The Case of Maina Nakajima
 ”アンティークショップ”ギルマンハウス……という看板が表には出ていた。
 窓から見える店内では、妙に古風なデザインのメイド服を着た二人の女性が働いている。
 片方はポニーテイルを揺らしながら店内を走り回り、もう片方はその様子を元からタレている目尻を更に下げながら眺めていた。
 その店の入り口、やたらと古めかしい木製のドアを開けて中に入ってきたのは、一人の男……いや、怪しい存在だった。
 顔は別に悪くない。どちらかと言えばハンサムの部類だ。しかし、その服装が…… もしそれが本人の趣味だとしたらそのセンスが、ちょっと常人のそれを逸脱していた。
 徒歩だったハズなのに真っ赤なライダースーツ着用……というのはまだ許す。が、その上に革鎧を着込むのは止めろ。
 その上左手には――恐らく盾のつもりなのだろうが――亀の甲羅がベルトで固定されている。そして何を思ったのか、頭に被っているのは牛の頭蓋骨だった。
 外を出歩いている時に警官なんかと遭遇したら、ほぼ確実に職務質問されるぞ。
 その格好はもう、この店の二人の店員並みに怪しい。
 いやいや、店員の格好は別にどこも怪しくはない。怪しいのはその存在、そのものの事だ。
 ようするに……
「ようやく見つけたぞ、マイナ・ナカジマ!!」
 という事だ。わざわざ言う必要も無いと思うが、もう一人はシーである。
「何故私のフルネームを!!」
 非常に驚いた……という顔のマイナ。シーも「あらまあ」という表情を浮かべている。
 そんな二人の反応に男はニヤリと笑い、そして顔の前で人差し指を振ってみせた。
「この俺を舐めて貰っちゃ困るぜ。この店の出店登録とかを見れば一発さ」
 それを聞いた二人は……
「と、このくらい驚いてあげたら喜んで貰えるみたいね」
「マイナ様ってば、とっても優しいのですね」
 と、完全に男の台詞を無視して、何やら二人で盛り上がっていた。
 得意満面だった男は、あっけにとられて間抜けな面を晒している。
 どうやらこの二人と男は相性が悪いらしい。
 ようやく我に返った男は、こほんと一つ咳払いをしてみせた。
「と、とにかくだ…… ここで会ったが……」
「ギルマンハウスへようこそ。ゆっくりと店内をご覧ください」
 男の台詞を遮るように、シーがそう定番の挨拶を――今頃――口にした。
 そう言われて男は、つい周囲を見廻してしまう。
 そして……再び我を忘れた。

「おお…… これはベータのビデオデッキではないか〜〜〜〜 動くのか?」
「動きます」
「こっちのこれは…… RPG”CALLofCTHULHU”のルールブックが箱ごと残ってるだと〜〜〜〜 売り物なのか?」
「売り物です」
「更にこれは…… コミック”妖神降臨”だぁ〜〜〜〜 買っていいのか?」
「もちろんです」
「なんとこれは…… HB−F1だとぉ〜〜〜〜 使えるのか?」
「完璧です」

 マイナはこの間、完全に凍っていた。
 この店、ほとんど冗談で開いているのだが、それでも一応それなりの品物は置いてある。
 にも関らず目の前の男は、マイナが両親から奪い取って洒落で飾っていた物ばかりに熱中しているのだ。
 趣味わりぃ……
 自分で置いておきながら、マイナはそう思った。この手の悪趣味な取得物は、まだまだ大量に倉庫に投げ込んである。あれも売れるかもしれない……とは、今の今まで思いもしなかった。
 この辺りの感性だけは親に似なかったマイナなのである。


「ありがとうございました」
 そう言ってにっこりと営業スマイルを浮かべるシーに、ぺこぺことお辞儀をしながら男は店を出て行く。
 そして10分ほど経過。
「戻ってこないね」
「そうですね……」
 二人とも”ぼけ〜〜〜〜っ”と男が戻って来るのを待っていた。いいかげん待ちくたびれた二人の声は、カビでも生えていそうだった。
「ええい、あの男!! お約束ってものが分かってないなぁ〜〜〜〜!」
「期待した私達が馬鹿でしたね」
 ぼけ〜っとするのに飽きたマイナが、突然ヒステリー気味に叫ぶがそれでも男は戻ってこない。シーはシーでどこからかハンカチを取り出すと、涙を拭う真似をしていた。


 ところで、その頃の男である……
「うぉ〜〜〜〜 これでライラ・アルフォンの勇姿が拝めるぞ〜〜〜〜」
 と叫びをあげながら、自宅に向かってダッシュしていた。
 テレビの入力信号の規格が変わっているから、ビデオもF1もこのままでは使えない事に気づくのは…… もう少し先の話である。
 なんでもいいけど、シリアス路線はどうなったんだ?



 で、シリアスな戦闘シーン。
 繊細さを感じさせるマイナの整った指先が、右手に握られたガンプのキーをいくつか叩く。そしてマイナと、対峙する男のちょうど中間辺りの地面にその銃口と思しき部分が向けられ、トリガーが引き絞られた。
 何かが撃ち出された様子はまったく無い。ただ唐突に眩しい光球が生まれ、そしてその中から飛び出した存在が男へと襲いかかる。
 人気の無い高層ビルの屋上。この条件下では、圧倒的にマイナ側が有利なはずだった。
 男の方はネクロマンサーである。他の生物の胎内に『悪魔』を呼び出して融合させるという手段を使う以上、その周囲に人間等の生物がいないこの状況では手駒が増える事はない。最初に引き連れてきた三体のRDを倒された時点で、男はかなり追い込まれたはずだ。
 対するマイナはサマナー。こちらは、エネルギーから実体を構成して『悪魔』を召喚する為に、次々と新たなRDを呼び出せる。実際、一体倒される前に次のRDを呼び出して切れ間の無い波状攻撃を展開していた。
 もちろん、ごく単純な欠点がその召喚方法にも存在する。そしてマイナ達は今、その欠点に泣くところだった。
「マイナ様ぁ」
「あと二発!」
 マイナの足元に膝をついたシーが悲痛な叫びをあげると、マイナも焦燥を隠せない表情でそう答えた。
 ようするに……召喚時のエネルギーの問題である。
 前世紀では、そのエネルギーに電力が使われていた。その必要量たるや決して携帯出来るようなものではなく、周到に用意された部屋で、辺り一帯の電気を使い果たすかのようにしてそれが行われていたものである。
 それ以前ともなると、主なエネルギーは生物の命……生け贄だった事を考えれば、ちょっと停電が起きるくらいかわいい話だが、あまり便利ではないというのが実状だった。
 だがそんな状況も、今世紀初頭に確認された新しい物質によってがらりと姿を変える。
 『オリハルコニウム=γ』と名づけられたその自然界には存在しない物質から引き出される桁違いのエネルギー。それがマイナのガンプで使われ、40口径の弾丸を模したカートリッジ一発で一体のRDを召喚可能としているのだ。
 このエネルギー、入手可能な絶対量が限られている。というか、一般では絶対に手に入らない。
 そうなるとどうしても……
「あと一発ぅ!」
 と、弾切れが発生するわけだ。
 しかも元がデジタルデータとはいえ、召喚後のデータをフィードバックさせるシステムの性質上、召喚時のショック、体を破壊された時のショックと続くと、どうしても暫くは召喚不能になってしまう。
 使える奴から呼んでいった結果、マイナが召喚出来る残りのRDはどれも駄目駄目な悪魔だった。どうもマイナ側の敗色ムードが濃い。一発逆転は夢のまた夢。完全にジリ貧である。
「もう少し……持たせてください」
 喘ぐようにそう言うシーの表情は、妙に艶っぽかった。何気なくそれを見てしまったくるる男が、『とっととマイナを倒して、あーんな事やこーんな事をしてやる』と思ったのも無理はない事だ。
 先程からシーがマイナの側で力尽きた様子を見せているのには、当然ワケがある。といっても答えは単純で、先鋒として参戦し、くるる男が引き連れてきた三体のRDをズタズタに引き裂いた際に、自らも限界近くまで傷ついたのだ。常に特攻役を押しつけられるシーの、悲しい宿命である。
 その為、ただ今マイナの生気を少しずつ奪取しながら体力を回復中。今の『もう少し』というのは、前線に戻れる程度まで回復するのに……という意味だ。
 そこでマイナは考えた。少しでも時間を稼ぐにはどうすればいいのか……を。
「えっと…… とりあえず、タイムアウト」
 そして出した答えがコレだ。
「よし、1分休憩ぃ〜〜〜〜」
 おまえも乗るなっ!!
「……って、その手に乗るかぁ〜〜〜〜」
 よしよし、よく気がついた。
「えぇ〜、なんで駄目なの〜?」
「なんでもだっぁ〜〜〜〜」
「どぉ〜して?」
「ど〜してもだぁ〜〜〜〜」
「んじゃ、ちょっと訊くけど…… 今日お店に来た時の格好って、アレ、普段着じゃない……」
「普段着だぁ〜〜〜〜 日中はあまりヘンな格好で出歩けないだろぉ〜〜〜〜」
 あっちの方がヘンだったってば。マイナはそう思った。
 だって前回もそうだったが、くるる化する前の男の服装って英国紳士風のディナージャケット姿。確かに普段着としては変だろうけど…… だろうけど…… アレよりはまだマシだと思う。
「やっぱりあんたって変」
「おまえに言われたくねぇ〜〜〜〜」
 それはそれでもっともな意見なのだが…… 何か忘れてないか、くるる男。
「マイナ様、OKです」
「よし、時間稼ぎ終了!!」
「しまったぁ〜〜〜〜」
 お馬鹿である。


 男はかなり怒っていた。
 またまたマイナのペースに填まってしまった己自身に。
「これでもくらえぇ〜〜〜〜」
 その怒りをぶつけるかのように、くるる男の必殺技『不可視の波動』が炸裂する。
 直撃すれば前回のように戦闘力を著しく削り取られるのは目に見えていた。
 そこでマイナ達が取った回避方法は……上へ浮かぶ、だった。
 シーがマイナを――無造作に――小脇に抱えて、地面から3メートル程離れた所に浮かんでいる。二人とも、まったくの無傷だ。
「ばれたのかぁ〜〜〜〜」
 バレてたんだよ。
 前回食らった時点で、シーはその欠点に気がついていた。
 その攻撃の範囲は、水平方向こそかなりの広域に及んでいるが、垂直方向はくるる男の頭のてっぺん……地面から約165センチメートルの高さが上限だ……と。マイナにはそれが分からず、シーがその事に気がついたのは、単に本人の身長の問題である。
 不可視であるが故に分かり難いその欠点も、一旦バレてしまえば致命的である。シーの浮遊能力がある限り、完全にこの必殺技は無効化されてしまったという事だ。
 補足しておくと、攻撃範囲を傾斜させる事が可能という話はあまり聞かない。ここでも、そんな厄介な計算は出来ない――したくない――という事にしておく。
 そして反撃である。
「電撃で黒焦げぇ〜」
 マイナの物騒な内容の可愛い声音が響くと同時に、いつの間にかその手に握られていたデリンジャータイプの拳銃からテニスボール大の雷球が撃ち出される。それはくるる男の足元に着弾すると、周囲に激しい放電をし始めた。
 当然くるる男はその直撃を受ける。
 しかも想像通り、『水』の属性を持ち、実際にかなりぬるぬるしているその体はよく電気を通した。大ダメージである。
 体力を大量に消費する大技を放った直後のくるる男は、かなり深刻な状況へとあっという間に追い込まれてしまった。
 今の攻撃、完全に物理的科学的なモノである。
 RDというのが、歴史の表舞台ではあまり有効な戦力にならない理由はこの辺りにあった。
 大元が不可解な存在であろうが、科学的手段で再現してしまった時点で、一部の例外を除いて物理的に破壊可能なのである。
 元が邪神だろうがなんだろうが、こうやって通常兵器でも撃破可能というのは少し情けない話だが。
「まだだぁ〜〜〜〜っ」
 あ、まだ生きてた。
「しぶとい」
「しつこい男は嫌われますわよ」
 いや、こんな怪物が愛されてどうする……とゆー気もするぞ。
「トドメです。てやぁ〜〜〜〜っ!!」
 いつもながらの気の抜けた掛け声を上げながら、シーはマイナを投げ飛ばした。
 くるる男へ向けて、全力で。
「まいなぁくらっしゅ!!」
 常人ならそれだけで失神しそうな加速の中で、平然と姿勢を整えながらマイナが叫ぶ。
 その伸ばした――ほんの少しむっちり気味の――脚はしっかりとくるる男を捉え、その踵が、変形して口から触手を生やしている不気味な頭部を完璧に踏み潰した。
 頭を失ったくるる男の体が、ゆっくりと後ろに倒れる。
 マイナ達の逆転大勝利だ。
 なんとなく前回よりもくるる男が弱い気がするのは、きっと気のせいだろう。
「ふふふ…… 正義は勝ぁ〜〜〜〜つ」
 誰が正義だっ!!
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