鈴にゃんの冒険

「――あなた、それでも正義の味方になりたいの?」



「うん!!あたしは正義の味方になりたいですにゃ!!」






































『鈴にゃんの冒険』






































Part3

『皐月(サツキ)と小坊主(リトルボーズ)――茂伸、出座す』





































 真紅の夕陽が、海原を黄金色に照らしていた。
 少し風は強いが、沖合いは凪らしく、水面は鏡のように夕陽を写している。こんな美しい光景が見られるのも、日本海ならではだ。たまに太平洋沿いの舞台なのに、なぜが海の夕焼けを観測できる謎の漫画やアニメが存在するが……
 そんな美しい夕焼けをバックに、海沿いの歩道を歩く少女の影三つ――

「はぁ……」

 ひよりんが本日数百回目の溜息を吐く。

「旅行先が高知県なのがそんなに不満にゃの?」

 堤防の波消しブロックの上をぴょんぴょん跳ね渡る鈴にゃんは、夕陽に照らされてオレンジ色に染まっていた。

「確かに富山からは少し遠いですがぁ、これもベルさんの為ですぅ。困っている人を見捨てるとぉ、天にまします我等が神にウメボシグリグリされちゃうんですよぉ」
「……ずいぶん庶民的な天罰を与える神様ですね」

 涼しい海風に飛ばされそうになるコルネット(シスター頭巾)を押さえながら、りんちゃんが糸目をほんの少しだけ開けて見せた。その普段のほえほえした様子とは全く異なる妖しい瞳の輝きに、ひよりんはちょっぴりドキっとしてしまう。

「別に高知県に不満があるわけではありません。風光明媚な良い所です。坂本竜馬は萌えます。ベルクリアスさんの手助けをする事にも依存はありません」
「じゃあ、何でそんなに眉間にシワシワおばあちゃん状態なのかにゃ?」
「旅費ですよ……」

 ひよりんが凹凸皆無な胸元から取り出した『優勝賞金5万円』入りの封筒を、夕日が赤く透かしていた――
 鈴にゃん達が路地裏で助けた謎の美女――その正体は“ベルクリアス・コーマ”と名乗る女淫魔であった。
 魔界出身の彼女が元の世界に戻る為には、高知にいる悪魔族の究極支配者『魔界大帝』の元に向かわなければならないのだが、この人間世界の事を何も知らないベルクリアスだけでは、富山から高知へ向かうのは難しいだろう――ならば、自分達も一緒に行こう!!
 そんな突拍子も無い提案をしたのは、例によって鈴にゃんであった。
 退魔師のひよりんにとってはとんでもない話である。いくら気弱で害の無さそうな彼女であっても、魔物は魔物だ。そんな存在を連れて旅行に行くなど、自分達にとっても周囲にとっても危険過ぎる――それが常識だろう。
 しかし、人の良い鈴にゃんやひよりんはともかく、サツキさんも無表情のまま、霧子さんもカーテン越しに旅行に同意したのである。そのままあれよあれよと言う内に、鈴にゃん、ひよりん、りんちゃん、ベルクリアスのメンバーで、『高知県住在の魔界大帝に会いに行こうツアー』が決定してしまったのだ。
 今は、その帰り道――ベルクリアスは霧子さんの館に泊まっている。
 本音を言えば、ベルクリアスに対してひよりんはあまり脅威を抱いていない。あの小心過ぎる性格がそう思わせないのだろう。『それは人類を騙す為の演技だ』と普通の者は考えるだろうが、それは違うと誰もが確信していた。女の勘というやつである。
 問題は、『旅費』の事だ。
 旅費は五万円――中学生3人に大人1人が富山から高知へ往復するには、交通費だけでギリギリの線である。ましてや食事代や宿泊費も計算に入れると……どうやら夕飯のカレーに肉を入れるどころか、野菜も無い『素カレー』を食べる事になりそうである。
 まぁ、素カレーの危機はともかく、旅費の問題を皆に伝えると――

「大丈夫大丈夫!!人生何とかなるにゃ!!」

 ――と、あくまでポジティブシンキングな、はっきり言えば脳天気過ぎる鈴にゃんの満面の笑みが帰ってきた。りんちゃんの意見は聞くまでも無い。

「行き当たりばったりは私の流儀では無いのですが」
「ひよりんは難しく考え過ぎにゃよ……あ!!」

 ぴこーんと、鈴にゃんの頭上にネコミミが出現する。ひよりんとりんちゃんは思わず顔を見合わせた。
 また、何か突拍子も無い事を思いついたのでは……

「明日、出発する前に水着を用意して、ここの砂浜へ集合するのにゃ!!」
「砂浜ですかぁ?」
「……何か手があるのですか?」
「にゃっふっふ……まだ内緒にゃ〜♪」

 ぴょんと堤防の上から歩道を越えて路地に飛び込む鈴にゃん。ここから帰り道は2人と別々だ。

「じゃ〜ね〜!!明日遅れちゃダメにゃよ〜!!」

 ぶんぶん手を振りながら、路地を疾走して消えて行く鈴にゃんを見送りながら、

「何を考えているのでしょうかねぇ」
「……きっと、何も考えていないでしょう」

 ひよりんの溜息の数が、また1回追加された。



※※※※※※※※※※※※※



 鈴にゃん――三池 鈴奈は、両親の顔を知らない。
 院長先生の話によれば、ある雨の日に孤児院『孤戮闘』の前に置かれていたダンボール箱の中で、赤ん坊の自分がみーみー泣いていたそうだ。
 身元を示す物は何もなかった。“三池 鈴奈”という名前は、街角の占い師に幸運を呼ぶ名前をして付けられたという。
 必然的に、鈴奈は孤児院の一員となった。
 傍目には不幸な境遇かもしれない。でも、鈴奈は自分がかわいそうな子供だなんて考えた事は1度もなかった。
 孤児院の仲間が、みんな家族だったからだ。
 大勢の『家族』に囲まれて育った鈴奈も、もう14歳――中学生になる。中学を卒業後は、孤児院を出て自立するか、そのまま残って職員として過ごすか決めなければならない。
 どこからどう見てもお子様な鈴奈も、ここではもう年長組の一員なのだ――

「……と、いうわけで、ラスベガスのバカラで億万長者になったゾウリムシさんは、カルフォル二アの海岸線を白いポルシェで疾走して、夕陽をバックに最高の女とドンペリで乾杯しましたとさ……めでたしめでたし」

 積み木や絵本が散乱する、四畳半のフローリング部屋――孤児院『孤戮闘』遊戯室の裸電球の灯りは心許無いが、窓から刺し込む月の光が、優しく彼女達を照らしていた。
 ――文部省推薦絵本『かわいそうなゾウリムシ』を朗読する鈴にゃんと、車座に取り囲む幼稚園児から小学校低学年くらいの子供達を。
 そのキラキラとした表情だけで、鈴にゃんがどれだけ子供達から好かれているのか良くわかる。普段は見た目も性格も子供っぽい鈴にゃんだけど、月明かりに照らされた今の横顔は、妙に大人っぽいものを匂わせていた。

「鈴お姉ちゃん、今度は『因果戦隊 ノロワレンジャー』ごっこしようよ!!」
「えええ〜!?今からあたし達と積み木で軌道エレベーター作るって約束していたのよぉ!!」
「はいはい、喧嘩はやめて仲良くにゃよ……それににゃ」

 ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん…………

 壁に立てかけたハトの出ない鳩時計が、くぐもった音を鳴らした。
 その数9回――午後9時、就眠時間である。

「もうオヤスミの時間だから、また今度にしましょうにゃね」
「えええ〜!!!」

 子供達が一斉に不満の声を洩らす。
 その理由は明らかだ。

「鈴お姉ちゃん、明日から旅行に行くんでしょお!!」
「ちゃんとお土産買ってくるから……勘弁してにゃ」

 ひよりんのお金で……という呟きがこっそり盛れたのは、気のせいか。
 ――数十分後、保母さん48の殺人技を駆使して何とか子供達を寝かしつけた鈴にゃんは、遊戯部屋の後片付けをしていたが……ふと、『因果戦隊 ノロワレンジャー』のアニメブックを手に取った。数年前に放送された人気戦隊ヒーロー番組だ。

「……“正義の味方”かぁ……あたしにできるのかにゃ?」

 『お化け屋敷』での会話を脳裏に浮かべる鈴にゃんの顔は、いつになくシリアスだった――



「……正義の味方……ですかにゃ?」
「そう、正義の味方よ」

 きょとんとする鈴にゃんの瞳に、カーテン越しの影が写る。
 部屋の中は2人だけだった。
 “ベルクリアスと一緒に高知県へ旅行に行こう計画!!”が決定して、それでは明日出発しましょう……と一同解散になった後、鈴にゃんだけが霧子に呼び止められたのである。
 何かお菓子でももらえるのかにゃ?と調子の良い事を考えていた鈴にゃんにかけられた言葉は、

『あなた、正義の味方になりたくない?』

 ――という、ちょっと突拍子もないものであった。

「以前、あなたは私に『正義の味方になってみたい!!』って話してくれたわよね?それは本気の言葉なのかしら」

 霧子の表情はレースカーテンに遮られて、窺い知れない。しかし、その口調でこの話が極めて真剣なものである事を示していた。
 ……確かに、前回――といっても半年以上前だが――霧子さんに会った時に、鈴にゃんは自分の大好きな特撮ヒーロー番組のカッコ良さについて、熱く語った事があった……ような記憶がある。その際、正義のスーパーヒーロー(ヒロイン)になりたいという話をしたような……

「…………」

 即答はできなかった。気軽に返答できない何かを、その問いは含んでいた。

「“正義の味方”――今の世の中では、その存在は『道化』にしかならないわ。正義と悪の基準は、その時勢や環境に容易く左右される。まぁ、その主張は大半が自己正当化の詭弁に過ぎないのだけれど……」

 霧子が笑った――ように聞こえたのは鈴にゃんの気のせいだろう。そう信じたいと鈴にゃんは思った。
 それほど怖い笑い声だったのだ。

「今、正義の味方は偽善者扱いしかされない存在よ……鈴奈ちゃん、あなたはそれでも正義の味方になりたいの?」
「…………」

 鈴奈は考えた。普段は脊椎反射で行動している鈴奈は考える事が苦手だったけど、一生懸命一生懸命、本当に真剣に考えた。
 そして――

「うん!!あたしは正義の味方になりたいですにゃ!!」

 初夏の妖精の笑み。
 揺るぎない何かが、そこに存在していた。
 カーテン越しの影が笑ったように見えたのは、気のせいだろうか。

「そう……ならば、最後の質問よ」
「にゃ?」
「あなたは何の為に正義の味方になりたいのかしら?悪い奴をやっつけるため?」

 この質問には如何なる意図があるのか――それはおそらく当人達にしか理解できないだろう。

「う〜にゃ……それはちょっと違いますにゃ。あたしは『困っている人を助けたい』から、正義の味方になりたいのですにゃ!!」

 今度は即答だった。

「その言葉を待っていたわ、鈴奈ちゃん」

 カーテン越しの気配が、明るいものに変わる。

「“悪”の存在を――敵の存在を必要とする正義は正義とは言えないわ。さっきも言ったけど、正義と悪の基準はその時勢や環境に容易く左右される。敵対する者にとっては、正義を自称しても悪の存在にしかならないのだから」
「…………」
「でもね、あなたの言った『困っている人を助けよう』という考え……それは、あらゆる文化や社会に共通する“善”の思想なの。理解できるかしら?」
「え、え〜と、あたしはあんまり学校の成績が良くにゃいので……通信簿も2が三つもあったしにゃ……そんなに難しく考えてはいませんでしたにゃ」
「だから、あなたには資格があるのよ」

 きょとんとする鈴にゃんの顔に、ランプシェードの青い光が刺し込んだ。

「その思想を、如何なる先入観も打算も無く自分のものにしている――それこそが、正義の味方に成り得る唯一にして絶対の条件なのだから」

 青い輝きが、どんどん強くなっていく。

「いいわ、“三池 鈴奈”――あなたは今、生まれ変わるの」

 輝きは目を開けられないくらい強くなり、部屋全体を青い光で包んでいく――いや、これは単なる青い光では無い。

「“ケモノの鬼”から、“絶対の正義”に」

 これは、蒼い月の輝きだった――


 ……それから後の事は、鈴にゃんはあまりよく憶えていない。
 気がついたら、霧子さんの部屋の前で、白い箱を抱えて佇んでいる自分に気付いたのだ。
 20立方cmの箱の表面には、『正義の味方変身アイテム』と書かれていた。
 その後、何度声をかけても霧子からの返事は無く、その扉が開く事は無かった。いつのまにか背後にいたサツキに呼びかけられて、みんなと一緒に『お化け屋敷』を出た時も、鈴にゃんはさっきの出来事が現実にあった事なのか、はっきりわからなかった――


 「……そういえば、あの箱の中をまだ見ていなかったにゃ」

 ――遊戯部屋の片付けが終わった鈴にゃんは、共同寝室に戻る前に箱の中身を確認してみる事にした。好奇心旺盛な鈴にゃんが今まで開けようとしなかったのは、何となく気軽に手にしてはいけない物のような気がしたからである。でも、いつまでも開けない訳にはいけない。
 カッターでキコキコと切込みを入れる。箱は意外に軽い。

「変身アイテムかぁ……やっぱり怪しいバトンか怪しいブレスレットか怪しいベルトとかなのかにゃ?」

 それがどんなアイテムなのかで、『正義の味方』としての方向性も変わってくるだろう。
 バトンやペンダントなら魔法少女物で、ブレスレッドや携帯アイテムなら戦隊物だ。ベルトなら悲劇の改造人間かもしれない。
 自分が一体どんな正義の味方になるのか――ドキドキな鈴にゃんの目の前で、

 ぱかっ

 あっさり開いた箱の中にあった、『正義の変身アイテム』とは――透明プラスチックの円筒形の筒に入った、黄色い粉末……鈴にゃんはコレに良く見覚えがあった。
 そう、食堂のテーブルの上に置いてある、ご飯にかけると美味しい食卓の友!!

「……『正義の味方変身ふりかけ』……って何これ〜〜〜!?!?」



※※※※※※※※※※※※※



 『退魔の名門、仙洞寺家』といえば、この国の退魔師でその名を知らぬ者はいない、名家中の名家である。
 その退魔の歴史は実に3万年以上に及び、日本という国が存在する前から、人間達をを“魔”の侵略から守ってきたのだ。
 退魔の家系としての格で言えば、日本でここに匹敵するのは『央御家』『土御門流』『鬼堂家』ぐらいのものだろう。
 ……少なくとも、100年前までは。
 仙洞寺家の退魔師は、まだ人類が具体的な宗教や魔法体系を確立していない3万年前から活動していた事からもわかるように、退魔師としては『特殊能力型』――いわゆる各自それぞれに備わった独自の超常能力を駆使して退魔するタイプであった。この家系の人間は生まれつき強大な超常能力を所持し、当主ともなれば必ず『魔人』の称号を冠するほどの実力を持っていたのである。
 しかし、今から100年前――日和の曽祖父の代になって、突然超常の力が消失してしまったのだ。その原因は誰にもわからない。
 薙刀の名家としての一面もあったが、それだけでは退魔師として活動できる筈も無く……それ以降、退魔師としての資格を剥奪された仙洞寺は坂転びに落ち――今の当主は町工場で細々と生計を得る境遇に甘んじる事となった。その生活は貧窮を極め、家宝の銘薙刀『柳葉・裏』をも売り払うという惨憺たるありさまだ。
 そのまま、仙洞寺家は没落の道を突き進んでいたのである。
 ひよりん――仙洞寺 日和が生まれるまでは。
 仙洞寺家の者が退魔の力を失ってから4代後――ごく普通に生まれた小柄な女の子に、再び『超常能力』の存在が確認されたのである。
 ここについに、退魔師としての仙洞寺が復活したのだ。
 だが、仙洞寺家は4代の間に退魔師としてのノウハウを喪失しているため、日和は生活費を稼ぐ意味も含めて、ある民間の退魔企業にアルバイトとして修行の日々を過ごしているのである。
 いつか、必ず、かつての栄光を取り戻す為に……
 ところで、4代ぶりに発現した日和の『超常能力』とは何なのだろうか?
 それは――

「――と、言う訳で、明日から旅行に行ってまいります。父様」
「な、な、なぁにぃ!?そんな話聞いていないぞ我が娘よ!!」
「……旅行の件は一月以上前から伝えてありますが」
「何を考えておるのだ!!お前がいなくなったら、一体誰が掃除洗濯皿洗い料理晩酌床の世話をすると言うのだ!?」
「さり気なくとんでもない単語が混じっていたような気がしますが、その辺は全て父様御自身で為さって下さい」
「げーっ!!そんなの面倒臭いしーかったるいって言うかー」
「やかましい」
「ええいっ!!どうしても旅行に行きたいと言うならば、この父の屍を越えて行け!!仙洞寺家当主の薙刀術の冴え、その身をもって知るがいい!!」

 どかばきぐしゃ

「……ば、ばかな……この俺がッ……娘ごときにィィィィィ!!!」
「薙刀術に関しては、もう10年前から私は父様に連勝中です。では、旅行の件に関しては文句ありませんね」
「何を言うのだ我が娘よ!!せっかく直前で旅行を却下して、お前を嘆き悲しませようとしていた父の気持ちを無駄にしようと言うのか!?」
「やかましい」

 めきどごべきっ

「……わ、わかりました……で、では娘よ。せめて優勝賞金5万円だけでも置いていってくれ」
「ダメです。とある事情でこのお金は1円足りとも無駄遣いできなくなりました……シクシク」
「では、お前が旅行中に父の生活費はどうなるのだ!?」
「昨日は町工場の給料日のはずでしょう。私の退魔会社での御給料も、家計に入れたばかりです」
「うむ、実はその2つの給料は、昨日のバーとキャバクラとイメクラとファッションヘルスとソープとノーパンしゃぶしゃぶのハシゴで使い果してしまったのだ」

 がこぼぐめしゃ

「ばたんきゅー」
「はぁはぁ……勝手に飢え死にしていてください!!全く、だから母様にも逃げられるのですよ……さて、明日の準備をしなければ……」

 がさごそ

「あら?……父様、私が先日買った水着が見当たらないのですが……まさか」
「何を疑っているのだ我が娘よ!!私が実の娘の水着でハァハァする変態とでも言いたいのか!?」
「思いっきり心の底から命をかけて断言したいです」
「違ぁぁぁぁう!!いくらなんでも実の娘の水着を着服するまで堕ちとらん!!」
「父様……」
「ただ、商店街のブルセラショップに売っただけだ。お前の生写真付きで!!高く売れたぞ!!」
「地獄へ堕ちろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 どがべきぐしゃばきめしゃぐちゃばっこ〜〜〜ん!!!



※※※※※※※※※※※※※



 りんちゃん――道野 リンが、自分が普通の人間とは違うという事に気付いたのは、5歳の頃だった。
 現在のリンは、身長165cm、体重……ヒミツ、バスト92のG、ウエスト57、ヒップ82という、スーパーモデルも真っ青のプロポーションを維持している。体型だけでなく、顔立ちや色香もとても14歳には思えない、極上の成人美女のそれだ。同性からは羨望と嫉妬、異性からは賞賛と欲情の視線を浴びうる美貌――誰もがそれを羨むだろう。
 だが、5歳の時点で既にこの姿に成長していたというならば……
 原因を調べる為に病院へ通った時も、医者は無言で首を振り、退魔関係の者に相談しろと指示するだけだった。この時、孤児院なのであまりお金をかける事ができず、正規の退魔機関に見せる事ができなかったのは、リンにとっては幸運だったのかもしれない。
 そのモグリの――しかし、実力だけは超一流の退魔師は、彼女が『合いの子』――魔物と人間のハーフであると断言したのだ。
 赤子のリンが孤児院に捨てられたのも、それが原因だったのだろう。魔物と人間のハーフ『合いの子』は、表向きは人権が認められているものの、実情は闇で『処分』されてしまうのが通例である。
 成長速度だけではない。その肉体は粘土やスライムのように自在に形状を変化させる事が可能であり、臓器や神経の配置どころか組織の硬度すらも変える事ができた。肉体的なパワー、スピード、反応速度、生命力、毒物への耐性……全てが人間の範疇を軽く凌駕し、もはや美しい女性なのは外見だけで、生物学的には完全に人外の存在である事が判明したのだ。
 5歳の少女にとって、この事実が如何なる絶望となったかは想像に固くない。
 孤児院の仲間達が普通の人間として接してくれなかったなら、特に同い年の鈴奈という大親友がいなかったなら、幼いリンは己の境遇に押し潰されていただろう。
 一見、ほわほわなノンビリ屋に見えるリンも、常人には想像もできない運命に耐えてきたのだ。
 苦悩するリンに人生の転機が訪れたのは、6歳の秋の日の事だった。
 ふと目にした、ある『聖なる書物』の一文……

 『神の愛は全ての者に平等である』

 その言葉が、リンの心に深く強く刻まれた。
 神は全ての者を等しく愛してくれる――なら、私のような化け物も愛してくれるのだろうか?私も愛される資格があるのだろうか?
 その答えを知るために、リンは神に仕える道を選択したのだ。
 道野 リン――7歳の事である。



 郊外の丘の上に、この町唯一の教会がある。
 礼拝堂に10人も入室すれば満席になるくらい小さな教会だが、周りの花壇には季節の草花が咲き乱れ、小鳥の囀りが優しいBGMとして流れる……御伽噺に登場しそうな可愛らしい教会だった。
 7歳の誕生日に洗礼を受けたりんちゃんは、そのままこの教会に見習いとして引き取られて、正式なシスターとなるために修行の日々を過ごしている。りんちゃんにとって、この教会は神の出(いずる)大事な聖域であり、同時に楽しい第2の我が家でもあった。

 モクモクモク……

 ――だから、『お化け屋敷』から帰ってきた時、その教会の窓と言う窓からモクモクと黒煙が立ち昇っているのを見て、石化するくらい硬直したのも無理は無いだろう。
 火事……!?
 赤い炎は見えないが、特に台所からの煙が酷い。周囲には野原しか無いから延焼の危険は無いが、緊急を要する事態である事には間違い無い。
 りんちゃんの取るべき道はただ1つだ。
 急いで119に電話して、火を消す為にバケツで水をかけたり、貴重品を運び出したり――!!
 ――と、いった行為は一切せずに、硬直した姿勢のままくるりと踵を返すや、一瞬の躊躇いも見せずにダッシュで逃げ出したのである……

 がしっ

 と、その瞬間――細く白い手が、りんちゃんの肩を背後からがっしりと押さえた。それだけで、りんちゃんの動きが封じられてしまう。

「アラあら、オカえりなサイ」

 春風のような優しい声に、りんちゃんは引きつった笑顔を浮かべながら、ギギギーと擬音付きで首を後ろに向けた。
 朗らかな笑顔がそこにあった。
 りんちゃんにとって、聖なる教義の師であり、育ての母であり、神に仕える同士でもある御方――

「た、ただいま帰りましたぁ……マザー・“シルヴィア”」

 言葉の節々が震えているりんちゃんに、この教会の責任者である司祭――シルヴィアは、

「シスター・リン、ドウかしたのでスカ?」

 ちょっと怪訝そうな表情を浮かべた――
 歳は30を少し超えたくらいか。黒のシスター服がよく似合う、穏やかで上品な美女だ。その名の通り、シルバーブロンドのロングストレートヘアーがとても美しい。慈愛の女神が地上に降臨すれば、こんな姿になるのだろう。惜しむらくは、化粧っ気が全く無い為、少々地味な印象を与えている点か。でも、神に仕える者ならこのくらいが丁度良いかもしれない。

「ええとぉ……そのぉ……」

 にもかかわらず、りんちゃんのシルヴィアを見る瞳には、紛れも無い恐怖が浮かんでいるのだった。
 ――いや、よく見ればりんちゃんの視線は、シルヴィア本人では無く、片手に持つトレーに注がれている。
 そこにあるものは――

「チョウド良いです。苺のスポンジケーキが焼けたのです。一緒にお茶にしまショウ」

 ……りんちゃんの知る限り、苺のスポンジケーキとは、高速で脈動しながら紫色に発光して時折苦悶の人面狙が浮かんだり触手が伸びて虫を捕らえたりする物体Xでは無かった気がする。
 あの黒煙は、このケーキ――という固有名詞を持つ新種の魔物だとりんちゃんは思っている――の製作過程で発生するものなのだろう。
 シルヴィアの笑顔は本物だった。作る本人には全く悪気が無いだけに、余計始末が悪い。

「たたたたた大変申し訳ありませんがぁ、ダイエット中なのでぇ……」
「ダイジョウブです。砂糖をはじめ有機物は一切入っていませんカラ」
(……それは地球上の物体じゃないですよぉ〜〜〜)

 ああ、コレさえなければ本当に尊敬できる御方なのに……心の中で目の幅涙をナイアガラ級に流しまくるりんちゃんであった。


「――マァ、それでは明日から高知県へ旅行でスカ」

 アフタヌーンティーの香りが、居間兼台所兼客間の質素な部屋に漂った。
 ティーカップを両手で掴んでちびちび啜るシルヴィアの姿は、そのまま蕩けそうなくらいのほほんとしたものだ。
 対するりんちゃんは、死に物狂いのネゴシエーションを駆使して何とかケーキの接取を回避したものの、テーブルに平伏してぜーぜーと荒い息を吐いている。鈴にゃんやひよりんの前では決して見せない姿だが、これも彼女の一面なのだろう。

「はい、その間は教会に誰もいなくなってしまいますがぁ……」

 この教会の住民は、司祭であるシルヴィアとシスター見習いであるリンの2人しかいない。そして、責任者であるシルヴィアは、ある用事の為に今夜からしばらく教会を留守にする事になっていたのだ。その為、今回の突発的な高知旅行はりんちゃんが留守番役を任せられて参加できない可能性もあり、それがりんちゃんの唯一の心配事だった。
 でも――

「ソレでは、しばらく閉店休業になってしまいまスネ」
「……それは激しく違うと思いますぅ」

 どうやら取り越し苦労だったようである。師母の変わらぬ笑顔を見て、りんちゃんはほっとした。
 こくこくと一気にお茶を飲み干して、

「サテ、そろそろ出発の準備をしマス」

 シルヴィアはゆっくりと席を立った。

「……どちらに向かうのですかぁ?」
「モチロン、自室ですよ。シスター・リン」
「……そっちの扉は物置しかないのですがぁ」
「アラあら、また間違えてしまいましタネ」

 ……どうやら、りんちゃんの大ボケな性格形成の要因には、この師母も多大に関わっているらしい……



「――リンも旅行とは、都合が良いでスネ」

 少なくとも、自分が留守の間にこの部屋の存在を弟子に知られる可能性は少なくなっただろう。

 ぼっ

 ランプの光が、部屋の中を克明に照らし出す。
 恐るべき空間だった。
 壁という壁に凶悪な重火器や、正体不明の――しかし禍禍しい魔導兵器が所狭しと並び、天井と床には巨大な聖印と魔方陣が不気味に描かれている。素人目にも、この部屋が何の為に建造されたのかが理解できるだろう。
 戦いの為だ。
 この部屋にある全てが、敵対するものを滅殺する為に存在しているのだ。
 そして、ランプを片手にその戦闘空間の真中に立つ者は――
 漆黒のシスター服を纏った、月光に等しい白銀の髪を持つ美しき司祭。
 ――シルヴィアだった。
 あの教会の地下に――物置が出入り口になっている――こんな隠し部屋があるなど、当然リンは知る由も無い。
 滑るような足さばきで、シルヴィアが部屋の一角に進む、普段のノンビリとした動きとはかけ離れたものだ。
 その部屋の一角には、唯一戦いとは関係の無い――少なくともそう見える存在があった。
 三面鏡の化粧台だ。
 前屈み気味に腰を下ろし、引出しからいくつかの化粧道具を取り出す。
 普段は化粧っ気のまるでないシルヴィアだが――なぜ今から化粧を?
 化粧といっても、やる事は少ない。薄く目元にラインを入れて、唇に真紅のルージュを塗り、軽くファンデーションを乗せるだけだ。ナチュラルメイクの範疇にもならないだろう。
 しかし――それだけで、文字通りシルヴィアは『化けた』。
 あののほほんとした、温厚な慈母の姿はどこにも無かった。何と妖艶で、嫣然で、魔性の、危険な――そして美しい女か。戦慄を通り越して恐怖すら覚える美貌が出現していた。仮にリンが今の彼女を見ても、それが敬愛する師母だとは気付かないに違いない。
 はたして、今の姿と普段の姿――どちらが本当のシルヴィアなのだろうか?
 だが、それだけでは済まなかった。
 何処からとも無く取り出したのは――仮面だ。
 鼻から上の顔の上半分を隠すタイプの、仮面舞踏会(マスカレード)に使用されるような仮面である。
 問題は、そのデザインだ。
 禍禍しい漆黒の仮面――目は真円の黒ガラス。鼻の部分が長く鋭く伸びている。これは――カラスを模した仮面だ。
 烏――
 それは、地球で最も繁栄している鳥類。
 烏――
 それは、死を司ると言われる鳥。
 烏――
 それは、日本神話の八汰烏、エスキモー神話の主神ワタリカラス、そして北欧神話のオーディンの御使い。
 烏――
 それは、神に仕えし死を運ぶ鳥。
 ゆっくりと、シルヴィアは仮面を装着した。
 漆黒の仮面に塞がれた、真紅のルージュだけが覗く魔性の美貌――それは仮面を付けても尚、いや、仮面を付けて益々妖しさを増幅させていた。

 指令――バチカン特務退魔機関“テンプラーズ”所属『聖骸騎士団』第一師団長“戦天使(ヴァルキュリア)”カーマイン・シルヴィア――
 現地時間202X年7月○日AM0時をもって、“淫魔王”の捕縛、不可能な場合は消滅処理を命ずる。

「簡単に言ってくれまスネ」

 シルヴィアは苦笑した。
 ああ、なんという笑みか。
 それこそ魔性の笑み――いや、“魔人”の笑み。

 ばさり

 漆黒の翼が、恐るべき女の背から飛び出した。鳥の翼に似ているが、羽毛ではなく、黒曜石を薄く削って重ね合わせたような硬質の翼だ。
 カラスの翼が羽ばたく時――地上に確実なる『死』が訪れる。

 バチカン特務退魔機関“テンプラーズ”所属、“カーマイン・シルヴィア”。

 世界最高位の『土操師』、“戦天使(ヴァルキュリア)”、世界最強のネクロマンサー、エンシェントドラゴンマスター、白銀の告死天使……彼女の2つ名は数多い。

 三大宗教系退魔組織、第2の刺客――ここに始動す。


「あれれぇ?何で物置の落し扉が開いているのでしょうかぁ?」
「アアあっ!?ちょちょちょちょっとシスター・リン!!ここに入っちゃダメぇぇぇぇ!!!」



※※※※※※※※※※※※※



 そして、同時刻――

「ふざけんじゃねぇ!!どうすりゃそんな結論が出んだよ!!!」

 罵声が部屋中に轟いた。

「……もう、何度言ったのかわからんが、上司に対する口の開き方を知りたまえ」

 『キャリア官僚』という言葉を具現化したような背広姿の男性が、こめかみをぴくぴく震わせながらデスクの上で指を絡ませた。
 日本政府が秘密裏に開設した、国内最強クラスの戦闘能力者達で構成された特殊部隊――『内閣特務戦闘部隊』――国会議事堂の地下に存在する総本部の、ひたすら機能美のみを追求した殺風景な司令室で、猛然と上官に突っかかる男の姿があった。
 これほど背広姿が似合わない男はいないだろう。
 単躯の身体に筋肉の塊――それがこの男を表す言葉だ。身長160cmにも満たない小柄な身体だが、背広が内側から弾けそうなくらいムキムキマッチョな体格だった。首などへたな女の胴よりも太い。巨大な筋肉の小山を無理矢理人間の形に圧縮したような男だ。歳は30をとうに過ぎているだろう。そのいかつい凶貌といい、つるつるに磨き上げたスキンヘッドといい、一睨みで地獄の鬼も逃げ出しそうな迫力に満ちていた。

「今回、この世界に降臨した超高位存在、通称『淫魔王』に対して、IMSOを始めとしたあらゆる国家組織は一切関与しない――それが結論だ」
「状況がわかってんのか?14年前の魔界大帝降臨事件に匹敵する事態なんだぞ!!今回の相手は魔界大帝みたいに無害だと分かった訳じゃねぇんだぜ!!」

 猛然と上司に噛みつく男の顔は恐ろしい――が、そこには炎の如き怒りと、人類全体に対する責任感に満ち溢れていた。凶暴そうだが、少なくとも正義漢である事には間違いない。

「とにかく命令に従いたまえ。それができないなら処罰する」
「結局お役所仕事しかできねぇのかよ……それだから宗教系の連中に遅れをとる事になるんだよ!!ガキの遊びじゃねぇんだぜ!!」
「口の聞き方に気をつけたまえ!!“草刈 茂伸(くさかり しげのぶ)”!!」

 炎のような筋肉の塊――茂伸の顔が、危険なものに変貌していく。

「そうかい……それじゃあ、俺は俺で勝手にやらせてもらうぜ」
「まて、そんな事が許されると思っているのか――」

 ばしっ

 額の鋭い衝撃に、上司が悲鳴を上げて仰け反った。

「あばよ」

 血の滲む額にぶつかったそれが、階級章だと上司が気付いた時――司令室の中に茂伸の姿はどこにもなかった。


 だんだんだん!!と、荒々しく廊下を進む茂伸は、不機嫌の極地そのものであった。
 なに考えてやがるんだ!?――それが彼の偽ざる思いだが、それも無理は無いだろう。
 現在は“警戒保全対象”に指定されているとはいえ、14年前に降臨した魔界大帝が降臨した際には、冗談抜きで世界が滅びかける事態になったのだ。今回降臨した『淫魔王』も、魔界大帝と比べればランクは低いようだが、それでも軽く銀河系の1つや2つは消滅させられる程強力な魔物である事が判明している。人類が一丸となって立ち向かわなければならない、超非常事態なのだ。
 それなのに、今回IMSOを始めとした国家組織は一切動かない――少なくとも茂伸には、それは緩慢な自殺行為にしか見えなかった。
 何もしないで死ぬくらいなら、死んだ方がマシだ。
 ……ちょっと意味不明な信念が、今の茂伸を突き動かしていた。それ以外の事は何も考えていない――

「ずいぶん不機嫌なようだな、小坊主(リトルボーズ)」

 だから、その男がいつのまにか並んで歩いている事に、声をかけられるまで気付かなかった。

「!!……なんだ、オヤジさんか」

 内心の動揺を何とか押し隠して、茂伸は隣の男を不機嫌そうに――しかし、少し険の取れた眼差しを向けた。
 ヨレヨレのコートと安物の咥えタバコがトレードマークになりそうな、壮年の黒人男性だ。ハリウッド映画のサスペンスものに、刑事役で登場しそうである。
 縮れた白髪頭を撫でながら、

「なんだとは御挨拶だな、リトルボーズ」
「だから、そのリトルボーズってのは止めてくれ。ダッドリーのオヤジさん……」

 初老の男――ジェームス・ダッドリーは目尻だけで笑って見せた。
 その胸元には、IMSOの職員である事を示す認識章がある。IMSOは世界の国家所属退魔機関に、アドバイザーという名目でお目付け役を派遣しているが、この男もその1人なのだろう。
 もっとも、IMSO内部ではこの役職は窓際の名誉職と呼ばれているのだが……

「何をそんなに荒れてるんだ?」

 しわくちゃの煙草に火をつける仕草も、どこかくたびれている。ちなみに、この施設は禁煙だ。

「どうもこうもねぇよ。この事態に俺達が動けねぇなんて、どういう了見だ?ふざけやがって!!」
「ままならないからこそ人生ってヤツさ……」

 どこか遠い目でダッドリーは独り言のように呟いた。その仕草が一々芝居かかっている。似合ってはいるがどこか間の抜けた印象を与える男だった。

「それに、今回の各国家級退魔組織が動けない背景には、ある人物が関わっているという噂だぜ。リトルボーズ」
「リトルボーズは止めてくれ……で、誰だそりゃ?」
「……“魔女”さ……」
 
 沈黙するしかなかった。
 普段の茂伸を知る人物が今の彼を見たなら、苛烈で勇猛な彼が顔面蒼白になっている姿に驚愕しただろう。
 だが――

「さて、その振り上げた拳をどうするのかな?リトルボーズ」
「関係ねぇよ……魔女だろうが天人だろうが、道理が通らねぇなら無理矢理突き進むだけだぜ!!」

 次の瞬間にはニヤリと笑い、鋼の拳を撃ち合わせて見せた。
 己の信じる正義を貫く為なら、彼は何者も恐れない――そんな男なのだ。
 ダッドリーも口元だけで笑った。

「それでこそリトルボーズだ」
「だからリトルボーズは止め――」

 茂伸の言葉を止めたのは、胸元に投げられたデータディスクだった。

「……今回の“淫魔王”に関するIMSOの全データだ。残念だが、今の俺にできる事はそれだけだ」

 茂伸はまじまじと目の前のくたびれた老人を見つめた。
 IMSOの極秘データの個人的流出――発覚すれば懲役1000年は軽い重罪である。

「……ありがとよ、オヤジさん」
「調査の継続はしている。何か新たな情報が入り次第連絡しよう……これでやれるな?」
「あたぼうよ……俺を誰だと思っている?」

 茂伸の口元に、先程とは違う種類の笑みが浮かび――

 ドン!!!

 次の一瞬――凄まじい振動が国会議事堂全体を襲った。建物全体を蜘蛛の巣のように亀裂が走る。
 その亀裂は、全て茂伸の足元から広がっていた。
 振脚――まさか、この男が!?

「俺は“草刈 茂伸”だぜ」

 警報機のサイレンと非常灯、そして職員達の悲鳴が辺りを駆け巡る。この混乱に乗じて、茂伸はここを抜け出すつもりだ。
 肩を竦めながら、ダッドリーは茂伸に背を向けた。大した興味も無いように通路の奥に消えていく。同時に、茂伸も反対側に踵を返した。
 ――新たな戦士が、ここに参戦した――

「死ぬなよ。リトルボーズ」
「リトルボーズは止めてくれ……」



 ――パズルのピースが、次々に揃っていく。

 地上に堕ちた最後の魔王――彼女に集結する強者達が、1つの物語を紡いでいく。

 果たして、そこに描かれた真実とは……

 それが判明するのに必要な者は、あと『2人』――

 そして――

 1人の『王』が――

 新たな『王』を呼ぶ――

鈴にゃんの冒険
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