雪は吹き荒れる突風にかき乱され、夜空は真紅に燃えていた。

《大丈夫か、アコンカグヤよ!!》
『わらわ達が来たからにはもう大丈夫じゃ』

 藤一郎達に救われたクリシュファルスと樹羅夢姫は、アコンカグヤが危ないという彼の救援要請を受けた。クリシュファルスは“魔界大帝・戦闘形態”に、樹羅夢姫は“大聖”へとメタモルフォーゼして、敷地内でZEXL部隊と戦っているというアコンカグヤの元へ向ったのだが……

《な、なんだこれは!?》
『我が同胞……いや、ZEXLなのかや!?』

 そこで、2人の超高位存在は信じられない物を見た。
 三つ首の飛竜――シルエットだけならそう見えるだろう。俗にワイバーンと呼ばれる亜竜に似ていた。前足の代わりに巨大な翼が翻り、後ろ足は猛禽類のような鍵爪の生えた前屈脚になっている。長い尾の先は鋭く尖り、これも長大な首は付け根から三つ又に分かれている。首と頭が3つ存在するのだ。
 だが、これは断じて三つ首のワイバーンなどではない。その姿を模した戦闘機械の塊――全身を紅く輝く外部装甲と凶悪な超兵器で覆い尽くした神族の究極機動兵器――ZEXLだ。三つ首の飛竜に似せたZEXLなのだ。
 しかも――この途方も無い巨体を見よ。体高500m、全長4kmを誇る魔界大帝の巨体に、首だけでとぐろを巻く事ができるのではないか。全長はゆうに数十km単位だ。これはもはやZEXLではなく、飛竜の姿を模した巨大要塞と言えるだろう。

「クリシュファルス君、樹羅夢姫……気をつけて」

 この怪物に真っ向から対峙しているのは、漆黒の蛇神――アコンカグヤの新型ZEXL、ホワイトスネイク・チェーンヴァージンだ。全長50m級のZEXLも、あの巨体を前にしては、まるで砂粒のようにしか見えない。

《何なのだ?あの龍族みたいな化け物ZEXLは!?》
『あれが敵なのかや!?』
「わからない。アスピリン級のZEXLだと思うが……龍型のZEXLなんて私も初めて見るわ。新型機なのかもしれない」

 アスピリン級のZEXLとは、一種の移動要塞として運用される超大型ZEXLの事だ。複数のパイロットで操縦される事が多いが、その扱いの難しさと高機動戦闘を基本とするZEXLの基本運用とは相反する存在である為か、生産数は非常に少ないとされているが……

【それは私が説明しましょう……解説癖は性分なのです。お付き合いして下さいね】

 万物を凍結させるような属性の声が、そのZEXLからパイロットの外部通信として発せられた。その響きのあまりの冷たさに、クリシュファルスと樹羅夢姫は物理的に震え上がった。

《何者か!!名乗るがよい!!》
【第1級情報神族、フロラレス総参謀長官です。天界軍副長官を兼任しておりますわ】
『おぬしが黒幕というわけじゃな』
【そういう事になりますか】

 魔界大帝と大聖に、アコンカグヤの駆るZEXLを前にしても、この女――フロラレスの声には余裕の響きすらあった。

【この機体は、アスピリン級『ZEXL−23 アーリア』です。龍族の超級戦士の遺体を母体として完成させた、最新型ZEXLですわ】

 樹羅夢姫の全身から蒼いオーラが膨れ上がった。怒りの咆哮が天地を震撼させる。

『この下司が……きさまら神族は我が同胞の亡骸をも弄ぶのかッ!!!』
【御協力、ありがとうございますわ】

 コックピットの内部で慇懃無礼にお辞儀をするフロラレス。奇妙な事に、複数のパイロットで操縦する筈のアスピリン級ZEXLにも関わらず、パイロットは彼女しかいないようだ。

【それにしても、貴方達には感服致しましたわ。レナモンド大佐、オーバーロード・キャンセラー、ゾマ中尉……切り札をことごとく打破されるとは、私にも計算外でしたわ。お陰でこうして『第4の切り札』を繰り出さざるを得ませんでしたもの。地球人類の手の者も失敗したようですし】
「地球人類の手の者……?」
【貴方達が知る必要はありませんわ……さて、薀蓄はここまで】

 巨大な機械の翼が、赤と銀の装甲にプラズマの輝きを宿した。

【こうしてターゲットが全員揃うとは、こちらにとっても好都合……私専用にカスタマイズされた、ZEXL−23 アーリア“セクスアリス”……実戦演習は貴方達で試させてもらいましょう】

 三つ首の機械竜――“セクスアリス”が、ゆっくりと翼を広げ、鋼の巨体を脈動させた。
 凍結された空間が振動する。
 大気の脈動に雪片が乱れ舞い、天球が真紅に燃える。
 途方も無い『存在』が、ここに誕生しようとしていた。

《ふん、たかがZEXLの一機ぐらいで余を倒そうなど、思い上がりも甚だしいわ!!》
『返り討ちにしてやろうぞ!!』
「2人とも、油断しないで――」

 刹那――
 一瞬……そして、一撃――
 そう、まさにそれは一瞬だった。
 そして、一撃だった。
 “セクスアリス”の三つの首が、魔界大帝、大聖、チェーンヴァージンのそれぞれの元へ伸びて――
 一撃で打ち倒したのだ!!!
 反応もできずに叩き落とされた三体の超高位存在は、そのまま身動きもできずに地に伏して……動かなくなった。
 魔界大帝が、大聖が、チェーンヴァージンが……あの世界最強の超高位存在達が……たった一度の攻撃で敗北した!?こうもあっさりと、一撃で!?
 なぜ?どうやって?

【困りましたわね……こうもあっさりと倒せては、演習になりませんわ】

 上空に待機している輸送船にターゲットの回収命令を送る。全ては作戦通りに終わった。
 天界軍の――勝利だ。

【巨神は砕け、悪魔は滅び、聖龍は倒れた。もう、お伽噺の時代が終わる時が来たのですわ……ふふふふふ……あははははは】

 恐るべき氷の魔女の哄笑が、雪の夜空にどこまでも響き渡った……



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「――魔界大帝、大聖及びアコンカグヤ・ガルアード元大佐とZEXLを完全回収。封印処置は完了しました」

 レミエラ少将の声に普段の温厚さは無かった。
 彼女だけでは無い、旗艦“アウターリミッツ”のブリッジ全体が御通夜のように暗い沈黙に覆われていた。
 あれだけ苦戦していた魔界大帝達を、一瞬で倒し、捕縛した――単純に自分達の立場が無いとかいう話では無い。
 あの脅威のZEXL『アーリア“セクスアリス”』に、フロラレス総参謀長官――それは敵以上に凄まじい脅威となって、兵士達の肝を凍結させたのである。

「そうですか、ではシュタイナ上級大将殿」

 悠然と提督席の脇に設置されたデスクに腰を下ろし、そんなブリッジの空気を楽しんでいたフロラレスは、ただ1人普段の厳然とした態度を崩さない男に、恐るべき命令を下した。

「地球にフルパワーで艦砲一斉射撃をお願いします」
「……おい、ふざけんな!!」

 ゴリアテ少将の罵声も、いつもの気合が感じられない。

「あんなちっぽけな惑星に艦砲射撃してみろ。この恒星系どころか次元レベルで宇宙が消滅するぞ!!」
「証拠隠滅の為ですわ……それとも、今更自然保護条約程度の事を気にしているのかしら?」

 フロラレスは笑った。その笑いのあまりの邪悪さに、ブリッジは本当に凍りついた。レミエラ少将は元より、ゴリアテ少将も、歴戦の兵士達も、誰もが絶句して声1つ漏らせないでいた。
 ついに、あの氷の魔女が本性を見せたのだ。

「私と“セクスアリス”の力は知っているわよね?それに捕獲した魔界大帝と大聖さえいれば、このまま魔界を1夜で焦土にする事もできるのよ。いいえ、魔界だけじゃないわ。精霊界も、冥界も、そして……天界までも!!全ての事象とあらゆる存在の英知が、私のものになるのよ!!!」

 自己陶酔の極みにフロラレスは絶頂を迎えた。エクスタシーに紅潮し、無意識に豊満な胸を揉みしだく。そのあまりに邪悪でおぞましく、そして退廃的に美しい姿に、誰もが凍結したように動けずにいた。

「……ない」

 いや……
 ――1人だけ……
 ただ1人――

「まだ、終わっていない」

 ただ1人、不動の重鎮と帝王の威厳を保つ者が、ただ1人いた。
 “天将元帥”バルバロッサ・シュタイナ上級大将――その巨岩の如き厳然とした重い声に、ブリッジの兵達は我に返り、フロラレスは突き刺さるような視線を送った。

「……シュタイナ上級大将、それはどういう意味――」

 甲高い非常警報音がブリッジに鳴り響いたのは次の瞬間だった。
 一瞬にして場が騒然となる。

「艦隊前方、距離580000地点――地球圏大気圏上空にて、大質量のワープ反応を確認!!……これは!?」

 オペレーターの叫び声は驚愕に震えていた。

「次元艦隊です!!数十隻の次元戦艦が出現しました!!!」

 正面のメインスクリーンに浮かぶ青い惑星――その周囲を守護するが如く艦列を組んでいる鋼の影……それは、まさに!!

「次元艦隊だとぉ!?まさか、正規軍か――!?」
「いいえ、あのタイプの戦艦は天界軍のデータにはありません……何者でしょうか!?」
「いずれにせよ……どうやら、俺達の本領発揮する時がきたみてぇだな」
「そうですわねぇ」

 レミエラ少将とゴリアテ少将がシニカルな笑みを向け合う。
 わなわなと震える氷の魔女――フロラレス総参謀長官は、普段の余裕な態度をかなぐり捨てて、憎悪さえ込めた視線でモニターを突き通した。
 そう、まだ終わっていない。
 世界の運命をかけた史上最大の決戦は、まだ終わっていないのだ。
 シュタイナ上級大将が、重々しく傾いた。

「これからが本番だ」

・・・・・TO BE CONTINUED

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