――完全に遮断された環境にある生体文化同士が共通性を持つ確率は、極めて希少だと断言せざるを得ない。 時軸や観念的距離が密着した環境にあり、交流が容易な状態であっても、文化的には全く相異している事例はここで挙げるまでも無いだろう。ましてや、文化同士の断絶が次元レベルの状態では、共通性を求めるのは不可能に近い。 しかし、現実には次元レベルを超えて異世界の生命体同士における文化の共通性は、確かに存在しているのだ。 物理的な実例を挙げる。精霊界火龍国第十四億八万九千七百十六地区に存在する、近隣の異世界も含めて世界最古の遺跡『菅丹霊皇遺跡』には、明らかに悪魔族と鬼族を描写した遺物が発掘されている。まだ龍族が四大種族との接触の事例が確認されていない時代にも関わらずである…… (中略) ……また、神族と鬼族の魔法系統樹の同一性は、偶然と片付けるには愚者の勇気が必要だろう。 以上の事例は、超高位存在の知的生命体における知性のシンクロニティ現象と一般的には認知されている。が、先に述べたように世界レベルの断絶状態にある環境では、知性の並列共通現象は絶対的に自然発生しないと証明できるのだ。 理論と現実の間にギャップが生じた時は、証明方法そのものを再検討する必要がある。 すなわち、今までの矛盾点は、知的生命体の共通現象が、全て『後天性』のものだという前提から生じている。 つまり、全てが『先天性』に基く現象だと仮定するならば、あらゆる疑問点が解決できるのだ。 全てが先天性――つまり、当初からそう『設定されて作られた』とするならば―― ここで我々は、ある単語を勇気を持って認識しなければならない。 「今年もよろしくお願いします……です」 ぱたん、と閉じた玄関の大扉に、額が床に付くほど深々とお辞儀をしていたセリナは、ゆっくりと頭を上げた。 見る者誰もがうっとりと見惚れるだろうそのオットリ美貌は、しかし、ここ最近は普段と趣が変わっている。 最上の黄金糸を編み上げたようなブロンドお下げは、うなじが見えるように綺麗に結い上げられて、上品な色気と和風な清楚さを両立させていた。 生まれて来た時から着ていたかのように良くマッチしていたメイド服は、深い藍色の振袖に変わっている。 彼女自身は明らかな西洋人であり、普段はメイド服を着たきりスズメ状態のセリナだが、あの爆乳をどこに仕舞ったのか?と場違いな疑問が浮かぶぐらい、ごく自然に和服を着こなしていた。 頭のホワイトプリムと着物の上に着たフリル付きエプロンが無ければ、誰もメイドだとは思わずに、古風な和風御殿に住む御令嬢と勘違いしかねない。 頭が上がると同時に、虹色の光がセリナを包んだ。大扉の上に飾られたステンドグラスから、久方ぶりの陽光が刺し込んだのだ。 「まぁ、久しぶりに御洗濯ができそうです」 頬に手を当てながらニコニコと見上げるセリナを包む虹色のコントラストは、1年で一番冷たく透明だった。こんなに陽光が透明な季節は、1つしか無い。 ――厳冬―― あいにくここ数日は曇り空だった天球は、ようやく新年に相応しい貌を見せていた。 ……そう、今年初めての光は、限りなく冷たく透明だった―― 『2P WIN!!』 「ぢゃ〜!!またわらわの勝ちなのぢゃ〜♪」 「ううう……またまけてしまった……」 がっくりと項垂れた超絶ロリロリ美少年――“魔界大帝”クリシュファルスの手元から、ゲーム機のパッドがぽろりと落ちた。御正月という事もあってか、彼も新年に相応しい格好――黒い羽織袴を着ている。どちらかと言えば美少年よりも美少女と形容したくなるくらい女顔の彼だが、何だか妙に似合っていた。美形は何を着ても似合うという事か。 「所詮、チンチクリン如きが偉大なる木龍族第一皇女たるわらわに勝てるわけが無いのぢゃ」 「だぁれがちんちくりんかぁ!!」 「……いや、操作しているのは僕なんだけど、ジャム姫……」 同じく、羽織袴を着ている青年――こちらは、悲しいくらい似合って無い――三剣 藤一郎の頭の上で、真紅の振袖を着た身長30cmの龍的美少女――“木龍大聖”樹羅夢姫が、勝ち誇った笑みを浮かべながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。残念ながら、こちらもきちんと着物を着こなしているとは言えない。人形サイズでも変わらぬ爆乳がのせいで、胸元が着崩れているのだ。肩がはだけかけて妙に色っぽいが。 それにしても、ゲームの勝敗ぐらいでここまで一喜一憂できるとは、普段大人ぶっている2人も、本質は見た目通りのお子様である。 「藤一郎どののいうとおりだ。そなたはみているだけであろうが」 「この男はわらわの下僕も同然。よってわらわの手足道具に等しいのぢゃ」 「あのねぇ……とほほ」 ……先程から一昔前のTVゲーム機――灰色のゲーム機だ。ちなみにゲームは世界のモンスターが戦う格闘ゲーム――で、こうしてクリシュファルスと樹羅夢姫(の代理で藤一郎)が遊んでいた。あまり正月に相応しいとは言えない遊びだが、羽根突き、歌留多、福笑い……等の正月の遊びは、元日と2日でほとんどやりつくしているのである。 「アコンカグヤもやらな――?」 くりっと首だけ振り返って、クリシュファルスは掘り炬燵の向こう側にいる人物を誘おうとしたが、 「……いえ、結構よ」 その無感情な呟きに、必死な何かを感じとって、クリシュファルスは言葉を飲みこんだ。 純白に近い水色の振袖を纏ったその人物は、銀水晶の如く冷たく美しい絶世の美神――“神将元帥”アコンカグヤであった。着物も見事に着こなしている。『胸が薄い方が着物は良く似合う』という理由が少し悲しいが…… 掘り炬燵に足は入れずに、座椅子の上でわざわざ正座している彼女が何をしているのかというと……単にミカンを剥いているだけだったりする――のだが、 「……まだダメなのですか?」 「善処はしている……つもり」 さすがにちょっと呆れたような藤一郎の声に、アコンカグヤはほんの微かに沈んだ口調で答えた。 温厚な藤一郎ですら、そんな台詞が出るのも無理は無い。炬燵の上には、ぐちゃぐちゃに潰れたミカンの残骸が山積みになっているのである。ぶるぶる震える手で恐る恐るミカンの皮を剥こうとするのだが、次の瞬間には握り潰したり指で穴を開けて台無しにしてしまう……不器用もここまでくれば逆の意味で才能だろう。そのくせ、ZEXLの操縦や武道に関しては、文字通り神技の使い手なのだから、神という存在はよくわからない。一応、下にボールを置いてミカン汁だけは回収しているのだが、どうやらここしばらくは三度の食事全てに擬似オレンジジュースが付属する事になりそうだ。 「だらしない奴なのぢゃ。それでも使用人かや?」 「…………」 「こらこら、そんな事言っちゃダメだよ」 頭上の嫌味ったらしい発言に、むしろ藤一郎の方が慌てた。 樹羅夢姫の言葉には遠慮が無い。というより、龍族には『遠慮』という観念が存在し無いのだ。これでも彼女は普通の龍族と比べれば、遥かに奥ゆかしい性格なのである。かといって、他者はそれで納得いくものでもないだろう。もともと、ミカンを食べたいから剥いてくれと頼んだのは樹羅夢姫なのだ。 こちらも遠慮無く、クリシュファルスが樹羅夢姫を睨んだ。 「あいかわらず“礼”というものをしらぬやつであるな!!アコンカグヤはそなたのためにみかんをむいておるのだぞ?」 「お主には関係無いのぢゃ」 「そういうそなたはみかんをむけるのか!?」 「ぢゃ!?……ええと……その……ううう五月蝿いのぢゃ!!チンチクリン!!!」 「だぁれがちんちくりんかぁ!!」 「はぁ……またかぁ」 「進歩が無い」 また例によって、顔を付き合わせてぎゃいぎゃい始めた2人のお子様超高位存在に、アコンカグヤと藤一郎はこちらも顔を見合わせて(藤一郎だけ)溜息を吐いた――その時、 「あらあら、喧嘩しちゃダメですよ」 音も無く居間の扉が開いて、季節にそぐわぬ暖かい風が流れてきた。 片手を頬に当て、もう片手に御雑煮を乗せたお盆を持つ、美しき和風メイドさん――セリナがニコニコと微笑んでいた。 「けけけけけ喧嘩などしていないのぢゃ!!」 「ももももももちろん!!そのとおりであるぞ!!」 ギョッとした表情も束の間、一瞬にして肩を組む2人であった。サイズ的に相当の無理があるが。 始めの内はセリナが見ていようと堂々と喧嘩していたクリシュファルスと樹羅夢姫だが、その度にお子様じゃなくても泣きたくなるような『決闘』を強制されるのだから堪らない。結果として、犬猿の仲の2人はセリナの前では仲良しのふりをしているのであった。 「それでは、お昼ご飯にしましょうです」 「……さっきまで、あのしまいあいてにさんざんのみくいしていたようなきがするのだが……」 「一番大きい雑煮はわらわのものなのぢゃ!!」 「痛たたたたた!!ちゃんと取るから髪を引っ張らないで〜!!!」 「お雑煮美味しい……」 障子越しに刺し込む厳冬の光。 しゅんしゅんと湯気を立てる、達磨ストーブに置かれたヤカン。 見ているだけで温かくなりそうな掘り炬燵と、無造作に置いてあるミカン。辺りに散乱する歌留多、福笑い、すごろく…… 謹賀新年も3日が過ぎようとしていた。 世間では『東京都心結界封鎖事件』の影響で、何かと騒がしい事になってはいるが、腹黒邸とその周辺はおおむね平和である。むしろ、ここ数日は年明けという事もあって、正月タイムを満喫しているセリナ達だった。 普段は洋風の屋敷は、セリナのデコレーションによって和風御殿に一変して、ふかふかの絨毯に暖炉だった居間も、畳に掘り炬燵となっている。どこをどうすれば僅か数日でここまで模様替えできるのか、樹羅夢姫辺りはかなり疑問だったが、『セリナさんだから』の一言で、他の面々は納得したようだ。 ちなみに、彼等の来ている和服は、腹黒氏からのお年玉である。当の本人は正月から仕事という悲惨な状況だが。 「お節とお雑煮も、3日も食べ続ければ飽きるものなんですが……セリナさんの料理は毎日同じメニューでもムチャクチャ美味しいです!!全然飽きません!!」 「まぁ、微妙な評価ですね」 「(むか)……それなら何故わらわの料理には手を付けようとせんのぢゃ」 「い、いや……さすがに僕もキャットフードお節は……」 そして、あの大騒動の後も、藤一郎と樹羅夢姫は仕事を別として毎日腹黒邸に入り浸っていた。もはや半分居候に近い状態だが、お互いの関係は変化が無いらしい―― 「ところで、樹羅夢姫……」 唐突なアコンカグヤの声。 ――いや、お互いの関係にも少々の変化が…… 「ぢゃ?……むぐむぐ……何用ぢゃ?」 自分の身体よりも大きなお餅と格闘していた樹羅夢姫が、怪訝そうに顔を上げた。 「そろそろ特訓はいいの?もう三箇日も今日で終わりだが」 「……ぢゃ!?そうだったのぢゃ!!」 「忘れていたの?」 「そ、それはそのぉ……このウシ女が飯ばかり食わせるからそれどころじゃなかったのぢゃ!!」 「まぁ、そうだったのですか。大変申し訳ありませんでした……です」 「そんなりゆうがあるかぁ!!……セリナもほりごたつのなかでどげざするでない!!」 「それどころではないのぢゃ……いくぞ藤一郎!!」 「……はぇ?」 伊達巻を咥えたまま、突然の呼びかけに藤一郎は固まった。樹羅夢姫のきまぐれと我侭に振り回されるのはもう慣れっこだけど、今回自分が動く理由はまるで思いつかなかったのだ。 「いいから行くのぢゃ藤一郎!!」 「痛たたたたた〜〜〜!!!わかった、わかったから髪を引っ張らないで〜〜〜!!!」 ふらつきながら居間を出る藤一郎と樹羅夢姫の後を、音も無くアコンカグヤが付き従う。障子を閉める直前、アコンカグヤがそっとクリシュファルスに無感情な視線を向けた。 そんな様子を、ニコニコ&呆然と見送るセリナとクリシュファルス…… 「……きゅうになんなのだ?あやつら……」 「何でしょうね?……です」 |
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A:セリナ、クリシュファルスの様子を見る。 | B:樹羅夢姫、アコンカグヤ、藤一郎の様子を見る。 |
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