンカグヤは気付いた。
 黒い影が、真の暗黒が、チェーンヴァージンの漆黒の機体よりも尚暗い闇が、遥か上空から雪の大地に影を落としているという、恐るべき事実を。

『流石ですわね、アコンカグヤ・ガルアード大佐』

 巨大な三つ首の機神竜が、頭上に降臨しようとしていた。

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